話がひと段落し、
「今日話したことは、
そんな彼に、
「いやいい、俺から話しとく。…お前はとにかく絶対安静だ。なるべく動くな、そこでずっと寝てろ」
「はい…」
「学校にもしばらく行くな」
「え…?」
「え、じゃねぇよ。狙われてる自覚ねぇのか? 今までの話全部がお前付近で起きてんだぞ? 下手したら『セイバー』だってことも割れてるかもしれねぇ。…てめぇから敵地に丸腰で近付く奴がどこにいる?」
「……」
逡巡するような表情を浮かべる蒼矢へ、影斗は一層厳しい視線を送っていた。
「事実がはっきりするまで、
「…わかりました」
下を向きながらも頷いたのを見、影斗は腰を上げるとソファへ身体を預ける彼へ寄り、ラグへ膝をついた。
「…悪かったな、無理させて」
「いえ…薬飲んだからか、少し痛みが引いてきました」
その返答を受け、影斗も徐々に顔つきに平静を取り戻していき、了解を得て今一度怪我を見る。
先ほどはあまり気持ちが冷静ではなく流し見になってしまったが、改めて見えた彼の脇腹には広範囲に痛々しい痣が出来、白い肌が濃い赤紫に染まる
「! 悪い、痛かったか?」
「大丈夫です。先輩の手が冷たくて…気持ち良くて」
青白い顔色の中そう小さく答え、蒼矢は目元を緩め、微笑ってみせた。
「……」
その隠された内面がにじむような面差しに、影斗は胸の奥が熱くなる。黙ったままソファに手を掛け、横になる彼へ覆い被さっていった。
――今の先輩と髙城のポジションのままじゃ駄目なんです――
――上下関係の殻を取っ払って欲しいんです――
「…先輩…?」
少しずつ、顔が近付いていく。
大きな薄茶色の瞳が、影斗の黒い瞳を見つめる。
「……っ」
…駄目だ。今のこいつには…これ以上負担かけられねぇ。
影斗の頭は逸れ、空いてる方の手で蒼矢の髪をかき上げるように撫でると、そのまま上体が離れていく。
立ち上がった影斗は、買ってきた食料や水を蒼矢の手の届く範囲に手早く並べて出し、ボディバッグを肩に掛けた。
「じゃ、くれぐれも安静にな。なんか困ったら酒屋の
蒼矢が応えるより前に、影斗はリビングを出ていった。
階段を下がる音と玄関の開閉音を聞きながら、蒼矢は影斗が消えていったリビングの入口を呆けた面持ちで眺めていた。
「……」
…キス、されるかと思った…
そう内で冷静に考え直すと、今更ながら遅れて動揺が襲ってきた。そして、そう考えることが思い違いではないとも、はっきりと理解できていた。
そんな自分の思考に一抹の戸惑いと疑問を抱く中、影斗と出会った当時のおぼろげな記憶の泉から浮かび上がった、"今"思い出すべき欠片を拾う。
…俺…、あの時先輩から、頬にキスされたんだった…
丁度配達中で、もうすぐ戻ると
「悪い影斗、待たせた」
「おう」
烈が戻ると、影斗は珠代の了解を得て店を出、場所を移す。
「――なんだよ、別に『セイバー』関係でも大丈夫だぞ? 母ちゃん事情知ってるし」
「お前ん家は特殊過ぎ。息子が変身ヒーローって知ってて、よく平然といられるもんだぜ…いやそれは今は置いとくとして。…まぁ内容が繊細なんで」
「
ライトな話題から切り出した影斗だったが、間を置かずに入れてきた烈のその返しに、少し目を見開いて彼を見る。
「あぁ。…」
目が合った烈は、口を真一文字に閉じ、真っ直ぐな眼差しを向けていた。
一瞥程度であればなんて事のない普段通りの顔つきに思えたが、こちらを見据えてくる一重の瞳には、明らかに内に秘めた強い意志が宿っていた。
数日前とは一線を画したその面差しに、影斗も彼へ合わせるように空気を変え、鋭さを込めた眼で見返した。
「さっき大学で、[侵略者]に襲われたらしい」
「…は…!?」
「落ち着け、転送するようなことにはなってねぇから」
「っ…無事なのか!? 怪我は…」
「流血沙汰にはなってねぇけど、…腹に打撲だ」
「…!!」
「待てまて、ことはもう済んでる。今は家だ」
たて続けに思わぬ報告を受けて面様が急変し、瞬時に現地へ駆けだしていきそうになる彼を押しとどめるように、影斗は言葉を重ねる。
「痛み止めは飲ませたし、とにかく安静にしてろって言っといた。…葉月にも気にしてやるよう伝えてある」
「……」
言葉を失い、虚空を見たまま視線を震わせる烈を見、影斗はその視野に入り込むように顔を寄せた。
「安心は出来ねぇが…ひとまず大丈夫だ。いいか、もう一度言う。…落ち着けよ?」
「…あぁ」
「…家行ってみるか?」
「……いや、いい。もう少し冷静になったらにする」
「だな、そうしろ」
そして影斗は、彼をこれ以上刺激しない程度の内容であらましを伝えた。
烈は視線を外し、拳を震わせながら憤りを露にする。
「…あいつっ…なんで何も言わなかったんだ…、…!」
影斗と同じように蒼矢の対処への苛立ちを滲ませた彼だったが、ふと何かに気付き、頭を抱えながらその場にしゃがみこんだ。
「? おい、どした…」
「あった…言おうとしてる時があった! あん時だ…!!」
烈は、父親の墓参りへ行った日の、霊園を出る直前を思い出していた。
…あの時、蒼矢は俺に何か言おうとしてた…でも、やめたんだ…
なんとなく彼が"あの場"で言えなかった理由も想像できたが、だからこそ烈は尚更、あの時の自分の不念を悔いていた。
…そんなこと気にしてる場合じゃねぇだろ、蒼矢…!!
「烈…もう過ぎたことだ、今悔やんでもどうにもならねぇ。起きろ、お前に頼みがある」
うずくまったまま沈黙するしっぽ髪を眺めながら、影斗はひとつ息をつき、肩に手を置く。
そしてゆらりと起き上がった烈へ、落ち着いたトーンで言い放った。
「蒼矢には、"次"があるまで自宅待機するように言ってある。とはいえ、あいつは四六時中ほぼ一人だし、既に[侵略者]に標的にされてのことなら
顔をあげ、その静かながらも熱のこもる視線を受け止めた烈の目は、瞬間見開かれ、少しずつ瞳に力が戻っていく。
そして、再び面差しが変わっていくその
「…蒼矢のことは、お前に託す。お前が、あいつを守れ」
「……!」
「[侵略者]に指一本も触れさせないようにしろ。これ以上クソ共の好きにさせんな」
「…わかった」
彼の、鋭さを越えた刺し貫くような視線を浴びながらも、烈は落ち着いた表情で見返すことができていた。
「…
そのずしりと重い情念を帯びた言葉へ、烈は無言で、しっかりと頷き返した。