シャンティア連合共和国、首都ローザシャーン。市街地中心の広場。
「ううっ……!」
ドリームは、さすがに手が震えてきたのを自覚した。
空に、物陰に、建物の隙間に。無数の小型ゼツボーグが潜み、赤いモノアイをこちらに向けている。
パーティ会場にいる市民はせいぜい100人。対する小型ゼツボーグは、少なく見積もっても500体以上だ。
「怯えずともよろしくてよ、お茶会が終わるまでは攻撃しないように命令してあるわ」
麗しのトワイライトは、事も無げにそう言った。いつの間にかソーサー付きのティーカップを手にしており、優雅に紅茶を口に含んでいる。
上品なしぐさで香りを楽しむ姿からは、これから戦うつもりなのだとはとても思えない。
口をつけた彼女は驚いたように、
「……あら、とても美味しいわ。この紅茶はどなたが入れたのかしら?」
と聞いた。答えたのはジェントルーで、
「私です、トワイライト殿下」
と、芝居がかったお辞儀をした。これもいつの間にやら、ティーポットを持っている。
服装も替えていて、シルクハットにマントの怪盗服だ。アイマスクの下には、ワインのような赤紫の目。
眼光がぎらりと輝いた。
「それとも……プリンセス・ホープ・ディライト・トワ殿下とお呼びしたほうがよろしいでしょうか」
「へっ?」
「ふん」
「は────」
トワイライトが、ゼンマイが切れた人形のように動きを止めた。その拍子に熱い紅茶がこぼれ、白磁の指にたちまち軽いやけどの跡ができる。
だが本人はそんなことにも気づいていないようだった。身じろぎ一つしない。
「……どういうことですの? わたくしの名はそのようなものではありませんわよ」
口調が変わった。表情こそ変わらないものの、その声から感じられる圧は凄まじいものがあった。ドリームは思わず後ずさりする。
だがジェントルーは畳み掛けるように、
「この茶葉は、ホープキングダムの名産でした。あなたは政府広報に書かれていましたね。この茶葉はホープキングダムの誇り、愛すべき故郷の味である、と」
と言った。トワイライトは答えない。カップの中で、紅茶が静かに揺れているだけだった。
ジェントルーは声音に深い敬愛をにじませながら、
「私も、そのように思います。今は囚われの身であっても、殿下が国民と、そして国を想う気持ちは本物であると信じております」
と続けた。
ドリームは直感的に、
(よく知っていて、敬っていて、ううん、それだけじゃない……ジェントルーは、憐れんでる……)
と、そう思った。静かに言ったのはダークプリキュアで、
「ジェントルーはホープキングダムの出身だそうだ。私もさっき知ったばかりだが」
と、焼けてちぢれた黒髪をかき上げながら言う。さらに赤いセンサーを光らせながら、
「機械人形と侮ったのがアダになったな。いくら通信を断とうと、私には要人の顔くらいメモリーされている。たかがその程度の化粧で、正体を隠せるものか」
と煽るような口調で言い放った。
会話に着いていけないドリームはただ戸惑うばかり。分かるのは、ジェントルーが誠意を尽くしていることくらいだ。
「不敬だよ、ダークプリキュア。殿下はホープキングダムの正当な王位継承権を有する方だ」
「私の主は総統だけだ。ただそう生まれただけの王族など、総統の足元にも及ばん」
「お黙りなさい!!」
大声で遮ったのはトワイライトだった。その顔は激情に歪んでいる。
「わたくしはディスダークの正統なる支配者、トワイライト! 高貴な血統について偽りを述べるばかりか、言うに事欠いて成り上がりの総統と比較するなど、万死に値するわ!」
空中から、白亜の杖が現れる。大きく跳んだトワイライトは空中でそれを掴む。着地したのは建物の屋上だ。
周囲を取り囲んでいた小型ゼツボーグたちが、徐々にうごめきだす。
「機械人形に操り人形、コピー人間風情が。お前たちに、私とお茶会を楽しむ資格はないわ」
杖をつきつけ、吐き捨てるように言い放つトワイライト。ドリームはたまらず、
「もうやめて! 本当のあなたは、ジェントルーにとって大切な王女様なんでしょ! こんな戦いなんてやめようよ!」
と言いつのった。しかしトワイライトは耳を貸そうともせず、
「舞え、ゼツボーグたちよ! 残る人間どもをとらえ、絶望の海に沈めなさい!」
杖を振りかざした。それを合図にゼツボーグが一斉に動き出す。市民たちの悲鳴。ドリームは思わず、
「もおぉぉっ! ジェントルー、やれるのっ」
と叫んでしまった。彼女は不敵に笑い、
「無論だ。殿下、お手向かい致します!」
と叫んだ。手にしたのは、弁当箱のようなデバイスである。
市民たちを誘導しながら、ドリームは大声でいう。
「私たちだって、伊達や酔狂でパーティしてたわけじゃないから!
