〈ど う し て き た の〉
ユージが見たのは、ディスギードラの肉体に半ば取り込まれた死にかけのシャロンだった。
空間の広さは五メートル四方といったところか。天井が高いため窮屈ではないが、息苦しさを感じる。
シャロンは、壁の一つに
すでに服も体もぼろぼろで、ところどころ骨が露出している部分さえある。呼吸音も聞こえない。
「シャロン!」
『来ないで!』
明瞭なテレパシーで拒絶される。手を伸ばしかけた瞬間、周囲の肉壁が一斉に蠢き始めた。凄まじい勢いで打ち出された触手が手足を貫く。
「ぐああぁっ!?」
避けられない。ユージの消耗は限界を超えていた。頭部や胴体を守るので精一杯だ。激痛が全身を駆け巡った。
『どうして来たの!?』
「き、みを、助けに……!」
『うそ! どうせギードラを追い返すために、わたくしが必要になったのでしょう!』
「ちが、あ、ああ!?」
触手でシャロンの眼前まで引き寄せられる。目の前に、今にも息絶えそうな妻の顔があった。
『お生憎様! もう、わたくしは、あなたを苦しませることしかできない! ギードラを呼び寄せる事しかできないの!』
雪のように白かった頭髪はすべて抜け落ち、宝石のように輝く赤い瞳は右目だけになり、カラカラに乾いて落ち窪んでいる。
肌は血の気を失いミイラのようで、ところどころ青紫や赤紫の斑点が出来ていた。
『どうですか。どうですか!? これが今のわたくしです! 髪もありません! 目も片方ありません! 皮膚も爛れてグズグズで……!』
テレパシーから伝わってくるのは、一度聞いたら一生忘れられないと思わせる悲痛な叫びだ。
生ける屍という言葉がぴったりだった。彼女は生きながらにして死んでいる。こんなになってもなお死ねない肉体というのは、運命はどれだけ残酷なのだろう。
『醜いでしょう!? もう子宮も凍って砕けました! 出会った時のような都合のいい奇跡はもう無いんです!』
「しゃ……ろ……」
出会った時、ユージは死にかけたシャロンの子宮に精液を注いだ。それで生命エネルギーを活性化させ、彼女は蘇った。
だがもうそんなことは起こらないのだ。
『あなたには見られたくなかった……! せめて、あなたが幸せな事を感じながら死にたかった……!』
あたりの空気が重みを増したかのような息苦しさ。シャロンの悲しみが空間を汚染しているかのようだった。言葉にならないほどの苦痛を感じる。
だが同時に感じるのだ。目の前の少女がどうしようもなく愛おしいという感情を。
『なのにどうして思い出したの!? そんなにトワイライトが気に入ったの!? わたくしじゃなくてあの小娘が!』
「ちがうよ……!」
激痛で痙攣する体に鞭打って声を絞り出す。
血が足りない。肉が食いたい。力をつけて、シャロンを抱きしめたい。
(……肉? それって……)
ふと、何かが頭をかすめる。しかしそれをゆっくり考えている余裕はなかった。
シャロンが聞き捨てならない事を言ったからだ。
『あんな子、やっぱり記憶も人格も奪ってしまえば良かった! 最初からただの人形に』
「黙れ!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。驚いたのかシャロンのテレパシーが止まる。
こんな風に声を荒らげたのは、出会った時以来だった。イースが死んで、心が追い詰められていたときだけ。
結婚してからは一度もない。
「トワイライトは強くて優しい、素晴らしい女の子だ! だから好きになった! 何が悪い!」
『なっ……う、う、浮気者! 浮気者! 浮気者 浮気者 浮気者! わたくしがこんなに愛してるのに!!』
「今さらガタガタ言うな! 俺は好きな女の子みんなと幸せになりたいんだ! 結婚する前に言ったじゃないか!」
『あの時はイースだけでしたもの!』
「屁理屈言うなよ! 君は俺にたくさん子供を作れって言ってくれただろ! たくさん女の子を好きになって何が悪い! 自分で言ったんだからそれくらい我慢しろよ!」
『いや、イヤ、嫌ぁーっ!! わたくし以外の女なんて嫌ーっ!!』
