数日後、通う国立大のキャンパス敷地内を、午前の講義と資料の取りまとめを終えた
南向きがおおむねガラス窓で採光のよく入る明るい食堂内は、少し昼食時を外れた時分とあって人はまばらで、スムーズにパンとスープをオーダーし、外観が見渡せる窓際の席へ腰かけた。
パンを口に運びながらテキストをめくっていると、横のガラス窓が軽く叩かれる音がする。振り向くと、黒いレザージャケット姿の男が窓越しのすぐ横に立っていた。
「…
窓越しにニッと笑ってみせると、男は入り口まで回って蒼矢のもとへ辿り着く。
「よーっす、また来ちゃった」
「…一言下さいよ、こっちにだって多少の心の準備というものがあるんです」
「嬉しいこと言ってくれるね、4年の付き合いを経てもなお、俺へのときめきを感じてくれると」
「そういうところです。内も外も、もっと忍んで下さい。ただでさえ先輩、目立つんですから…」
「!? 馬鹿言ってんなって…誰が目立つって? お前にだけは言われたくねぇ…!!」
顔を合わせて早々に茶化し始める彼を、蒼矢はむっとして見返したが、そのぼやきを受け影斗は額を押さえながら背をのけぞらせた。
大型バイクを乗り回し、長身でイケメンを自認する美形男子・
幼少期から女子に間違われることを幾星霜も重ねてきた彼は、二十歳を迎える歳になった今、背格好と骨格に男性らしさが表れてきたものの顔立ちはいい具合に綺麗に成長し、"美男"というよりは"美人"になってしまった。面差しに似つかわしくない黒縁眼鏡になんとなく誤魔化されているが、それでもその群を抜いた容貌と、儚げでいて均整の取れたスタイルは多くの人の視線を集めがちで、普段の大学生活ではさほど難は無いが入学式の時はかなりの注目を浴び、しばらく在校生たちのSNSで目撃情報が飛び交うほどであった。
残念ながら、彼自身にとってはそれら全てがコンプレックスであり、悩みの種でしかなかったが、高校時代の先輩である影斗にはそんな内面も含めて全てがお気に入りで、別々の大学に行ってもこうしてたまに会いに来ては、朴念仁な蒼矢をからかって反応を見て楽しむという、彼なりの愛情表現を注いでいる。
ひとしきり拝謁の儀を済ませ、
「また寂しくひとり飯か。なんかお前見る度にぼっちじゃね?」
「…たまたまです。いつもそうみたいに言わないで下さい」
「やっぱT大は格が違うよなー、食堂3つもある上にどれも安くて美味いし、カフェまで入ってるし。今からでも編入したいくらい」
「卒業年の人が何を言ってるんだか…動機も不純過ぎます。…いつからいるんですか?」
「昼前。ぶらぶらしてりゃあその内お前見つかるかなって」
頬杖をつきながら悪戯っぽく笑顔を送ってくる影斗の顔を見、蒼矢は短くため息を漏らしてから再びパンをかじりだした。
「――そうそう、さっき理学部棟覗いた時にいた奴らの中にお前いなかったけど、どこで何してたの?」
「…!? そんなところまで見に行ってたんですか?」
「そんな目くじら立てんなって。結果いなかったんだからいいじゃねぇか」
「そういう問題じゃないんですが。…午前中は午後のコマの準備で、2年は理化学研究センターにいたんです。先輩が見たのは多分1年生ですよ」
「なるほどね、どうりで見たことない顔しかいなかったわけだ」
そらを見つつ得心した後、何かに気付いたのか影斗はにやりと蒼矢へ視線を戻す。
「そういや、窓越しに見てたらその1年連中の1人に気付かれちまったんだけどさ、そいつが割と可愛い顔してたんだよなー」
「? …女の子ですか?」
「いや、男。お前の学部に女子いねぇだろ。驚かれるか睨まれるかと思ったら、目が合ったら微笑んできやがったぜ。…あれは俺に惚れたね、確実に」
「…そうですか…」
にやつきながらややオーバー気味に評してみせたが、何とも言えない微妙な反応を返すにとどまった蒼矢に、影斗は嘆息をつく。
「…まぁいいや。お前、この後どうすんの?」
「当然午後のコマです、今日は1年と合同の研究授業が控えてますので」
「じゃあ適当に暇つぶしてるわ。一緒に帰ろうぜ」
「え…? まだだいぶ時間かかりますよ?」
「大丈夫大丈夫、俺今日一日フリーだし」
「…困ります。先輩に待たれてるなんて、俺が気が気じゃない」
「待ってねぇって、俺はここで好きに時間費やすだけだって。お前はお前で予定通り勉強やって、帰る時間が同じなだけ。…だろ?」
そう言い、困惑顔を浮かべる蒼矢へニッと笑うと、彼の空になったパントレイを手に預かる。
「…適当に帰って下さいね、本当に」
「おー、頑張れよ」
ゆるい感じでひらひらと手を振ってみせる影斗を背中に、蒼矢は念を押すように声をかけながら、理学部棟へと遠ざかっていった。