声には、プリキュアの力を込めていた。相棒が無論だと言ったからには、自分も頑張るしかないと思ったのである。
するとそれに応え、会場の中を渦巻くようにして小さな妖精たちが舞い上がる。
レシピッピ。美味しい料理を味わう人々の、幸せのエネルギーに集う料理の妖精だ。
デバイスを掲げ、ジェントルーが叫ぶ。
「頼む、レシピッピ達! みんなを、トワ殿下を救うため、罪深い私に力を貸してくれ!!」
瞬間、無数の光が会場を飛び回り、光のドームを形成した。光の中では、妖精達が笑顔でダンスをしている。
『ピー♪ ピピー♪♪』
レシピッピ達のコーラスが始まった。その歌声に呼応するように、虹色の光が膨れ上がってゆく。トワイライトは唖然として、
「こ、これは……?!」
と呟いた。
「せ~の!
ブンブンドルドル、ブンドル〜!」
光が、ジェントルーのデバイスに吸い込まれて行った。幸せエネルギーの奔流に、彼女のマントが風を孕んでひるがえる。怪盗少女は満足げに頷くと、もう一度高く掲げてみせた。
「いでよ、『ミンナウバウゾー』!」
ズン、という地響きとともに、大地が盛り上がった。現れたのは巨人。
その威容をなんと表現すべきか……身長は5メートルほど、巨大なラーメン鉢から生えた両手両足の先端はオニギリ、ちょこんと生えた尻尾はサンドイッチという、料理のキメラとしか言いようがない珍妙なすがたであった。
アイマスクをしたような特徴ある両目。大きく開いた口元は、意外と愛嬌があってキモかわいい。
両手を振り上げて、叫ぶ。
『ミンナウバウゾォォォォォォー!』
ジェントルーとドリーム、ふたりの切り札。会場に集めたレシピッピ達の総力に加え、プリキュアの力を上載せしたウバウゾー。
それがミンナウバウゾーだ。
パーティには、あえて目立って敵味方を集める他に、こうした意味があったのである。
「ミンナウバウゾーよ、ゼツボーグたちを蹴散らせ! 市民を守るのだ!」
ジェントルーの命令を受けて、料理の巨人が雄叫びを上げる。
コウモリのような翼を生やした小型の飛行ゼツボーグが、槍のように変形した右腕を構えて突っ込んでくる。ミンナウバウゾーの顔面目掛けて鋭い突きを放つが、怪物は大きく口を開けてそれを吸い込んだ。4匹、10匹、次々と。
『ゼツゥッ!?』
そのまま
ゴクリ、と飲み込む音がして、続けて大きなゲップが出た。さらに左腕を振るうと、数体の小型ゼツボーグが弾き飛ばされる。ミンナウバウゾーは蹂躙を楽しむようにゆっくりと歩を進め始めた。
「何をしている! あの巨人ごと吹き飛ばしなさい!」
トワイライトが指示を下すと、十数機の爆撃機型ゼツボーグが姿を現した。編隊を組んでミサイルを放ち始める。負けじとジェントルーが指示を飛ばす。
「撃ち落とせ、ウバウゾー!
『バリカッターブレイズ』だ!」
『ウバウゾー!』
巨人の両手からエネルギー刃が飛びだした。一閃でミサイルをすべて切り払うと、二閃目で五機を撃破する。さらに追撃。爆風が吹き荒れ、上空一面に炎が広がった。
「ウバウゾー、小さいのをまとめて潰せ!
