翌日、講義の合間に大学構内のカフェテリアで友人たちと休憩していた
「…!」
「誰? …エイト先輩じゃん」
画面を見て一瞬後少し眉を寄せた蒼矢を見、隣の席の
「見るなよ」
「そんな変な顔するから気になっちゃったんだよ。先輩、また迎えに来るって?」
「…」
「すごいな。最近ほぼ毎日じゃん」
「先輩の大学ここから近いとはいえ、
「何でそういう話になるんだよ…」
率直な感想を述べただけなのに、誤魔化すでも謙遜するでもなくただ憮然とした表情を返す彼に、沖本と対面に座っていた
そんな2人の反応へは目もくれないまま、蒼矢はスマホを伏せて手元に視線を落とす。
「…もちろん助かるし気持ちは嬉しいけど、負担になってるのは確かだろ? ガソリン代だって馬鹿にならないだろうし。…先輩は、俺が返せないことばかりしようとしてくるんだ。それが嫌で断ってるのに、いつもはぐらかしてくるし…。
「いやいや…"だろう"じゃなくてさ。そりゃ間違いなく
「そうだよ、愛情だよ。無償の愛なんだよ」
顔をあげ、ぽやっとした面持ちを返す彼へ、ここぞとばかりに川崎と沖本は
「いいか? エイト先輩は同じようなことを誰に対してもやってくれるような聖人君子じゃない。むしろ本質はドライな方だと思う。お前だって長年付き合ってるんだろうからわかるだろ?」
「現に俺らには見向きもしないぞ、あの人。…先輩にとって、お前だけが"特別"なんだって。素直に甘えてやれよ! あの人の胸に飛び込んでってやれよっ…」
そこまで熱く語ったところで、2人は口走り過ぎたかとやや焦り、一旦言い止めて目を合わせる。
蒼矢は黙ったまま彼らの思いのたけを受け止めていたが、再び視線はテーブルへ落ちた。
「相手の気遣いに一方的に甘えるとか、フェアじゃないから出来ない。先輩と後輩の仲であっても、俺はそういう情の部分は対等な関係でいたいんだ」
2人が目を点にする中、蒼矢は荷物をまとめて席を立つ。
「じゃ、
「…!? おい、エイト先輩の件はどうなるんだよ?」
「断った。今日は図書館寄りたいから遅くなるし、待ってもらっても困る」
「――。」
口を開けたまま固まる友人たちを置き、蒼矢はカフェテリアを後にしていった。
彼の姿がなくなるまで見送ると、沖本はテーブルに顔を突っ伏した。
「…あいつなんなんだよ!? あんなっ…他に引く手数多だろう超イケメンにあれだけ大事にされておいて…こんな仕打ちっ…! あれか、あいつの心に響く相手はアンドロイドか犬猫くらいなのか!?」
「あながち間違ってないけど、髙城の恋愛対象にどこまで許容があるかって話の前に、そもそもあいつにとってエイト先輩が"先輩"である限り、そこから何も進展しないんだ」
そう返しながらスマホを取り、川崎は真顔で操作し始める。
「…? 誰に連絡取ってんだ?」
「エイト先輩」
「……は!? お前、いつの間に連絡先…ずるいぞ!?」
「貰う時わりと工夫が要ったぞ。俺たちはエイト先輩の想いが成就して欲しい。だろ?」
「もちろんだ。で、どうするんだ?」
「先輩に直訴する。…もっと強引にいってもらわないと駄目だ」
友人たちと分かれた蒼矢は、約束を取りつけた助教の待つ研究室へと歩を進めていた。
閑散とした廊下を足早に歩きながら、先ほどの彼らとの会話を思い浮かべる。
――先輩にとって、お前だけが特別なんだって――
"特別"の意味を深く考えずにいたとしても、影斗には出会ってから色んな面で気遣われているし、こちらが無意識の部分でも度々支えられているんだろうとは自覚している。それは私生活だけでなく『セイバー』としての活動の中でも感じている。反面、そういったあらゆる場面で指摘を受けたり注意されたりが多いのも彼で、蒼矢にとって同年代でそういう立場にいる人物は他にいない。
葉月は指導はしてくれるが全てが優しさで出来ているような人物なので、こちらに落ち度があってもそれごと包んで許すような気質だが、影斗は割とシビアで、こちらが理解して答えを出すまで許すことはない。でもそういうところが厳しいだけでない、彼の優しさなのだということも承知している。
ふと、この間の伊豆での旅行中に、影斗へ向けて自分が問いかけた言葉を思い出した。
――先輩は、何でそんなに俺に優しいんですか?――
我ながら見当違いな質問をしたと、今でも後悔している。案の定影斗にははぐらかされたが、厳しくも優しいというのが彼のスタンスなのに、4年も付き合って今更再確認するような
蒼矢にとっての影斗は、自分の人生において唯一と言っていい"先輩"という立場の人間なのだ。彼の方も自分を"後輩"と認めて接し、常に気にかけてサポートしてくれる。
…それ以外に、何があるっていうんだ?
そう頭の片隅で答えを出した更に極小の領域で、彼と出会って間もない時に交わした会話が、ぼんやりと輪郭だけ思い出されてきた。
――……。――
…? あれ…、あの時俺、先輩になんて言われた…?
思考と共に足を止めた蒼矢の腕が、後方から強く引かれた。
「――っ!!」
目撃者が誰もいないまま、蒼矢は研究棟の一室へ吸い込まれていった。