※この作品はR-18です。

プリキュアじゃない彼女たちと世界を征服する話   作:a-su

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第11話 つよくやさしく
1/4 (エロ無し)


 西暦、15033年。

 

 青い地球が、宇宙(そら)に浮かんでいるのが見えた。月面のクレーターに立ち、クローズは腕組みをしてじっとそれを見つめていた。

 

「……また失敗したらしいな」

 

 地球が、逆向きに回りだす。金色の光に包まれて、自転も公転も反対向きに加速していく様子がはっきりと見えた。

 地球の時間が逆転しているのだ。こうして改めて観察してみると、ギードラという星の持つ凄まじい力がよく分かる。

 

 クローズは振り返る。大きな岩にもたれかかるように、半裸の少女が手足を投げ出して座り込んでいた。

 彼女──シャロンの姿は痛ましいものだった。手足は枯れ木のように細くなり、ほとんど皮と骨だけになっている。頬はすっかりこけてしまい、まるで骸骨のようだ。眼球も水分を失って干からびているように見えるし、髪の毛もほとんど抜け落ちてしまっている。

 

 口元だけが、かろうじて動いている。空気のない月面ではなんの音もしないが、唇の動きはこう言っている。

 

 ユージさん、幸せに。

 どうか、幸せに。

 わたくしの、最後の贈り物だから。

 わたくしがあなたにできる、最後のことだから。

 

 どうか、永遠に幸せに──

 

 そんなシャロンの姿を目にして、しかしクローズの心に罪悪感はなかった。むしろ、軽蔑するような気持ちが湧いてきたほどだ。

 

(馬鹿な女だ。なんの意味もねえのによ)

 

 〈絶望の森(ディスピア)〉との戦いを終え、消耗しきった彼女を、クローズは奇襲した。

 死の寸前まで追いやり、そして支配した。

 

 シャロンの肉体は時々、金色の光を放って点滅している。

 呼び寄せているのだ。滅びの星、妖星ギードラの本体を。

 クローズによって、そのための装置に作り変えられたのだ。

 

 ギードラが到達すれば、地球の文明は崩壊する。

 人々は絶望し、世界は闇に包まれるだろう。

 それがこの男、クローズの計画だ。

 闇の勢力ディスダークの真なる支配者、クローズの望む未来だ。

 

(だが、しかし……)

 

 だがしかし、果たしてそれは実現可能なのだろうか。

 今のところ問題はない。半死体のシャロンは全てに絶望し、自由になる力で地球を偽りの楽園に変えてしまった。誰もが彼女の夫に奉仕することしか考えられない、狂った世界だ。世界は成長を止め、男に幸福をもたらすために浪費されている。

 

 宇宙の時間では、それがもう3年も続いていた。その間ギードラは接近を続け、地球の時間だけが何度と無く巻き戻されている。

 宇宙から迫る滅びのことなど気づきはすまい。

 

 だが、しかし。

 

 クローズは、どうしても失敗の可能性を排除できなかった。どんな事があっても絶対に諦めず、絶望を乗り越えようとする人間がいる事を知っていた。

 

「強く、優しく、美しく……か。ふん、ヘドが出るぜ」

 

 吐き捨てるように言うと、彼は宇宙(そら)に向けて両手を伸ばし、吠えた。

 

「来るなら来やがれ、キュアフローラ! この時代に転生でもなんでもしてよぉ!!」

 

 彼の名はクローズ。1万3千年と少し前、伝説の戦士プリンセスプリキュアの一人、キュアフローラと死闘を繰り広げた男だ。

 クローズは何度も、何度も彼女と戦った。殴りつけ、叩きのめし、幾度となく彼女を絶望のフチに追いやった。

 だが勝てなかった。夢を信じ、希望を信じ、絶対に諦めない彼女を屈服させることは、ついに叶(かな)わなかったのだ。

 

 そして数年後、忌々しい病原体により地球は滅亡し、呆気なく彼女は死んだ。

 

「キュアフローラ! キュアフローラ! キュアフローラァアアアアア!」

 

 クローズは、その時感じた気持ちを表現できなかった。表現する方法を知らなかった。

 

(夢だって、消せないよ。絶望がある限り、夢だって輝き続ける。いつまでも)

 

 彼女は正しかった。人間たちは、しぶとかった。

 四人の女と一人の男が、異世界から地球に新しい命をもたらした。

 クローズでさえ気が遠くなるほどの長い時間をかけ、彼女らはこの地球を愛で癒や(ヒーリング)し続けた。

 