『ピリッtoサンドプレス』だ!」
巨人の跳躍。
位置エネルギーに加え、尻尾のサンドイッチからエネルギーを噴出して一気に降下する。その衝撃で地面が激しく揺れ、同時に土煙が舞い上がった。落下地点にいたゼツボーグたちは跡形もなく踏み潰されている。
「
「トワ殿下! 私は確かに操り人形だった! だが誰かとふたりで生きる限り、私は自分の意思で前に進むことができる! だからこそ貴女にも、その可能性を示してみせる!」
◆◆◆
「う う う……!」
トワイライトの頬を、冷や汗が伝う。無礼な泥棒が呼び出した料理の巨人は、その図体に見合わぬ速度で戦場を駆け巡っていた。四方八方から襲い来るゼツボーグたちを次々に蹴散らし、市民を護っている。
戦況は、完全にトワイライトが劣勢。だがそれは、容易く崩れる程度のものだ。さらにゼツボーグを呼び集めるか、あるいは彼女自身が泥棒娘を討てば済む話なのだ。
(なのに……どうして……!)
トワイライトは動揺を抑えきれないでいた。自分の胸に芽生えた感情は怒りではない。不安でもない。
「信じられない……わ、わたくしは────
そうだ。トワイライトは今、心を震わせているのだ。力を合わせて市民を守るふたりの少女を見て、胸の奥底で何かが沸き立つような気持ちになっているのだ。
「で、ですが、ですがっ、わたくしは唯一無二、生まれながらのプリンセスなのですっ」
トワイライトの声が震えた。心拍数が上昇しているのがわかる。彼女は頭を振って自分に言い聞かせた。
自分は特別な存在であり、常に優雅であるべきなのだと。
「その通りですわ、トワイライト様。貴女様は生まれながらにして気高くあらせられる」
「っ、ノーザ!」
日陰から、枯れた植物のような髪色の女が現れる。流れ出たヘドロのような、あるいは染み出した
かつてのラビリンスで、合成人間たちを支配していた上級合成人間。シャロンの攻撃から逃亡し、ディスダークに潜んでいた。今回のシャンティア襲撃に際し、内部情報を駆使して立役者となった女である。
はっきり言って、不愉快な存在だ。キッと睨みつけるトワイライト。
しかし彼女は意にも介さず近づいてくると、うっとりとした表情でこう言った。
「そう、気高い……だから、そんな美しい貴女様には、不幸がよく似合う……」
頬に両手を当て、のけぞるように、
「は は は……!」
と、笑い声をあげる。
芝居がかった仕草も不気味であれば、言葉の内容も薄気味悪いものだった。
しかしそれ以上に不快なのは、トワイライトを見つめる眼差しだ。
まるで自分のモノを見るかのように、恍惚としている。
「──下郎が! わたくしの前から消えなさい!!」
杖を突き出し、青い炎を起こす。ノーザを炎の中に飲み込もうとするが、当の女はまるで堪えていないようだった。
(ば、ばかな……炎が、うまく動かない)
「よろしいのですか、私などに構っていて」
「なんですって?」
「ほら──」
言われて振り向く。赤い弾丸と化したダークプリキュアが、真っ直ぐに突っ込んできたところだった。
「ぐうっ!?」
咄嗟にバリアを展開するが、攻撃を押し返すどころか押し込まれてしまう。足元の地面に亀裂が入り、破片が舞い上がる。
「ぬ あ あ あ あ ぁ っ !」
吹き飛ばされながらも空中で回転して着地する。
「試してみるか、トワイライト。新たなパワーに目覚めた私と、平静を失ったお前。どちらが上なのかを」
「おのれ、機械人形ごときが!」
激昂するトワイライトに対して、ダークプリキュアは静かに佇んでいるだけだった。構えを取ることもなく自然体でいる。
トワイライトは、昨日やつの片腕を引きちぎってやったのだ。だというのに、ダークプリキュアは前にも増して強くなっている。
ノーザが小馬鹿にするように、
「は は は……苦戦しておられるようですわね。力をお貸ししましょうか?」
と言い、指を鳴らした。
現れたのは、〈絶望のオリ〉である。要人を囚えるための特別製だ。