「ワガママ言うな!!」
さて。
ギードラの到来を止める手段はもうない。明日になれば、地球は滅亡する。
ここは巨大怪獣の体内だ。シャロンは怪獣に取り込まれかけ、ユージも放っておけば死ぬ。
それでも、ここで行われているのは犬も食わない夫婦喧嘩だった。
いや、こんなもの怪獣だって食わないだろう。
『ユージさんのバカ! バカバカバカ! 大嫌い!』
「俺だって君のことなんか嫌いだね! 自己中でワガママですぐ泣く君みたいな女の相手なんかしたくないんだよ!」
だが、それでもユージは目をそらさず、妻を抱きしめようともがいている。シャロンも夫を引き離そうとせずに、ひたすらテレパシーを送り付けてくる。
それはなぜか。簡単な話だ。
愛しているからに決まっている。
「嘘つき嘘つき、わたくしのこと大好きなくせに! ちゃんと分かってるんだから! 本当はわたくしに優しくしたいくせに!」
「うるさいなぁ! 君だって俺の事好きでたまらないんだろ! だったらもっと素直になれよ!」
「どうしてそういう言い方をしますの!? もうちょっと甘やかしてくれても良いじゃありませんか!」
「知るか! 大体なんだよ、俺が幸せな事を感じながら死にたかった? ウソつくな!」
『本当です! どうせ死ぬならそれくらい許してくれてもいいじゃないですか!』
「冗談言うな! 君の事を忘れてノーザなんかとセックスさせられたってな、ちっとも嬉しくないんだ!」
『それは悪かったですけど! だから世界中で女の子を抱かせてあげたじゃないですか! あなたのためにやったんですよ!?』
「ああ感謝してるさ! でもな、ギードラが来るならどうせ俺も死ぬだろ! だったら俺は君と抱き合いながら死にたかったよ!」
『っ~~~~~~~』
テレパシーの波が乱高下する。恥ずかしいのか嬉しいのか、照れているのか怒っているのか、ひょっとしたらその全てなのか。
「どうせアレだろ!? 君だって俺と一緒に死にたいのに言い出せなかっただけだろ! 心中したいだけならカッコつけて世界征服なんかするな!」
『ち、ち、違います!』
「じゃあなんだっていうんだ!?」
『違うったら違うの!』
「なにが違うんだよ!?」
『違うの! 違う! ユージさんのバカァアッ!!』
◆◆◆
二人はヒートアップし続けた。まるでそれしか伝える術がないかのように、延々と同じ言葉を言い合っている。
そんな二人を嘲笑う者がいた。
「……プッ、クッ、クハッ、ハ ハ ハ!」
肉壁が蠢いて、上からズルリと落ちてくるものがある。
それは紛れもなく、ディスギードラに取り込まれたもうひとりの女。
「ノーザ!!」
「ごきげんよう、GOP-9362061」
ユージの叫びに答えるように、ノーザが肉の床に降り立つ。
彼女の体は五体満足に復元されていた。一糸まとわぬ肌は白く滑らかで、男の官能をダイレクトに刺激してくる。腰まで届く長髪がふわりと広がり、蠱惑的な曲線を描く肢体が惜しげもなく晒された。
「フフフ……美しいでしょう? ……ハハハ!」
その背中から生じた触手が一直線に伸びて、ユージの腹部を貫いた。
「ぐあっ……!?」
一瞬遅れて灼熱感に襲われる。今までの戦いで傷ついた体のダメージもあいまって、意識が飛びそうになるほどの激痛が走った。
「グッ! ゴフッ!」
口から大量の血が溢れる。内臓にも傷がいったのか、咳込むたびに血を吐いてしまう。
「あら、もう終わり?」
『お止めなさいノーザ!』
「ハハハ、何を偉そうに。シャロン女王、私とお前は既に対等。同じディスギードラの一部に過ぎない」
ノーザは直接ユージの首を掴み、頬を舐め上げた。そしてそのまま強引に口づけてくる。
「んっ、んんっ……むーっ!」
『ユージさんに触るなあっ!』
妻の悲痛な叫び。ユージはじたばたともがくが、手足に力が入らない。舌を差し込まれ、簡単に絡め取られてしまう。歯茎や頬の内側を舐め回され、口の中が唾液でいっぱいになる。息苦しさにたまらず飲み込んだ。
途端、胃壁から脊髄へと危険信号が駆け抜ける。
──毒だ!
