平日の昼下がり、仕事の関係で取引先の会社まで走る車が一台。
『三十メートル先、右方向です』
運転手は指示に従いハンドルをきる。その時、子どもが飛び出して来た。運転手は慌ててブレーキを踏み、車を停止させた。幸い、曲がる前に十分にスピードを落としていたため衝突することなく、すんなりと車は止まってくれた。飛び出して来た子どもはお辞儀をして、そのまま走り去った。
「なんで今日に限ってこうなんだ……」
この日だけで、この車はもう三度くらい何かしらに追突しかけていた。重要な取引が控えているために集中力が散漫になっているのだろうか。しかし流石に飛び出してくる子どもに関しては注意力も糞も無いだろう。
取引を終えた男は走っていた。話がまとまって一息ついていた時に、ふと車の鍵を車の中に置いて来てしまっていたことに気が付いたのだ。やはり注意力が散漫になっていたのだろう。
車を停めていた駐車場に着いた時、既に彼の車はそこに無かった。
「…………やられた」
この日の彼は、とことん不運であった。
◇◇◇
一方、盗まれた車は公道を時速八十キロで疾走していた。そしてその後ろからは数台のパトカーが追跡していた。近くの銀行で起きた強盗事件。その犯人の一人が、車を運転している。
追ってくるパトカーを振り切るように右へ左へと進路を変えながら、爆走する自家用車。そして何度目かの交差点を左へ曲がった、その瞬間――、
キキーーーッ
甲高いブレーキ音が鳴り響いた。銀行強盗が盗んだ車の進行方向、その先にいたのは正面から突っ込んで来る大型のトラックだった。
◇◇◇
「どこなんだ……ここは……」
銀行強盗達は目を丸くしていた。先程まで車を走らせていたアスファルトで舗装された道とは違う、平原の上でその車は停止していた。
何が何やらといった状況の中――、
『ここはどこでしょうか』
カーナビの自動音声が一人でに声をあげた。
「「「!?!?!?」」」
強盗達は一斉にカーナビの方へ視線を向けた。突如として聞こえたその声に、脳の処理が追い付いていないのだ。当然、彼らのうちの一人としてカーナビの操作等はしていない。する余裕も無かった。
そんな中、再びカーナビは声をあげた。
『ここはどこでしょうか』
「「「しゃっ、喋ったーー!!」」」
車内に大声が響く。彼らは既にパニックに陥っていた。
『大声を出さないでください。やかましいです』
どういうわけか、カーナビに自我が宿り言葉を発している。そんな状況を理解できるはずもなく、強盗達は車から飛び出した。
と、その時――、
「グオーーーーーーッ」
この世のものとは思えない程に大きな雄叫びが平原いっぱいに響き、遠くの空から見るからに巨大な何かが迫って来ていた。強盗達はその声が聞こえた方へ眼をこらす。
しばらくすると、その何かはシルエットがはっきりと見えるよう程まで近づいていた。
全長が五メートル前後はあるだろうかという巨体に、長くて太い尻尾、そして何よりその体長と殆ど変わらない程に大きな翼が一対。空想上にしか存在し得ないはずの生き物、ドラゴンであった。
「う、うわーー!」
「助けてくれーーっ!」
「……ぁ。ま、待ってくれぇ!」
一目散に逃げだす強盗二人と、反応が遅れた一人の強盗。
『私を置いて逃げやがりました。あいつら、最低です』
自我が芽生えたものの、自らエンジンをかけることができない自動車。
『自動車なのに、自ら動けないとはこれいかに。……やかましいです』
独りでボケてはツッコむ自動車を無視して、ドラゴンは逃げた強盗三人を追いかける。凄まじい風を起こしながら飛翔し、一番後ろにいた一人を前足で踏み潰す。その光景を見て青ざめた一人は足下の小石に躓いて転ぶ。
「ひえぇーー」
強盗を行う際に使用していた拳銃を抜き取り、その男はドラゴンめがけて乱射する。しかし巨大な体を持つ怪物を相手に拳銃の弾丸が大したダメージになることはなく、口から放たれた火炎によって男は焼死した。
「はぁ……はぁ……、はぁ……」
一番早くその場を逃げ出した強盗は近くにあった草むらに身を隠した。息を殺し、見つからないように祈った。