中にいる人物を見てダークプリキュアが、
「イースか。人質作戦とは、お前も随分とゲスな卑怯者だったわけだ。ええっ、トワイライト」
と吐き捨てるように言った。その言葉に、ピクリと反応するトワイライト。
「ノーザ! 貴女、わたくしに恥をかかせるつもり……!」
彼女の価値観において、人質を取るなどありえない事だ。他人を思いやる気持ちなどという、低俗なものを利用しなければ勝てないということだからだ。それは、あまりにも見苦しい。
ノーザは悪びれもせず、
「何をおっしゃいますの? イースを解き放つわけにはいかないのですから、せいぜい役立てるしかないでしょう?」
と言ってのける。トワイライトは怒りに身を震わせた。
「ふざけるなッ! そのような卑劣な手段に頼るくらいなら、潔く散った方がマシです! そもそもこのわたくしが負けるなど──っ!?」
そこでハッと気づいて目を見開く。ニヤニヤと悪意に満ちた笑みを浮かべるノーザの後ろで、オリが少しずつ開いていた。
「しまった……シャンティア総統の能力は……!」
「なに?!」
愕然として振り向くノーザ。その顔面に、強烈なストレートパンチがめり込んだ。
バキィッという音がして、鼻血を吹き散らしながら後方へ倒れるノーザ。
飛び出してきたのは、くすんだ銀髪の少女。起伏のあるボディラインを、ボンテージのような黒いコスチュームで包んでいる。
そして、褐色の肌をした一人の男だ。ダークプリキュアがうんうんと首を上下させる。
「見事だ総統」
「ナケワメーケ、我に仕えよ!」
イースの叫び。同時、空になった絶望のオリに手足が生えた。
『ナァケワメーケェエ~~!!』
ナケワメーケはその両腕をムチのようにしならせ、ノーザを襲う。その一撃をまともに受け、彼女は大きく吹き飛んだ。建物から落下し、さらに地面を転がる。
そこへさらに追撃。巨体に見合わぬ素早さでナケワメーケが跳び上がり、自由落下でノーザを押しつぶす。割れる地面。
『メエ~ケェ~! エェ~!』
さらに踏みつけ、さらにさらに踏みつけ、執拗に蹴りつける。容赦ない追撃であった。
イースが叫ぶ。
「ナケワメーケよ、徹底的に叩き潰すのだ! そいつはまともな生命体ではない!」
『エェ~! エェエェエェエェエェエェ~ッ!』
ナケワメーケの動きが加速する。もはやノーザの命はないと思われたその時だった。
足の下から伸びた触手が、ガッチリとナケワメーケの足を捕らえた。
『ナァケッ?!』
凄まじい勢いで伸びた触手がナケワメーケ本体を持ち上げ、そして勢いよく投げ飛ばす。巨体は放物線を描き、50メートルは飛んだ。着地地点の地面が抉れ、砂埃が上がる。
「イィィィィィィィィィィィィィスゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
おぞましい叫び声とともに、ノーザが跳んだ。その背からは、樹木のような触手が何本も伸びている。鞭のようにイースに迫るそれらを、しかしダークプリキュアが迎撃する。
「ダークネス・ファイヤー!」
「ぢいっ……っ」
針のように細く研ぎ澄まされた火炎弾が、次々と撃ち出される。植物じみた触手たちはそのことごとくを撃ち落とされ、あまつさえノーザ本体にもダメージが入っているようだった。
屋上に着地して、忌々しげに舌打ちをするノーザ。攻撃で顔半分が陥没しているが、まるで意に介していないらしい。女の形をした怪物は、
「トワイライトォオオオ! 私の役に立ちなさい! このゴミクズどもを片付けるのよぉっ!」
と叫んだ。そんな命令にトワイライトが従うだろうか。そう思うのが当然だろう。だが。
「っ─────」
トワイライトの全身が、灰色に染まる。比喩でもなんでもなく、その姿は彫像めいて固まったのである。
そして、その胸から、青黒い闇の炎が溢れ出す。
『はい、ノーザさま……』
