※この作品はR-18です。

リアデイルの大地を夫と   作:リュウコウ

3 / 4
炎の槍(フィアンマ・ランチャ)


銅貨50枚=銀貨1枚
銀貨100枚=金貨1枚
金貨15枚=水晶貨1枚






3 旅と常識と王都と夫と鬼ごっこ

「........」

 

森の中に静かな緊迫(キンパク)した空気が流れていた。

目標となるべきモノは、落ち葉の中に潜ったまま身動き1つしない。

片や左腕に身長ほどもある巨大な弓を装備した狩人(カリウド)。

落ち葉なの中の視認できない目標にぴったり狙いを定め、じりじりとすり足でミリ単位で進みつつ移動していく。

何処(ドコ)からかシューシューと呼吸音が聞こえて来る。

その近辺まで移動した瞬間、落ち葉の中に潜んでいた巨軀(キョク)がバネ仕掛けのように跳ね上がった。

そのまま迂闊(ウカツ)にも近付いた餌(えさ)に鋭い牙を突き立てる。

......突き立てるはずだった。目標が飛び上がった襲撃者の下(モト)へ、瞬時に体ごと足元から滑り込んでいなければ。

 

「雷光の矢(ザン・アロー)!」

 

無情にも最後通告が柔らかい腹側の皮膚を突き破り、全身の神経を焼き切られた森の脅威(きょうい)は絶命した。

 

「ふひー、おっかなーい。っていうかロットルさんに感謝ってトコね」

 

放電しつつ静かに消えていく矢に貫かれた、10メートルはあろうかという蛇(へび)が転がっていた。

ニシキヘビに似たこの魔物は上下の模様が逆についている蛇の1種、リバースボアである。

腹を上に向けて死んでいるように見せかけて餌を安心させ、騙されて近寄ってきた哀れな獲物を仕留める擬態だ。

腹に見えている部分はやたらと硬いので、背に見える模様のある腹側を狙うほうが倒しやすい。

薬草採取に来たら周囲の樹がしきりに、「キヲツケテー」だの「コワイヨー」だの囁く(ささやく)から、周囲を【能動技能(アクティブスキル):探索】してみたら、落ち葉の中で長い腹がうねっていたというわけだ。

矢が消えたのを見計らい、獲物をくるくるっとホースみたいに丸めて束ね、ロープで縛る。

とりあえず薬草採取については良心が痛むが、普通に採れるだけの量は確保したし、何処(どこ)へ行っても大丈夫だろうという結論に達した。

但し採取する度に、「ゴメンナサイ、ちょっとくださいね?」等(など)と断りを入れつつ返答が「ギャアア!?」という悲鳴だったので、種族特性も、メリットばかりではない。ある程度の心の強さを手に入れる必要もあるということだろう。

 

「っていうか結構魔物が多いこと多いこと」

 

ケーナの手にあるロープにぶら下げられた獲物はリバースボアだけではない。針のように進化した歯を飛ばし敵を打ち倒すカメレオンの1種であるフォワリザード。

一見するとハチドリだが蜜じゃなくて血を吸うリーチバードが3羽。

角と毛皮と肉に分解してアイテムボックスに放り込んだホーンベアー。

などなど。ちょっと森の奥深くに入っただけでこの成果である。見つけ出すのは簡単だった。

なにせロットルさんにより森の脅威と如何(いか)に顔を合わせないかのご教授を受けたのだった。

それを逆手にとれば、魔物を見付けることなど然程(サホド)分難しくない。

しかし半日も行かないうちにこの成果である。

これだけ人類の天敵が蔓延(まんえん)している中で、戦闘できるものがほとんどいない村が今迄(いままで)無事に済んでいるのを不思議に思うだろう。だが「どうしてか?」は、あっさりと判明した。

村を囲う柵に魔物避けの呪い(まじない)がかかっているのだそうだ。

流石に呪いまで手持ちのスキルにないため、この200年の間に発展したスキルなのだろうと推測した。

 

 

 

 

ケーナが辺境の村宿屋で目覚めてから優(ゆう)に9日が経過している。

あれから塔にも3度(みたび)足を運び、蓄積魔力はほぼ満タンにした。

他に生き残っている守護者の位置を交信によって特定してもらってから、そこへ向かう予定だったのだ。

しかし、ケーナの塔の守護者によると、どこの塔も交信が途絶えて(トダエテ)いるようなのだ。

なので、何処(どこ)かしらで塔らしきものの情報を得る必要がある。

話に聞いた中ではオプスの塔は洋館だし、海中にあるものはまんま竜宮城だ。

他にも村人に隠れて飛行魔法を使い、村周辺や塔周辺を埋めていくことした。

ヘクスマスで行動範囲を探索していくシミュレーションゲームのように。

村にも少々貢献(こうけん)した。マレールさんに言われた通りに自分のやりたい通りに。

この話を聞くとはなしに聞いてしまった銀の塔の守護者は、『スキルマスターが自分を安売りしないように』と叱られた(しかられた)。

何はともあれ必要となるのはお風呂だ。

村にはお風呂らしきものはなく、普段はどうしているのかと聞けば水で湿らせた布で体を拭くだけだと言う。

マレールさんの宿屋で頼めば別料金でぬるめのお湯がタライに入って出てくる。

お金はあるが日本人としては、お風呂に入りたい。

そんな理由から村に共同浴場を作ってしまおうと考えた。

まずは場所の選定である。村内(そんない)でそんなものが作れるスペースと言えば中央にある広場だ。

だがそこは村人のための多目的広場みたいな場所なので使うわけにはいかない。

ケーナは村を歩き回った時に空き家が多いのに気付いていた。

そこを1軒譲り受けて使ってしまおうと考えたのである。

 

 

 

早速村長に許可を取りに行くと、井戸の件もあって「好きな所を使ってくれ」と快く了承された。

魔法技能(マジックスキル)を使って温泉を作る場合、水脈などは必要としない。

それの効果を代替(だいたい)する技能(スキル)が色々揃っているからだ。

まずは空き家の中にある家具を片っ端からアイテムボックスの中へ放り込み、スキルを使って空き家を支配下におく。

【領域支配】というハイエルフの種族スキルである。

エルフの王族という設定だからこそ使えるのだ。

次に家屋(かおく)の壁と床の半分を取っ払い、庭先となる位置に人が座れる程度の深さで穴を開ける。そこを浴槽にするため、水が漏れても(もれても)ぬかるみにならないよう圧縮して硬くする。これは精霊を召喚して当たらせた。

浴槽にするための木材をケーナが加工している横で、ペットボトルサイズのポーンの駒が数機がぴょこたんぴょこたんと跳ねまわって土を固めていた。

見た目はメルヘンだがこんなんでも110レベルの強者だ。この世界の常人の手に負える精霊ではない。

大きく開けた穴の中央に特殊な岩を置き、それを囲むように木材で浴槽を作っていく。

これま建築技能(スキル)にテンプレートの設計図があるので、それの詳細を詰めていく感じで作ってしまう。

後は岩を中心として家屋の内部ごと壁で半分に仕切って、家屋と浴槽をひょうたん形(がた)に塀で囲む。

井戸と同じように全体に保護魔法を掛ければ完成だ。

作成には木材の確保で苦労するかと思われたが、そこはもう割り切って切り倒すのは魔法を行使した。

ただやり方が人に見せられない情けない方法である。

まず周辺の木々に頭を下げて、「切り倒しますごめんなさい」と言って回った。

次に防音魔法を自分に掛けて魔法を放って木を切り倒す。

これで木の悲鳴は自分には聞こえてこないし、木を拾い集める際に周囲からの非難の声も聞こえない。

後ろめたくてしばらくは森に出かけることができないというしこりが残るが......。

浴槽に設置した特殊な岩は魔韻石(まいんせき)というものの塊である。

空気中から魔力を吸収できるため、ゲーム中はダンジョンでモンスターが無限に湧き出る仕掛けの材料になっていた。

これはケーナの塔の倉庫に保管してあった物を使っている。

岩に偽装しているが、数枚の魔韻石を重ねて数種類の効果を持つように構成されていた。

【鉱泉魔法】で美容や治療などの効果を持つお湯を一定量放出し、【浄化魔法】で汚れた水を濾過(ろか)し、【保温魔法】で温度を一定に保つなどである。

しかも40年近く整備要らずになるよう魔法を施した(ほどこした)。掃除は必要だろうが。

出来上がって動作確認をしてから、村人たちへ披露(ひろう)した。

浴槽へ入る前に体を洗うなどの使用方法をレクチャーする必要はあったが、ほぼ全員に快く受け入れられたのである。

さすがに石鹸までは(スキルがなくて)作れなかったが、お風呂に入ることの重要性をケーナが説いたので村の年配の女性陣にえらい好評であった。

管理は村人が持ちまわりですることとなった。

ケーナと私の夫シャイニングセイバーと村人は基本無料で、外から来た者には有料にするそうだ。

 

 

 

その日の探索を終えてマレールさんの前に獲物を並べていると、ロットルさんがやって来てその量に唖然としていた。

 

「まーたアンタはこんなに色々獲ってきて。どうするんだい!村中総出でも食べきれないよ」

「ええっ!?これ全部食べられるんですかっ!鳥はともかくトカゲもヘビもー!?」

 

などと獲ってきたケーナすらも、マレールさんの言葉にびっくりしていた。本人的には口に入れる(いれる)のは躊躇(ちゅうちょ)するものばかりだ。

 

「おいおい、なんだよこの量と種類.......」

 

ロットルさんが宿屋裏に並べられた6匹と凍った肉の山を前に肩を落とす。

 

「これはあれか、猟師のプライドを打ち砕く陰謀か?」とでも言いそうな顔で。

 

「此方(こっち)の肉の山は何だい?なんだか白くなってて冷たいけど....」

「それはホーンベアーです。でっかいんで切り分けたんですが、生肉のまま(アイテムボックスに入れて)持ち運ぶのが嫌だったので、魔法で凍らせました。あ、これ毛皮と角です」

 

森を1歩進む毎(ごと)になにかしらの、魔物なんだか普通に生息している動物なんだかが現れるので、途中から飛行魔法に切り替えて帰ってきた。

それなのに空でも鷲に襲われて、ウンザリしてしまう。

仕留めるしかなかったが、エンカウント率が高すぎるのも考え物だ。

ゲーム内ではアクティブモンスターと言えど自分のレベルより低ければ襲われなかったが、平時(へいじ)だと能動技能(アクティブスキル)が意識しないと立ち上がらないため、本能で襲いかかってくる動物には辟易(へきえき)するところである。

ちょっと大変だったのは熊の解体だった。

初めて狩った時に宴会で切り分けられるのを見て、ウロ覚えでやってみた。

抵抗はあったが、血の臭いが凄いわやたらと時間がかかるわで大変苦労した。

途中で吐いたりもしたが、なんとかバラバラにして【魔法:凍結】で凍らせる。

後日、ロットルさんに教えを請い、1から教えてもらったのは内緒である。

何方(どっち)にしろこの地で生きていくのなら、避けては通れない(とおれない)道と諦めて慣れるしかない。

 

