理学部棟のとある座学室では、聴講席の真ん中から半分ずつ左右に2年生と1年生が分かれて座り、雑談をしながら開講を待っていた。
やがて講師である教授が入室し、1,2年合同の研究授業の初回講座が始まる。
「今日は簡単な導入だけで、おおむね学部の親睦会だな…とはいっても、他の講義で何度か会ってるか。次回からはしっかり予習してくるように」
そう独り言のようにだらだらと話し始める教授が、思い出したように手元のレジュメから聴講席へと視線を移し、とある生徒を手招きして呼び寄せた。教授の隣に立ち、振り返ったその男子生徒に2年生の座席が一瞬ざわついた。
「…2年には紹介しておこうかな、彼とはおそらく初顔合わせだろう。春前から体調を崩して休学していたが、先週復帰した」
「
そう笑みを浮かべながら挨拶した彼の容貌に、蒼矢も少し目を見開く。
白い肌と淡く桜色に染まる頬に、丸い大きな目。綺麗に通った鼻筋と、紅を差したように血色の良い少し厚めの唇。白肌を際立たせる黒髪は眉毛で丁寧に切り揃えられ、少し前下がりのショートボブから、細い顎と首筋がちらついて見える。華奢な体躯はダークカラーな上下に覆われ、タイトなシルエットが身体の緩やかな曲線を浮かびあがらせていた。
2年生はおおむね口を半開きにして見惚れてしまっていたが、彼と同学年の1年生も送られた笑顔に頬を紅潮させ、後ろの席からは指笛が届く。
「こら、ここはライブ会場じゃないぞ。…導入は問題なさそうだな、まぁ仲良くやりなさい」
次回以降の実習は1,2学年混合でグループをつくり、土台になる研究準備を別で終えた2年生が、1年生を指導する形で進められることになった。
グループ決めの段階で、生徒たちが席を立って入り乱れ始める中、教授から呼び声がかかる。
「
「…! はい」
ふいな指示に
「彼は、なにしろ先週入学したと言っても過言じゃない。学はあるにしてもノウハウは周りより遅れてる。君が主に指導してあげなさい」
「はい、わかりました」
了解すると、傍の鱗へ視線をやる。蒼矢より頭半分ほど小柄な鱗は、首を傾げ下から覗き込むように蒼矢を見つめていた。視線が合うと人懐っこそうに口角を上げ、真っ黒な目を三日月形に細める。
「宜しくお願いします、髙城先輩」
「…うん、宜しく」
挨拶を済ませ、
「ご指名さっすがぁ。あの
「いーなぁ、美人のお世話。俺も手取り足取り教えてぇなー」
振り返ると、学部の中でもよく一緒に行動している
「…じゃあ代わるか?」
「冗談だって、遠慮しとく。役割横取りしたら点数下げられそうだもん」
「学年3人ずつで6人グループだって話だから、丁度良かったよ。出来る限りサポートしてやるから、お前は存分に俺らの眼福を満たしてくれ」
「美人2人並んでるの間近で見られるなんて僥倖だよな! 進行は任せとけ、お前が用意してくれた資料でバッチリだから」
「…色々腑に落ちないけど、助かるよ」
そう言いながらひとつため息をつき、荷物を抱えて先を歩いていく蒼矢の耳に聞こえないように、2人は言葉を交わす。
「…まぁ、普段から
「そりゃそうよ。あいつが永続的に"至上"であることは、俺たち2年の総意だ」
全員が席替えを終えると、次回以降の実習に向けてグループそれぞれで講義内容に沿った研究テーマが組まれ、2年生が中心になって方向性が話し合われていく。
蒼矢のグループでも友人2人が主に舵をとり、蒼矢は
「…――今の話は、資料のここがベースになってるんだけど」
「……んー、んーっ…」
「難しいかな」
「…はい…、ちょっとついていけないです」
ほぼマンツーマンでサポートについていた蒼矢だったが、鱗は終始首をひねり、蒼矢に視線を注がれると恥ずかしげに頬を染めた。
その様子をずっと見ていた1年生2人が、小声で呟き合う。
「…教え方下手なんじゃねぇの?」
「"完璧人間"でも苦手なモンがあるんだな。頭良くても指導できないって、結構致命的じゃね?」
ひそひそ声は
「おーい、聞いてないだろ1年生」
「そんなにそっちが気になるかね。何しにこのグループに来たの、目の保養?」
煽るような言葉を投げられ、1年生2人は目つきを鋭くする。
「…そっちこそ、置いてかれてる奴がいるのにどんどん進めてくとか、配慮足りないんじゃないですか?」
「だったらお前らで後で立羽にフォローしとけよ。友達なんだろ?」
「いいですけど、2年…いや、
「…! お前らなぁ…」
「皆さん、待って下さい…!」
1年の言い草に友人たちは声を荒げかけたが、彼らの間に入るように鱗が腰を浮かす。
「髙城先輩は、こんな理解力が足りない僕に優しく教えてくれてます。僕が至らないだけで、先輩は何も悪くないんです」
「…!」
「お願いです…、僕のために、喧嘩しないで下さい…っ…」
そう言うと鱗は縮こまりながらうつむき、両手を胸の前に重ねた。
上がり始めていた場の熱は一旦冷えたが、彼のその物言いと仕草に、川崎たちはわずかに眉をひそめた。
「…
「ごめん、お前を困らせるつもりはなかったんだ。もう何も言わないから、そんな顔すんな」
が、1年生たちには刺さったようで、血相を変えて彼をフォローし始める。
同級生たちの言葉を受けて頷きながら目元をぬぐい、顔をあげた鱗は再び大きな黒目で蒼矢へと見上げた。
「髙城先輩、今のところもう一度教えてくれますか?」
「! …うん。俺もわかりやすく伝わるよう努めるから」
「はい、お願いします」
彼の背後から他1年2人からの視線も受ける中、蒼矢は気分を入れ替えるように座り直し、資料を片手に再び鱗へ説明し始めた。