 プリンセスプリキュアの一人、キュアスカーレットことトワも、1万3千年後のこの時代に転生していた。

 クローズは彼女をさらい、念入りに記憶を消去して「トワイライト」を名乗らせた。偽りの支配者に仕立て上げ、世界を支配するためのコマにした。

 新(・)し(・)い(・)ト(・)ワ(・)イ(・)ラ(・)イ(・)ト(・)は十分役に立った。今は用済みになり、捕らえられ、人間としての尊厳を奪われているだろう。

 

 だが、しかし。

 

 クローズはなぜ、彼女を殺さなかったのだろう。殺して、1から造った「トワイライト」を支配者の座にすえればよかったのだ。〈絶望の森(ディスピア)〉がそうであるように。

 なのに、わざわざ手間をかけ、記憶を消すだけにとどめたのは、なぜ? 

 

 トワイライトの記憶は、決して戻りはしない。封印したのではなく、人格ごと消し去ったのだ。

 だが万に一つ、奇跡が起こって、プリキュアとして蘇らないとも限らない。奇跡はプリキュアの十八番(オハコ)なのだから。それを、クローズは骨身に染みて知っている。

 なのになぜ? 

 

「キュアフローラ! 俺はここだ! 今度こそ、今度こそ世界を絶望で包んでやる! 来るなら来い! 俺はここだあぁぁぁぁぁ!!!」

 

 夢は消えない。絶望がある限り、輝き続ける。いつまでも。

 誰の中にでも。

 

 キュアフローラは、正しかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♡プリキュア♧じゃない彼女たち

と

◆世界を征服する話◆

 

第11話 つよくやさしく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたくしの名はトワイライト。家名はありません。それは最も貴き血統を受け継ぐがゆえ、家名を以て他と識別される必要がないから。

 

 そう、信じていた。

 

 自分は世界を絶望に包むことを目的とする〈ディスダーク〉の正当なる支配者。高貴な血統ゆえに他の何者とも比べられることなく、世界を絶望で支配する義務があるのだと……

 

「急ぎなさい、トワイライト。支配者様がお待ちかねです」

 

 首輪についた鎖を握る女が命じた。首輪には魔力封じの力があり、逆らう術がない。

 

 わたくしは今、服もアクセサリも全てはぎ取られ、四つんばいという屈辱的な姿で、長い廊下を進まされている。

 廊下には毛足の長い絨毯が敷かれており、足音が全くしない。それがせめてもの救いだった。自分の惨めさを意識せずに済むから。

 

『トワイライトォオオオ! 私の役に立ちなさい! このゴミクズどもを片付けるのよぉっ!』

 

 有用な駒だが下種な女、そう思っていたノーザに命令され、そして一たまりもなく従ってしまった、あの時。

 わたくしは自分が操り人形であることを知った。ディスダークのために働かされる、愚かなマリオネットであることを。

 

『それとも……プリンセス・ホープ・ディライト・トワ殿下とお呼びしたほうがよろしいでしょうか』

 

 アイマスクの少女、ジェントルーは、わたくしのことをそう呼んだ。トワ。トワイライト。…………あまりにも安直な命名ね。

 

「…………ふふっ。ふふふっ……」

 

 ジェントルーは、ホープキングダムの国民だったらしい。そう、「だった」。

 ホープキングダムは滅んでしまった。わたくしが滅ぼしたのです。真っ先に洗脳され、「トワイライト」となった「トワ」が。

 

「トワイライト」はホープキングダムの抵抗を封じるための駒に過ぎなかったのだ。

 その事実に対し、わたくしは何も感じていない。だって何も覚えていないから。自分の名も、顔も、髪の色も。国も、家族も、国民も、何もかも忘れてしまったから。

 

(親の名も知らずに高貴な血統だなんて。お笑いぐさね)

 

 だから何も感じない。感じてはいけない。例え涙が流れても、それは自分を慰めるためのもの。そんな見苦しいこと、してはならないわ。

 

「お前には支配者様の『馬』という役割が与えられます。光栄なことですよ」

 

 そう話す女はセクレトルーという。頭はおかしいが、容色に優れ高い職業意識を持った女秘書だ。彼女の主人に対する忠誠ぶりは本物だ。

 わたくしもこの目で目撃した。『馬』になれと命じられ、服を脱ぎ鎖をつけ、それでも懸命に主のために走っていた彼女を。

 

(でも……今のあなたはどうなのかしら? ねぇ、セクレトルー……?)

