ホープキングダム。
シャロンと〈
朝日に照らされた首都は、既にがれきの山になりつつあった。建造物は引力崩壊でバラバラになり、大地には大穴が開いている。
崩壊した都市を、さらに炎が焼いていく。ただの炎ではない。青白く輝く闇の炎。摂氏50万℃にも達する熱線である。
その炎を吐き出したのは、巨大な黒竜。
全高、実に300メートル。
〈
黒い表皮はまるで神木のような荘厳さを持ちながら、同時に地獄の底を思わせる禍々しさを放っている。
巨体を支える両脚は太く強じんであり、その脚だけで国を一つ滅ぼすことすら容易いと思われた。
周囲には無数のゼツボーグが飛んでいるが、サイズ差がありすぎてまるで虫けらのようだ。
黒い竜が叫ぶ。この世のものとは思えない、邪悪な叫び。聞く者の心に不安を植え付け、畏怖の念を抱かせる悪魔の雄叫びだ。
『GuooooooOOOOooooohhhHHH────!!』
長い尾と背中に並ぶ、剣山のような背びれ。
それらが
その口に集まる圧倒的な破壊の力を感じた時、シャロンは脳内麻薬でトリップしながら、身をよじって絶頂の海に漂っていた。
「ひひ……うあ……あっ……あああぁぁっ……もぉ……♡」
脳髄までとろけるような快感に身を任せ、快楽の沼に埋没するシャロン。
空を飛んで黒竜と向き合う彼女は、全身を金色に染めていた。
雪のような白さの髪も、宝石のような赤い瞳も、透き通るように白い肌も、全てが金色に輝いている。
彼女からあふれ出すエネルギーが黄金色に輝いているのだ。
そして、エネルギーは形を結んで三つ首竜の姿をかたどっている。
『Golmuaaaahhh!!』
『QuOooooooonN!!』
黒竜のあぎとから、ついに青白い熱線が放たれる。
同時、三つ首竜もそれぞれの口から稲妻状の光線を放った。
激突。
絶望と滅び、二つのマイナスエネルギーが正面からぶつかり合い、周囲の空間を歪ませていく。あまりのエネルギーに周辺の大気が帯電し、群がっていたゼツボーグたちが電子レンジに放り込まれたポップコーンのように爆散した。
それだけではない。眼下の都市が、広範囲にわたってガラス化していく。
建物という建物に無数のヒビが入り、あるいは崩れ落ちて、砂でできた城のようにあっけなく崩れ去っていくのだ。
地上にあったものが全て消えてなくなるまでさほど時間はかからなかった。
やがて熱線と光線の均衡が崩れ、少しずつ青白い熱線が押し始めた。
強い。
「はあ…………あ、はは…………ひひ、アはぁ……」
そのことは既に理解していたシャロンだったが、今は恍惚とした表情で空を眺めていた。唇の端からとろりと垂れ落ちるよだれさえ金色だ。宇宙そのものが自分だと感じるほどの圧倒的高揚感が、彼女の理性をどろどろに溶かしている。
目前に迫った熱線が、強烈な
だがそれでもなお、シャロンは陶酔した笑みを浮かべるばかりであった。
力に溺れている。迫る死への恐怖すらなく、ただ押し寄せてくる悦楽に身を委ねて忘我の境地へ到達しようとしていたのである。
(ああ……素敵……もう何も……考え……られない……)
熱線の先端が近づいてくる。それに伴って、視界を覆っていた黄金の光が消え始め──
突然、指輪が白く光った。
「あ……………………ユー、じ、さん…………♡ だんな、さま…………♡」
その光は、ユージが彼女の幸せを祈った証だ。
もうろうとした意識の中で愛しい人の姿を思い浮かべた瞬間、その祈りが力に変わったように感じた。
「あっ、あっ、ぎ、ぎ、ぎいぃいいいいい…………!」
視界が明瞭になる。意識がクリアになっていく。全身に力がみなぎり、活力があふれだす感覚があった。
「ギー、ドッ、ラァァァァァァ…………ッ」
シャロンは己を
こんなところで、死んでたまるか。
世界を征服するのだ。
永遠に終わらない、平和で笑顔あふれる幸せの国を築くのだ。
そして愛しい人や大事なお友達と、ずっとずっと一緒に暮らすのだ。
1万2000年の
そのためならどんな事だってしてやると決めたのだ。
