夜が明けた
丁度先週末からテスト期間に入った
蒼矢はひとまず目の届く客間に寝かされ、残りの3人が居間に集まる。
早速、昨日
「…マジ、かよ…」
「…まさか、"ひと"から[異界のもの]になる者がいるなんて…出来る・出来ないの可能性は置いておくとして、そういう考えに至ることがあるとは想像出来なかった」
言葉を失う影斗の隣で、
「[彼]を[異界のもの]に変えたのは、きっとこの前の[蟲使い]なんだろうね…」
「転送した時と昨日の臭いが同じだったから、間違いないっす」
「幻惑系と神経毒系の能力があると見てる。短期決戦が必須だと思うけど、弱点は判ってるの?」
「[異形]相手には火炎はよく効いてました。あとは…まだ」
葉月と烈が言葉を交わす中、沈黙していた影斗が口を開いた。
「…結局一度目の戦闘から[侵略者]は現れてねぇ。また"
「…!」
「[
手元を見ながらつらつらと考察を述べる彼へ、烈は案ずるような視線を注ぐ。
「影斗…平気か?」
「あぁ、安心しろ。"敵"だと判った時点で、俺の中ではふっ切れた」
「…おう」
いつも通りにやりと笑って見せた影斗に、烈は安堵するように息をつきながら応えた。
「――起動装置に反応しない[彼]をどうにかするとなると、[異形]あるいは[侵略者]と一緒に転送させる必要がある。それと…『
口元に手を当てながら、葉月はひとり思案する。
「そっちの確証はねぇが、少なくとも『
「…だな」
「…2人とも覚悟が出来てるなら、そうしようか」
なんとなく話がまとまりかけたところで、静かにふすまが開く。
「俺も行きます」
「…蒼矢…!」
振り向き、一様に動揺する3人の視線を浴びる中、蒼矢は落ち着いた表情で彼らを見返していた。
「[
「…蒼矢、言い分は解るけど…危険だ。それに、君は怪我もしてる。本調子じゃない」
葉月が諭すように止めるが、蒼矢は首を横に振る。
「すみません…葉月さん、もう決めたんです。…連れて行って下さい」
そう進言を受け、逡巡する葉月が返せずにいる中、意思のこもった眼差しを注ぐ彼を、影斗は睨むように見上げた。
「…囮になるつもりじゃねぇよな?」
「違います、『役目』を全うしたいだけです。先輩たちだって、俺が必要なはずです。…ここで何もしないで待ってるつもりは無い」
「…もう、大丈夫なんだな? 欠片でも、お前の中で無理してないな?」
「……」
そうゆっくりと問いかけた烈へ、目を合わせた蒼矢は、わずかに頬を染めながらしっかりと頷いてみせた。
2人の真っ直ぐな視線が重なり合う。
その両方を見やっていた影斗は、一時目を閉じてから、軽く息を吐き出した。
「――じゃ、とりあえずこの2日間で待機だな。十分あっちから仕掛けてきてる。何か動きがあるだろ」
「了解」
その日の夜、めいめいに
食後、この際だからと
「おぉい影斗、やるんか? 駄目だってー」
「どう考えたってやるだろ、こんな好機。もうお前も二十歳だもんな! そうじゃなくても飲ませるけどな!」
口ぶりとは裏腹に表情がにやける
「…君たち、ほどほどにしておきなよ? 今日だけじゃなく、明日もあるんだからね…?」
そして2人へ優しく咎めるように声をかけつつも、葉月は冷凍庫から冷やしておいたキンキンのマイお猪口を出すと、ごく自然な所作で影斗の前に置いた。
「そっちこそほどほどにしとけよ。…何で毎回お前が一番ノリノリなんだ?」
「お前は?」
「結構です」
影斗に問われ、
「…!」
始まりかけた宴会の声を後ろに聞きつつ、ふすまを閉めようとした蒼矢はふと足を止めた。
立ち尽くす彼へ、いち早く気付いた烈が声をかける。
「どうした? 蒼矢」
「…来た」
ぼそりともれたその言葉に、3人が一斉に反応する。
影斗は開けかけた酒瓶の栓を閉め、舌打ち混じりに毒づいた。
「空気の読めねぇ野郎共だ。…酒盛りはお預けだな」
暗がりの中、4人は楠瀬邸を出ると車に乗り込み、蒼矢のナビで[異界のもの]が出現しただろう場所へと向かう。
辿り着いた場所は住宅街に囲まれた小さな公園で、まばらに生える木々は黒々しく、葉音ががさがさと耳障りな音をたてていた。
今までの事例に倣い、全員が臭気を避けるため鼻と口を覆い、その怪しげな空気を纏う空間を見上げていた。
「――どうだ?」
「まだこの場にはいません。かすかに気配は感じますが…」
[侵略者]が現れない中、周囲の空気は少しずつ湿気て、重くなっていく。
「…! 臭ってきたな。空気もうぜぇぐらいジメジメしてやがる」
「そうだね…すぐにでも"狩場"が作られそうだけど、[異形]だけじゃなく、[侵略者]――もしくは[彼]が現れるまで待った方がいいかな」
「起動装置が反応しても、待機すか? 確かに、焦ると前回みたいに空振りになるかもしれねぇけど…」
そう4人が交わし合う中、ふと上空から微かな嗤い声が葉音に混ざって届いた。
「…!!」
揺らめく木々の更に上空に、首から足先までを黒い装いに身を包み、黒髪を温い風になびかせながら、[
木の上に立っているわけではなく宙に浮き、月の光がぼんやりと届く夜空を背景に、体長の3倍以上の幅があろうかという大きな黒い薄翅を背中に羽ばたかせている。周囲には無数の黒い蟲が、彼に寄り添うように空中にうごめいている。
「…
呟くように漏れた蒼矢の声に、[鱗]は彼を見下ろしながら黒目を細め、にやりと口角を上げた。
「お望み通り、来てあげましたよ。転送できない僕を[この子たち]と一緒に送って、始末したかったんでしょう?」
ついで、傍らで同じように己を見上げる影斗へ視線を移し、うって変わって頬を染めながらうっすらと微笑った。
「エイト先輩…来てくれたんですね。"本当の僕"の姿を見せることができて、嬉しいです」
「…そうかよ、俺は残念でならねぇな。お前のことを見抜けなかった
そう吐き捨てたところで、木々が一斉に耳が痛くなるほどざわめき、『セイバー』たちの胸元が発光する。
「――準備は整った。…2人とも、大丈夫?」
「本当に転送していいんだな?」
葉月と烈が、蒼矢と影斗へ視線を送り、再確認を促す。双方のその真剣な眼差しを受け、2人同時に頷き返した。
「…行くか」
烈は、胸の前に紅く輝くロードナイト鉱石を握った。