「……イース様! ジェントルー! ドリーム!」
「総統。お前には使命がある。他でもないお前自身の願いから生まれた、決して逃れられない使命が」
ダークプリキュアにしては、抽象的な物言い。
彼女は敢えて言及しなかった。少女たちの中に、シャロンの姿がないことを。
◆◆◆
「申し訳ありませんでした!」
ユージは土下座した。
両手をつき額を地面にこすりつけるようにして許しを乞うた。
生まれて初めての土下座である。しかも相手は婚約者と恋人と恋人。傍目には最高に情けない光景だ。
「…………ちっ」
「…………ふん」
「…………もー」
反応は芳しくない。イースには舌打ちされ、ジェントルーにはそっぽを向かれ、ドリームには溜息をつかれた。
だがプライドや羞恥に構っている場合ではない。これは重大なことだ。
なにしろ自分は彼女たちの存在を忘れていたのだ。そして他の女とセックスした。
来る日も来る日も彼女たちじゃない女と交わって獣のように腰を振っていた。
許されることではない。殴られようが殺されようが文句は言えない。だからまずは謝罪だ。許してもらえるかどうかはその後の話である。
しばらく沈黙が続いたのち、先に動いたのはイースだった。
「顔を上げなさい」
「……はい」
言われた通り顔を上げる。懐かしいボンテージのような軍服姿。
あの日、シャンティアの首都ローザシャーンで別れた時と同じ格好だ。なぜか体型も変わっていない。
こんな時でなければ見惚れるほどに美しい最高の婚約者だが、今は罪悪感で胸がいっぱいだ。
「私たちを忘れたのは誰のせい? シャロン?」
「全て俺のせいです!」
「そうね。お前があんな女を蘇らせたせいね」
「いいえ違います! シャロンを守れなかった俺の責任です!」
そう言ってまた頭を下げるユージに、トワイライトとダークプリキュアが顔を見合わせている。かつては殺し合った二人だが、どうやら命を救ったことで和解したらしい。
ユージはさらに続ける。
「全部俺のせいだから罰を受けます! どんな屈辱でも受け入れます! 殴って気が済むなら俺を好きなだけ蹴飛ばしてください!」
「そう」
ガツンと音がしてユージの顔が芝生にめり込んだ。イースがハイヒールの底で踏みつけたのだ。
ツンと鼻血の匂いが漂う。痛みのあまり目尻に涙が浮かんだ。
「痛い?」
「……痛いです」
「辛い?」
「……辛いです」
「苦しい?」
「……苦しいです」
「悲しい?」
「……悲しいです」
「じゃあ」
イースが深呼吸する気配。
「私の事、嫌いになった?」
「いいえ!!!」
思い切り上半身を跳ね上げる。きゃっと叫んで地面に転がったイースを、飛びつくようにして抱きしめた。
「イース様ぁ!」
「ちょっ、ちょっとぉ……も、もうっ……!」
むぎゅりと柔らかい感触、温かみ、そして匂い。どれもこれも懐かしく愛おしい、生まれて初めて好きになった女の子のものだ。
「俺がイース様を嫌いになるなんてありえない! 俺はっ、俺は……うぅぅ……」
「分かったわ、分かったわよ……ほら泣き止んで……」
優しいタッチで首筋を撫でられる。怜悧で生硬な少女だったイースは、3年の間に柔らかくしなやかな女性へと成長していた。
「イース様ぁ……ぐすっ、ひっく……」
「私が好き?」
「はい! 大好きです! 心の底から愛してます!」
イースがニヤリと笑う。錆びた金属のような朱い瞳の奥で、何かが妖しく光った気がした。
「じゃあもう他の女に浮気しないわね?」
「しません! 絶対に!」
即答すると、チュッと額にキスされた。
「……バカね、相変わらず」
まるで小鳥がついばむような軽いキスだったが、それでも十分すぎるほどの幸せを感じた。思わず顔がだらしなく緩む。
だが、
「おいおい、待て待て待て」
「ちっ」
ジェントルーの声と共に抱き起こされる。
シルクハットにアイマスクの彼女も、3年前とまるで変わらない。
「君、胸の感触も変わらないとか思っているだろう」
「思ってません」
つい嘘をついてしまった。実際、彼女の膨らみは相変わらずイースと比べるべくもない。
手袋に包まれた腕が伸びて、むにーっと頬を引っ張られる。
「確認しておくが、『他の女』の中に私やドリームは入っていないな?」
「ひゃい……もひろんれす……」
「よろしい。…………んっ」
満足げに頷くや否や、いきなり唇を奪われる。シルクハットがポロリと落ちた。がっちり頭を掴んで何度も何度も角度を変え、唇をぶつけてくる。
「んっ、んっ、んっ、んーっ!」
(((長い……!)))