唇が離れると、つぅーっと銀の橋がかかった。真っ赤なルージュをひいた妖艶な美女は、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「ジテルペン系アルカロイド……ハ ハ ハ、植物の毒なら自由自在に生成できる。お前のような下級合成人間とは訳が違うのよ」
「くっ……く、そ……!」
「お前の命を奪うのは…………私! そうでなければ、この怒りは収まらない!」
ノーザは拳を振り上げると、ユージを思い切り殴りつけた。顔がひしゃげるほどの衝撃が走る。
「お前ごときに犯され、そして喜びの涙を流した屈辱!」
二発目。鼻骨が砕ける嫌な感触があった。血の味で口がいっぱいになり、耳からも血が流れ出す。
「這いつくばり、媚びて、汚らしいチンポと寵愛を乞うた忌まわしい記憶!」
三発目。右耳がちぎれ飛んだ。脳みそが揺れるほどの衝撃を受け、ユージは意識を手放しかけた。
「使い捨てられ、ゴミに埋もれながら繰り返し繰り返し、なぜ捨てられた、なぜ愛されない、そう自分に問い続けた絶望!」
四発目。右目の視界が半分になった。眼球が破裂したのかもしれない。痛みは既に感じなくなっていた。このままいけば、間違いなく殺されるだろう。
『ノーザァッ!!』
「ハァッ、ハァッ──ハ、ハ ハ ハ! ハ ハ ハ ハ ハ! だがそれも過去のこと! 私は美しく蘇った! ディスギードラの一部として!」
悪魔のように笑いながら、蠱惑的な肢体を見せつけるように身をくねらせた。指を這わせ、頭から肩にかけてのなよやかなラインを撫で下ろす。
「シャロン。ああ、可哀そうなシャロン──ひとつ言っておくけれど、この男に犯された回数なら私のほうがずっと上ッ!」
女の美しさは、猛獣の爪や牙と同じく獲物をとらえ生命を搾取するための武器。それを誇示するように、ノーザは自らの美体をひけらかす。
乳房を揺らし、太ももを擦り合わせ、唇を舐めるその姿はまさに魔性だった。
『ノーザ、もう止めて…………』
「シャロン、私はお前の何倍も美しい!」
ノーザはユージの頭を掴み、シャロンの干からびた乳房に押し付けた。
ユージの視覚・嗅覚・触覚が、シャロンは
「ハハハ、どうだ? お前が愛した女の惨めな姿! ハ、ハ ハ ハ ハ!」
『っ……あ……ぁ……』
シャロンの嘆きが伝わってくる。しかしそんな反応すら楽しいのか、ノーザはさらに煽ってくる。
「もっと泣け、もっと喚け! そして私に媚びろ!」
「ノー…………ザ…………」
「そしてェ! 私を抱けたことに感謝しながら、私と同じにゴミの中で腐れェエエッ!!」
ノーザがユージの頭を締め付ける手に力を込める。頭蓋骨がミシミシと音を立て始めた。このままでは本当に握り潰されてしまうだろう。
だが…………いや、だから、ユージは言った。
「ノー、ザ」
「あァ!?」
「ありがとう」
「…………はァ?」
「お前が……追い詰めてくれた、おかげで、いい事を、思いついた」
自分とシャロンは、もう駄目だ。
ひとりなら。だが、ふたりなら?
体の奥底で、たぎるものを感じる。
死にゆく妻の乳房に顔を埋め、己が死の足音をも聞きながら、ユージはきっぱりとした言葉づかいで言った。
「死のギリギリで、俺の中にあった最後のブレーキが外れたんだ」
ユージは顎を開き、シャロンの乳房を噛んだ。歯を食い込ませ、そして噛みちぎる。
『ユージさん?!』
ゆっくりと咀嚼する。死にかけの、それでもまだ柔らかい肉の感触が口の中に広がった。
少し塩辛い。これは血だろうか。
「なんだ、とうとう壊れたか、GOP-9362061!?」
夢中で乳房にかぶりつくユージを見て、ノーザはたじろいでいた。
どうでもいい。今大事なのは、愛する女の肉を食べているという事実だけだ。
シャロンから伝わってくるテレパシーに痛みのシグナルはない。それに力を得て、ユージは乳房の肉を呑み込んだ。
「……ン、おいしいよ、シャロン、君はやっぱり、最高だ……」
『…………あ♡ 食べ、られてる♡ わたくし、食べられてる♡♡』
妻の、喜びの感情が流れ込んでくる。右の乳房を食べ終え、左へ。乳首のコリコリとした食感が心地良い。
「もぐ、もぐ、んぐっ……うまいよ、君のおっぱい……最高だ……」
『嬉、しい♡ わたくし、は、求められてる♡ 一つになりたいって、ユージさんに思われてるゥ♡♡ ああ、愛されてますっ♡♡♡』
彼女はずっとユージを求めていたのだ。もう一度ユージに愛されたいと。もはや叶うまいと思いながら、それを胸の奥に秘めていた。
だからイース達を見逃した。だからトワイライトやローラの記憶を消さなかった。か細い蜘蛛の糸を、誰かがよじ登ってくれることを祈っていた。
『ああ……♡ 嬉しい……♡ 嬉しい嬉しい嬉しいっ♡ もっと食べて♡ もっと味わって♡ もっと一つにして♡』