「あと、隊商が来てからなんですけれど、そろそろこの村を離れようかと思います。夫にも逢いたいですし」

「そうだね、旦那にアンタの無事を知らせてやらないといけないからね。でも、寂しくなるねぇ.......」

「まあ、ケーナちゃんも冒険者だし、ひとつ所に立ち止まっていられないものな.......」

 

しんみりした雰囲気(ふんいき)に包まれるその場に、不思議そうなリットちゃんが加わる。

水を汲みに来て、母親とケーナとロットルさんが顔を突き合わせ、お通夜(おつや)みたいな空気を漂わせていたのだ。疑問を持つなと言う方がおかしい。

 

「どうしたの?」

「あー、リットちゃん。うーんとね.......」

 

口にしようとした時にマレールさんが制した。目を合わせたケーナに首を振る。

 

「マレールさん?」

「いいよケーナ、言わないでおいてとくれ。するのは当日で充分さ」

「え?......でも?」

「こんな商売だ。会ったら別れるのは当然さ。あの子にはその辺りキチンと慣れてもらわなきゃいけないからねえ」

 

話しかけようとしたのを母親に遮られたケーナを見て、子供の聞く話じゃないと勝手に判断したリットちゃんは、いつものようにハンドルを回して水を汲み始めた。

 

 

 

マレールさんに止められたため結局切り出せなかったが、意外にもその別れは早くやってきた。

次の日の昼頃になって、5台の馬車で構成された隊商が到着したのである。

それは丁度昼に差し掛かった頃に聞こえてきた。

馬の嘶く(いななく)声。荒々しい蹄(ひづめ)の音。馬車の車輪が地面を鳴らす音。大勢の人が押し寄せる喧騒(けんそう)。

それと同時になんとなく村に膨れ上がる期待感。

ケーナには「あ、なんか人がいっぱい来たな」といった感じに聞こえたのだが、マレールさんには何時(いつ)とも違ったモノに聞こえたらしい。

 

「んん?なんか妙に慌てて来たねぇ?」

「はー。慌てて?」

「あんな慌ててやって来るような連中じゃあないんだけどね?」

 

疑問符を浮かべたケーナが食堂の出入り口に目を向けると同時に、男が飛び込んで来た。

皮鎧と長槍で武装した男は慌てた様子でカウンターまで駆け寄る。

 

「女将(おかみ)!酒だ!それかお湯か水!」

「なんだいなんだい慌ただしいねぇ。一体どうしたっていうんだい?」

 

いきなり注文して待ち焦がれているかのようにその場で足踏み。確かに誰が見ても妙に慌てている。

ケーナはカウンターで昼食を食べている最中(さいちゅう)だったので、パンを咥えながら(くわえながら)その様子を観察していたを

マレールさんは奥か酒瓶を取り出すついでにリットちゃんを呼び「井戸の使い方を教えてやんな」と指示をした。

 

酒を受け取った男は、駆け足で転がるように外へ出ていった。

その際に舌打ちをして「くそっ」と悪態をついたのが気になったケーナは、残った昼食を口に詰め込んで後を追ってみることにする。

外にはケーナが初めて見る光景が広がっていた。

4頭立ての箱馬車が2台に、2頭立ての幌馬車(ほろばしゃ)が3台も停車している。

馬車に乗ってきたと思わしき商人たちが、村の隅の野原に並んで次々に馬を外し、荷物を下ろしながら準備を調え、店舗を広げていく。

馬車から降りてきた者たちが一丸となって、みるみる露天商売らしくなっていく様(さま)を感嘆しながら見ていた。

すると商人とは別の一団、武装している10人弱が纏まっている(まとたっている)所から切羽詰まった叫び声が聞こえてきた。

口調の荒々しさから誰もが余裕がないようだ。ある1角を取り囲んで大声を上げ続けている。

 

「おいっ!しっかりしろ!」

「ケニスン!?おい!聞こえてるんなら返事をしやがれ!」

「薬草を早く持って来い!」

「畜生!血がとまらねぇ」

 

その様子から、唯事(ただごと)ではないのはケーナにもはっきり理解できた。

 

「......怪我人?」

「ええ、まあ」

 

動こうとしたケーナの足元から第三者の知らない声が返ってくる。

いつの間に寄って来たのか隣には地面に引きずるくらいのぶかぶかな茶色いローブに身を包み、眼鏡を掛けた犬人族(コボルト)がいた。

見た目はウェルシュコーギーみたいに可愛らしい感じだが、発する声はそれなりに人生経験を積んだ男性のようである。

 

「ここに来る途中でオーガが出ましてね。護衛の傭兵団がなんとか撃退したんですが、重傷者が出たらしく。あれではもたないでしょう」

 

心配している感じは受けたが、諦めた様子にケーナの眉がつり上がる。

 

「......死んじゃうのを容認するんですか?」

「あの傷ではもう.......」

 

首を振って切り捨てるしかないといったコボルトを睨んで(にらんで)、ケーナは怒声を上げている集団へ駆け寄った。

 

「どいて!」

「え、おい!嬢ちゃんなんだ一体!?」

 

固まった傭兵たちを掻き分けた先には、地面に敷かれた毛布に横たえられた年若い青年がいた。

皮鎧の脇腹が裂け、包帯が巻かれている。

患部は血で真っ赤に染まっていて、今もポタポタと血が滴り(したたり)落ちていた。

普通ならココまでの出血を見た瞬間に大抵の女子はひっくり返ったりするだらう。

あいにくとケーナは、これ以上の地獄を既に(すでに)経験済みだ。

【サーチ】によって状態を確認したケーナには、青年のHP(ヒットポイント)を示すバーが徐々に減っていくのが見える。

黄色から赤に切り替わった所で症状を理解したケーナは、「毒か!」と口にした。

仲間の命が刻一刻と死に瀕している危機的状況に、輪の中に飛び込んできた女をどかそうとした傭兵たち。

彼等のみならずその場にいた者全員がケーナの次なる行動に度肝を抜かれた。

 

【特殊技能(エクストラスキル):load:二重詠唱(ダブルスペル):count start】

 

青いリングが2つ、中空から突如出現する。

横から見て彼女の両肩の高さでクロスし、ケーナを内側に囲い高速回転し始めた。

青い光の格子網が球形となって彼女を包み、両肩のクロスポイントに【10】と数字が浮かび上がる。

魔法を使用する際に発生する待機時間(デイレイ)を半分にし、複数の魔法効果を1度に使用できる特殊技能(エクストラスキル)だ。

効果時間は10秒しかないが、ケーナの魔力をもってすれば充分である。

 

 

 

ーーー【9】

【魔法技能(マジックスキル):毒浄化(バ・ニル):ready set】

【魔法技能(マジックスキル):単体回復(デュール):ready set】

 

「癒せ(いやせ)!」

 

顔色が青から土気色(どけいろ)になりかかっていた青年を淡い緑の光が包み、蛍の灯火のように輝く粒が空中から次々に出現した。

プラネタリウムの流れ星みたいに、光の粒が青年の身へ吸い込まれていく。

 

「なっ!?」

「ダ.....ダブルスペルだとおっ!?」

「国内でも遣い手なんて3人もいねぇぞ!」

 

目の前の到底信じられない光景に硬直(こうちょく)していた傭兵たちや商人ら、茫然と呟いてその光景に見入った。

 

 

 

 

ーーー【6】

【魔法技能(マジックスキル):持続治癒(デュライト):ready set】

【魔法技能(マジックスキル):範囲回復(ラ・デューラ):ready set】

「いーからさっさと起動!」

 

青年の頭上に五芒星に二重円の魔法陣が固定化。煌めき(きらめき)が雨となって絶え間なく彼に降り注ぐ。

後続(こうぞく)の魔法は白い半透明の漣(さざなみ)となって周囲に広がっていく。

傭兵たちのみならず商人たちや見物していた村人にまで影響を及ぼし、日常の掠り傷(かすりきず)から戦闘で受けた傷に至るまで瞬く間に治癒していった。

 

「おおおお........」

 

 

 

ーーー【3】

ーーー【2】

ーーー【1】

【count end】

 

甲高い音と共に青いリングが格子模様と共に砕け散り、中空へと解けて消える。

「はふ」と深い溜め息(ためいき)を吐いたケーナを凝視していた傭兵たちは、今さっきまで土気色になっていた青年の顔色が正常に戻り、裂けた脇腹の出血が止まっていることを確認した。

信じられないという表情が徐々に喜びに変わり、歓声を上げて互いの無事と仲間の生還を喜び合った。

村人たちは「流石はケーナちゃんだ」といった感じだが、商人たちは開いた(あいた)口が塞がらない(ふさがらない)といった表情で動きが止まっている。

 

「はー、やれやれ良かった良かった」

 

この程度では大した疲れにもならないものの一仕事終えた達成感に肩を叩き、ケーナはその場を離れようとした。

背を向けたところで、先ほど真っ先に宿屋へ飛び込んできた壮年の戦士に呼び止められた。

 

「済まない嬢ちゃん。仲間の命を助けてくれたこと、深く感謝する。ありがとう」

「はい、ギリギリ間に合って良かったです。魔法陣はしばらくその人の上に出ていますけど、動かしても平気ですよ」

 

壮年男性の指示で青年を担架(たんか)に乗せ、宿屋の方に数人で運んでいく。

ケーナは傭兵たちに次々にお礼を言われ、赤くたって恐縮した。

そこへケーナに声を掛けてきたコボルトが拍手をしながら近寄ってくる。

 

「いや~大変珍しいモノを見せて頂きました。さぞかし名うての術士の方とお見受け致しますが、名前をお聞きしても宜しい(よろしい)ですか?私、この隊商を纏めているエーリネ、と申します」

「ケーナです。ただの引き籠りの田舎者ですので、お気になさらず」

 

色々人に説明するのもアレなので、ケーナは自分自身を森に引き籠っていた世間知らずの隠居人とすることにした。

ケーナが知っているのはプログラムされたゲーム世界だけであるから、この理由なら現状の世界のことを知らなくても、田舎者と称するだけで済みそうだからだ。

 

(にしてもコボルトって商人もできるんだねぇ)

 

NPC(ノンプレイヤーキャラクター)の小間使い的な役割で、ゲーム世界をちょろちょろ走り回っていたのをよく見ていたケーナは特に気にしなかった。

逆にエーリネさんの方は初対面の者には大抵「こんなのが?」といった色眼鏡で見られるため、特にそういった反応のないケーナの態度に好感を持った。

 

「もし辺境でモノがご入り用の際は、私共(わたくしども)の隊商をご利用くださいますよう」

 

彼女の実力を〝それなり〟だと判断したエーリネはここで売り込んでおくのが得策と判断し、頭を下げた。

 

 

 

 

 

少し経ち、先の緊迫感が払拭(ふっしょく)された広場は活気に満ちていた。

畑で採れた野菜を売る者や、物々交換で日用品の値段交渉をする者。

護衛の傭兵たちは1部を残し、酒を飲みに宿屋へ向かう。

ケーナはリットちゃんと一緒に、ロットルさんが狩りで得た毛皮(大半はケーナが仕留めたもの)などを換金するのを座り込んで眺めていた。

商人は随分と目を白黒させて算盤(そろばん)を弾いている。

 