力の奔流に押し流されるような感覚があった。今なら何でもできる気がする。その力は宇宙からではなく、彼女の内から沸き上がったものだ。
『QuOoooo─────!!』
三つ首竜が、ひと際高くほえた。シャロンも叫ぶ。
「ユージさぁぁぁ────んっ!!」
三つの口から放たれる光線が一本に収束し、
『GuoAAAA─────!!』
対する黒竜も背びれからスパークを放ちつつ、回転する
「────────」
きっ抗は一瞬だった。黄金の竜巻は熱線を跳ね返し、相殺したばかりか勢いを増して突き進み、そのまま黒竜の上半身を飲み込んだ。
そうして大気を引き裂き、宇宙へと消えていく。
一瞬の後、宇宙空間に金色の爆発が生まれた。その余波が空を覆う暗雲を吹き飛ばす。
まるで天変地異だ。金色の光が、何もなくなったホープキングダム首都を照らし出した。
そこには下半身だけが残された巨大な竜の姿があった。上半分は跡形もなく消し飛び、焼けただれた断面からは今もバチバチと火花が飛び散っている。
やがてそれも徐々に炭化していき、粉々になって消滅した。
「はっ、はっ、はぁっ……」
黄金色の光が去ると、シャロンはボロボロになっていた。髪色も目の色も元通りになっているが、服はあちこち焼け焦げ、肌に火傷の跡が残っている。
「…………や」
彼女を包むのは、もう金色の光ではない。晴れ渡った青空にたなびく朝日の輝きだ。
「……やった……?」
呆然とつぶやくと、だんだん心が歓喜で満たされていくのを感じた。自分は、最後の敵を倒した。世界を征服したのだ。
「……うっ」
吐き気を覚えて口を押さえる。体が重い。頭も痛む。
あっと思った時には、墜落していた。みるみる高度が下がっていく。
体勢を立て直そうと必死にもがいたが無駄だった。なすすべなく地上へと落ちていく。
(そんな、こんなところで、あと一歩なのに、もう帰るだけなのに、なのに、なのに…………)
もはや目を開くことさえできず、シャロンは絶望しながら落下していった。
◆◆◆
シャンティア連合共和国、首都ローザシャーン。市街地中心の広場。
一時間前までゴーストタウンだったそこは、今即席のパーティ会場になっていた。あちこちに置かれた木箱の上にクロスを敷いたテーブルが設置されており、その上に料理や飲み物が並んでいる。
人々は思い思いに談笑したり歌ったりしているが、どこか不安げでもあった。
無論、全員〈絶望のオリ〉から助け出された本物である。
「ちょっとジェントルー、本当にこれでいいの……? むぐむぐ、ごくっ、あぐあぐ……」
ドリームはオニギリを口いっぱいに頬張りながら言った。
そう言えば今日は
隣でラーメンをすすり込んでいるジェントルーが頷いて返す。
「うむ……ずるずる……もぐもぐ……もぐもぐ……、ごくん……問題ない……、『腹が減っては戦はできぬ』と言うだろう……私もオニギリをくれ」
「……はいどうぞ」
「ありがとう……もしゃもしゃ……あぐっ……もぐもぐ……うむ…………ベストマッチだ……バリカタの麺と熱々ご飯……うーむ……実に良いバランスだ……それにこのスープ……これは……トンコツベースか……そこに大量の油が投入されているな……ふむ……1,000キロカロリーは下らないだろうが、このジャンクさがたまらない……ずずず……」
「食べながら喋らないの」
「ん……すまん……んぐんぐ……ぷはっ……ほら、君もどんどん食べろ、これも立派な作戦のうちなんだからな……んぐんぐっ……」
「まあいいけど」
ジェントルーの指示で始めた朝食会だったが、思った以上に盛況だった。正直、ドリームも楽しんではいた。
何しろ、一晩中ゼツボーグの襲撃から逃げ回り、夜が明けてからは人々を助けて回っていたのだ。料理が出る頃にはお腹と背中がくっつきそうなくらいペコペコだった。
「だからって、いくらなんでも広場で堂々とパーティーなんて」
「堂々とするからいいんだ。ほら、このサンドイッチも食べるといい。ぴりっとスパイシーなソースがたまらないぞ」
「ん……ありがと……」