顔を上げたトワイライトの瞳には、一切の光が無かった。ガラス玉のように空虚で、それでいて底知れない暗さを湛えている。生気の欠片もない瞳だ。ダークプリキュアが驚愕の叫びを上げる。
「トワイライト!? なにを……!」
絶句するシャンティアの面々の前で、彼女は闇を纏い始めた。全身から漆黒のオーラが立ち昇る。やがて、全身を包んだ黒炎が爆ぜた。
『とうとくけだかくうるわしく……
とうとくけだかくうるわしく……』
どこか遠くを見つめるような眼差しのまま、トワイライトは言った。しかしその視線は焦点を結んでいない。虚ろだった。魂を抜かれてしまったかのように呆然と立ち尽くし、うわ言を繰り返している。
『わたくしはブラックプリンセス……せかいをぜつぼうにつつむ、ゆいいつむにのぷりんせす……』
そこには、一切の美しさがなかった。銀の髪を逆立てた、ただの怪物だ。尊くも気高くも麗しくもない異形の姿。
体の各部に黒炎の膜が広がり、ドレスの裾も燃え盛っていた。全身に赤黒い模様が描かれている。
表情を凍りつかせた顔に、黒い面が貼り付く。
「殺せ、ブラックプリンセス! 絶望の力で奴らを叩き潰しなさい!!」
絶叫に近い指示を受けて、人形と化したトワイライトが動き出した。緩慢な動作で腕を掲げると、指の先から黒い炎を噴射した。炎に触れたものが次々と塵となって消えていく。それはさながらガスバーナーのようだった。炎は、ダークプリキュアに迫っていった。
◆◆◆
「ユージ!」
建物を見上げて、ドリームは叫んだ。無事だったんだ、会いたかった、イースを助けてくれてありがとう。言いたい言葉が、次々と胸の内から湧き上がってくる。
だがまだだ。今、やるべき事ができたのだから。
「ジェントルー、私をあそこまで放り投げて!」
「なに?! いや待て、あそこに飛び込むつもりか!? 変身できないのにか?!」
「できる! 私、決めたから!」
すると彼女は困ったような顔をして、それから言った。
「……どうなっても知らないぞ! ウバウゾー、ドリームをあそこまで投げろ! できるだけ優しくな!」
『ウバウゾ~!』
巨大なオニギリの手がドリームを掴む。ちょっとあつい。かと思うと、思いっきり振りかぶって投げつけた。
弾丸のような速度で飛んでいくドリーム。視線の先には、建物の屋上。
ユージ、イース、ダークプリキュア。
それに対峙する、異様な姿に変身したトワイライト。そして背中からへんてこりんな触手を生やした化け物女。
着地して受け身をとりながら、ドリームは思う。
(トワイライトを助けなきゃ……ううん、助けてあげたい……!)
ジェントルーを想う。彼女の言っていたことはつまり、トワイライトも誰かしらの操り人形にされているということだ。そして、彼女はトワイライトを元に戻してあげたいと強く願っている。
ドリームもそう思う。あの、化粧が濃くて可憐で優美な女の子を、本当の意味で笑わせてみたかった。どんな顔で笑うんだろう。どんなふうに話すのだろう。一緒にお茶をして、おしゃべりをしてみたい。お洒落なお店で服を選んであげたら、喜んでくれるかな? もっと彼女のことを知りたいと思った。
だって、大好きなジェントルーは、彼女のことを大好きみたいだからだ。
(私もジェントルーも、一人じゃなんにもできない。怖いことがあったら、すぐに足がすくんじゃう)
(でもふたりなら、たくさんの事ができる。じゃあ、三人なら? 四人なら? 五人なら? たくさんの人と手をつないだら、どんなことができるのかな?)
(ねえ、キュアドリーム。そう考えたらね、ワクワクしてきたの!)
(私にも、大好きな人がたくさんできたよ。私に愛を教えてくれて、幸せを運んでくれる人がたくさんできたんだよ? 私、すっごく幸せだよ! だからきっと大丈夫!)
(私はひとりじゃない。私と手をつないでくれる人はたくさんいるはずだもん! だから……私、戦うよ!)
(大好きなみんなのためなら、私もぜ~ったい、負けないから!)
