4人は前戦と同じく、緑に覆われた地面と光が瞬く空間の中に転送される。
「…臭気が増したね。風で緩和できるかな」
『転異空間』へ入ると、
やがて、上空から黒翅を生やした[
「[奴]には直接攻撃しか効かねぇってことだよな?」
「…"ひと"の括りであれば、おそらく。幻惑や麻痺は、『現実世界』よりは抑えられると思う」
「とりあえずエピドートは、しばらく
「いえ、手数は出来るだけ揃えた方がいい。…出ます」
「……了解。無理すんなよ」
そして
エピドート以外の前線に出る3人へ、おびただしい数の[蟲の異形]が襲いかかる。
[蟲]へ相性の良い火炎のロードナイトと、後発属性の凍氷へ切り替えているアズライトの2人が応戦する中、空中を飛び回る[鱗]へは直接攻撃に長けるオニキスが相手をし、その黒い体躯を追う。
巨大な翅を羽ばたかせながら、[鱗]はオニキスへ目元を緩め、笑みを浮かべてみせた。
「エイト先輩が僕の相手をしてくれるんですか? …嬉しいな」
「ああ、不本意ながらな」
「どうですか、この翅…美しいでしょう? 僕にぴったりだと思いませんか?」
「…俺にはちょっと直視できねぇ。悪いがお前とは美的感覚が合わねぇかもしれねぇな」
棒読みで返しつつ間合いまで詰めた彼を、[鱗]は大きな黒い瞳で見つめる。
「僕は、先輩がどんな姿でも、どんな立場であっても、構わない。僕にとって『敵』であっても、気持ちは変わりません。…先輩は、この姿の僕を受け入れてくれないんですか…?」
甘く囁くように、艶やかな赤い唇で言葉を紡ぐ。
オニキスはそんな彼をじっと見返すと、短く息をついた。
「――俺、守備範囲広い方だけど…さすがに人間辞めた奴は無理だわ」
そしてそう軽く突き放し、一瞬目を見開いた[鱗]へ一足飛びで距離を詰め、鉤爪を振るう。
「いやぁっ…! 先輩、怖いっ…やめて下さい…っ」
その鋭い攻撃をかわし、[鱗]は瞳を潤ませてみせるが、オニキスの面差しには既に敵意しか込められていなかった。
「お前は、やっちゃいけねぇところまで踏み込んじまった。…"元の姿"に戻る気がねぇなら、俺が引導を渡してやる」
「…」
その言葉と眼差しを受け、[鱗]はすっと表情の温度を下げる。
「つまんない。…つまんないなぁ」
そう口元でぼやくと、オニキスへ翅を大きく揺らし大量の鱗粉を浴びせ、翻してその場を離れていく。
「…っ!」
身体を振るい、舌打ちをするとオニキスは彼を追う。が、[鱗]の飛翔速度は速く、セイバーの身体能力ではおよそ敵わない。
彼の飛んでいく先には、[蟲]の群れと交戦中のアズライトがいた。オニキスは懸命に追いながら、アズライトへ怒鳴る。
「アズライト、[奴]が行った!!」
「!」
そう脳内に届くと同時に、アズライトの眼前に姿を現した[麟]は、鋭い爪を顔面目がけて繰り出す。アズライトは寸でで『氷柱』を合わせて攻撃を防ぐが、[鱗]は間髪入れずに身体をぐるりと回転させ、大剣へ蹴りを喰らわせる。
「くっ…!」
華奢な脚から繰り出される想定外の重い攻撃に、氷柱で防ぐ両腕が震える。
「落ちろ!! その顔切り刻んで、『現実世界』に還れない身体にしてやる!!」
そう殺意を帯びた面様で凄むと、[鱗]は腰を折り曲げ、真横から再び爪を振り被る。アズライトは辛くも避けたが、無理にひねった身体に負傷した脇腹が悲鳴をあげ、顔を歪める。
「くそがっ…!!」
「っ!!」
彼の劣勢に、追うオニキスと[異形]を一旦振り切ったロードナイトが向かう。
「あぁっ…!」
しかし2人の援護は間に合わず、痛みに耐えかねて防御が緩んだところを大剣の腹へ思い切り体当たりされ、アズライトは真っ逆さまに墜落していく。落ちていきながらもなんとか姿勢を変え、地にぶつかる寸前で受け身を取ろうとしたが、追走していた[蟲]が彼の脚に集り、体勢を崩す。