「ホーンベアーの毛皮が3枚.....、そこそこの冒険者でも苦労しますよ、これ。此方(こっち)はリバースボアの革じゃないですか!リーチバードの羽根!?村の猟師に狩れるもんじゃありませんよ。一体どんなインチキを使ったんですか、ロットルさん?」

「ふっふっふー」と腕を組んで胸を張ったロットルさんは、傍ら(かたわら)でリットちゃんと談笑していたケーナをビシッと指さした。

 

「これは全部ケーナちゃんが獲って来た獲物なのだ!」

「わーぱちぱちー」

「てへっ」

 

リットちゃんとロットルさんに賞賛されて、素直に照れるケーナ。

商人は世界が45度傾ぐ(かしぐ)音を聞いた。

 

「さ.....参考までにどうやって?」

 

先程行使していた魔法からケーナを神官職と誤解した商人がホーンベアーの毛皮に剣などの斬り傷や魔法などの焼き痕がないのを疑問に思って尋ねた。

聞かれたケーナはロットルさんと顔を見合わせ、異口同音(いくどうおん)に、「「蹴って」」と返答した。

 

「いやー、1回目はともかく2回目は凄い技だったなー」

「言わないでください忘れてください若気の至りだったんですーっ!」

 

ロットルさんと出かけた時に、つい調子に乗って叫んだアレだ。

夜になってその勇姿を酒場で吹聴した彼は「女性が嫌がることをするんじゃないよ」

とマレールさんの投げたお盆で撃沈されている。

 

「楽しんで頂けているようでなによりです」

 

傭兵が詰め掛けたために宿屋が忙しくなったのでリットちゃんがマレールさんに呼び出されていた。

仕方がなく1人で商品を見て回っていたケーナはエーリネさんに声を掛けられた。

 

「先程、私も貴女(あなた)の作品を拝見させて頂きまして、今の世にないような素晴らしい物でありました」

 

ホーンベアーの角で三叉槍(さんさそう)を作って、武器担当商に鑑定させたことだろうか?

やたらと感動していて、交渉の末に2本で銀貨60枚で売れた。

それか別の商人が「これを作ったのは誰だあっ!?」とか言って、井戸の水汲み機について詳しく聞きに来た時のことだろうか?

それでもなければ共同風呂の件だろうか?

分からなかった彼女は全部纏めた評価だと思って返答する。

 

「200年前は見たんですけどねー(......クエストで)」

「ほお、200年前。なるほど、しかし今になって引き籠りを止めて出てきたんですか?」

「そう、だから、地図が欲しいんですけれど」

「なるほど、200年も経てば確かに地図も変わっていますからね。それなりの御代は頂くことになりますが?」

「あとついでに王都のこととか教えてもらえると。あ、情報料とか要りますか?」

「いえいえ、でしたら先程の魔法の見物料としてオマケしましょう」

「見物料にしたらお金が取れますかね?」

「少なくとも二重詠唱(ダブルスペル)なんて使える人間はこの世に数人いるかどうかですよ?」

 

エーリネさんの面白そうな言い方に、早まったかと内心気が気でないケーナであった。

 

「ほう、人捜しですか?」

 

夜になってから宿屋の酒場では村人に加え、商人たちとその家族、護衛の傭兵まで加わって普段の数倍の喧騒で賑わっていた。

その中でケーナは食事時と同じく、カウンターの定位置に座る。

隣ではエーリネさんが自分で持ち込んだ高めの椅子に座って、フェルスケイロ王都の様子を語っていた。

エッジド大河で貴族街と一般市民街に分断された街だとか。

南の国ウタロクエスと北の国ヘルシュペルのほぼ中間地点にあるため、王都で揃わない物はないとも言われる物流の中心点であることなどや。

年に1度開催される闘技祭の様子などをだ。

途中でケーナが「あのシャイニングセイバー(ひと)は王国騎士団長だから、いるだろうけれど。あの子も其処(そこ)にいるのかなあ?」と呟いたのに、エーリネさんが聞き返したのがこの後の騒動の始まりだった。

 

「どんな方かお聞きしても構いませんか?もしかしたら私共(わたくしども)の知っている方かもしれません」

「えっとね、竜人族(ドラゴイド)の男性と、エルフの男性で.....」

「ほう、竜人族とエルフ。ふむ」

「騎士団長と、神官でー」

「ふむふむ、騎士だ......、と神官......、え?」

 

なんとなしに口にしたエーリネさんと聞き耳を立てていた傭兵たちの動きが止まる。

竜人族、男性、騎士団長。エルフ、男性、神職、この単語が当てはまる人物なんて王都でかなり限られる。

「いやそんなまさかー」、などと考えた一同だった。しかし....。

 

「シャイニングセイバーっていうんだけれどー。あと、スカルゴっていうのよ」

「「「「「「ええええええええええええーーーっ!?」」」」」」

 

聞いていた全員、勿論マレールさんは除く、が動転して一斉に驚愕の叫び声を上げた。

 

「シャイニングセイバー殿とスカルゴ殿って言えばあおまっ!?」

「あのシャイニングセイバー殿とスカルゴ殿とお知り合いなのですかっ!」

「いやー、こんな田舎ですげー話聞いちまったなぁ」

「あんな雲の上の人とこんなお嬢ちゃんが......一体どんな関係が?」

「おいおい、聞き捨てならねぇな、ケーナちゃんがどんだけ凄い腕前なのか知らねぇのかよ!」

「こんな田舎のお嬢ちゃんがどんな腕前だと言うんだ!」

 

端の方で突然始まった自分を品評する村人と商人の口喧嘩。

マレールさんを見上げると、にこやかな表情でお盆を手にしたので、見なかった振りをする。

まあ、視界の端を円盤が飛んでいったが、気のせいだった。

 

「あの人は分かるけれど、あの子そんなに有名人なんだ。へー」

「いやいやいや嬢ちゃん。シャイニングセイバー王国騎士団長は、王様が信頼を置く方で、スカルゴ大司祭と言えば、王様、宰相に次ぐ発言力をお持ちの方だよ。そんな『へー』って言葉で片付けられるようなお方じゃないよ」

「シャイニングセイバー殿は、此処(ここ)3年で頭角を現し、王国騎士団長にまで上り詰め、スカルゴ大司祭殿は、200年前の激動の時代からの生き字引!美青年!そして国のナンバー3!彼の魅力に酔わない人はいないよー」

「夫が王国騎士団長なのは、マレールさんから聞いていたけれど、.......大司祭、大司祭ねぇ?」

 

ゲームの偉い人というとケーナの覚えている限りでは、出入り自由の王城。NPC、イベントムービー。クエストをくれる所。

この程度の認識である。なんとなく可笑しく(おかしく)なって、くすりと笑みを浮かべる。

 

「......おいおい」

 

そんなケーナを見た傭兵たちが突っ込んだ。

エーリネさんの本能はこの先を聞くなと囁いていたが、好奇心にまけてつい尋ねてしまった。

 

「さ....差し支えなければ、いったいどんな関係なのか聞いてもよろしいでしょうか?」

「うん、別に隠すようなモノじゃないしー」

「精々友人止まりだろう」とか「はーやれやれびっくりさせやがってー」とか外野が飲み食いを再開した丁度そのタイミングに、ケーナは爆弾を投下する。

 

「夫と息子だし」

 

 

 

ゴハッばぶふうっ!!!?

 

 

 

その場にいた全員が1人の例外もなく、口の中のモノを噴き出した。

村人たち。マレールさんはシャイニングセイバーがケーナの旦那なのは、しっていたが、息子もいたのは知らない。そこは、リットちゃんと他の村人たちと同じくルイネさんやロットルさんなどと一緒に顎(あご)を落として目を見開いて凍っていた。

傭兵たちは互いに噴き掛けたお酒でびしょびしょだし、商人たちの家族は皿をひっくり返したり食器を取り落としたりしている。

エーリネさんに至っては椅子から転げ落ちていた。

 

「......ケ...ケーナ....」

「はい?どうしましたか、マレールさん?」

「シャイニングセイバー様がアンタの旦那ってのは、聞いていたけど、1児の母だったのかい!?」

 

マレールさん、夫のことは知っているのに、....1児の母!?

 

 

目の前の15~17歳くらいにしか見えない少女の年齢が疑われた瞬間だった。

これまたミスマッチな言葉もない。

 

「あ、いえ、まだ(サブキャラクターが)後2人いるんですけどー」

「「「「「「ウエエエエエエエエエエッ!?」」」」」」

 

スカルゴと一緒で、技能(スキル)別に特化させるとどうなるかの実験みたいな形で、里子(さとご)にあと2人出している。

80個程の攻撃魔法を覚えさせたエルフ女性マイマイと、砦や城やダンジョン等(など)の建造物作成技能(スキル)に特化させたドワーフのカータツである。

私がエルフで、夫が竜人族(ドラゴイド)なので、後者はさすがに養子ということになっているのだが。

公式設定ではこのリアデイル世界は両親が異種族同士だった場合、生まれる子供は「ハーフ◯◯◯」とはならない。

両親何方(どちら)かの種族が生まれてくるという設定であった。

現実(リアル)状態になってもその法則は変わっていないらしい。

 

夫が竜人族(ドラゴイド)で、ハイエルフであるケーナの子が、エルフだということに疑問の声が挙がらなかったが、マレールさんから、末弟(まつてい)カータツについて、問われた。

 

「ねぇ、アンタ。カータツという、ドワーフはどうなってるんだい?」

「あー.....それはね、養子なんだぁ♪」

「アンタは、偉いね」

 

因みに(ちなみに)3人共の元は、雨の日に病室から見つけたカタツムリからである。

 

「とりあえずシャイニングセイバーとスカルゴは元気なんだね。よかった」

 

ホッとするケーナを他所(よそ)に、酒場の中には驚愕と困惑と混乱と乱心と気絶の嵐が吹き荒れた、

就寝時間になったので、ケーナは部屋へ向かう。

 

 

 

ケーナは、深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。

 

「あーーーっ!【特殊技能(エクストラスキル):以心伝心(いしんでんしん)】を夫と出来たのを忘れてたよ。色々と状況を整理する時間が欲しかったから」

 

いくら【スキルマスター】なケーナにも【特殊技能(エクストラスキル):スクロール作成】で他人に伝授できない技能(スキル)がある。

そのひとつが【以心伝心】だ。

それはゲーム内で夫婦兄弟姉妹親子の関係者と100文字制限の電報メールをやり取りするためのお遊び技能(スキル)だ。

取得するには面倒な手続きを必要としていた。

まずは仲のいい友人同士で関係を決めて運営側に連絡する。

双方の同意をもって夫婦になるか仮の血縁関係が交わされた者だけがこのスキルを得るという仕組みだ。

端的に言ってしまうと夫婦以外は義兄弟の契りやら姉妹(スール)制やら桃園の誓い(ちかい)やらを交わせばいい。

ケーナにもゲーム中に夫婦や契りを交わした兄弟姉妹はいるが【以心伝心】を夫(シャイニングセイバー)に繋げてみよう。

 