「ジェントル~、まだ~?」
ドリームの声にも応えず、生真面目で健気な美少女怪盗は熱烈な口づけを続けた。3年の空白を埋めようとする情熱的な求愛行動だ。
ようやく解放された時には酸欠寸前だった。ぜえはあ肩で息をしながらその場にへたり込む。
そんなユージの前に、紅紫のプリキュア姿に変身したドリームが膝をついた。
「えいっ♪」
「ぎゃんっ!?」
可愛らしい声と共にデコピンされる。脳天まで突き抜けるような痛みに、思わず額を押さえた。目から火花が出るかと思ったほどだ。
「うおおぉぉ……こ、これが伝説の戦士……?」
「あはは! これで許してあげる! ……でも」
ぐいっと顔を寄せてきたドリームに睨まれて、ビクッと肩を震わせてしまう。
まったく、ドリームの笑顔は、見れば見るほど、獲物を狙う蛇のような危険な笑みだ。
「次に忘れたら、殺しちゃうから。ちゃんと守ってね、や・く・そ・く♪」
「……はい! 絶対守ります! もう二度とドリームのこと忘れません! 一生大事にします! 世界で一番幸せにしてみせます!!」
「えへ♪ 嬉しい……じゃーあ」
とろんと瞳が蕩ける。同時に甘ったるい声になったかと思うと、耳元で囁いた。
「──私も、世界で一番 あ・い・し・て・る♡♡」
ゾクゾクと背中を走る悪寒にも似た快感。
それをきっかけに、3年ぶりの再会を果たした恋人たちの甘いベーゼが始まった。
「ユージ……♡ ん……」
「あっ、イース様……」
「ユージ~、私にも構ってよ~」
「ご、ごめんドリーム……」
「えへ♡ れろれろぉ……♡ ゆーじぃ……♡」
「ん、ん、ユージ……♡ ん、ユージ……♡」
◆◆◆
やがて、夕日が差してきた。
「ごほん! …………さて、そろそろ状況を整理しよう。ユージ、いいか?」
咳払いを一つして甘い空気を変えたのは、ジェントルーだ。ぴんと人差し指を立てている。
邪魔しないようにしていたダークプリキュアとトワイライトも含め、全員が居住まいを正した。
「まず一つ目、この3年間、地球はシャロンに支配されていた。それはユージを幸福にすること、ただそれだけが目的だった。そして恐らく……」
「それは本人の意思に反していました。傍にいたわたくしが保証します」
口を挟んだのはトワイライトだ。
ダサい部屋着姿のままでも、彼女が優雅に一礼すると絵になるのだから不思議である。
「先達たる皆様方に敬意を表し、改めて申しあげます。ユージとわたくしは強い愛で結ばれました」
トワイライトがちらりと視線を寄越したので、ユージはその手を握った。指を絡めてしっかりと繋ぐ。
「貴女方にはまだまだ及ぶべくもございませんけれど、末永くよろしくお願いいたしますわ」
ぺこりと頭を下げる姿は気品に満ちている。その首筋にダークプリキュアが手を伸ばした。
「お前を受け入れよう。……ふんっ!」
バキンッと音を立てて、魔力封じの首輪が粉砕された。その残骸を見て、元プリンセスが目を丸くする。
「相変わらずのパワーファイターですわね」
「褒め言葉と受け取っておこう」
「ふふ、御礼申し上げます」
「必要ない。ここにいる全員、お前には返しきれない恩ができたのだから」
無表情のままダークプリキュアが言うと、既に事情を聞かされていた全員が頷いた。
ジェントルーが二本目の指を立てる。
「次に二つ目。私、イース、ドリーム、ダークプリキュアは異空間に隔離されていた。それもシャロンの仕業だ」
「…………ごめん、シャロンが」
「意外と快適な暮らしだったよ、ご飯も美味しかったし♪」
申し訳なさそうに俯くユージに、ドリームが微妙なフォローを入れる。そんな2人を一瞥して、ダークプリキュアが口を開く。
「女王の真意は分からない。だが私の電子頭脳は彼女が保険をかけたのだと結論付けた」
「それってどういう……?」
「女王の行為には第三者が介入しており、それに対抗するためという推論だ。ジェントルー、続けろ」
「ああ。そして三つ目、最も重要なことだが──」
3本の指で、赤く染まった空を指した。頂点に輝くのは、金色の巨大な星だ。太陽よりも巨大に見えるという事は、既に太陽系へ侵入を果たしているのだろう。
「あのギードラが到達すれば、地球の文明は崩壊するという。止め方を知っているのはシャロンだけだ」
妖星ギードラ。ある意味ではシャロンの分身とも言える