ならばそれに応えてやるべきだ。死んでいた彼女に精を注ぐことで始まった恋の、その結末に相応しい幕引きを見せなければならない。
ユージは思った。自分の妻を愛し抜くのだ、と。
「美味しい、美味しいよぉ……もっと、もっと欲しい……!」
「ひっ……♡ ユージさん、可愛い♡」
見つめ合う。
「俺、君が好きだ、君が好きだ!」
「ああっ♡ 食べて! もっと食べて♡ 全部あなたのものにしてェ♡♡♡」
「なっ……! こ、こいつ……ら……!!」
ノーザが恐怖している。戦慄でガチガチと歯を鳴らして、後ずさっていた。名状し難い怪物を見るような視線をふたりに注いでいる。
彼女は愛を知らない。命を尊ばない。だから分からない。
命を命に捧げる。命と命が一つになる。それこそが究極の愛だということが。
「シャロン、愛してる、大好きだ……!」
『あぁああッ♡ だめっ、わたくしのお腹っ、おヘソぉぉおォオッ♡♡♡♡』
ユージは一心不乱に食事を続ける。胸だけでは飽き足らず、腹部まで食らいつく。
筋肉が程よく弾力を返し、噛めば噛むほど甘みが溢れてきた。
元々体脂肪の少ない腹回りは少し固めで、噛んでいる間は口の中の水分を奪われる。
喉越しが悪いので飲み込むときに苦労するが、それがまた格別なのだ。
「やめ、止めろ! 離れろ、化け物どもがぁっ!」
「んっ……ぐ……!」
ノーザの右手で首を掴まれ、強引に持ち上げられる。
だがもう遅い。引きずり出したシャロンの子宮を噛み締めたままでニヤリと笑ってみせた。
「お前は……お前は死ぬのよ! お前の命は、私だけのものォオオォォッ!!!」
激昂したノーザは左手で貫き手を放った。ユージの胸にめり込み、心臓を貫く……はずだった。
「あ……………………バカな!?」
「痛いんだよ、このクソアマ!」
持ち上げられたまま、ユージは両手でノーザの右腕を握りつぶした。
「アァアアアアアッ?!」
激痛に悶え苦しむ女合成人間に、今度は頭突きを食らわせる。ごりっと鈍い音がして、鼻骨が砕けた。
「ガッ、ハァッ!?」
「ふぅー……腹三分目ってとこか……あぐっ」
口の周りを赤く濡らしながら、シャロンの子宮をゆっくり味わう。コリコリした筋繊維の感触に混じって濃厚な血の味と臭いが鼻腔を満たしている。
「──ごちそうさまでした」
最後に口周りの血を舐めとって飲み干すと、大きくげっぷをした。肺に残った空気を吐きだしきって、それからやっと呼吸をする。
いつの間にか傷はすっかり癒えていた。それどころか、かつて感じたことがないほど体が軽い。まるで生まれ変わったようだ。
「ちくしょおぉおおおおっ!! バケモノがァアアァッ!!」
半狂乱になって叫ぶ女合成人間が、再度左手を構えて突っ込んでくる。鋭い爪の先には毒液らしき緑色の液体が付着していた。あれで貫かれたら合成人間と言えど一溜りもないだろう。
──だけど今の俺にはもう関係ない。だってほら、俺はもう一人じゃないんだから。
両の眼を見開き、意識を集中する。眼球から光が溢れた。一瞬の間を置いて──バチィッと稲妻のような破壊光線が走る!
「な──」
光を浴びた途端、ノーザの左腕はボロボロに崩れた。爪も腕も毒液もバラバラに崩壊して灰のように散っていく。
「うっ、うぎゃぁああああっ!」
ノーザは悲鳴を上げて倒れた。左腕があった場所から大量の血液が流れ出し、地面を濡らしていく。引力を崩壊させる光線が直撃して、即死しないだけ大したものだ。
ユージは目を抑えて呻いた。
「あいたた……まぶ、眩しい……」
『もう、目から光線なんて撃つものじゃありません』
「ごめんごめん……君と一つになれて、なんかテンション上がっちゃって……」
『キャッ♡ さすが、わたくしの旦那様♡ 素敵です♡』
頭の中で、シャロンの浮かれた声がする。もうテレパシーではない。ひとつの脳に、ふたつの心が宿っているのだ。
「俺の中に、君の存在が染み渡っている」
『ユージさんの存在そのものを感じます』
「俺と君は一つだ」
『永遠に一つです』
今、ふたりはひとりだった。同じ存在になっていた。
「ひっ……!」
「────」
怯える女に顔を近づける。ノーザの瞳に自分の顔が映る。その両目は、金色に輝いていた。
「ギッ、ギ、ギギギ…………ギードラあああァァァァァッ!?!?」
ノーザの絶叫。恐怖と驚愕で歪む表情を眺めながら、ユージは優しく囁いた。
「前から聞いてはいたんだ。シャロンの体には、ギードラの欠片が埋め込まれてる」
「ひっ、ひっ、ひいいぃい……!」
「でもそれは石とか、金属とか、そういう物じゃなくて、もっと有機的に融合したものだって」
そう言いながらも、目はじっとノーザを見つめている。金色の瞳を輝かせて、心の奥底を覗き込むように凝視していた。
「
それはシャロンの知識だ。