 

 このセクレトルーが、わたくしの知るセクレトルーと同一である保証はない。状況の異常さを考えれば、頭の中身を書き換えられている可能性は十分にある。

 

「さあ、到着です。くれぐれも粗相のないように」

 

 廊下の最奥、重厚な扉の前で立ち止まると、セクレトルーは冷たい声で告げた。

 

「わかっているでしょう? お前はもう、かつてのようなプリンセスではありません。お前はただの家畜です。これから与えられるお役目をこなすことだけを考えなさい」

 

 そう言うと、セクレトルーは扉を叩く。ややあって、ひとりでに扉が開いていく。

 

(ずいぶんと古めかしい装飾様式ね。失われた古代シャンティアの遺物かしら?)

 

 わたくしの考えが正しければ、この宮殿を作ったのはシャンティアの女王、シャロンだ。1万2000年前の世界を知る彼女ならば、当時の技術を再現することもできるだろう。

 

 扉の奥から、かすかな女たちの嬌声(きょうせい)と、体液の臭いが流れてきた。思わず眉をひそめる。『前回』とは状況が異なるようだ。

 

 扉の中も廊下と同様だった。真紅の絨毯が敷き詰められ、壁にかけられた燭台の上で炎が揺らめいている。その向こう、広間の中央に、天蓋付きの大きなベッドがあった。その上で絡み合う影が4つある。

 中央にいるのは、褐色の肌をした男だった。

 

「……総統ユージ」

 

「もはや総統ではありません。世界の支配者様です。お名前を呼ぶのは不敬に当たりますよ」

 

 隣に立つセクレトルーが小声で注意してきたが、彼女はすぐに表情を変えた。うっとりと目を潤ませ、熱い吐息を漏らす。ユージの姿を目にして興奮しているようだ。

 

「ああ……素敵……3人のメイドを一方的に嬲(なぶ)ってらっしゃるわ……♥」

 

 3人のメイドたちは、服を着たままだ。最初からセックスしやすいように作られたメイド服なのだろう。

 あちこちに穴や切れ込みが入っており、そこから総統の手が潜り込んでいるのが見えた。

 その手が動くたび、メイドたちは媚(こ)びた声を上げて悶(もだ)えた。

 

「んぅッ♡ くッ♡ 支配者様ぁッ♡ そんなにされたらミルク出ちゃいますぅッ♡」

 

「ぼく、ぼく、おかしくなってる♡ こんな感覚初めてぇッ♡ ひひゃぁぁん♡ そんなとこ舐(な)めたららめれすぅ♡ あ゛あ゛ぁあ~♡」

 

「お胸っ、アタシのおっぱい搾っても意味ないぃいッ♡ お乳なんて出ないぃぃいい♡ でも気持ちいひぃい~~♡」

 

 総統は一心不乱に彼女たちを弄ぶ。まるで、そこにしか存在価値がないかのように。性の玩具として扱うことしか考えていないように。

 

 わたくしはそのまま、メイドたちが全員失神するまでの3時間、ずっと四つんばいのまま眺めていた。目を背けることは許されなかった。セクレトルーは度々鎖を引き、顔を上げさせた。

 そうして見ていると、腰の奥のほうが熱くなるのがわかった。

 

(どうして? どうしてこんなに胸が高鳴るの?)

 

 自分でも分からないうちに、頬が紅潮していた。股の間がじゅんと湿り気を帯びているのがわかる。

 恐怖を覚え、それを吐き捨てるように言う。

 

「……まるで、獣。いいえ、性の悦びを貪ることしかできない、飢鬼(がき)ね……」

 

「そうでしょうか。お前は人間ですらなく、ただ操られるだけのマリオネットに過ぎなかったのでしょう。軽蔑する権利があるとでも思っているのですか?」

 

 セクレトルーが耳元で囁(ささや)く。その声音には愉悦の色があった。彼女が興奮していることを肌で感じる。わたくしと同じだ。

 息を整えた総統がこちらを見た。濁った目が一瞬、ギラリと輝く。

 

「セクレトルー、その子がトワイライトか」

 

「はい、その通りです。まだ調教は済んでおりませんが、ご指示があれば直ちに行います。まずはご鑑賞をお楽しみください」

 

「ああ、引き回して見せてくれ」

 

「かしこまりました」

 

 セクレトルーは首輪についた鎖を持ち、グイと引いた。引っ張られて首が締まるが、抵抗する力などない。四つんばいになって、言われるままについていくしかない。

 

