引き戸を開けた
「…!?
「! 陽!?」
その陽と歳が近い風貌の、"栞奈"と呼ばれた女の子は、陽の顔を見るなりきょとんとした可愛らしい面差しから一転して表情を歪め、眉を寄せながら彼を睨んだ。
「なんであんたがうちにいんのよぉ?」
「! いちゃ悪ぃのかよ!? お前こそ、他所よそしくインターホン鳴らしやがって、紛らわしいんだよ!」
「あんたみたいな、どことも知れない奴が来てるかもしれないからでしょ。…あんたまさか、普段から鳴らさずにうちにあがり込んでるんじゃないでしょうね?」
「うっ! そ、そんなことするわけねぇだろぉっ…」
そんな風になにやら賑やかしい玄関へ、遅ればせながら
「! 栞奈ちゃん」
「蒼矢くん!」
彼の呼びかけに、栞奈は陽を押しのけて寄り、頬を染め目を輝かせながら見上げた。
「久し振り。お邪魔してます」
「久し振り! …こっち来てる間に蒼矢くんと会えるなんて思ってなかったっ…すっごい嬉しい!」
「……!」
彼女からしたら自分と蒼矢の状況は同じなのに、真反対な対応を目の当たりにした陽は頬を膨らませる。
「今日はどうしたの? お兄ちゃんに何かご用?」
「あ、ううん。…
栞奈に問われ、何となく空気を察する蒼矢は、やや言葉を濁しながら目を横に流す。
「俺の用だよっ」
視線の先で腕組みをした陽が、鼻を鳴らしながら栞奈に返すと、彼女の眉が再び中央に寄った。
「はぁ? 何であんたの用にうちが使われるのよ?」
「お前には関係ねぇ。俺の人生を左右する大事な用だよ!」
「…あっ。あんたまた蒼矢くんに勉強教わってるんでしょ。相変わらずお馬鹿さんねぇ」
「!! うっ…うるせぇなぁ! もうお前帰れよ!」
「何言ってんの? たった今帰って来たところよ」
「ちげーよ、あっちの家にだよ。もっかい帰れ!」
「…!? ねぇ蒼矢くん、こいつひどくない!? 私自分ちに帰って来ただけなのに!」
「あぁ、いや、あの…」
言い合う2人に挟まれた蒼矢が困り顔で手余していると、後ろから肩を軽く掴まれ、振り返ると葉月がにこりと微笑った。
「2人とも、そこまで」
低いトーンで静止がかかると、さほど大きな声でもなかったのに陽と栞奈はぴたりと言い止み、葉月へと見上げた。
「…お帰り、栞奈」
「お兄ちゃん、ただいま!」
葉月に言葉をかけられると、さっきまでの腹立った様子は吹き飛んだように消えて無くなり、栞奈は彼の首に抱きついた。
「来る時は連絡入れてからって言ってるのに…僕がいなかったらどうするつもりだったんだ?」
「突然来て驚かそうと思ったの。あとはノープラン!」
じゃれ合う兄妹とともに、一行は居間へと戻っていく。
一同居間へ戻ると、移動中に何も食べておらずお腹を空かせていた栞奈もサンドイッチを頂戴しつつ、しばし歓談に入る。
「…あっちの家もさすがに慣れたけど、やっぱりこっちの方が落ち着くなー」
「学校はどう?」
「うん、私立行ったのはやっぱり正解だったかも。小・中よりは楽しくやれそうよ」
「よかった。父さんは?」
「最近は早朝と夕方の散歩の距離延ばしてるみたい。やっぱり空気がこっちより良いってのは確かなのかしらね」
葉月の妹である
お腹が満たされた栞奈は、机の上に雑然と広げられた陽の教科書をぺらぺらと流し読みする。
「…なぁんだ、よかったぁ。同じようなことやってるんだ。都心と地方じゃ少しずれてるのかと思ったけど」
「あーっ、ひとの勝手に見んなよぉ!」
「いいじゃない、減るもんじゃなし。それにしてもきったない教科書ねぇ。半年も経たないでなんでここまでくたびれちゃうわけ?」
「うるせぇなぁ…勉強ちゃんとやってる証拠だろっ」
「どうかしらね。…あんたここ、落書き。消しきれてないわよ」
「っ! 返せよー!!」
慌てふためきながら栞奈からテキストをひったくると、陽は蒼矢から頭で隠すように消しゴムをかけ始める。
余裕の表情で陽の失態を掘り返す栞奈と、彼女に翻弄される陽の様子を、葉月と蒼矢は呆れ混じりの笑顔で眺めていた。
陽と栞奈は同い年で、通った学校は違ったが幼稚園や小学校まで通っていた塾が一緒で、今は陽が葉月と接点を持ったこともあって、長いこと付き合いが続いている間柄だ。栞奈が母方の田舎へ越したこともあってめっきり疎遠になってしまったが、顔を合わす度に繰り広げられる言い争いは健在で、大抵は利発な栞奈に、単純でややおつむの弱い陽が言い負かされて泣きを見る構図で終わる。二人の周囲も毎度ハラハラしつつ見守っているが、根っこのところでは波長が合うのかもしれない。
「…そういや、
主に蒼矢に対しての取り繕いを終えた陽は、はたと気づいて栞奈へ問う。付け合わせのサラダをつまんでいた栞奈は、葉月からの視線も受けて箸を置く。
「ごめんなさい。引っ張ってこようとしたんだけど…逃げられちゃって」
「栞奈が謝ることはないよ。あの子の都合もあるだろうし」
「都合なんて無い! こっちに来たくなかっただけよ。この前お兄ちゃんが来た時も、部屋にこもりっきりで一度も顔出さないでさ…」
「…! そうなんですか?」
栞奈の言に、驚いた風に蒼矢は葉月へ顔を向ける。眉をひそめた彼の表情を受けて、葉月は少し肩をすくめてみせた。
「…難しい時期みたいで。離れて暮らしてるから仕方ないのかな」
「ただ逃げてるだけなのよ、あいつ。お母さん甘やかし過ぎ。学校だって相変わらず保健室通いだし、ちゃんと勉強やれてるんだか…」
「環境が変わって馴染めなくなるのは仕方ないよ。まだ学校に行けてるだけでも――」
「私はちゃんと通ったもん! …私だって、大変だったんだから…それでも頑張って友達作ったよ。お兄ちゃんも苡月に甘いの?」
口をとがらせる彼女に、何も続けられずに葉月は困ったような笑顔を返す。その兄の面差しに自分の発言を後悔したのか、栞奈はむくれながらも視線をテーブルに落とし、隣の蒼矢が肩をさすると彼の身体にもたれて顔をうずめた。
「なんか大変そうだな。あいつ今年受験じゃん、大丈夫なん?」
シャーペンを回しつつ他人事のように言う陽だったが、彼の軽い一言に一同は神妙な面持ちになる。
「…こればっかりは、本人の意思に任せるとしか。父さんと母さんも何か考えてはいると思うし…」
そうつぶやくように応え、葉月は栞奈の頭に優しく手を置いた。
「また近い内に行くよ。…逃げられないように、こっそりね」
「俺も行きたい!! 月兄行く時連れてって!」
「何言ってんのよ。旅行気分でしょ、陽は」
「そっ、そんなことねーって! 俺だって苡月の顔見てぇもん。なんなら勉強だって教えてやるぞ!」
「…それはいいわよ。あんたは自分のことだけ心配してなさい」