「もしもし、もしもし、シャイニングセイバー、聞こえる?聞こえているなら、返事をして!」

『も.....しも.....し、もし....もし、ケー....ナ?ケーナなのか?大丈夫なのか?俺は、今、フェルスケイロ王国の騎士団長をしている』

「あー、それは聞いたよー。凄いじゃない♪それでね私は今、白の国フェルステスと翠(みどり)の国グルスケイロの交易路で栄えていた辺境の村にいるんだ♪」

『そうなんだね。良かった♪』

「わかったわ、おやすみなさい。シャイニングセイバー♪」

『お休み、ケーナ♪あと、その時、君との子供を作ろ』

「そうね、里子(サトゴ)だけじゃ、味気ないから、あなたとの子供が欲しいわ。楽しみにしてる♪」

 

 

 

 

「.....は?」

「もう1度お聞きしますが、一緒に王都に行きませんか?」

 

エーリネさんは今まさに聞いた言葉を反芻(はんすう)して、狐につままれたような表情で聞き返した。

辺境の村で1泊してから翌朝、目の前で一緒に朝食を取る自称「田舎の放浪者」ケーナにである。

昨夜の衝撃の告白から一夜明けた朝。

宿屋の1階では傭兵やエーリネの纏める隊商の仲間たちが、その家族と共に味わい深い(ぶかい)シチューとパンで朝食を取っていた。

シチューには勿論ゴロゴロとした肉がふんだんに使用されている。辺境の牛肉と称されるホーンベアーの肉が、である。

何の苦労もなく大量の在庫があり、食べるのに困らないとは何の冗談であろうか。だいぶ、この世界にも慣れてきたので、夫に会いに王都に行こうと思った矢先に、エーリネさんに提案されたので、スットンキョウな返答になってしまった。

この際それは置いておいて、問題は目の前の女性にある。

 

「そうですね、夫にも会いたいですし。でも、道がよく分からなくて、どうしたものかと思っていた所なので、お願いします」

「此方(こちら)は問題ありません、歓迎しますよ。其方(そちら)のお嬢さんには問題あるようですが?」

「はい?.......あ」

 

エーリネさんの視界を追って背後を振り向いたケーナは、お盆を抱えて泣きそうな顔をしたリットちゃんに気付いて脂汗を垂らした。

流石にそのまま放置すると良心が痛むので、マレールさんに断って宿屋の私の部屋へと向かう。

 

「ケーナおねーちゃん、行っちゃうんだ......」

「う...うん。夫にも会いに行かないといけないから、仕方がないんだけど、私はどうしたらいいかな?」

 

リットちゃんは、もじもじしながら、答えた。

 

「え....えっとね、わたしと、キ...キス、してください.....」

「じゃ....じゃあ、リットちゃん。目を閉じて♪」

 

リットちゃんは、私の言うとおり、目を閉じる。

 

「いくね♪.....ちゅ......ちゅっちゅ.....んはっ.....、ちゅっちゅっ.....んん....」

「ん.....んっ.....ちゅ.....ちゅちゅ.....んはぁ.....ちゅっちゅちゅっ.....ふはぁ.....」

「これで、どうかな?リットちゃん♪」

「エヘヘッ、おねーちゃんとキスしちゃった♪」

「王都での、用事が終わったら、帰ってくるから♪」

「旦那(だんな)さんも大事だもんね♪おねーちゃん」

 

 

 

 

それから2日程して出発の日がやってきた。

隊商が村を離れる時刻には村人が総出で送り出すという事態に。

「たっしゃでなー」「また来いよー」「次は旦那さんと息子さんも連れてなー」とか口々に言う村人を見て、田舎に帰ってから都会に戻る若者のようだとケーナは思った。

 

「随分な人気者だな」

「お世話になりましたから」

「逆だと思うんですけどねえ」

 

両手を振って皆に別れを告げるケーナを見ていたエーリネさんと護衛傭兵団の団長は「「この嬢ちゃんは人からの好意に鈍い」」と確信した。

 

「そう言えば自己紹介を忘れていたな、傭兵団『炎の槍(フィアンマ・ランチャ)』団長のアービタだ。王都までしばらくはよろしく頼む」

 

御者台(ぎょしゃだい)の端で足をぶらぶらさせていたら、脇を歩いていた壮年男性に声を掛けられた。

それから次々に傭兵団のメンバーに挨拶(あいさつ)されて、名前を覚えきれず目を白黒させる。

1通り名前交換が終わるとエーリネさんによって箱馬車内に連れ込まれた。

その際にエーリネさんとアービタさんは視線を交わし、重々しく頷き合う。2人の心は今1つの使命に燃えていた。

即ち(すなわち)「この金銭感覚の破綻した嬢ちゃん(ケーナどの)をこのまま王都に入れるわけにはいかない」と。

そこまで強い想いを抱かずには(いだかずには)いられない理由は2つある。

 

 

 

 

ーーー事例①

ケーナに地図を売る時にエーリネさんは思った。

この御仁(ごじん)となら面白味のある値段交渉ができるのではないかと。

 

「フェルスケイロ周辺の地図でしたら銀貨8枚でしょうかね」

 

これには丁度近くで聞いていたアービタさんでさえも、「おいおいボリ過ぎだろう」と内心突っ込んだ。

しかし言われた当人は、素直に8枚の銀貨をエーリネさんに渡す。

 

「ああはい、8枚ですね。じゃあこれで」

 

あっけらかんとした彼女の対応に2人は唖然として銀貨を見つめた。

エーリネさんが慌てて他の国の地図も渡したのは言うまでもない。

 

 

 

 

ーーー事例②

それはまた王都まで同行したいという交渉の、ケーナがリットちゃんのご機嫌を取った後に発生した。

エーリネさんに言わせれば、ケーナ程の腕を持った魔術師なら同行してもらえるだけでもとても幸運で、逆に此方(こちら)からお願いしたいくらいだと。

それでもつい商人魂から「お客様としての運送料でしたら、雑費(ざっぴ)食費含めますと銀貨10枚ですかね」と言ってしまった。

しかし、何の疑いもなく馬鹿正直に払おうとした彼女を慌てて2人掛かりで止める。

 

「何を考えているんですか!?」

「そうだ、ちょっと待て嬢ちゃん。少しは疑え!」

「え?今風には相場がこれくらいじゃないんですか?」

 

この発言に2人は思った、「「ダメだこの人、価値観が200年前で止まってやがる」」と。

 

 

 

そういった経緯もあって冒険者の一般常識をアービタさんが、金銭の常識をエーリネさんが教えてくれることとなったのだ。

いやむしろ教えてさせて下さいと頭を下げたいくらいである。

村での所業を見る限りでは判明しなかったが、これだけ経済感覚の破綻したエルフを世に放ったら、たちまち一般市場(しじょう)が崩れ落ちる可能性があるからだ。

箱馬車では適当な小さい木箱に布を敷き、エーリネ先生の経済教室が始まっていた。

上には3枚の硬貨があり、1番端から茶色、銀色、金色とある。

 

「いいですかケーナ殿。まずこの茶色いのが銅貨です。50枚で銀貨1枚になります。そして銀貨が100枚で金貨1枚になるんです」

 

銅貨には種類は分からないが鳥の意匠(いしょう)がされていた。

銀貨は花が、金貨には建物がそれぞれ刻まれている。建物は通貨の制度を定めた時のギルドだそうだ。

更にエーリネさんは無色透明だが微妙に輝く硬貨を取り出し、金貨の横に置く。

此方(こちら)には何かの紋章が、なにやらケーナの故郷で身近に感じられたモノが彫り込まれていた。

 

「これは水晶貨と申しまして、世界を取り纏めよと任命した神の紋が意匠されています。これが金貨15枚ですね」

 

手にとって眺めてみたケーナはおもむろに術を使う。

 

【魔法技能(マジックスキル):解析】

 

「は?」

 

そして何処(どこ)に仕舞っていたのか、無色透明な棒をきれを取り出すと【技術技能(クラフトスキル):複製】を実行。

いきなり光の奔流が馬車内を席巻(せっけん)し、唐突に収まったと思ったらケーナ手にはもう1枚の水晶貨が増えていた、

 

「なーんだ。見たことがあると思ったら、これ家紋だわ」

 

自分で作った水晶貨をこねくり回し、仏壇にあるような紋を納得しながら見つめる。

それをエーリネさんは顎を落として戦慄(せんりつ)していた。

水晶貨の製造については門外不出。1部のドワーフに伝わるという技術をもって作られると聞いているからだ。

それをあっさり目の前で作られては、開いた(あいた)口が塞がらない。

 

「ケーナ殿!お金を勝手に作るのは犯罪です!」

「はい、すいません」

 

あっさり頭を下げてくれなかったらどうしようかと思ったエーリネさんであった。

隊商は夕刻、まだ明るい内に街道沿いの開けきった(ひらけきった)場所へ辿り着き、夜営の準備を調えていた。

エーリネさんの話によると、街道には大抵このような宿泊に適切な場所がいくつかあり、時には全く他人でもここで身を寄せ合って1夜を明かすのだそうだ。

夜営は商人の1部と傭兵団が協力して行う。

近くには小さいながらも綺麗な小川が流れていて、水には困らない。水汲みは主に子供の仕事だ。

アービタは幌馬車(ほろばしゃ)の車輪に座りながら、虚空を見つめてぶつぶつ呟いているケーナに近付いた。

 

「その様子だと色々言われたみたいだな。勉強にはなったか?」

「ええ.......。エーリネさんがスパルタ教師だったとは、思いませんでした」

 

アービタさんはグッタリした観のあるケーナの背を叩きながら豪快に笑いとばす。

 

「ま、少しはお金のありがたみが理解できたか?」

「これで理解できませんって言ったら教師が2人になりそうですよ~」

 

泣き言を言うケーナの様子にアービタさんは爆笑した。

銅貨10枚あれば大人が1日満ち足りて過ごせるのだそうだ。主に食費になるそうだが。

マレールさんの宿屋が1泊銅貨20枚となる。10日で銅貨200枚、銀貨に換算して4枚だ。

道理で銀貨20枚で卒倒されるはずである。銅貨に直すと1000枚にして宿泊50日分となるのだから。

 

「その割りには槍1本銀貨30枚とかだったけど、その辺の価値がなあ~」

「いやあれは俺も見せてもらったがいい出来だったぞ」

 

そのアービタさんが背負うのは1本の槍。蒼い(あおい)穂先は炎が揺らめいた形になっている。

 

「王都の武器屋でなら35以上で買ってくれるんじゃないか?」

「そんなものなのか、それとも過大評価なのか、いまいち判断が付きにくいですね」

「お嬢ちゃんは魔法使いだから武器は使わないんだろうが、実際のところ名工が作ったとされる武器は金貨2枚とかザラだからなあ」

 