 屈辱的な移動が始まった。一糸まとわぬ姿で、犬のようにはい回る姿をさらすことになるのだ。

 総統の視線が身体に突き刺さる。品定めされていることを自覚させられるが、羞恥を感じる暇もない。今はただ歩くことに集中しなければならないのだ。ここで足が止まると余計に惨めになる。

 

「セクレトルー……この子、何歳なんだ?」

 

「12歳だそうです。身長164cm、体重45kg。かなりのやせ型ですね」

 

「へえ、道理で」

 

「……っ!」

 

 怒りのあまり声が出そうになるが、かろうじてこらえる。

 わたくしのどこを見て、道理で、と言うのだろう。生えていない股間や膨らんでいない胸部のことを言ってるのだろうか。

 伸びやかな手足は密かな自慢だけれど、この体にはまだ子供らしさが残っていることを思い知らされるようで悔しい。

 

「あと10kgは肉が付いていたほうが美しいのですが、成長期ですから。十分なエサを与えればいずれ改善されるでしょう」

 

「そうか……楽しみだな……」

 

 わたくしを見下ろし、総統とセクレトルーは囁(ささや)きあう。その内容に寒気を覚えた。家畜として扱われるより恐ろしい日々を思い描いたからだ。

 

 毎日美味しい食事を与えられ、たっぷりの愛情を与えられる。

 総統に逆らう気さえ起きず、喉をなでられれば嬉しそうに目を細める。

 無防備に腹と性器をさらし、総統の愛撫(あいぶ)を期待している自分。

 飼い慣らされ、躾(しつ)けられ、愛玩動物として一生を終える……。

 

(それも……いいかも……もう、帰るところもないし……)

 

 ゾッとした。自分の思考に自分で驚く。一瞬とはいえ、逃避するための妄想にしては度が過ぎていた。

 

「さあトワイライト、支配者様にご挨拶なさい」

 

 セクレトルーの声にハッと我に返る。いつの間にか、総統の前に来ていたらしい。

 慌てて恥ずべき箇所を隠そうとするが、許されない。セクレトルーが首輪をぐいと引っ張ったためだ。自然と顔が上を向く形になり、視線が交差する。

 

「初めまして、トワイライト。俺は世界の支配者だ」

 

 やはりそうだった。彼は、自分を覚えていない。

 あの時見た金色の光。謎の声。そしてセクレトルーの言動。それらから導き出された仮説。

 それを裏付けるように、総統は意思を感じられない瞳で初対面の挨拶をした。

 

「…………そう。時間を巻き戻されていたのね。道理でお前が狂ってしまうわけだわ」

 

 かわいそうだ、と思った。

 彼は国や家族を守るため、必死で戦ったのに。

 下賤(げせん)な生まれの合成人間とは言え、命をかけてダークプリキュアを助けたのに。

 わたくしへの恋心も捨て、そして勝利したのに。

 

 それが、水をやりすぎた観葉植物のように腐っているなんて。ただひたすらに快楽と幸福だけを与えられ、自我も自省も自尊も奪われてしまうなんて。

 あんまりにも救いがない。

 

 胸の中から、怒りがあふれ出した。絶望と諦めに支配されていた頭が熱くなり、そして心が燃え上がった。

 だから言ってやったのだ。彼の虚ろな瞳を見つめて、はっきりと。

 

「わたくしはホープキングダムの正当なる王位継承者。いかにお前が世界の支配者と言えど、やすやすと肌身は許しませんことよ」

 

「トワイライト!」

 

 セクレトルーのムチが飛び、背中に赤い筋が走る。鋭い痛みが走ったけれど、悲鳴はあげなかった。歯を食いしばって耐える。

 この痛みは『前回』で経験した。余裕をもって耐えられる。

 

「言うに事欠いて……身の程を知りなさい! お前はもうプリンセスではないのです! ただの家畜なのですよ! 支配者様に対する不敬な態度、万死に値します!!」

 

 再びムチが振り下ろされた。今度はお尻だった。パシン! という音とともに、焼けるような熱さを感じた。痛いけれど、声は出さない。

 トワイライトは、この程度の痛みなど意に介さない女なのだ。気位が高くて、簡単には屈しない女なのだ。

 

 そういう風に見せなければいけない。

 果たして目論見通り、総統は興味深げに目を細めた。顎に手を当て、品定めするようにこちらを見つめてくる。

 その目に光が灯っているように見える。しかしそれは希望の光ではなく、嗜虐(しぎゃく)的な炎だった。

 

