今がいつかは分からない。ここがどこかも分からない。
確かなのは、部屋の内装が豪華な寝室に見えることだけだ。
「初めまして、俺は世界の支配者だ」
「ふざけているのかしら、シャンティア総統。わたくしを忘れたとは言わせませんわよ」
「……へ?」
思いもかけない言葉に面食らう。もしかして、どこかで会ったことがあるのだろうか?
〈いいや、会ったことはない。それに「シャンティア」「総統」という言葉にも聞き覚えがない〉
「悪いんだけど、君のことを覚えてないんだ。それにシャンティアとか総統っていうのも、よく分からないし……」
すると彼女は眉をひそめた。それから、きっ、と睨みつけてくる。瞳の中には真紅の炎が燃え盛っているように見えた。
「おろか者! 国家の指導者たる者が、なんという体たらく! お前とわたくしは、今朝知り合ったばかりでしょう!」
「いや、その…………」
「お黙りなさい! 何があったかは知りませんが、まるで
いっそ気持ちいいほどの叱責。全裸で鎖につながれ、
がぜん、彼女に興味が沸いてくる。だがセクレトルーが激高したように
「この無礼者! 『馬』の分際で、支配者様に対してそのような口を利くとは!」
と叫ぶ。同時にひゅん、と鞭を振るう音が聞こえたかと思うと、少女の背中に鋭い一撃が加えられた。
「……!!!」
突然の衝撃に少女の背中が反り返る。滑らかな肌に一条の傷が走り、真っ赤な血がにじんだ。
歯を食いしばり、悲鳴を押し殺す。そんな少女の様子を見下ろしながら、セクレトルーはなおも言いつのった。
「身の程を知りなさい、トワイライト。あなたはただの『馬』なのです」
「……」
「復唱なさい。『わたくしは支配者様にお仕えする馬。わたくしは家畜。わたくしは道具。お役に立てないときは、お好きなように料理していただいて構いません』と」
「……」
「服従しなさい。そうすれば少しは優しく扱って差し上げます」
セクレトルーの言葉に、しかしトワイライトは毅然とした態度を崩さなかった。胸を張って、
「わたくしはディスダークの正当なる支配者、気高き闇のプリンセス。お前たちのような
その言葉には、誇り高い決意が込められていた。それを聞いたセクレトルーは、ふと視線をそらし、聞こえよがしに
「どうやらまだ躾が足りないようですね……てゆうか、いつまでプリンセスのつもりなんだか」
と嫌味な口調で言う。
そして鞭を振り上げた。
ひゅん! 今度は電気ショックを与えるための鞭打ちだった。バチバチッ! と火花が飛び散るような音と共に、少女の全身が
「あぎゃっ! ひぐっ……あうっ……ぎいぃ……っ!」
「は、は は は は……いくら取りつくろおうと、電流が流れれば悲鳴を上げざるを得ないでしょう。さあ、もう一度ムチをあげましょう」
ひゅん! ぴしゃっ! ばしっ! 再び響く打撃音。そのたびに少女の背中から電流が流れ、
「あがっ! あががっ! ひっ、うぎゃああっ!!」
「さあ、馬! あなたは馬です! もっと鳴きなさい! もっともぉ~っと鳴け! ブザマな鳴き声で支配者様を愉しませなさい!」
「ぎゃあああっ!! びぎゃああぁ~ッ!」
ビチビチと激しく踊る四肢。まるで魚のように跳ね回る肢体は無残そのものだ。
〈目の前で繰り広げられている凄惨な拷問ショーに魅入られている。趣味ではないが、たまには良いかもしれない〉
「セクレトルー」
声をかけると、セクレトルーが振り返る。その瞳には
「これは、気づかずに失礼いたしました。お愉しみいただけておりますでしょうか?」
その後ろで、トワイライトがばたりと音を立てて倒れる。ピクピクと震えながら、それでもこちらを睨んでいた。脂汗で紅いアイシャドウがにじみ、血涙のように頬を伝っていく。
「ああ、不思議と楽しめたよ。それよりお前はすごいな。あんなにきれいな子を鞭打ってるのに、全然嫌そうに見えない。好きなのか、拷問とか」
「ああ……いえ、そのようなことはございません」
セクレトルーは否定したがが、その顔はわずかに上気していた。彼女は熱っぽい口調で続ける。
「あの者は支配者様の『馬』としてふさわしい態度を身につけねばなりませんから。徹底的に教育する必要があるのです」
「へえ、そうか」
ユージは一つ
「じゃあ、セクレトルー。お前も『馬』になってくれよ」
と要求した。一瞬の間を置いてから、彼女は言う。
「……あの、聞き間違いでしょうか。わたくしが『馬』になる、と聞こえたのですが……」
「そうだよ。俺の『馬』として、トワイライトにお手本を見せてくれ」
それを聞いた瞬間、セクレトルーの表情が凍りついた。彼女はしばらく言葉を失っていたが、やがてぎこちなく口を開く。
「それは……メス犬秘書としての私にご不満があると……?」
その声はかすかに震えていた。何かまずいことを言っただろうか?