しみじみ腕組みをして頷く(うなづく)アービタさんにそれとなく相槌を打つケーナ。

何方(どちら)にしろ現在の銀貨1枚が、ゲーム中の最低金額1ギルだった彼女にはピンと来ない。

名工といっても武器防具の類(たぐい)は技能(スキル)さえ覚えてしまえば、材料を吟味(ぎんみ)するだけで殆どは(ほとんどは)自作できたのだ。

作れないのはイベント配布されたネタ武器くらいである。

覇王の鎧(なんちゃってまおう)やら、餓狼の剣(かみつきちゅうい)やら、惨劇の夜(ジェイソンブレード)やら、騒音の盾(くちをとじろー)とか。

1部を除けば効果が微妙で、ほぼコレクター専用装備だった。

 

「さて、そういえば冒険者志望だったな」

「まあ、お金も稼がないといけませんし。無職でふらついているのもどうかと......」

「騎士団長に養ってもらえば、いいじゃねえか。嬢ちゃんの旦那なんだから」

「それも、考えたのですが。私も稼いでいた方がいいかなって」

「大体、ぶっちゃけて言ってしまえば冒険者になること自体は簡単だ。冒険者ギルドに行って登録してから登録カードを受け取ればいい。こんな感じのな」

 

アービタさんが懐(ふところ)から取り出してケーナに提示したのは厚さ1ミリメートル程のクレジットカードに似たモノである。

全体的に紅く、表面には虹色の文字でアービタさんの名前と種族と職業と傭兵団の名称が表示されていた。

 

「本来ならば白いんだが、色付きは俺たちのようにある程度の人数が集まってグループを作っている場合に限られる。これを持っていればそいつは冒険者だ。失くして再発行しようとすると銀貨2枚取られるから注意するこった」

 

ふむふむと頷きながらケーナは納得する。

VRMMORPG・リアデイルは純粋な日本製で、ほぼ国内のみで、展開していた。

それが影響を及ぼしているのか、この地で使われている文字は漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字、英語。

それとゲーム内で設定されていた、アルファベットを90度傾けて崩した、といっていい雰囲気(ふんいき)な文字である。

分かりやすく表現すると墨汁をたっぷりたけた筆でアルファベットを書き、紙を横してたっぷりの墨汁が下に流れて行けば似たような文字となる。

これが1部では日常的に使われていて頑張れば読める花レベル。あとごく偶(たまたま)に古語として漢文があるらしい。

アービタさんのカード『アービタ:ヒューマン:センシ:炎の槍(フィアンマ・ランチャ):ヨウヘイダン』と書かれていた。

 

「後は何処(どこ)の冒険者ギルドでも似たようなもんだ。壁に依頼内容を書いた紙が大量に貼ってあるからな。そこから自分にできそうな依頼を剥がして受付に持っていくだけ。中には期日のあるものがあるからそいつだけは注意だな。受けてからできませんでしたじゃ違約金を払わされる。......こんなところか?」

 

違約金うんぬんはなかったけれどその辺りはゲームと変わりはないんだなあと、ケーナは思った。

自分が此処(ここ)で1番注意するのは、これがゲームと違い現実であることと。

死んでしまったら其処(そこ)で終了だということだ。

ゲームの時と同じようにギルド本拠地で復活できるとは思わないほうが良いだろう。

そもそもその本拠地が残っているかも不明である。

細かいことの諸注意を受けたり質問に答えてもらったりしているうちに日が沈み始め、団員の1人が2人のいる所へ夕食が出来上がったと言いに来た。

そのまま皆の場へ戻ろうとした団員、青年を呼び止めたアービタさんはケーナへ顎をしゃくった。

 

「ケニスン、この嬢ちゃんがお前の命の恩人だ。よく礼を言っておけ、あと、シャイニングセイバー騎士団長のお嫁さんだ」

「え?と、ああ。そういえば元気になったんだ、よかったねー」

「忘れてたんかよっ!」

 

今、気が付いたがそう言われてみればー、といった様子のケーナに突っ込むアービタさん。

青年は団長とじゃれ合うケーナに羨望(せんぼう)の眼差しを向けると姿勢を正して頭を下げた。

 

「ケーナ様、先日は自分のために手を尽くしてくれまして、ありがとうッス!あと、シャイニングセイバー騎士団長殿のお嫁さんだと聞き、こんな一般冒険者に何かできることがあれば、駆け付けるッス!団長、ケーナ様は人妻ですから、じゃれ合わないように」

「だ....誰が、じゃれてるって、確かにケーナは可愛いが.....」

「呼び捨ては、止めましょうね♪」

「私は、呼び捨てでも、いいですけど、それでもダメ?」

「はい!ケーナ様!」

 

赤くなってケーナの様子にアービタさんは噴き出した。

わっはっはと笑いながらからかってきたケニスンをポカンと小突き人の集まっている、いい匂いのするほうへと向かう。

小突かれた頭を擦りながら(さすりながら)去る団長をポカンと見つめていたケニスンは、同じく照れているケーナとアービタを交互に見る。

 

「ケーナ様凄いッスね。団長がこんな時に笑い出すなんて初めてッスよ。騎士団長殿のお嫁さんが付いているから、安心なんすね」

「そうなのかなー、私には、ただの馬鹿かなって思うな。年上を敬わないと」

「そうですよね、ケーナ様」

 

夜の帳(とばり)が下りる時分(じぶん)に、夜番(よばん)の団員の割り振りをしているアービタさんの下へエーリネさんがやって来ていた。

 

「何か気になることがあるような話でしたが?」

「ああ、村へ寄る前のオーガたちのことだ。アイツ等結構しつこいからな、もしかして襲撃されるかもしれん」

 

当初、馬車を周到に狙おうとしたオーガが2匹いたのだ。

それに取り巻きのゴブリンが4匹、こちらは団員たちで2匹潰した。

オーガ1匹をアービタさん含む3人で相手をしていた隙を突かれて馬車に寄ったもう1匹に、無謀にも注意を引き付けようとしたケニスンがやられて死に掛けたのは記憶に新しい。

咄嗟(とっさ)にエーリネさんが売り物のマジックアイテムを使っていなかったら、ケニスンは治療も受けられぬ程怪我を負い死んでいたのかもしれない。

 

「一応、警戒を厳重にしておくのと、あの嬢ちゃんにも協力を頼めないものかな?」

「ケーナ殿にですか?今は普通にお客なのですが......」

 

確かに術士のバックアップがあるのとないのとでは取れる戦法にも差が出来る。

そこへ噂をすれば影とでもいうようにケーナがやってきた。

手には枯れた枝をそれなりの数を抱えている。

 

「あ、いたいた。アービタさーん」

「ケーナ殿、何を持ち歩いているんです?寝床は性に合いませんでしたか?」

「ああ、ハンモック?うん、あんなのがあるんだねえ。私初めてだよ、あんなので寝るのって」

 

馬車の中は大抵荷物で埋まっているので、人が寝られるスペースなどない。

エーリネさんは背が低いのでそれでもギリギリで荷物の隙間で寝られるが、ケーナくらいになるとそうもいかない。

そこで馬車と馬車の間にハンモックを吊り下げてそこで毛布に包まって(くるまって)寝ることになった。

地面に直接寝床を作らないのは、毒虫毒蛇対策である。そんなのがなくてとも本人は楽しそうだが。持っていた枝を地面に置いたケーナは何処(どこ)からともなく小ぶりな筒を取り出した。

アイテムボックスから出しただけだが、知らない人には何時(いつ)の間にか手に持っていた、としか見えない。それを2本アービタさんへ手渡した。

 

「はいこれ、一応の備えってことで作っておきました。危ない時に使ってくださいね?」

 

細い若竹を容器にした物で軽く振ればちゃぽちゃぽ音が鳴り、液体が詰まっていると確認できる。

変な顔をしたアービタさんに笑いながら説明するケーナ。

 

「ポーションですよ。拙い(つたない)腕前で悪いですが、皆さんに配っておきました」

「ああ、わざわざ済まないな。しかしこれは高いんじゃないか?」

「大丈夫ですよ。村の周辺で普通に生えていた草が原料ですし、特別な材料なんか全然使ってませんから。効果は保証します」

 

軽く受け取ってしまったアービタさんは後日それなりの所で鑑定してもらったら、結果に仰天することになった。

すでに絶えてしまった製法で作られたそれは、単価が銀貨20枚もする高級品だと判明したからだ。

ケーナにしてみれば全くその気はなかった。

1100レベルの常識では『微ポーション』となるはずだった。

それが今の世であれば『上位ハイポーション』となるような効果だったからである。

 

「で、其方(そっち)の枯れ枝はどうなさるおつもりで?」

「此方(こっち)は夜の警備のお手伝いでもしようかと思いまして。ちょっと待って下さいね」

 

瞬く間に淡い光を放つ魔法陣が枯れ枝の山の下に出現した。

 

【魔法技能(マジックスキル):load:木人形作成(クリエイト・ウッドゴーレム)Lv.1】

 

「......おいおいちょっと待て」

「もう一生分驚いた気がしますね、私は」

 

ぐねぐねと生き物のように絡み合った枯れ枝が形を変え、統合し、寸胴(ずんどう)の珍妙な人形を作り上げた。

背は1メートル程、足は絡み合った根っこそのまんま。

腕はまさに枯れ枝と言うべきガリガリ。目らしき空洞がぽっかり2つ空き、のっぺりとした顔面に鼻はない。その下に小さな口らしき穴。

何の予備知識もなしに夜道で出会ったら、10人中10人が悲鳴を上げて逃げ出す不気味さだ。

 

「ぼー」

 

どうやらそれが鳴き声らしい。腹の下に腕を回し体全体を傾げた(かしげた)。

中々理解に苦しむ行動だが、執事風に挨拶をかましているらしい。

流石に創造主のケーナもこんな不気味なものになるとは思ってなかったみたいで、微妙に顔が引きつっている。

 

「え....えーとね。君はこの野営地に敵意を持ったものが近付いたら、倒しちゃってね?」

「ぼー」

 

やや尻込みしながらケーナが命令すると、両手らしき部位をたしたしと打ち鳴らし了解したようだ。

足をへれへれと動かしつつ闇(やみ)の帳が下がる森の中へ消えていった。

事前知識がないと悪魔の先兵(せんぺい)とでも見えそうな存在である。

夜番(よばん)の仲間には見掛けても敵対しないようあとで言いつけておこうと思うアービタさんであった。

一時、その場に沈黙が降臨する。

 

「.......だ、大丈夫かあれ?」

「.......た...多分大丈夫だと思います。それともアービタさん、やりあってみます?無茶苦茶強いですよ、熊の倍くらい」

「げ、マジかよ......」

 

【特殊技能(エスクトラスキル):サーチ】で見たところ、ホーンベアーは35~40レベルくらいである。

今のウッドゴーレムが作成最低値(Lv.1×術者のレベルの1割)なので110レベルという強者(つわもの)だ。

熊なんぞ相手になるわけがない。

欠点は木製なので火に弱いことだが、この辺にはそんなものを使う魔物はいないので問題はないだろう。

 

「それで、お2人で顔をつき合わせて何の話ですか?」

「いや、ケニスンが嬢ちゃんのお世話になる原因になった奴等についてな」

「ああ、彼の(あの)オーガたちですか?」

「あいつ等は悪知恵が回る分結構しつこいからな......。ちょっと待て『彼の』っつったか?」

 