かつて彼女は、伝説の戦士プリキュア5とミルキィローズによって切断されたギードラの欠片を自分に融合させ、ギードラの化身となった。
彼女の血肉に、ギードラの肉体が結合していたのだ。シャロンごとそれを食すことで、ユージもまたギードラの化身となったのである。
「こ、殺さないで…………なんでもしますから……」
掴んでいた髪を離すと、どさりと音を立ててノーザは尻餅をついた。
まるで蛇に睨まれた蛙だ。体はぶるぶると震え、歯はカチカチと鳴るばかりで、悲鳴すら上げられずに怯えている。
ユージは小さく溜息をついた。生物としてのランキングが、いま完全に逆転したのだ。
◆◆◆
パチパチと、乾いた拍手の音が響いた。
「貴重な御講演ありがとうございますぜ、世界の支配者サンよ」
「クローズ!」
白けた笑顔のクローズが、肉壁の一つから染み出すように現れる。
髪は白く染まり、手足は猛禽類のように細く鋭く、そして羽毛に覆われていた。瞳だけが爛々と輝き、ユージを射抜いている。
「さて、俺も一つ問題を出してやろう」
「……?」
突然何を言い出すのかと怪訝な顔をするユージに、しかしクロ-ズはお構いなしで続ける。
「シャロンの体重が50kgだったとして……」
「48kgだ。身長は163cm。それからな!」
叫んだユージの右手から、金の稲妻が放たれる。
「人妻の名前を、気安く呼ぶな!」
「そうかよ!」
だがその攻撃は、クローズが放った同じく金の稲妻で相殺された。
「!!」
「クハハ、ハーッハッハ!」
ぶつかり合い、そして拮抗する。ディスギードラの体内が黄金の光で満たされ、グロテスクな肉壁のディテールが露わになる。
「お前が取り込んだのはせいぜい5kg、10%ってとこだろ?」
「……お前ェッ!」
稲妻のパワーを強めるが、打ち勝てない。それどころか徐々に押し返されつつある。
「……く、くそ野郎……!」
「俺は、いやディスギードラは既に40%近くを取り込んでいる! つまり4倍だ! 今のテメーなんざ、どうってことねえんだよ!!」
「あああぁあっ!!」
ついに競り負けたユージは後方に吹っ飛び、仰向けに倒れる。その上に跨るようにして立つクローズ究極態の姿は、まさに悪魔そのものだった。
「……くっそぉおおぉおぉおおおおっ!!」
「フハハハ! ギードラの化身も所詮こんなモンか! やはり俺に相応しい敵はキュアフローラただひとり!!」
◆◆◆
(キュアフローラ…………?)
『クローズの宿敵……いえ、初恋の人ですね』
(え? 宿敵? 初恋? どっち?)
自分の中のシャロンは楽しそうに笑っている。
ユージはクローズを知らない。単にイースやシャロンを利用した悪党、強敵としか認識していなかった。
だがシャロンは、捕らえられてからの3年間、ずっとクローズと共にいたのだ。
『わたくしを半殺しにして支配したつもりのクローズは、油断してペラペラペラペラとよく喋りました』
シャロンは語る。彼女はジッとクローズを観察してきた。
クローズがどのようにキュアフローラというプリキュアと戦ったか、どうして死に別れたか、どれほど彼女との再戦を望んでいるか、クローズ自身の口から聞いていたのだ。
『いいですか、ユージさん。
そしてそれは今、ユージの知識となった。
『パワーが4倍? ふふ、大した事はありません。ギードラの化身として一番ベテランの、わたくしが付いていますから、ね♪』
◆◆◆
「クハハハッ! 女に腰を振るしか能がねえ、女の腐ったような男がっ!! 貴様ごときが俺と張り合おうなんて、一万年早えんだよッ!!!」
高笑いしながら、クローズは掌に生み出した光の球を発射する。巨大なエネルギーの塊は倒れたままのユージに直撃した。ドォン!! と爆音が響き渡り、紫色の煙がもうもうと立ち込める。
「…………なに? いない?」
「こっちだトリ野郎!」
クローズの背後で空間が歪み、中から無傷のユージが現れる。ギードラの力を使ってテレポーテーションしたのだ。
「ぬおっ!?」
「何が悪いっ!」
ユージの右手、口、左手から同時に稲妻光線が放たれる。それは空中で一本の竜巻となってクローズを襲った。シャロン得意のトリプルトルネードだ。
「ぐおっ!?」
まともに食らったクローズの体が錐揉み状に回転し、肉壁に叩きつけられる。衝撃で肉の床が大きく揺れ動いた。
「オラァッ!」
倒れたクローズに馬乗りになって、殴りまくる。拳の先に黄金のエネルギーを込め、何度も何度も執拗に殴りつける。殴打の度に稲妻が走り、火花が散った。
「何が悪いってんだ!」
「──ぐぁっ!?」
「好きな女の子に、オラァッ!」
「……グガッ!?」
「腰を振ることの何が悪いんだ! オラァッ!」
「……ガハァッ!?」
「お前みたいな、好きな女の子に好きとも言えなかったタマ無し野郎に、男と女の何がわかるんだ!!」