「っあ゛は…っ!!」
衝撃をほぼ吸収できないまま背中から墜ち、アズライトは短く悲鳴をあげた後、ぐたりと動かなくなる。
[鱗]は大量の[蟲]を伴いながら、地に転がるアズライト目がけて真上から高速で降下する。双眼を血走らせ、赤い口から剥き出しになった牙を晒しながら、鋭い爪を構える。
「死ね!! 僕の前から永遠に消え去れ!!」
と、真横の視界が紅く光り、目の前で無数の火の玉が閃く。
「!! …ぐぅっ…!」
周囲の[蟲]が爆散していく中[鱗]も翅が火球が爆ぜる風に煽られ、たまらず上空へ退避する。
火球は[鱗]の軌道を予測するように追い、次々に爆発していく。
「くっそ…なんなんだ、やめろ!! うざい!!」
火球の炸裂による閃光と爆風を翅で遮る[鱗]は、苛立ちを表出させ、空間へ喚き散らす。
そんな冷静を欠いた彼の耳元で、いつの間にか距離を詰めていた紅いセイバーが低く囁いた。
「おぅ、やめてやるよ」
「っ…!?」
ロードナイトの渾身の拳を腕に受け、鈍い折損音を響かせた後、[鱗]は自由落下していく。
「ぐっ…あ゛あぁっ…!!」
翅を使い、なんとか空中で体勢を整えたものの、絶叫をあげながら悶え、目に涙を溜めてロードナイトを睨みあげた。
痛みに息を弾ませ、苦しそうに呼吸するその姿を、ロードナイトは落ち着いた面差しで見下ろしていた。
「
「…!! お前っ…、僕より低級の癖にっ…下等生物の癖にっ…!! 許さない!!」
「お前の方がよっぽど中身腐ってるぞ。[侵略者]に下っちまうなんて…人として終ってる。…救えねぇよ」
「黙れ!! 殺す!!」
毒言と共に、[鱗]の元の愛らしい顔立ちはメキメキと音をたてながらその形相を変える。口が割け、双眸は漆黒の複眼に、顔面は白銀の体毛に覆われていく。
文字通り人外なる[異界のもの]の姿となった[鱗]は、まっすぐロードナイトへ飛ぶ。
「…!!」
墜ちたアズライトを抱き起こし、その光景を見守っていたオニキスは、にわかに目を見開いた。
オニキスの視線の先、ロードナイトと[鱗]が対峙する更に背面の上空が、巨大な蝶の形に陰る。
「――もうよせ、[
突然姿を現した蝶型の侵略者[
上空で待つロードナイトへ迫っていた[鱗]は、ぴたりと空中で止まる。
「お前、ここで何をしている」
「――。…っ…!!」
落ちるような呼び声に、振り向いた[鱗]は呆然と[侵略者]を見上げた。
「…あっ…あの…」
「
「あっ、これは…その」
「私はお前を、こやつらの相手をさせるために造ったのではない。過ぎた真似をするな」
[斑]の静かな詰問を受け、[鱗]は冷や汗を流し、次いで折れた腕を押さえていた手を離し、小刻みに震え始めた。
「お前が請うてきたから、私はお前に[今の姿]を与えた。しかしお前は、その引き換えに私が与えた"勤め"を果たそうとはしなかった。今まで、一度も」
「…それは…っ…、これから、必ず…」
「いや、もういい。"これから"は、もう無い」
今までの姿から豹変し、怯えるような表情で見上げ、か細く蟲の鳴くような声で答える[鱗]へ、[斑]は抑揚の無いまま続けた。
「[お前]を造ったのは失敗だった。期待した私が愚かだったのだ」
「…ご…ごめんなさい、ごめんなさいっ…これからは、きちんとやります。だから…っ…!」
「[立羽 鱗]」
[侵略者]からの呼びかけに、[鱗]の身体がぎくりと跳ねる。表情を凍らせ、全身を硬直させたまま、[斑]の元へと吸い寄せられていく。
「…!」
セイバーたちに見守られる中、[鱗]は[斑]の体躯の中へ飲み込まれていった。