(それでいいのよ……)

 

 心の中でつぶやく。彼がどんなつもりでも構わない。こちらを見続けるならそれで構わない。

 

「何が欲しいんだ、トワイライト。俺に何ができる? 君を抱くために、どんなことでもするぞ。なんでもできる」

 

 言いながらベッドを降り、わたくしの髪をつかんだ。力任せに引っ張られて、無理やり上を向かされる。

 

「金か? 権力か? なんでも好きなものをやるぞ」

「あなたよ、支配者様」

「なに?」

 

 わたくしは即答した。すると総統は驚いたように、

 

「意味が分からない。俺? セックスしたいってことか?」

 

 そう聞き返してきた。わたくしは笑みも見せず媚(こ)びることもせず、ただただまっすぐ目を見て言った。

 

「いいえ。わたくしが欲しいのは、あなたの心よ。あなたをわたくしに恋焦がれさせ、女神を見上げるようにわたくしを崇めさせる。それが望みですわ」

「恋……」

 

「与えられた愛を貪るのではなく、あなた自身の心でわたくしを愛しなさい。他には何もいりませんわ」

「……俺自身の、心で」

 

 そう言うと、総統はそっと口付けしてきた。わたくしも拒まない。

 

「ん……」

 

 正直に言おう。わたくしには何の計画もない。ただ、ただ、今自分が一番大事だと思うことを言っただけだ。

 

 彼に必要なのは愛されることではなく、愛することだと思った。

 愛されることができるのは、何故か記憶も消えず、心も歪められていない自分だけだと思った。

 

 そう思ったら、勝手に口が動いていた。

 

「……あ、あむ、んちゅ、んん……」

 

 舌が入ってくる。まるでそれ自体が生き物のように動き回り、口の中を犯していく。歯茎の裏まで舐(な)められ、思わず背筋が震えた。

 

 わたくしに何ができるのか、それは分からない。

 逆にできない事ははっきりしている。彼に記憶を取り戻させることだ。

 時間が巻き戻されるトリガーは、恐らく彼の記憶が戻ること。それだけは避けなければならない。

 

 記憶を取り戻させず、心を取り戻させる。そんな不可能に思えることが、わたくしの今一番やるべきことなのだ。

 

「んんっ……はぁ……ふ、んぅっ……!」

 

 キスの合間に息継ぎをするたび、情けない声が漏れてしまう。それを恥ずかしいと感じる。

 逆に総統は余裕そのものだ。彼は支配者として、今まで何人の女とキスしてきたのだろう。百人か。千人か。あるいは世界全ての女とキスしたのかもしれない。

 

「でも……んぅ、んん……ほかの、どんなおんなよりも、うん、んん……わたくしとのキスの方が……イイでしょう……?」

「そんな訳がないでしょう」

「?!」

 

 セクレトルーの声。

 チクリ。首筋の後ろに、針を突き立てられたような痛みを感じた。続いて何かが注入されていく感覚。

 

「図に乗らないことです、トワイライト。いまお前に注射したのは、脳神経を支配するナノチップです」

 

「────っ」

 

 膝が震える。力が入らない。その場に崩れ落ちそうになるのを、総統の手が支えてくれた。

 彼が言う。

 

「おすわり」

 

「あ……あっ」

 

 ぺたん。体が命令に従い、犬のポーズで座り込む。

 そんなわたくしの姿を見て、セクレトルーが言う。

 

「これは治療なのですよ、トワイライト。自分が異常者である事を理解しなさい。支配者様に逆らうものなど、世界にお前ただ一人。このチップはお前がまっとうな人間として生きていくための薬なのです」

 

 違う。狂っているのはこの世界だ。セクレトルーは洗脳されているだけで、総統は心を腐らせられているだけだ。

 彼が言う。

 

「お手」

 

 反射的に右手が出た。そのまま差し出す。差し出された手のひらの上に手を乗せる。

 

「おかわり」

 

 同じように左手が出た。

 

「ちんちん」

 

 犬の姿勢のまま、上半身を上げる。股間を見せる姿勢だ。裸の性器が総統に丸見えになる。羞恥で顔が熱くなった。

 

「愛せといったね、トワイライト」

 

 総統が言った。わたくしを見下ろしている。表情は優しいが、瞳は笑っていない。

 

「愛してあげるよ。『馬』はしばらくお休みだ。俺の『犬』として、君を愛してあげよう」

 

(続く)

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