「なんだとテメェッ」
跳ね返される。後ろに弾き飛ばされる。ギードラの力を使われる前に、素早く起き上がって襲いかかる。
「うおおおおおっ!」
「誰がタマ無しだっ!」
殴る。殴られる。立ち上がる。走る。激突する。転ぶ。起き上がる。
繰り返す。次第にスピードが上がる。
「お前に決まってるだろうが! キュアフローラが好きだったんだろうが! それなのに何も言えずに死なせたんだろうが!」
「なぜ知ってやがる!? グッ、ヌウゥッ……!」
渾身のパンチが炸裂する。黄金のスパークを散らしながらクローズの顔が跳ね上がった。
だがすぐに持ち直し、長い脚がユージの横腹にめり込む。今度はユージのほうが床に叩き付けられる番だった。
「げはぁっ……!」
ゴロゴロ転がっていくユージを、クローズはさらに蹴飛ばした。
「貴様に何が分かる! 俺様とあいつの何がぁッ!!」
「うるせえヘタレ野郎!」
『いいですよユージさん。奴は逆上して攻撃が単調になっています。もっと煽って』
シャロンが声援をくれる。ユージは鼻血を流しながら、フラフラと立ち上がった。その眼光はギラギラと光っている。
「押し倒せばよかったんだ! 押し倒して、お前を俺のものにしたいって言って、チンポを挿れてりゃ良かったんだ! そうすりゃキュアフローラだって、もしかしたら
「あいつを汚すんじゃねえ、小僧ォオオオッ!」
再び殴り合いが始まる。もう一発、顔にパンチをもらう。頭がグラッと揺れた。だがまだ倒れるわけにはいかない。歯を食いしばり、必死に耐える。
「はっ! ははっ! タマ無し野郎のパンチなんか痛くも
一瞬、ほんの一瞬だった。ほんのわずかな間だったが、確かにクローズの動きが止まった。
『今です!』
シャロンの声に導かれ、渾身の力で顔面をぶん殴る。拳は稲妻となり、クローズの体をズタボロに引き裂いた。
「ぎゃあぁああぁぁあっ!!」
血飛沫が飛び散り、肉片が辺りに四散する。クローズは大きく後退し、膝を震わせながらもなんとか踏みとどまった。
「くそっ、しぶとい!」
『ですが奴は不死身ではありません。ドリームとダークプリキュアの必殺技を生き延びたのは、単にわたくしのエネルギーを奪って再生しただけのこと』
「こ、この俺がここまでコケにされるとは……」
『そして今、わたくしはユージさんと一つ。ですから』
「ぬうぅ……!」
クローズの体から黒煙が噴き出したかと思うと、みるみるうちに傷が癒えていく。
しかし体の半分まで回復したところで、変化が起こった。
「なんだ!?」
──シュウウゥ……と、傷が完全に塞がる前に蒸気を発し始めたのだ。筋肉組織が崩壊していき、肉がドロドロに溶け落ちる。
「く、く、くそぉ……! 力が、抜ける……!」
クローズが保有していたギードラのエネルギーが、
『止めをさすチャンスです。さあ、思い切り罵倒してあげましょう』
(ああ!)
肩で息をしながら、しかしユージは不敵に笑った。ここが勝負どころだ。
やってやる。自分が一番言われたくないことを言ってやる。
「……よく聞け。もしキュアフローラが生まれ変わってきたら、俺はその子を抱く。俺のチンポを突っ込んで、死ぬほどイカせまくってやるんだ」
「…………なっ、なあっ……?」
クローズの顔が歪む。何か言おうとするが言葉にならないようだ。口がパクパク動くばかりで声が出ないらしい。
その間にも、どんどんユージの中にクローズの力が流れ込んでくる。やがてそれはユージの体全体を包み込み、金色のオーラを発した。
前に出る。するとそれに合わせるようにして、クローズもまた一歩後ずさった。まるで恐れているかのように。
気分がいい。愛するシャロンと一つになり、さんざん自分たちを苦しめてきたクローズを圧倒している。今なら何でもできる気がした。だから言い放つ。
「ああ、キュアフローラを抱いてやる! 守って守って、褒めて褒めて褒めまくって俺に惚れさせる! そうして押し倒して、キュアフローラの口から言わせてみせるさ! 『ユージさんのおちんちんで私をめちゃくちゃにして』ってな!」
「……き、き、きさま、きさま、キサマァアアア……!」
激昂したクローズが拳を振り上げようとするが、その手からバチバチと電光が走るだけで動かない。もはや彼は力を持っていなかった。ただ悔しそうに歯噛みするだけだ。
「くそっ! くそぉぉっ……!」
すうっと息を吸い、あらん限りの声を振り絞る。
「『ユージさん以外とは嫌』ってな!
『ユージさんと出会えて幸せです』
『ユージさんと一緒なら死んでもいい』
『ユージさんの赤ちゃんが欲しいです』
『ユージさんに抱かれるのが私の夢でした』
そう言って俺を欲しがるようになるんだぜ!
スカートをめくって、パンツを下ろして、
恥ずかしがりながらおまんこを広げるんだ!