差し出されたパンを受け取ってかぶりつく。香ばしい小麦の香りとトマトケチャップの香りが鼻こうを突き抜け、香辛料の刺激的な風味が舌の上を駆け抜ける。
「おいひい……! う~ん、デリシャス~!」
「そうだろうそうだろう、もっと食べたまえよ。デリシャスはスマイルの母、まさにそれが反撃の鍵なのだからな」
そう言ってウィンクする彼女の口元にも赤いものが付いていたので、顔を近づけて舐め取ってやった。
舌がぺろっ♥と油の付いた唇をかすめる。
「ん♡ こら、何を……まったくしょうがないやつだ」
「ふふ、だってかわいいんだもん♡」
二人同時に吹き出した。楽しい。美味しいものを食べて、大好きな人と笑顔で話すのはとても素敵なことだ。
昨夜の出来事は全て悪い夢だったんじゃないかと思えるくらいに心が満たされていくのを感じた。
自分たちだけではない。市民たちは、皆笑顔を取り戻しつつあった。仲間と一緒に笑い合う者もいれば、泣きながら肩を組んでいる者もいる。
その中に混じっているのは、何人かのGOP型合成人間だ。見た目も性別もバラバラだが、みなユージに似た肌の色をしている。彼らこそ〈絶望のオリ〉から鍵開けの能力で市民を助け出した立役者だった。
みんな思い思いに食べ物や飲み物を楽しみ、今日の平和を祝っているようだった。
彼らの周囲には、
このデリシャス・パーティには次々と人が集ってきている。最も、次のゲストは人ではなかった。
「私にも食べさせてくれ」
「あっ…………」
「やあ、ダークプリキュア。待っていたよ」
微かなモーター音。ゆっくりとした足取りで現れた少女を見て、ドリームは思わず息を飲んだ。まるで幽霊にでも出会ったかのような気分だった。
無理もないだろう。心底恐れていたダークプリキュアが、片腕を失い、顔の半分を焼かれた無惨な姿で目の前にいるのだから。
「ずいぶんなダメージだな。一体どうしたんだ」
「総統のために戦い、そして敗北した。それだけのことだ」
簡潔な回答。表情は穏やかそのもので、とてもあのダークプリキュアとは思えないほどだった。
ジェントルーが椅子をひいてやり、彼女を座らせる。
「ユージはどこだ? 彼にもおいしい朝食を食べさせてやりたいのだが」
「ここにはいない。すべき事をしに行った」
それだけ言って、ダークプリキュアは少し得意そうに微笑んだ。露出した機械の右目から、赤いセンサーが見える。
「朝食なら私が食べさせた。ただの缶詰とパンだったが、『さすがダークプリキュアだ、おいしいものをよく知っているね』と言ってくれたぞ」
「…………そうか。君もか。まったく、あの節操なしめ」
呆れたように言うジェントルーを尻目に、ダークプリキュアはテーブル上のオニギリをわしづかみにして口に押し込んだ。
「んぐ……うまい。もちっとした食感と程よい粘りけのある水気が絶妙だな……」
大きな口を開けてバクリと豪快にほおばる姿は、外見相応の女の子にしか見えない。
もっとも右腕は肩から無くしているし──
「じゅるり……」
「…………あなた、こぼしてるわよ」
「おっと」
ダークプリキュアは首を左に傾けた。露出した右の歯列から食べ物がこぼれるのだ。注意しながらまた食べだす。それでも唇の端から汁が垂れてくる。
ドリームは震える手でハンカチを差し出した。怖いという気持ちとは裏腹に、体が勝手に動いていた。
彼女は素直に受け取って口元を拭うと、こちらに視線を戻した。
「ありがとう、ダークドリーム。この間は殴ってすまなかった。私はお前に嫉妬していたらしい。どうか許してほしい」
「はあ……………………?」
すらすらと、よどみなく語られた謝罪の言葉に面食らってしまう。
ジェントルーの方を見るが、彼女も困惑した様子で首を振っている。
「…………ユージにそう言えって言われたの?」
「違う。いや総統の影響を否定はしないが……私なりに過去の行いを自省回路で分析した結果だ。私は自分の存在価値に悩み、お前に嫉妬し、勝手に劣等感を抱いていたのだ」
ドリームは、だん、とテーブルを叩いた。