〈仮にそうでも、どうでもいい事だ。自分は世界の支配者なのだから、自分のやりたいように振る舞うべきなのだ〉
「別に不満はないけど、お前がどんな『馬』になるのか見てみたいんだ。早く見せてくれ」
するとセクレトルーは大きく息を吐いて、ゆっくりと首を振った。その顔にはなぜか悲哀の色が浮かんでいる。
「……かしこまりました。セクレトルーは支配者様の所有物。どうぞご自由にお使いください」
「ありがとう、嬉しいよ」
ユージは素直に礼を言った。するとセクレトルーは嬉しそうに、
「もったいないお言葉です。私の気持ちなどお気になさらず。どんな事でも致しますので、なんなりとお申し付けください」
と言って、メイドたちに命じ、鎖を持ってこさせた。
「セクレトルー様、どうぞこちらへ」
そして、メイドたちが彼女のスーツを手際よく脱がせていく。首元から足先まで覆うタイツは脱がせにくいのか、はさみを使って丁寧に切断していった。
そうして彼女の体があらわになっていくたびに、メイドたちは感嘆のため息をついた。
「うわあ……さすがセクレトルー様です……『デキる女』という感じで素敵……私、羨ましくてため息が出てしまいます」
「ホントです…………ウエストがくびれてるのにお尻もプリプリして、素晴らしいプロポーションですね……アタシ憧れちゃいます……」
「しかもこんなに胸が大きいなんて……! 何を食べたらこうなるんですか? ぼく羨ましいなあ……」
などと褒めたたえながら、メイドたちは彼女の体を覆う布切れを次々に奪い、首輪と鎖を取り付け、家畜の姿に変えていった。残ったのはアイマスクだけだ。
メイドたちの視線を浴びてもなお、セクレトルーは平然としている。彼女は胸元を腕で隠しながら言った。
「あまりじろじろ見ないでください。この体は支配者様に
「ああっ、失礼しました……!」
我に返ったらしいメイドたちが頭を下げる。それを見たセクレトルーはクスリと笑った。それから床に両手をついて四つんばいになると、
「では、参ります…………ひひ~ん!」
といななくような声を上げる。膝はつかずに尻を高く上げて、それからゆっくり走り出した。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
一定のリズムを保ちながら駆けるセクレトルー。乳房が前後に揺れている。走るたびに波打つヒップ。ふくらはぎや太腿に筋肉の盛り上がりが見えた。
走ることに集中しているのか、彼女の顔は真剣そのもの。だからなのか、あまり卑猥に感じない。
総じて、その姿は美しかった。肉体の全てに女性美が
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
この寝室は広い。10周もすると、少しずつ呼吸のリズムが乱れてくる。首輪につながった鎖がジャラジャラと鳴る音に混じって、荒い息遣いが聞こえた。白いうなじには玉のような汗が浮かんでいる。
しかし時おりユージに向けられる瞳には、嫌悪や諦めの色は浮かんでいなかった。ただひたむきに走り続ける姿があるだけだった。
メイドたちが口々に声援を送る。
「ほら、ペース落ちてます! セクレトルー様、頑張ってください!」
「そうそう! いい調子! もうすぐ20周ですよ! きっと支配者様にも褒めてもらえますよ!」
「ううっ、アタシが代わってあげたいのに……セクレトルー様、ごめんなさい……!」
部下たちの声に励まされながら、ひたすら走り続けるセクレトルー。
だがもう限界が近いようだった。すでに肩が激しく上下し始めているし、足元もおぼつかないように見える。
「はぁ、はぁっ、ふぅっ……」
「おお~い、こっちだぞ~」
そう言いながら手を振ると、セクレトルーは少しスピードを上げて近づいてきた。停止すると、大きく肩を上下させながら荒い息を吐く。それでも馬の姿勢は崩さず、尻を高々と掲げたままだ。
ユージは労いの言葉をかけるでもなく、じっと視線を注ぐ。
頬や肩のあたりはほんのり赤く火照り、しっとりと
それがひどく扇情的で、自然と股間が熱くなるのを感じる。
そんな主の心中を知ってか知らずか、セクレトルーは息を整えると顔を上げ、上目遣いに言った。
「いかがでしょうか、『馬』になった私の姿は。お愉しみいただけましたか?」
疲労の色が濃い顔に、自信が満ち
「頑張って走ってたと思う。だけど見せ物としてはいまいちかな」