どうだ、最高だろ!?」
さんざん挑発しながら最後のトドメとばかりに、ゆっくりと近づいていく。
クローズの顔からはすでに余裕が消え、脂汗を流していた。だがまだ目が死んでいない。まだ光が消えていないのだ。
「お前はどうなんだクローズ!? お前は指をくわえて見てるのか!? それとも怖くて動けないか? かかってこいよタマ無し野郎! 俺に好き放題されて悔しくないのかよ!? ああっ!?」
「…………ぐ、ぐぅぅ……!」
クローズは拳を握り締めたまま、ガクガクと震え出す。頭の中では、キュアフローラとの様々な思い出がフラッシュバックしているに違いない。
それがどれほど大切な宝物だったかは、ユージにも分かる。
叶わない初恋は、本当につらいものだ。自分の初恋はシャロンのおかげで成就したが、それはたまたま運が良かっただけにすぎない。
「クローズ……お前は本当にすごいよ。何度死んでも、俺なんかにボコボコにされても、1万3千年経っても会いたい女の子がいる。そのために何度でも立ち上がれる……絶対にあきらめないって、本当に……」
『ユージさん?』
(大丈夫)
ここに来て、ユージはクローズへの共感を覚え始めていた。男と男の間にしかないある種の敬意を、彼に対して抱きかけていた。
「だけど、だったらな、だからこそなぁ、クローズ」
であるからこそ、次の一撃にはありったけの力を込める。
「キュアフローラに、会いたいなら!」
「ち…………くしょう…………!」
黄金の輝きを放つ右拳を握りしめる。稲妻のエネルギーを極限まで凝縮し、拳骨を固めるイメージ。
「悪だくみなんかにかこつけず、人の女を利用せず!」
「ちっくしょう!」
そして一気に解き放った。雷光の尾を引きながら、一直線に飛んでいく黄金の右ストレート。
「自分だけの力で、口説いてみせろ!」
「ちぃぃくしょおおぉおおぉぉおおッ!!」
その拳が、狙い違わずクローズの顔面にめり込んだ。
解き放たれる滅びのマイナスエネルギー。それはクローズを消し飛ばすに留まらず、ディスギードラの半身までも引き裂いた。
「グギイィイイィィッ!!」
耳をつんざく断末魔の叫びを上げながら、全長100m、体高50m、翼長80mの大怪獣が真っ二つに引き裂かれる。
稲妻状の引力崩壊光線がほとばしり、黒い怪獣を焼き尽くしていく。
それはあたかも、宇宙の深淵に潜む悪意を打ち払う光の剣のようだった。
◆◆◆
ディスギードラの全てが消滅するのと同時に、あたり一面を覆っていた黒雲状の力場も消失した。
代わりに広がった朝焼けの空には、ギードラの姿もない。
「どこに行ったんだろう」
『案外あの子、飽き性なんです。わたくしが死んだと思って、どこか別の銀河にでも旅立ったのでしょう』
「そんな猫みたいな」
『妖精って気まぐれなものなんですよ。知りませんでした?』
ギードラは天体ではなく、大きな妖精。ならまあそういうものかと納得してしまう。それに1万2千年ギードラと一体化しているシャロンが言うのだから間違いはないだろう。
そう考えながらユージは地上に降り立った。
「よっ、と」
大地は荒れ果て、そこかしこにディスギードラが起こした山火事が広がっている。
幸いノーブルタウンまでは火の手が及んでいなかったが、それでも人々の生活が脅かされるであろうことは想像に難くない。
早く復興させてやらねば、と思う。自分にはその責任があるのだ。
「あ、あの、支配者様…………」
「ん?」
振り返ると、全裸のノーザが地面に這いつくばってこちらを見ていた。その顔は怯え切っており、体は小刻みに震えている。
『どうして助けたんですか? こんな奴』
シャロンが言う。口調こそ穏やかだが、言葉にはトゲがあった。仕方あるまい、彼女から見れば目の前で夫を殺そうとし、しかも自分の方が女として魅力的だと言い放ったのだから。
しかしそんな敵意さえ、今のユージにとっては心地よいものだった。
シャロンが嫉妬してくれている。その事実だけで嬉しくなるのだ。そんな場合ではないと分かっていても顔がニヤけてしまう。
『もう、ユージさんのバカ……』
シャロンが少し拗ねたように呟く。それもまた嬉しい。シャロンが自分のことを想ってくれているのが嬉しくてたまらない。
「まあ、見てれば分かるよ」
ユージは無言でノーザに近づいた。
「ひぃっ!」
「お前には色々恨みがあるし、ずっと恐怖してきた。でも」
指先からパチッと小さな稲妻を出す。それだけでビクッと体を震わせるノーザだったが、構わず続ける。
「それ以上に俺はシャロンを愛しているし、彼女を助けるためならなんだってできる。お前を助けたのもそういう理由だ」
「は、はい…………お二人のために働けるのなら、どんな命令にでも従います……なんでもします……」
震えながら言うノーザの目には、すでに反抗の意志はなかった。完全に屈服し、服従の意を示している。
「…………」
「あ、足をお舐めします……お尻の穴にもキスしますし、子宮も捧げます、全て、全て……」
震えながら乳房を持ち上げ、ユージに見せつけてくる。何度も交わった男の視線を受け、乳腺から白いものが垂れた。
「そうだ、いぬ、犬になります、首輪もつけます、わんわんって鳴きます……だから……お願い……ころさないでぇ……」
「…………ちんちん」
戯れに命じると、言われるままにしゃがみ込んで両膝を立て、自らの性器を見せつける。
「はっ……はぁんっ……ちんちん……」
そのまま腰を前後に振り始めた。舌を出して媚びる姿はまさに犬畜生そのものだ。
「あ、あの……支配者様……ち、ちんちん……」
惨め極まりないその姿を見ても、ユージは冷めた目で見つめるばかりだ。
それがノーザの恐怖心を煽り立てるのだろう。何かしくじったのか? 次は何をされるのだろう?