周囲の人々が何事かとこちらを見るが、気にしている場合ではない。
「勝手なこと言わないで! 殴ってすまない? 私、死ぬところだったのよ?! それで今さら謝って許してもらおうっていうの?!」
ダークプリキュアの表情が曇ったように見えた。心なしか肩を落としているようにも見える。
だがそれはほんの一瞬のことで、すぐに顔を上げ真っ直ぐこちらを見つめてきた。赤いセンサーとすみれ色の瞳が輝いている。
「ああ、その通りだ。お前は総統にとって大事な人間だ。私が総統と共に生きていくには、お前に許してもらわなければ困るんだ」
「…………こ、の」
言葉を失った。なんて自分勝手で傲慢なんだろう。自分の事情ばかりで、こちらの気持ちなどお構いなしなのか。
怒りが込み上げてきて、ドリームはコップの紅茶をぐいっと飲み干した。砂糖の甘味とレモンの酸味が喉を潤していく。
「もっと飲むか?」
「は…………えっ?」
とくとくと、ダークプリキュアはペットボトルの紅茶を注いでくれた。呆気にとられるドリームをよそに、蓋を閉めると今度はサンドイッチを差し出してきた。
「私はまだ壊れてはいない。電子頭脳は、お前が怒るであろう事を予測している。だからお前の要求なら、何でも聞きたいと考えている」
「…………ユージのため? それともあなた自身のために言っているの?」
「どちらもそうだ。私はもう一人では生きていけない。総統と一緒でなければ生きられない。いや、生きていく意味が無い」
淡々と語るダークプリキュアの表情は、悲壮感や罪悪感といったものとは無縁だった。露出した金属骨格と同じように、ユージへの特別な感情をむき出しにしている。
あまりにも人間離れしていて、でもその無機質さがかえって彼女を人間らしく見せていた。
一言で言うと、可愛い。ドリームは閉口した。
口をへの字にして
「君の考えはよく分かった。しかし物事には順序というものがあるだろう? まずは今の危機を乗り越えなくてはな。ダークプリキュア、君の力を貸してほしい」
「当然だ。このパーティは私に見つけさせるためのものだろう」
「それだけではないさ。実はね…………」
話し込む二人を余所に、ドリームは手の中のサンドイッチを見つめる。
パンの表面はこんがりと焼けていて香ばしい香りがする。中身はアボカドやレタスやトマトが入っており、ハムやチーズも入っているようだ。
ヘビーだな、と思った。カロリー的にも、精神的にも。
(あんまり都合よすぎるじゃない。あんなに怖かったダークプリキュアが、恋する乙女になって戻ってきて、それを見た私はなんだか可愛いななんて思っちゃって……)
その時、コツコツとハイヒールの音が響いてきた。
「ごきげんよう、ダークプリキュア。わたくしもお茶会に混ぜてくださるかしら?」
黒いドレスに身を包んだ少女が近づいてくる。ドリームは感心してつぶやいた。
「きれいな子……まるでお姫様みたい……」
4つに結ばれたロングヘアは、まるで余分な色を洗い落としたかのような銀色。
端正な顔立ちの中でひときわ目を引く真紅の瞳は、白い部分とのバランスが絶妙だ。
手足もすらりと長く、いたいけな少女ながらどこか妖艶な雰囲気があり、大人の女性には無い美しさを秘めていた。
同時にドリームは思った。この子、メイクが濃いな……と。
(特にアイシャドーかなあ。せっかく可愛いタレ目なのに、あんなに濃く引いたら目つきがキツくなっちゃう……もったいないなあ)
ツリ目に見せようとしているのか、やりすぎなくらいに強調された目の周りの紅いシャドウ。それさえ除けば、まつ毛の長いぱっちりとした瞳と相まって、可憐さと優美さが同居する非常に魅力的な顔だった。
もったいないなあ、と思うと同時に親近感が湧いてきた。まるで昔の自分を見ているみたいだからだ。
そんな美しき少女は、優雅な仕草で会釈すると、ドリームに言った。
「あなた、椅子を引いていただけるかしら」
「え……? あ、はいどうぞ!」
一瞬戸惑ったものの、慌てて隣の空席を引いてやる。お淑やかなお嬢様だと思ったけれど、不思議と人を従わせるようなオーラがある人だ。