建物の屋上にすっくと立つ。
「待っててね、トワイライト! 私が、あなたを元に戻してあげるから!!!」
ダークプリキュアがトワイライトとノーザに必死の攻撃を仕掛けているが、明らかに苦戦している様子だった。トワイライトの体を覆う黒い炎のようなもののせいで、彼女の攻撃はまるで効果がないように見えるのだ。
逆にトワイライトの方は、無感情で虚ろな瞳ではあるものの、体から溢れる黒炎によってどんどん周囲の環境を破壊していくではないか。どうやらあれは、破壊の力であるらしかった。このままでは取り返しがつかないことになってしまう!
「ユージィィィ! 『キュアモ』を投げてぇぇぇぇ!」
「ド、ドリームっ!?」
驚いた様子のユージ。
でも次の瞬間には、ドリームが何をしようとしているのかを察してくれたようだ。懐からピンクのケータイを取り出し、それを思い切り投げる。それはまっすぐに飛んできて、ドリームの手に収まった。
「ありがとうユージ……大好き! もっともっと好きになりたい! みんなと一緒に、あなたの赤ちゃんを生みたい!」
大声で告白すると、手の中の変身ケータイを握り締める。ユージは目を白黒させながら、それでも頷いてくれた。
胸のドキドキを抑えられない。頬が熱いし、頭がぼーっとするし、体がふわふわしてる。もう何も怖くない。絶対に負けたりしないんだから!
「だから見てて! 私の……変身!」
今度はできるという確信があった。
なぜって、今は戦いたい訳でも、戦わなくちゃいけない訳でもないからだ。
ただ、助けたいだけだからだ。
スイッチを入れ、青い空に掲げる。
「プリキュア・メタモルフォーゼ!」
その瞬間、全身が光り輝いた。ピンク色の光は渦を巻き、彼女を包み込む。光の繭の中でシルエットが大きく変わる。衣装が変わる。髪飾りが増える。
(今までの変身と、違う……!)
真っ先に目につくのは、胸のブローチが蝶から薔薇に変わっていることだ。
何より色が違う。基調となるのは「
二人静の
光の繭を突き破って現れた彼女は、凛とした佇まいで前を見据えていた。ゆっくりと目を開くと、自分の新たな姿を誇るように、名乗りを上げる。
「大いなる……希望の力! キュアドリーム!」
変身アイテムと一緒に、あの子の名前をそのまま受け継いだ。新しい名前で生まれ変わった自分を、ユージに見せつけたかった。
「ドリーム……! 変身できたのか……!」
「うんっ! えへへ……」
驚きながらもどこか嬉しそうなユージを見て、ドリームもまた笑顔になる。彼の視線を独占していることが嬉しかった。
彼が好きだという感情が全身に満ち溢れているのがわかるから。自分はいま、間違いなく恋をしているのだと実感できるから。
「ちゅっ♡」
だからキスした。人目も
「ユージ……だいすきっ!! 戦いが終わったら、赤ちゃん作ろうね♡」
「……へっ!? あっ、いや、はい!!」
真っ赤な顔でこくこく頷く彼にもう一度キスをすると、今度はトワイライトに向き直った。相変わらず無表情のまま、黒炎を生み出し続けている。
「ブラックプリンセス……ううん、トワイライト。あなたは、誰かに操られているだけなんだよね?」
反応はない。だが構わずにダークプリキュアに呼びかける。
「一緒に突っ込むよ、ダークプリキュア。あなたのフォルテッシモであの黒い炎を破れば、私の新しい浄化技でトワイライトを取り返せるかもしれない!」
「失敗したら命の保証はないぞ」
「もちろん!」
「ふん、上等だ。それからな」
「え?」
「戦いが終わったら、私は改造を受ける。オマンコをつけてもらうのだ。総統とセックスをするためにな。お前だけではないのだ。わかったか?」
「あ、うん……」
いつの間にそんな色ボケになってしまったのかと一瞬呆れたものの、よく考えれば自分も大して変わらない。
「じゃあさ、終わったら私とあなたとジェントルーで4Pしようよ。全員で手をつないで、いっぺんに処女をユージにあげるの。どう? 素敵でしょ?」
「……いいだろう」
素っ気なく答えるダークプリキュア。忙しなく動く指先を見れば、発情しているのが丸わかりだった。ドリームはくすりと笑うと、再びトワイライトに視線を戻す。
(絶対助けるからね、トワイライト)
心の中で呟いた彼女は改めて気合を入れると、力強く地面を蹴った。一拍遅れて、ダークプリキュアも続く。
ふたりのプリキュアが駆け出す。二色の風がトワイライトに迫る。
「やらせると思うかぁあああ!」
割り込んでくるノーザ。長い髪を振り乱し、突進してくる様はまるで蜘蛛のようだ。
「お呼びじゃないわ、この化け物が!」
叫び声。イースだ。
同時に、彼女が操るナケワメーケがノーザを跳ね飛ばした。そのままもつれ合って落下し、ごろごろと地面を転がる二体の怪物たち。その隙を突いて、ダークプリキュアがトワイライトへと迫る!