自然な会話の流れに聞き逃すところだったアービタさんは、のほほんとしているケーナに聞き返した。

 

「ひょっとしてケーナ殿、もうケリをつけてしまわれたとか?」

「あ、倒したらマズかった?『ケニスンさんの仇(かたき)ー』とか突っ込みたかったとか」

「よくもまあ1人で倒せたもんだ」

『あー、まあ、うん。そこそこね」

 

言葉を濁すケーナに突っ込むのは止めようと2人は思った。

これ以上非常識な話は聞きたくないといった有り様である。

真相は薬草を探しに行ったら、村近くの森に潜んでいるのを見つけて【召喚魔法(サモンマジック):雷精(シンティラ)】でさんざん追い掛け回し、追い掛け回し、追い掛け回したのである。

正確には追い払ったとも言う。何せ相手が土下座して助命を懇願してきたからだ。

片言の言葉で2度と村に近寄らないと誓わせ(ちかわせ)、痺れ(しびれ)魔法を呪いのように見せかけ恐怖心をあおって放逐(ほうちく)した。

一応、村の方にも対策は施してある。

宿屋の屋上の下から見えない部分にガーゴイルを配置してあるのだ。

後はケーナの素性を知るマレールさん、ルイネさん、リットちゃんの3人に頼んである。「もしもの時は宿の上に救援を求めて」とだけは言っておいた。

オーガの顛末を聞いてどっと疲れた男衆2人はケーナに就寝の挨拶を告げ、自分たちのところに迷い込んで来た女神に感謝した。

些か(いささか)常識と平凡とかを何処(どこ)かに置き忘れてきた人物だとしても、幸運には違いない。

この後、10日の行程を経て、フェルスケイロの王都に到着することになる。

 

(そうだ。あのシャイニングセイバー(ひと)に連絡しておかないと♪【以心伝心】。もしもし、シャイニングセイバー、聞こえる?)

(どうした、ケーナ?)

(もうすぐ、フェルスケイロの街門(がいもん)に着くから♪)

(わかった!それで、俺は何処(どこ)で待っていればいい?)

(冒険者ギルド前で、どうかな?)

(了解♪)

 

街に入る時の検問で時間をくったが、概ね(おおむね)想定内らしい。

フェルスケイロの王都は、幅広のエッジド大河を中洲も含めて跨ぐ形で建築されている。

エッジド大河は大陸の中央を流れ、豊かな恵みの宝庫となっていて民の生活とは切り離すことのできない生活の基盤だ。

隊商がやって来た川の東南側には商業地区を含む住宅地区が広がっている。

此方(こちら)側が全体の6割を占めていて、其処(そこ)に住む民草(たみくさ)の種族も多種多様にわたる。

だが、夜になると街壁(がいへき)の外には魔物が出ることがあり、兵士の巡回もないため危険地帯となっているとのことだ。

中洲はドーム球場3つ分程の広さを誇り、教会や王立学院などが立ち並ぶ。

其処(そこ)を挟んで反対側の丘に面した対岸を王都西部という。

そこには貴族街と、其れ(それ)を一望する王城がそびえ立つ。王都の近辺から大河は緩やかな流れを保っていて、行き来は主に小舟か大型のガレー船だ。

または観光用の帆船(はんせん)などもある。

急いでいる人にはトンボ便がお奨めだ。

これは最大全長8メートルに達するライガヤンマと呼ばれるトンボ種の原種を使ったものだ。

幼虫はワ並みに川の脅威ではあるが、成虫は大人しいために飼い慣らされ、移動や観光用に街の彼方(あっち)此方(こっち)を飛んでいる。

乗員は虫使いと称される飼い主の他、1人ないし2人だ。

ただし、王城や貴族街の上空を飛んではいけないという決まりになっている。

飛行禁止令が出されているので、破れば1発で首が飛ぶ事態になるため注意が必要のようだ。

そして大河を跨ぐこの王都こそがかつて白の国と翠(みどり)の国が争う主戦場となった場所であり、中洲が争いの種である特殊アイテムが取れるポイントでもあった。

 

「うっわ~、あらあらあらあら......。こんな所に街をよくもまあ、今の人たちは何を考えているのよ?あーあ~あ~ぁ。大丈夫なのかなぁ......」

 

事前にエーリネさんから教示されてはいた。

百聞は一見にしかずと言われる通り、都市を目に入れたケーナの感想は呆れたというか、口が塞がらないというか、感心したというか。

後々頭の痛い事態が発生することは間違いないだろう。

ケーナの反応を見たエーリネさんとアービタさんは、揃いも揃って満足そうに頷いていた。

 

「どうです?これが景観都市と謳われる(うたわれる)フェルスケイロの街ですよ」

「どーだビックリしただろう驚いただろう素晴らしいだろう。う~んうんうん」

 

何故(なぜ)か異様に他人1人で盛り上がるアービタ団長さん。

団員たちがケーナに小声で「団長は此処(ここ)の出身だから、いつもこうなんだよ」やら「慣れると気にしなくなるから」やら「視界の外に置いとけばいいぜ」やら忠告してくれた。

それだけ聞くと団員は団長のドヤ顔は直してほしい悪癖(あくへき)だと思っているように聞こえる。

ケーナが王都の在り方に頭を悩ませているうちにも、馬車は街の中を進行中だった。

エーリネさんの隊商とは別れを告げる直前である。

隊商は入場門近辺の馬車溜まりを避けて街の大通りに出る所まで来ていた。

 

「ご一緒させていただき、ありがとうございました」

 

ケーナは荷台から軽やかに跳び降りるとエーリネさんとアービタさんに頭を下げる。

 

「ではケーナ殿。お暇になったら何時(いつ)でも私共(わたくしども)の隊商へいらしてください。最優先で護衛として頼らせて頂きます」

「おいおいエーリネの旦那ァ、俺たちとの長期契約はどうする気だよ」

「勿論け、ケーナ殿が優先で」

「抜け目ねぇなあ。嬢ちゃん、行くところに困ったら俺たちの所に来いや。歓迎してやるぜ」

「あ、あはははは.......。光栄です。2人にそんなに買ってもらえるなんて。でも、今は、夫に会わないといかないし、私用で色々動けるソロで冒険者をしたいので」

「なんだよ、脈なしかよ。まあ、ケーナを口説いていたら、騎士団長に叱られるか」

「そうですよ、騎士団長殿に叱られますよ。私(わたくし)は、妻帯者ですから、今からでも護衛として契約してくれても」

「あー、先程も、言ったとおり、私には.....」

「冗談ですよ。ではケーナ殿、楽しい旅でした。またご一緒できますように」

「はい、色々ありがとうございました」

「じゃあなー嬢ちゃん。っと、おい!ケニスン!」

 

礼をして踵(きびす)を返したエーリネさん。

アービタさんは別れの言葉を口にした後、自分たちの仲間から1人呼びつけた。忠犬のように駆け寄ってくるケニスン青年。

 

「なんスか団長?」

「嬢ちゃんを冒険者ギルドまで案内してやれ」

「了解ッス」

 

アービタさんは必要なことだけ言い付けると仲間の下まで戻る。

その際には手をひらひら振って、別れを告げていた。

ケニスンに先導されたケーナは雑多な種族ひしめく大通りを進み、すぐに白い塔を3本纏めたような形の建物へ案内された。

 

「き....騎士団長殿?」

「妻を案内してくれて、ありがとう」

「いえ!礼を言うのは此方(こちら)であります。ケーナ様に助けて頂いた命、大切にするッス!騎士団長殿」

「そうですね、次も私がその場にいられるとは限りませんから。貴方も毒浄化(バ・ニル)や単体回復(デュール)、持続治癒(デュライト)や範囲回復(ラ・デューラ)や他も使えたと思うから、炎の槍(フィアンマ・ランチャ)を気に掛けてね♪」

「おう!俺が、非番の時にでも、冒険者ギルドに顔を出しに来るよ♪」

 

彼の後ろ姿が雑踏(ざっとう)の中に消えていくのを見届けたケーナは、肩を落として溜め息をひとつ。

 

「お礼って言う側だったからなぁ。言われ慣れないというか、肩が凝るというか......」

「たまには、いいんじゃないか?」

「で、冒険者登録をしたら、どうする?」

「貴方の部屋って、騎士団の寮なのよね?」

「そうだな」

「それじゃあ、宿屋に泊まって、【魔法技能(マジックスキル):防音結界】を張って、貴方との子供をつくりましょ♪」

 

ケーナは、シャイニングセイバー(夫)を連れて、ギルドの入り口をくぐる。

目に付くのは椅子なしの床に固定された丸いテーブルと、幾人(いくにん)かの屈強だったり荒くらだったりする風体(ふうてい)の冒険者たち。が、何やらヒソヒソと話をしている。

 

(おい!あれって、この国の騎士団長だよな?)

(だよな。俺も何回か見たことがある。にしても、隣の女、別嬪(べっぴん)だなぁ♪)

(おい、お前。声を掛けてみろよ)

 

と私たちの耳に聞こえてくる。

その奥に宝くじ売り場みたいなカウンターが2つ、3つ並んでいる。

1番手前にある其れ(それ)に向かうと、赤毛の女性、大体(だいたい)20代後半ぐらい、がにっこり微笑んで(ほほえんで)対応してくれたを

 

「これはこれは、騎士団長様。どのような、御用件で?」

「いや、なに。妻が冒険者登録をしたいと、いうのでな連れてきたのだ」

「妻とは、お隣の女性ですか?」

「ああ」

「わかりました。冒険者ギルドへようこそ。冒険者志望でしたら、先ず(まず)は此方(こちら)の用紙に名前、種族、職業をお書き下さい」

 

(おいおい、騎士団長の嫁さんかよ)

(危なかった。ふぅー)

(俺、声を掛けなくて良かったー)

 

とまた、私たちの耳に聞こえてくる。

其れはさておき、登録登録っと。

少々探られている様子から、冒険者の適性チェックも兼ねているのだろうと推測する。

渡された用紙を上から下まで一読(いちどく)し、ペンでさらさらと記入したから直ぐに返す。

職業は少し考えて、魔術師とした。

疑問なのが渡されたペンが鉛筆だった点について。

もう少しファンタジー定番の羽根ペンみたいなモノだと思っていたケーナである。

羽根ペンを実際に渡されてもどうやって書けばいいのか慌てそうだが。

 

「はい、お預かりします。.......あら?」

 

用紙をざっと目を通したお姉さんは、1点を見詰めて目を丸くする。

 

「何か変ですか?」

「いえ、ハイエルフの方なんて珍しいですね」

「え?他にはいないんですか、同族の人とか?」

「そりゃあ、居ねえだろう。今は、ゲームではなく、現実なんだから、漫画やライトノベルのように、人族との馴れ合いは少ないだろうな♪」

「そうか」

「宜しいでしょうか?」

「どうぞ」

「少なくとも、私がこの仕事を始めてからは初めての方ですね」

「まずいですか?」

「大丈夫ですよ。王都では奴隷(どれい)なんかは条例で取り締まっているし、何よりハイエルフの方に粗相をしたなんて、大司祭様に知られたら大変だわ」

 

用紙と引き換えに現地言語で「4」と書かれた番号札らしき板を渡された。

 

(つか、何を一般人を脅しているんだ我が息子.....)