「だが、彼女を害し利用している真の敵と、私たちは既に戦った。ギードラそれ自体は、本質的な問題ではない」
シャロンを傷つけて利用しようとしている敵。ユージの頭に血が上った。
「誰だ! 誰が黒幕なんだ! それにシャロンは無事なのか!?」
ジェントルーが目をそらす。
「……君には聞かせたくない話なんだが…………」
「……!!」
詰め寄ろうとするユージの体をドリームが抱きしめる。無言ながら『落ち着け』という意思表示だ。
大人しくなったのを確認してからジェントルーが続けた。
「シャロンは消えた。私たちが地球に到着した時、なんの前触れも無く、な。恐らくは黒幕によって連れ去られたか、あるいは……」
そこで言葉を濁す。その先を口にすることは憚られたようだ。だが、
「あるいは、自分の手でテメェらを殺すためかもしれねえぜ」
「上だ!」
ダークプリキュアの警告に全員が空を見上げた。トワイライト、イース、ドリームが嫌悪感をあらわにする。
「クローズ!」
「何度も何度も……!」
「ホントしつっこいんだから!」
ユージは、この時初めてクローズを見た。
天空のギードラを背に浮遊する、いかにも粗暴な雰囲気の男。棘のような黒いスパイクヘア、目元の赤いメイク。衣服はボロボロに焼け落ちているが、筋肉質の肉体には傷一つないようだ。
だが外見の印象と裏腹に、ひどく神妙な面持ちでこちらを睨みつけている。
「認めよう。俺は甘く見ていた。プリキュアでもないお前たちに、こうまで追い詰められるとは思っていなかった」
──いや、そんな事はどうでもいい。右手にノーザの生首を持っていることも、どうでもいい。
「キュアフローラの前に、まずはお前らから始末しておくべきだった」
ただ、このクソ野郎が、愛しい妻を、シャロンを、まるでゴミのように左手でぶら下げていることだけが激しく感情を揺さぶった。
「シャロン……!」
妻の髪は抜け落ち、眼窩は窪み、やせ細って枯れ木のようだ。手足は垂れ下がり、ぷらんぷらんと人形のように揺れている。
「返せ……返せっ! 俺のシャロンを返せぇぇえ!」
「「クローズ!」」
飛び出したのはドリームとダークプリキュアだ。オーラに包まれながら跳躍し、上空のクローズへ突っ込む。
だが寸前で、光のバリアに弾かれ吹き飛ばされた。そのバリアは金色に輝いている。
「あうっ!」「なにっ!」
金色の光。それはギードラの力。つまり──
〈ゆ る さ な い〉
バリアを使ったのは、カッと金色の目を見開いたシャロンだった。口から呪詛の言葉が漏れる。
〈わ た し が あ げ た し あ わ せ を〉
コピープリキュアたちが再度攻撃に移る。だがやはりバリアを破ることはできなかった。
〈す て て し ま う な ん て〉
それどころか激しいスパークと共に跳ね返され、地面に激突する。
〈ぜ っ た い に ゆ る さ な い〉
その呪詛は、ユージに向けられていた。
「だとよ、世界の支配者サマ! くっ、ははっ、俺達の利害は一致したわけだ!」
クローズがシャロンとノーザを持ち上げる。バサッと背中に広がった黒い翼が、そのまま三人を包み込んだ。
「見ろ、これがお前の罪!」
その姿が、爆発的に膨れ上がる。
「お前が抱いた女の末路!!」
大地が鳴動する。空気が重くなる。
「お前が生んだ絶望!!!」
空に座す凶星が、地の星を飲み込もうとしている。それを背に現れたのは、闇の生物と合成人間、そしてギードラの化身が三位一体となった大怪獣。
その名も──
「名付けてディスギードラ!!!」
全長100m、体高50m、翼長80m。
巨大な翼と四足歩行を併せ持つ三つ首の巨大竜だ。
クローズの影響かその皮膚は黒く、かつ溶岩のように赤熱している。全身から立ち昇る黒煙が嵐となって渦を巻く。時折見える黄色い牙の間から炎が溢れ出す様は地獄そのもののようだ。
ディスギードラは翼を広げ、全身で威嚇するように咆哮した。
『グオオォオォォォオォ!!!』
もはや声ですらない、大気そのものが震えるような叫び。ビリビリと地面さえ振動させる轟音だった。
「そんな……」
少女たちが絶句する。イースも、ジェントルーも、ドリームも、ダークプリキュアも、トワイライトも。
ただ一人、ユージだけが叫んだ。
「クロォォオォォォズッッ!!
シャロンを返せぇえぇええぇぇっっ!!!!」
(続く)