そしてその草むらに近づく大きな影。
「ふぅっ、ふぅっ」
手で口を押え、目をつぶる。
彼に顔を近づけたドラゴンは鼻息を幾度か吹きかけると、一口で噛み殺した。彼が隠れていた草むらが一瞬にして赤く染められる。
『ざまあみろ、と言いたいところですが、やばいです。こちらに向かって来ます』
ズシンズシンと音を立てながら自動車の方へ向かうドラゴン。
数メートル近くの所まで近づいたドラゴンは自動車を見下ろし、大きな鼻息を吹く。そして、ゆっくりと車に顔を近づけ一舐めした。
『くすぐったいです。やめてください』
カーナビの制止を聞かず、その大きな舌でじっくりと舐め回し、徐にドラゴンは車を持ち上げた。まるで内側に人でも入っているのかと言わんばかりの動きで車を観察し、器用な手つきでバックドアを開けた。
ドアを開けたドラゴンは中の様子を確認し、暫くすると自身の下腹部――股間に自動車を持っていく。
『私をオナホールと勘違いしているようです。このドラゴン、溜まってます』
そして、自らの生殖器を露わにした。その長さも太さも成人男性の身長より一回りも二回りも大きく、そして太い。しかしその巨体と比較すると些か小さく思える程度のサイズであった。
『図体の割にペニスが小さいです。ははーん、どうやらこのドラゴン、包茎です』
いよいよ車の中に生殖器が挿入される――はずであったが、直角までしか可動域の無いバックドアが邪魔をしており、車内には先端部分くらいしか入ってなかった。そのことに気づいていないドラゴンはそのまま前後に車を動かし続ける。
ドラゴンとしては生殖器を扱いているつもりなのだろうが、そもそもオナホールとは全く違う自動車から粘液等が出てくるはずもなく、その肉棒が更なる性的興奮により膨張する気配がまるで無い。
『繫殖行為が初めてなのでしょうか。どうやら、童貞のようです。このドラゴン、ちょろいです』
車内に入ってくるドラゴンの息子はごく一部のみであり、一向に射精される気配の無い性行為にカーナビは調子づいていた。第一、例え車内に精をぶちまけられたとして無機物が妊娠するなど常識的に考えてあり得るはずが無い。これは最早、性行為に及ばぬ自慰行為に過ぎなかった。
自身が壊される心配がないと理解したカーナビは、意気揚々とその行為を受け入れ始めていた。
行為が始まって三十分近くが経過し、そろそろカーナビが現状に飽き始めた時。先程まで雲一つ無かったはずの青空に灰色の影が差してきた。そしてポツリポツリと雨が降り始めたのだ。
『雨の降る中で青姦なんて、雰囲気の欠片もありませんね』
元から雰囲気の“ふ”の字も無い行為ではあったが、突然の悪天候にカーナビは辟易としてそんな言葉を漏らした。次第に雨は強まっていき、より一層カーナビのテンションは下がっていく。
その時、ニュルンと車内に生暖かい肉の棒が深く入れられた。
『痛いです』
あまりに唐突であったその感触にカーナビは声をあげた。いつも通りの落ち着いた自動音声で放たれた言葉だったが、その内心としては非常に困惑していた。そんな風に困惑しているカーナビをよそに、生殖器は何度も車内へ挿入される。
『や、やめてください』
カーナビは気づいていなかった。三十分にもわたる長い行為の中で、極僅かな変化ではあったが、しかし確実にドラゴンの生殖器は段々とそのサイズを膨張させていたことに。そして、雨が降り始めたことによってその動きがスムーズになったことに。
一方、ドラゴンの方もまた学習していた。バックドアが行為の妨げになっていることを。
『待ってください。そんなことをしては……』
空いている前足でバックドアを掴むと、可動域を超えるレベルで上に持ち上げ始めた。
『だめです。そこはそんなに曲がりません、壊れてしまいます。やめてください、お願いします』
カーナビは必死になって懇願する。しかし――
『だめ…………』
ベキッと音を立てて、バックドアが真上に曲がった。限界を超えて加えられた力によって変形した扉は、もう二度と閉じることが出来なくなってしまった。
障害が無くなったため、より深くドラゴンの生殖器が車内に挿入される。