と言った。
「え……!?」
と目を丸くするセクレトルー。そんな彼女にかまわず、ユージはさらに続ける。
「お前の魅力は真摯さとか、真面目さとか、そんなもんじゃないだろ? 大きいけど崩れてないおっぱいとか、キュッとくびれたウェストとか、尻肉の形の良さとか、あとエロい声とか。そういう武器で俺を愉しませるために生まれてきたんじゃないのか? それを活かさないのはもったいないだろ? もっと動き回って見せて……」
「シャンティア総統!」
雷鳴のような声に遮られた。振り返ると、トワイライトが怒りの形相でこちらを睨んでいる。
電気ショックのダメージが抜けないのか、立ち上がることができないようだ。
苦しげに
「その女は、お前のために服を脱ぎ、鎖をつけ、
セクレトルーが蚊の鳴くような声で言う。
「黙りなさいトワイライト……お願いだから、私と支配者様に、割って入らないで……」
「いいえ黙りませんわ! 総統、お前はどれほど偉いと言うの! いったい何様だと言うの!」
身動きもとれないまま、当のセクレトルーをもはねつけて、厳しく糾弾してくるトワイライト。
真紅の瞳に、燃え盛るような怒りが見える。それはきっと、義憤と呼ばれる感情なのだろう。あるいは、博愛の心なのかもしれない。
(ああ、やっぱりこの子はとても強くて──それに、優しくて、美しい──やっぱり俺は間違
〈疑ってはダメです〉
……頭がはっきりしない。
〈やっぱり俺は間違っていない。間違っているのはトワイライトだ〉
そうだ、その通りだ。多分、恐らく。
ぼんやりと少女を見ながら、
「君をそこまで痛めつけたのは、このセクレトルーじゃないか。どうして君が怒るんだい」
「しっかりなさい! わたくしが問いかけているのはお前です! シャンティア総統にして、ギードラの化身シャロンの伴侶、ユージ!」
がつん、と頭を殴られたような衝撃が走った。
「シャロン……? ユージ……?」
「わたくしはお前を
「仲間……あ、あうっ、うあッ……」
(イ 様、ジ ト 、 リ ム、 ク キ 、それに、それに……!)
トワイライトは涙を浮かべていた。泣きながら、自分を叱っているようだった。
「まるで、まるで
涙声でそう叫ぶと、彼女はドンと床を叩いた。
「支配者に相応しい振る舞いを見せなさい! 国を思い、民を思い、世界を思いやるのです! それすらできない者に、世界を統べる資格はありません!」
「……うん」
ユージは小さく
「……なんだか胸がドキドキしてる」
そう言うと、トワイライトは一瞬きょとんとしてから、呆れたように首を振った。それから冷たい眼差しで見上げてくる。
「それはそうでしょう。お前はわたくしに恋をしていたのですから」
「……え? こ、こい……?」
戸惑うユージに対して、トワイライトは少し得意げな顔になった。
「ええ、そうですとも。お前はわたくしに一目惚れしたのです」
「ああ、そっか……そうだ、夜明けに、俺は君と
〈やっぱりダメでしたか〉
金色の光。
◆◆◆
「シャロン! ここから出しなさい! シャロォォォォン!!」
イースの叫び声が、夜空に吸い込まれた。しかし返事はない。
代わりに聞こえてきたのは──波の音だった。ほのかに降り注ぐ光が海に反射し、キラキラ光っているのが見えた。
しばらく耳を澄ませていたが、やはり何の返事もない。青いワンピースの裾が潮風に揺れる。彼女の周囲には誰もいない。ただ静寂だけが広がっていた。あきらめたようにため息をつくと、その場に座り込む。
ザクザクと砂浜を踏みしめる音がして、
「イース、夕食の時間だ」
という声がした。顔を上げると、そこにはメイド服のジェントルーが立っている。片手に持ったランタンの光に照らされて、顔半分だけが闇に浮かび上がっていた。
「今日はいい。どうせ食べなくたってシャロンが死なせてくれないわ」
「そう言うな。今日のメニューはハンバーグだ」
「……それなら食べるしかないわね」
ハンバーグはユージの好物で、得意料理だ。ジェントルーが作るのも同じレシピである。婚約者のイースとしては味を盗む機会なのだ。
立ち上がって、歩き出す。
「ドリームとダークプリキュアは?」
「もうテーブルについているよ。あとは君だけだ」
「そう、悪いことしちゃったわね」
ふと、空を見上げる。
「今日も近づいてるわね、ギードラ」
夜空に輝く、金色の星。他の星を圧倒する強い輝きを放ちながら、ゆっくりと移動しているように見えた。月よりも明るく見えるのは、恐らく気のせいではないのだろう。