(其れって、里子(さとご)で作った3人の長兄のスカルゴか?)

(其れであってるよ)

 

「カードが出来上がるのは明日になると思います。また明日の何時(いつ)でもいいですので、取りに来て下さいね。後はギルドの仕事要項等(など)の説明は要りますか?」

「あ、其方(そっち)は多分大丈夫です。炎の槍(フィアンマ・ランチャ)の団長さんに説明してもらいましたから」

「あら、アービタさんの紹介なのね。それなら先に言ってくれれば良かったのに」

 

後ろがつかえていたので、その場をあとにする。

脇の壁に目を向ける。

そこには縦2メートル、横4メートルのスペースいっぱいに所狭しと葉書半分くらいの紙が貼ってあった。

簡単な依頼内容と報酬金額と依頼主の名前が書いてあるそれを、端から適当に眺めていく。

 

(何々、魔物を捕獲して下さい。闘技場管理委員会?.....緊急護衛求む、仕事内容は調査の護衛任務?.......私たちと桃源郷を探しに行きませんか。なんだこれ?......夫の浮気を調査してください。これは冒険者の仕事なのかなぁ?......あれあれ、これは)

 

その中で不意に目に付いたその紙にら、シンプルに『ポーションを下さい。報酬銀貨2枚』と書かれていた。すかさずアイテムボックスを開き、中の物を確認する。

 

(ありゃ?アービタさんたちに渡した薬が微ポーションの最後か.....。随分前に作ったハイポーションがあるけれど、200年前の物とか鑑定されたりしないかなあ~)

 

1ダース1個として纏めてある中から、赤い液体のガラス瓶(内容量100ミリリットル強)を1つ取り出す。

瓶を振って固まっていないのを確認し、剥がした紙と一緒に今離れたカウンターへと持っていく。

 

「すみませーん」

「はい。あら、ケーナさんでしたよね。どうかなさいましたか?」

「カードがなくてフライングみたいなんですけど、この依頼の『ポーション求む』って受けられますか?」

 

受付のお姉さんは紙とポーションを受け取ると、瓶を振ってじっくり眺めている。

どうやら【技能(スキル):道具鑑定】をしているらしい。

おもむろに深く頷く(うなづく)と、丁寧に仕舞い(しまい)込み、依頼書にポンッと判子を押した。

 

「はい大丈夫です。でもこれ私では詳しく鑑定できないのですが、ずいぶんと高品質なポーションじゃありませんか?」

「もう随分使っていませんから、有効期限が切れていないのを祈るばかりです」

「この透明度ならそれもないと思いますよ。では、はい。報酬の銀貨2枚です」

「ありがとうございます」

 

銀貨を受け取ると手の中に握りしめてから、見えないようにアイテムボックスへ放り込む。

礼を言ってカウンターを離れ、ケーナはシャイニングセイバーと

ギルドの外に出た。

入る時同様雑多な種族が入り交じって右へ左へと通り過ぎていく。

 

「さてと、まずは宿屋かな......。エーリネさんがギルドから出て左へ......。何軒目だったかな?」

「その宿屋なら、俺が連れていこう」

 

ケーナはシャイニングセイバーに手を引かれ、歩き出す。

どうやらギルドの周辺に宿屋が固まっているらしく、左右に見える看板のほとんどは宿屋っぽいんだかぽくないんだか。

寝具や戸口をデザインした絵と文字ばかりである。

実際、未知の言語とかを読むスキルはあるのだが、使うと頭痛が酷くなるところが難点だ。

人込みを避けて道の端を少し歩くと、犬が骨を咥えている看板を見つけた。

ひとつ頷いて、そこに入る。中は辺境の村のマレールさんの宿並みの空間が広がっていた。

テーブルや椅子は、スペースを有効に使った気持ちのいい置き方のようだ。

そこはマレールさんの宿と比べると人の入りが正反対で、言っちゃあなんだが人数が多い。

と言っても純粋に人と呼ばれる者は見渡してもほぼ見つけられない。

背の低い犬顔の犬人族(コボルト)や、細身で髪と同じ色の猫耳を持つ猫人族(ワーキャット)。

夫と同じ、直立したドラゴンのような竜人族(ドラゴイド)の他、ドワーフ、エルフ、と色々揃っていた。

宿屋の女将さんと言えそうな、やや太目のエプロンを着けた40代くらいの猫人族(ワーキャット)が窺う(うかがう)ような目付きで、ケーナを迎える。

 

「初めての子だね?泊まりかい?それとも食事かい?後ろの方は......?シャ.......シャイニングセイバー様!今日はどのような御用件ですか?」

「俺と妻が泊まるんだが、良い部屋を1つ.....あと、大きなベッドがあれば」

「な.....何言ってるのよ、シャイニングセイバー。おほん、エーリネさんから長期に泊まるならばここがオススメだと、聞きましたもので」

 

それまで警戒していた女将さんはケーナの言葉に一転、素の笑顔を浮かべると胸を撫で下ろした(なでおろした)。

しかし、宿屋の女将さんという職業は、恰幅(かっぷく)が良くないと務まらないのだろうかと思わずにはいられない風体(ふうてい)である。

 

「なんだい、ダンナの紹介かい。ビックリさせるんじゃないよ、シャイニングセイバー様」

「ああ、すまない」

「それで、竜人族(ドラゴイド)とエルフは泊まれますか?」

「まあ、店内を見渡す限り、亜人種専門の宿屋だから、大丈夫だよ。私たちみたいな者には、未だに(いまだに)キツイ視線を向けてくる人間(モノ)も多いけど、あんたの旦那が数年前に王国騎士団長になってくれたお陰で、此れ(これ)でも、治まった方さ」

 

彼女はシャイニングセイバーとケーナをカウンター席に座るように促した(うながした)。

宿帳を差し出しながら、必要なことを聞いてくる。

 

「泊まりは1泊銅貨30になるけれどいいかい?ちょっと高いかもしれないけど、あと、良い部屋で大きなベッドが置いてある所は、1泊金貨1枚だよ」

「じゃあ、其の部屋は俺がだそう、ケーナ」

「でも、5日分くらいなんだよ」

「3日分なら払える。其れにお前が此の街に居る間、俺も泊まるからな♪」

「わかったわ、あなた♪私が金貨2枚ね。お願いします」

「は....はい」

 