『気持ち悪いです。もうやめてください』
ゴツゴツとした生殖器の段差が車内のヘッドレストと擦れる。強盗三人が乗車していた時には何も感じなかったはずの感覚に、カーナビはひどく混乱する。しかし、そんな暇をも与えないと言わんばかりに生殖器の出入りが速まる。
車内には、むさくるしい熱と生臭い匂いが充満していた。そう、そこにカーナビに起きた異変の元凶があったのだ。突如の雨によって生じた滑りは、ただ車を前後運動させるだけでは得られない快感をドラゴンにもたらし、それが原因となって生殖器から尿道球腺液、通称カウパーが車内へ放たれた。このドラゴンのカウパーには催淫効果があり、本来であれば無機物には無効なそれも自我の芽生えたカーナビに影響を及ぼしたのだ。
つまり、偶然に偶然が重なりカーナビは人並みの快楽を得られる状況になった。
『き、気持ちいいです。痛いはずなのに、気持ち良いです』
そうしている間にも、どんどんとドラゴンの肉棒はその体積を増していき、既に車内の物は全てその形に変形していた。座席は歪み、ハンドルは圧し潰され、窓ガラスには大きなヒビが入っている。
そして、生殖器の動きがより速く、浅くなり始めた。――射精が近いのだ。それにいち早く気づいたカーナビは哀願する。
『さ、先程はなめた口をきいてすみませんでした。ゆるしてくださ……』
しかし、ドラゴンにその声が届くことはなく、車内に白濁の渦が流れ込んだ。
『中にたっぷり射精てます』
凄まじい勢いで放たれる子種汁の圧力により全てのガラスは限界を迎えて大きな音を立てながら崩壊し、そこから滝のような量の子種汁が溢れ出した。と、同時に車のマフラーから大量の水が噴き出した。
暫くして両者の勢いが無くなり、カーナビは声を漏らす。
『や……やっと終わりました…………』
車体は既にボロボロだが、ようやく終わった行為にカーナビは安堵した。しかし――、
『ま、まだするのですか』
白濁塗れとなった車内に再びドラゴンの巨大な肉棒が挿入された。
『これ以上すると、本当に壊れてしまいます。もうやめに……』
完全に油断していたカーナビは再度襲われる快感に抗うこともできず、その行為をひたすら受け入れるしか無かった。そうして、カーナビの喘ぎ声(?)は静かな平原に一晩中響き渡った。
◇◇◇
仕事帰りに愛車を失った会社員の男性は、その後買い直した中古車で帰宅した。事件後にテレビでやっていたニュースでは、取引先の会社の近くにあった銀行で強盗事件が発生して、その犯人である男性三人は未だ行方不明ということを知り、男性はその犯人が自身の愛車を盗んだのだと理解した。鍵をかけ忘れた自分にも非があることはわかるが、だからと言って納得できることでもない。銀行強盗の三人組に相応の天罰が下ることを願いつつ、男性は家の鍵を開ける。
「…………?」
その時、自宅の郵便受けに一つの封筒が入っていることに気が付いた。不審に思いながらも手に取ってみると、思っていたよりも重量があることに驚いた。
家のリビングに入って封筒を開けてみると、黒い端末のようなものが出てきた。“端末のようなもの”と表現したのは、サイズや質感が似ているだけで電源のボタン等が存在していない、薄い立方体であったからだ。
どうすれば良いのかわからないまま触ってみると、突然映像が浮き出た。それも、画面にではなく空中に。その映像には巨大なドラゴンの下腹部と、変わり果てた愛車の姿が映っていた。そして、その映像から声が聞こえてくる。
『すみません、あなた。私はもうドラゴン様のものになりました。見てわかる通り、中には子どももいます。それに、私にはドラゴン様のペニスがなくてはいけないのです。さようなら』
そう言い終えると映像は消え、それは物言わぬ黒い物体となった。
「……どういうことなんだ」
理解が追い付かず呆然としていた男性は暫く考えてみたが、結果として自分には理解できない事象であることを理解し、手に持っている物体をゴミ箱に放り投げた。幸か不幸か、明日はゴミを捨てる日だ。
意味不明なことに対して必死になっていた自分を恥じつつ、男性は夕食の準備を始めた。
~完~