「かつて地球の文明を滅亡寸前に追いやった、宇宙からの来訪者……古代人は、どうやって滅亡を回避したのだろうな」
ランタンで先導しながら、苦々しげにつぶやくジェントルー。
現代において、唯一その答えを知っているであろうシャロンは、むしろギードラを利用している。
前を行くメイド服の背中に向かって、イースは問いかけた。
「この島に閉じ込められて、どれくらい経ったのかしら」
少し間があってから、背中越しに返事が返ってくる。
「我々の体は少しも変化していない。だから考えるだけ無意味かもしれないが…………体感では、すでに3年近い時間が経っているように思う」
イースは無言で肩をすくめた。
彼女たちは、トワイライト率いる闇の軍勢ディスダークを撃退した。だがその時、突然帰ってきたシャロンが、世界全体に怪しげな術をかけてしまったのだ。
「ユージ、今でも頭がおかしいままかしら」
「頭がおかしいは可哀想ではないか? まあ、誰にも止められずに欲望を
シャロンは、ユージの記憶を書き換えてしまった。シャロン自身に関する記憶を奪い、最初からいなかったと思い込ませた。人々はユージを〈世界の支配者〉と崇め、彼に絶対服従するようになった。ノーザを始めとする敵対的な者たちは全て
それでマトモでいられる方がおかしいというのは、ある意味当然の話だ。
もちろん、イースたちはシャロンを止めようとしたのだが……。
「私達をこんな異空間に閉じ込めて、あのバカ女」
「それには同意しよう。私たちをユージから引き離すなど、絶対に認められない。ましてや、それをした本人が正気を失っていたとあってはな」
「……生きてるのかしら、あの子」
今思い出しても、あの金色に輝く両目には
「そうだな……生きているのは間違いない。なにしろ我々4人の生活は快適の極みだからな」
実際、その通りだった。
島の外には出られないが、海はあるし、山もある。雨は降るし、雪も積もるが、寒さは感じないし食べ物にも困らない。暇つぶし用の本やボードゲームまで完備されているので、退屈はしない。
「新しく必要なものがあれば、いつの間にか魔法のじゅうたんが運んできてくれるしなぁ……」
「一体どうやってるのかしらね、あれ」
明らかにシャロンの干渉は続いている。それだけ見れば、シャロン様々だ。
不足しているのは、まあ一つだけだろう。
イースは前を歩く美少女メイドの、膝丈スカートに包まれたキュートなヒップに手を伸ばした。
「どうした? 今日はずいぶん積極的だな?」
振り向いたジェントルーが優しく微笑む。低く落ち着いた声の中に、スイーツのような甘い響きがある。
「波の音を聞いてたら、なんだかムラムラしてきちゃったの。今晩どう?」
スカートの中に手を滑り込ませながら答えるイース。そのまま尻を
「ふふ……♡ 魅力的な提案ではあるが、先約がある。今日はドリームと一緒に、新しいランジェリーでベッドインの予定だ」
「何それずるい。私も混ぜなさいよ」
「さて、どうしたものかな? 君は体型が大人っぽいから、我々の参考にならないんだ。いや失礼、褒めているんだがね?」
言いながら、イースの豊かな尻を
「じゃあ、既成事実つくっちゃうわ」
そう言って、尻を触らせながら細い首筋にキスをする。ちゅっちゅとわざとらしい音を立てて、何度も吸い付く。そうして、キスマークの出来映えを確認して満足そうに微笑んだ。
「ふふふっ、きれいについたわよ」
「おっと、参ったな。これではドリームがすねてしまう。犯人に直接弁解させなければ」
やれやれと言った様子で、肩をすくめる美少女メイド。二人は顔を見合わせてくすくす笑い、軽くキスをした。
チュッと音を立てて唇が離れると、今度は額同士をくっつけて笑い合う。
女4人、正確には3人と1機で3年もの間、やるべき仕事もなく閉鎖環境に籠もりきり。しかも元から一人の男に集まったハーレムの面々だったのだ。性的な行為へのハードルは下がりっぱなしである。
足りないものは一つだけ。彼女たちを抱きしめてくれる、愛しい男だけ……
◆◆◆
「初めまして、トワイライト。俺は世界の支配者だ」
「…………そう。時間を巻き戻されていたのね。道理でお前が狂ってしまうわけだわ」
トワイライトは、全裸で這いつくばりながら、哀れみを込めてユージを見上げた。
彼の瞳からは、意志の光が失われつつあった。
(続く)