「上出来よ、ドリームさん」
少女の声色に、なぜか背筋がぞくっとした。なんだろうこの感じ。彼女の声に妙な艶があるせいだろうか? いや違う気がする。本能的な部分が警鐘を鳴らしているというか、嫌な予感がするというか……。
「はじめまして……ですわね。ダークプリキュア、わたくしを皆さんに紹介してくださらない?」
「……」
話しかけられたダークプリキュアは黙ってうなずき、こちらを向いた。
「この女は、トワイライトと名乗った。ディスダークを支配する、闇のプリンセスだと。つまり、ホープキングダムを滅ぼし、今またシャンティアを攻撃している敵の親玉というわけだ」
「あっ……」
ドリームは見た。
空に、物陰に、建物の隙間に──無数の小型ゼツボーグが潜み、赤いモノアイをこちらに向けている光景を。
◆◆◆
「う…………」
シャロンがうっすら目を開くと、眼下には砂漠化した地面が見えた。高度はせいぜいビルの3階ぐらいだろうか。太陽が地面に照り返していてまぶしい。
(あれ、わたくし、落ちて……)
「気がついた? まったく、世話が焼ける女王様ね」
不意に声が聞こえたかと思うと、高度が下がり始める。おぶわれるような格好で、魔法のほうきに乗せられているらしい。
それは、この戦場まで自分を誘導してくれた魔法つかいの少女だった。名前は確か──
「あなた、お名前は…………ええと…………なんでしたっけ」
「ローラ・ラメール! 最初に名乗ったでしょ!?」
ローラは怒ったように言うと、さらに下降していく。
波打つような、やや赤みをふくんだ薄い紫色の髪。赤いとんがり帽子をメインにした魔法つかいの衣装は、いまいち似合っていないように見えた。
(もっとこう、水色とか紫でトロピカルなさわやかさを演出したほうが良いと思うのだけれど……あんまり賢くなさそうなお顔ですし)
などと考えているうちに、二人は地表スレスレにまで迫っていた。ゆっくりと減速して地面に降り立つと、シャロンは尻もちをつくようにして倒れこんだ。
「生きてる…………? わたくし、生きてる……?」
信じられないといった様子で自分の体を確認する。ちゃんと手足も動くし、目も見えるし耳も聞こえるし声も出る。服も髪も焼け焦げてボロボロになっているが、深刻な傷はないようだ。
体の奥深くで何かがうごめく感覚はあるが、これは戦闘による疲労のせいだろうか。
ついでにおっぱいも揉める。これがないとユージが困る。
「……良かったぁ……」
安堵とともに涙が溢れてきた。両手で顔を覆い、
ローラはしばらくそっぽを向いていたが、そのうち気まずそうに咳払いをすると、シャロンに手を差し伸べた。
「大丈夫?」
シャロンはその手を取り、体を起こして立ち上がる。砂を払って礼を言う。
「ありがとう…………どうして助けてくれたんですの?」
シャロンは彼女の母国を侵略し、服属させた。自分で言うのもなんだが、恨みは相当買っているはずなのだ。
「べっ、別に助けようとしたわけじゃないわよ! あなたがあまりにも情けない死に方しそうだったから、仕方なく助けてあげただけ!」
ローラはぷいと横を向いて答える。その頬は少し赤く染まっていた。
「今時珍しいツンデレですわね……」
「誰がツンデレよ!? 助けたのはただ、あのまま死なれたら後味が悪いって思っただけっ! 勘違いしないでよね!」
「ああ、はい。そうですわね、ローラさんがとっても優しい方なのは分かりましたわ♪」
「っ……! あなた調子狂うわねっ……!」
シャロンは嬉しそうにニコニコと笑う。その笑顔を見てローラはますます顔を赤くしたが、今度はそっぽを向かずにしっかりとシャロンの目を見つめた。
そして大きく深呼吸すると、真剣な声で語りかける。
「魔法っていうのはね、敵と戦うためのものじゃないの。自分やみんなを幸せにするためのものなのよ」
「……え?」
突然の話題転換についていけず、シャロンはきょとんと首を傾げた。しかし構わずローラは続ける。