その不安を取り除こうと、ノーザは必死に愛想を振りまいてくる。
「ご、ご覧ください、私めは今、支配者様のご命令に従っておりますぅ……!」
「そうだな」
「わんっ♡ わんっ♡ 支配者様ぁ♡ 支配者しゃまぁ♡ くぅ~ん♡ くぅ~ん♡」
『まあ可愛い、とっても面白いワンちゃんですね』
滑稽な腰の動きに合わせて、豊かな胸がゆさゆさと揺れる。それを見ている内に、段々と心が落ち着いてきた。
「よくやったな、えらいぞ」
「えへ、えへへっ……うれじぃ……っ♡」
頭を優しく撫でてやると、妖艶な美女だった頃の面影もない、蕩けきった顔になる。
「それじゃあご褒美をやろう」
そう言って彼女の頭に両手をかけると、ノーザの表情がみるみる明るくなっていく。瞳から涙がこぼれ、股間から条件反射の愛液が漏れだした。
「お前を作り変えてやる」
「…………えっ」
呆然とするノーザを、金色の光が強く包み込む。
「ひっ! ぎぃっ! やだっ! やめてぇっ!」
悲鳴を無視して光はどんどん強くなる。足の先から徐々に消えていくが、それが彼女をパニックに陥れたようだ。
「どうしてっ!? 媚びたのに! 役に立つのに! 言うこと聞くのに! なんでよぉ!」
泣き叫ぶノーザの体が光に飲み込まれていく。その頭を掴んだまま、ユージはイメージを強めていく。
「嫌ぁっ! 消えたくない! 助けて! だれか! 誰かぁぁああ!!」
「そう言って泣いた合成人間を、お前は何人も溶かしたじゃないか」
「で……でも、私たちは、あんなに熱く、愛を」
「はあ?」
冷たい声で告げると、ノーザの顔が絶望に染まる。
「俺はお前が大嫌いなんだ」
「へ……」
「まさか、そんな事も気づいていなかったのか」
やはりこの女は最低だ。そう思うと、少しだけ気分が軽くなった。
「申し訳ございません支配者様! 申し訳ありませぇん!!」
「お前が溶かしたあの子のほうが、俺はよっぽど好きだったよ」
「どうかお許しくだざああぁあぁぁッ!?」
許しを乞うた直後、その体が全て消えた。金色の粒子に変換され、泡立つような音を立てながら形を変えていく。
やがて光の奔流が消え去ると、そこに立っていたのはシャロンだった。
「……ふぅ」
雪のような白く長い髪はしっかりとまとめ上げられ、金色を多用した豪奢なドレスに身を包んでいる。
「んー、あー、あ、アメンボ赤いなあいうえお、かーきくけこ」
「どう? 新しい体は」
3年前と変わらない姿に復元されたシャロンは、くるりと一回転して見せた後、微笑みながら答えた。
「ええ、素晴らしいです、ユージさん。何もかも元のまま」
「だって、俺は君の事なら何でも知ってるからさ」
そう答えると、シャロンは少し恥ずかしそうに俯いた。その様子もまた愛おしい。シャロンの頭を抱き寄せ、耳元で囁く。
「愛してるよ、シャロン」
「……わたしもですよ、ユージさん」
そして二人は抱き合い、口づけを交わした。死の香りがない、生きている人間がするキスだ。
「でも、これから大変ですね。世界征服を止めちゃったから、みんな怒ってるだろうし」
「そりゃね。でも大丈夫だろ、何とかなるよ」
「あーあ、面倒だなあ。女王なんか辞めて、ユージさんと二人で暮らしたいなあ」
「ダメだよ、まずはイース様たちを迎えに行かないと」
「もう、浮気者……その後はどうするんですか?」
「責任を果たすよ。君と俺がしっちゃかめっちゃかにした世界への責任を」
◆◆◆
その日、全世界の人々が聞いた。
総統ユージとシャロン女王からのテレパシーを。
『ごきげんよう、平和を愛する善良な人々。俺は総統ユージ』
『ご無沙汰しておりました、妻のシャロンです♪』
『今から俺たちは世界を征服する。抵抗は無意味だ』
『降伏をお勧めします。わたくし達は無敵なので♪』
それだけ言うと、彼らのテレパシーは途絶えた。世界は混乱に包まれたが、それも長くは続かなかった。
ふたりは、本当に無敵だったからだ。
(続く)