「プリキュア・ダークパワーフォルテッシモーッ!」
ブラックプリンセスは、避ける素振りも見せない。赤い流星と化して突撃するダークプリキュア。
「うおぉぉぉぉおおお!!!」
ダークプリキュアの叫び声が響く。
直撃。
黒い炎が吹き飛び、激しい光が二人を包み込んだ。光の中から赤黒い輝きが溢れ出し、それが徐々に大きくなる!
「い・ま・だぁぁぁぁぁ────っっっっ!」
両手を胸の前でクロスする。手の甲にあるクリスタルから強烈な閃光を放ちながら、腕を大きく開く!
「プリキュア! シューティング・スタァ──ッ!」
ドリームもまた紫の流星と化し、トワイライトに直撃する。
「ぬ あ あ あ あ ぁ っ !」
「や あ あ あ あ ぁ っ !」
ブラックプリンセスの苦悶。闇のオーラが膨れ上がり、二人の攻撃を受け止める。
だが彼女たちの攻撃はそこで止まらない。赤と紫、二つのエネルギーが回転し、螺旋の渦となってトワイライトを包む!
ユージがうめくように言った。
「きれいだ……まるで
輝く
◆◆◆
爆発の跡には、ドリームとダークプリキュアの無事な姿があった。変身を解除したドリームはその場にへたり込み、ぜーぜーと息を荒げている。
「だいじょうぶか、二人とも! ケガはないか!?」
「問題ない……だが、ガス欠だ……」
「な、なんとか~」
ユージは二人に駆け寄った。ドリームの腕には、元の姿に戻ったトワイライトが抱きかかえられていた。意識を失っており、ぐったりとしている。
「そうか……よかった……」
ダークプリキュアによれば、彼女はホープキングダムの王女らしい。本当は赤い髪をしているらしいが、今は銀髪のままだった。
(どうしたものかな……)
ホープキングダムは、今や滅亡寸前だ。国民は異空間に拉致され、国土は〈絶望の森〉に飲み込まれて荒れ果てている。ただ返せばいいというものでないのは明らかだが……
(それに、やっぱり……すごく、きれいだ)
やはり、自分はこの娘に恋をしている。とは言え、立場というものがある。自分とこの子が結ばれることはないだろう。
背後から、
「欲しいですか、ユージさん」
と声がかけられた。
「えっ!?」
振り向くとそこには、シャロンがいた。服も髪もボロボロだが、たしかにホープキングダムで戦っているはずの、ユージの妻が。
「シャ、シャロン!? どうしてここに!? だってきみは今……」
動揺する彼をよそに、シャロンはユージに手を伸ばすと優しく、愛おしそうに頬ずりをした。
猛烈な違和感がする。それは、彼女の両目が金色に輝いていることだけが理由ではなかった。
「シャロン、あの……」
「欲しいですか、ユージさん。じゃあ、世界をあげます」
「えっ?」
シャロンがパチリと指を鳴らした。次の瞬間、ユージは世界がぐにゃりと歪むのを感じた。足元がふらつき、自分がまっすぐ立っているのかすらわからなくなる。
「うっ……? なにこれ……?」
「心配いりません」
優しい声色でそう言うと、彼女はぎゅっと抱きしめてきた。
「すべてうまくいきますよ。私のかわいい旦那様なら大丈夫ですから……ね?」
世界が、金色の光に包まれた。
(続く)