「わたしは、自分の国を守るために魔法を学んでる。でもそれは誰かを傷つけるためじゃないわ。国を守れる立派な自分になるためなのよ。ゆくゆくはパルミエの女王さまになって、みんなが私を尊敬してくれるようになるのが私の夢」
「……」
「だから、死んじゃダメだって思ったのよ。世界一強いんだから。その力はあなたや、世界中のみんなを幸せにするために使わなきゃ……使ってもらわなきゃ損じゃない」
そこまで言うと、彼女はふっと表情を緩めて笑った。今までの印象と違う、柔らかい笑みだった。
「旦那さんのことだって、そうでしょう? 彼が好きだから守ってあげたいんでしょう? そのために世界を征服するって決めたんでしょ?」
「……ええ、そうね」
シャロンは目を閉じて微笑むと、静かにうなずいた。
そうだ、自分は世界征服をやり遂げたのだ。これからは、世界の平和を守らなければ。
そうすればきっと、ユージも笑顔で褒めてくれるだろう。あの大きな手で頭を撫でてもらえるはずだ。そう思うと、疲れ切った体に力が湧いてくるような気がした。
「……ところで」
と前置きをして、シャロンは疑問を口にする。
「パルミエの王様って、世襲制ではありませんでした? 次の王はココさんの子供になるのでは?」
言うと、ローラはぎくっ! という擬音が聞こえてきそうなリアクションをした。明らかに動揺している。
「そっ、それは……あ~ほら、アレよ! ココ陛下、独身じゃない? わたしの美貌でメロメロにして骨抜きにして、無理やり王の座を奪っちゃったりできないかなぁなんて思ったんだけどぉ……」
「……はあ」
シャロンは生返事をして、ローラの肢体を上から下までじろじろと見回した。
確かにすらりとしたスタイルの美少女で、素材は悪くない。だが、いかんせん色気がない。というか、女としての努力に欠けている。
「メロメロって貴方、メイクもしてないじゃありませんか」
「なによぅ! そうよ、子供みたいな夢よ! どうすれば女王さまになれるかなんてわかんないわよ! 悪かったわね!」
ローラは開き直ったように叫んだ。シャロンは思わず吹き出してしまう。なんだかこの子と話していると気が抜けてしまうようだ。不思議な魅力がある少女だ。
「ふふふ……まあ、せっかくですもの、わたくしがココさんを退位させて貴方を女王にしてあげましょうか?」
「ぷふっ! あはは、なにそれ! 意味分かんない! わたしが自分で立派な女王さまにならなきゃ意味ないのにっ、ぷふふっ」
けらけらと笑い合う二人。シャロンはそっとローラの手を握った。
「メイドにしてあげると言いましたけど、あれは止めにしますわ。お友達になっていただけます?」
「……いいわ。友達になりましょう。わたし、必ず偉くなるわ。友達として、あなたの好き勝手を絶対に認めたりしないから。覚悟しなさいよね、シャロン」
「望むところですわ。ふふふ……これからもよろしくお願いいたしますね、ローラ」
そう言って笑う彼女の顔にはもう涙はない。そこにいるのは世界の支配者、妖星ギードラの化身。世界最強の少女。
──それを、利用しない手はないだろう。
「そうだ、せっかくですから、わたくしがメイクを教えてあげてもいいですよ? そうですね、最初はネイルから……」
『夢のある会話は終わったかい? お二人さん』
二人の体が影で覆われる。見上げればそこにはカラスがいた。
ただし、翼長100メートルはある化け物だ。身じろぎ一つで街が吹き飛びそうな巨体である。
『絶望は決して終わらない。ディスピア様でも敵わなかったお前こそ、新たなディスダークの王に相応しい……』
ネバつくような男の声。カラスは嘲笑うように言い放つと、その巨大なくちばしを開いた。
「────────逃げて、ローラ!!」
「シャロ────────」
どうしてそうしたのか、シャロンには分からなかった。ただ夢中でローラを突き飛ばし、最後の力で彼女をテレポートさせる。直後、すさまじい衝撃とともに、視界が真っ暗になった。
『クローズ・ユア・ドリーム……クハハハハ……!』
(続く)