ケーナとシャイニングセイバー2人で金貨5枚を渡し、女将さんの料理に舌鼓を打って、私たちは部屋へと向かった。

 

~~~宿屋の1室~~~

 

ケーナとシャイニングセイバーは、部屋へ入り、今までの経緯話した。

 

「彼の(あの)夜、俺が桂菜(けいな)の部屋を出たのが夜8時頃で、10時の就寝直後に大きな落雷があって、停電が起こったんだ」

「其れで、私は現実で死んだのね。あなたが部屋に帰ってから、VRMMO・リアデイルにログインしていて、此のリアデイルに逃げ延びたの。隆浩(たかひろ)さんも分かっていると思うけど、私の体は生命維持装置がなかったら、生きられないの」

「ああ、予備電力で復旧に2秒掛かっていた。でも、此のリアデイルの世界で生きていて嬉しかった♪」

 

少しの沈黙のあと、ケーナが口を開いた。

 

「シャイニングセイバー、あなた王国騎士団長なんでしょ。あなたの為に丹精込めて創ったこの2振りの剣だよ♪」

「ありがとう、ケーナ♪」

「其れでね、1つは、神鉄(オリハルコン)と蒼玉(ソウギョク)と金剛石(コンゴウセキ)と手持ちの材料を使って創った剣。その名も『封印の氷地獄(コキュートス)』で、1つは、神鉄(オリハルコン)と紅玉(コウギョク)と金剛石(コンゴウセキ)と手持ちの材料を使って創った剣。その名も『地獄の業火(インフェルノ)』!」

「おいおい、一応、俺は王国騎士団長なんだが、剣の名が地獄って」

「驚くのは、まだ早いよ♪なんとなんと、この2振りを極限まで使い続けると、1振りの剣へと神化(シンカ)を果たす。その名も『冥界の王妃(プロセルピナ)』!

 

嫁のケーナは、むっふんとどや顔をしている。

それを見た、シャイニングセイバーは頭をかきながら、答える。

 

「ケーナが俺の為に創ってくれた2振りの剣、有り難く使わせてもらう♪」

 

感謝の言葉を聞いて、ケーナは俺に飛びついて、キスをした。

 

「ちゅ......ちゅちゅ......私......ちゅっ......本当は.....ちゅちゅっちゅぱっ......びくびくしてたの」

「どうしてだ?ちゅ.....ちゅちゅちゅっ.....素敵な剣.....ちゅっちゅぱっ......なのに?」

「本当に.....ちゅちゅっ.......あなたなのか......レロッ.....が不安......ちゅっちゅぱっ.....だったの♪」

「.......ケーナ、服を脱がすよ」

「いいよ、シャイニングセイバー」

 

ケーナとシャイニングセイバーは、お互いの服を脱がし、顔を赤らめた。

 

「は.....初めてだから、恥ずかしいね♪」

「俺だって初めてだから、大丈夫だ」

「あなたは現実では、しなかったの?」

「桂菜、お前以外となんて、考えられない」

「あ......ありがとう、隆浩♪来て」

 

隆浩のいや、今はシャイニングセイバーの大きなおちんちんが、私桂菜のいやケーナのぐちょぐちょおまんこロックオンして、ゆっくり挿入していく。

 

「ん.....んはっ......あ......あん.,....んん.....」

「ゆっくり動くから」

「うん♪」

 

ケーナとシャイニングセイバーは、夜遅くまで、何回も楽しんだ。

 

 

 

 

 

次の日、早めに起き出したケーナとシャイニングセイバーは階下に下り、朝食をさっさと腹に詰め込むと、シャイニングセイバーを見送って、王都見物へと繰り出した。

一言で言うと修学旅行に来て羽目を外しすぎた生徒の如く。

まあ、学園生活らしきものを経験したケーナには、新しい心境には違いない。

生憎(あいにく)と止める者も止められる者もいなかった。

 

「先ずはとりあえず、.......彼方(あっち)からかねえ」

 

ケーナの目は建物の陰からでも、その向こう側に燦然(さんぜん)とそびえ立つ教会の建物を捉えていた。

しかし途中で立ち寄った市場に珍しい物が多いので、ケーナの足は止まってしまった。

小道具、織物、アクセサリーと露店を冷やかした彼女は、市場の大部分を占める食料を扱うお店で足を止めた。

 

「あ、キリナ草だ。丁度いいから買って行こうかな?」

 

白い水仙に似た花をつけ丸い球根を持つ其れは、ポーションの材料になるものだ。

露店の人によると肉料理で臭みを取るのに刻んで使うらしい。ニンニクみたいな扱いである。

必要なのは球根と茎(くき)の部分だったので、切り取らないようにお願いしてから品物を受け取った。

匂い消しというからには1度の料理に大量に必要とすることはない筈(はず)だ。

ケーナは料理をしたことがないのでその辺りには疎い(うとい)。

特に気にせずその場にあった全部を買い上げてしまい、売り場の人をビックリさせていた。

あとはコントバードという鳥を探した。

調味料を使わずとも肉がピリ辛で旨いと言われるものの、その理由は分かっていない。

餌になっている物が原因ではないかと言われているが、この世界ではその方面の研究は発展していないようだ。

だがケーナの求める物は肉ではない。

 

解体して捨ててあったゴミから、心臓部分を拾い上げて二束三文で買い込んでいた。

 

露店をやっていた者もその行為に目を丸くしていたのは言うまでもない。

2つ揃えば簡易ポーションが作れるため、常に幾つかは手元にあった方がいいと思った次第である。

昔は全部自分で採取したり、シャイニングセイバーに頼んだりしていたので、随分と早めに楽になったなあと感慨に耽って(ふけって)いた。

時折頭上をブーンと飛んでいくライガヤンマを見上げたり、串焼き肉を買ってみたりしているうちにエッジド大河の船着き場に出る。

船着き場といっても、川の住宅地区沿い全域に桟橋(さんばし)が出ていたり、船が彼方(あちら)此方(こちら)に繋がれていたりして何処(どこ)が川との境界線なのか実に分かり難い(がたい)。

其れでも其の中から観光用とか普通に一般市民を乗せた、乗り合いの小さい帆船が出ていたりする。

此処(ここ)は川側に船着き場を増築に次ぐ増築で重ねながら伸ばし、川幅が1番狭くなっている場所だそうだ。

其れでも向こう岸の中洲までは300メートルくらいの幅があった。

魔法を使って水面を歩いていく手段もあるが、折角なので乗り合い帆船(フネ)を使って中洲に渡ることにした。

此方(こちら)の岸側から見ると、対岸の中洲部分はちょっとした島クラスの大きさがある。

右側にサン・ピエトロ大聖堂からドームを削ったみたいな白い建造物がででーんと立っていた。

周りの人の話から其処(そこ)が教会だと分かるが、一見するとクリームたっぷり盛ったホールケーキのようだとケーナは思った。

中洲の中央には綺麗に植林された公園が広がり、左側には何処(どこ)か修道院に似た2棟(ふたむね)の建造物が立っている。

まるでだまし絵のように捻られた(ひねられた)回廊が、左右のの2階と3階を繋いでいるのが分かる。

資格がある者なら種族貧富に拘わらず(かかわらず)入学できる王立学院ということだ。

さらにその左側に巨大な体育館のような建物が並んでいる。

大型から中型の船を専門に作る工房らしい。

以上全部、昨夜宿屋でシャイニングセイバーに教えてもらった、中洲の情報である。

長兄(ちょうけい)スカルゴが教会の大司祭。長姉(ちょうし)マイマイが王立学院の学園長。末弟(まつてい)カータツが親方だと聞いた。

往復料金銅貨2枚を払い、定員20名の幅広の帆船に乗る。

同型の数隻が日に10数回往復しているらしく、帰りは同じ帆船に乗ればいいと言われた。

帆船と言うが川下りに使う全長の長い船を3隻ムリヤリ繋ぎ合わせ、支柱を立てて帆を張っただけの簡単なものだ。

川の水は深い紺色で透明度はずいぶんと低い。

川岸の方はずいぶん濁っているようで泥水のような色になっていた。

かつて大戦時にら迎え撃つ側が水底に潜み(ひそみ)、渡ろうとした者たちを水中から撃沈したこともあったくらいだ。

時々味方の攻撃で感電事故が起きたりしていたのは笑い話になっている。

ケーナも赤の国の者に偽装して川底に潜んだ(ひそんだ)記憶がある。

 

「其の時はこんなに濁った水じゃなかったなあ」と少し悲しくなっていた。

思い出に浸っている(ひたっている)うちにのんびり進んだ船は対岸に辿り着き、乗客は彼方(あっち)此方(こっち)に散って行く。

学院側に向かう若者もいれば、教会へ向かう年配の人たちもいる。

周囲の景色を見ながらゆっくり歩いたケーナは、開かれた(ひらかれた)ままの教会の大扉をくぐってホールへ足を踏み入れた。

 

「.....なんというか、いろいろな時代がめちゃくちゃに交じった建造物だなあ」

 

ギリシャ式の大理石の石柱(せきちゅう)からビザンティン建築に似たもの、ゴシック建築に至る(いたる)までパーツの寄せ集めみたいな内装に、流石、日本製混合MMOの成れの果てかと呆れかえった。

聖堂の、作風の違う綺麗なステンドグラスが並ぶ前では、若いシスターが観光客を前に添乗員の真似事をやっている。

少し考えたケーナは、「だめもとで聞いてみるか」と、近くを通った年配のシスターに声を掛けた。

 

「どうかなさいましたか?」

「あの~、スカルゴって人が此処(ここ)にいるって聞いたんですけど?」

「大司祭様ですね、たしかにいらっしゃいますが......」

「会うことってできませんか?」

 

手を合わせて懇願するようなポーズを取ったケーナは、目の前のシスターが天を仰いで(あおいで)溜め息を吐いたのを見て頬を引きつらせた。

 

「大司祭様は多忙なお方です。前以て(まえもって)約束がある方でなければ会うこともかないません」

「むう、シャイニングセイバーに聞いていた通り、やっぱりだめか。しょうがない、あの子の生活を私の我が儘(わがまま)で壊すわけにもいかないし。」

「?....?シャイニングセイバー様?あの子?」

「じゃあ伝言を頼める?母親が来たって?お邪魔しましたー」

「は.....母親?」

 

残念そうでありながら楽しそうなエルフ少女が「チャオ」とか敬礼して去るのを、シスターは怪訝(けげん)な顔をして見送った。

教会から駆け足で撤退したケーナは王立学院の建物を横に見上げながら、港湾工房区へ足を向けた。

 

「折角だし見ておこうっと」

 

此方(こちら)側の工房はオープン状態で、制作現場の邪魔をしなければ中に入っても問題ないらしい。

ただし時折、材木が飛んで来たり金槌が飛んで来たりするので注意が必要だとかなんとか。

同じ宿に泊まっていた職人志望だという竜人族(ドラゴイド)が夫のシャイニングセイバーに話していた。

建築を学ぶ生徒だそうで、片手間に冒険者をしているそうな。

 

「しかしそれにしても。.....採取ポイントは何処(どこ)に行ってしまったんだか」

『何処(どこ)カノ建物が上ニ立ッテイル可能性モアリマス。ケーナ』

「まだ其方(そっち)の方がむき出しより安全かもしれない.....」

 

時折キーが受け答えしてくれるのはいいのだが、第三者から見れば独りぶつぶつ呟く怪しい人だ。

前半は通常の声量で、後半は小声になって言ってから周囲を窺うのが癖になってきた気がして、ケーナはそっと溜め息を吐く。

基本的にケーナが所属していたのは北側の黒だったり紫だったりする国なので、此方(こちら)側の実状はあまり知らない。

此処(ここ)の採取ポイントは、特殊アイテムを投入して現れるモンスターを倒さなくてはならない。

特殊アイテムにしてもレアアイテム材料の集合体である。

飛び出てきたモンスターを倒して得られるドロップ品目当てで、野良パーティー募集が掛けられていたりしていた。

出現するモンスターも固定化されていなくて、鳥だったり魚だったりと別ギルド員の友人の話を聞く限りは大変そうだった。

それでも黒の国ライプラスみたいに、いきなり闇夜(やみよ)に包まれてから出てくるモンスターを倒して続けるよりは遥かにマシだろう。

とにかく、もし何らかの偶然にやりモンスターが出現するなら、せめて自分が王都にいる時であって欲しいと思うケーナだった。

 

中洲外周に沿って進むと、暫く(しばらく)してデカイ体育館のような車両基地というような、川に直結する工房へ辿り着く。

入り口の端から顔を覗かせて中を窺うと、船の水面下部分の船型と呼称される部分は既に水に浮き、其の(その)上に水上に出る乾舷部(かんげんぶ)を繋ぎ合わせているようだ。

よく港などに係留されているクルーザーを2倍くらいに拡大した大きさである。

 

「.....なんだ見学者か、あぶないから近付くな」

 

何時(いつ)の間にか随分と身を乗り出していたようで、角材を抱えて健康そうな上半身を晒した(さらした)青年に注意された。

 

「あははー、すいません」

「女の見学者ってのは珍しいな。親方に弟子入り志望ってわけでもなさそうだけど?」

「ん?親方?弟子入り?」

 

青年は顎をしゃくって船を指す。

船上に目を向ければ、1人のドワーフが声を張り上げて彼方(あっち)此方(こっち)に指示を飛ばしていた。

 

「なにをやっとるかー!其処(そこ)は違うといっとろーが!てめえ、其処も何やってやがる!2回も3回も手順を説明しねえと分からねえのかー!ぐだぐだやってんじゃーねーっ!さっさと運べーっ!」

 

とにかく怒声しか聞こえてこない。

乾いた笑いを零れた(こぼれた)青年はケーナに向き直ると、「あんまり近寄ると親方の雷が落ちるぞ」と告げ、仕事に戻ろうとした。

 

「てめえも見学者ごときにぐちぐち言ってんじゃねーよ」

 

途端に背後から掛けられた野太い声に、青年は文字通り飛び上がった。

ケーナの肩くらいしかない背丈の、灰色の頭髪と髭(ひげ)を持ったごっついドワーフが目を怒らせて立っている。

青年は慌てて角材を抱えたまま逃げるように中へ走っていった。

 

「すまねぇな、嬢ちゃん。柄の悪いのが.....、え?」

「ん?......あれ?」

 

何か言いかけたドワーフがイキナリ固まる。

汗がたらーりと垂れたのを見たケーナは、少し考えた後にそのドワーフを上から下まで眺めてからピンと来た。

 

「ああ!カータツじゃないの、夫が言っていた通りだね♪久し振り、元気してた~?」

「......お、おおおおお、......お。おお?お....おふくろっ!?親父(おやじ)に会ってきたのか~~~!」

 

すてーん!とケーナはスッ転んだ。

 

「だ、だだだ、大丈夫かお袋っ!親父と何かあったのか?」

「い....いやいや、なんちゅーか。予想外というか、予想の斜め上の呼ばれ方だったもんで...,...」

 

手を貸してもらい立ち上がったケーナは、改めてドワーフを見る。

確かにあの時自分の作ったサブキャラだなあ、と実感する。

子供がいた記憶はないが、つい病院で出会った小さい子を慈しむような気持ちになりカータツの頭を撫でた。

まあ入院中は隆浩(彼)がいても、そんなことができる体でもなかったが。

真っ赤になったカータツはその手を振り払うと、そっぽを向いて腕を組んだ。

 

「い、いいい、いきなり頭なんか撫でるんじゃねえよっ!ち、小さな子供じゃねえんだからなっ!あと、親父に会えたのか?」

「会えたよっ♪【以心伝心(いしんでんしん)】で連絡を取ってね。うふふふ、なんか面白い仕様になってるなあ。可愛い」

「と、年寄りに可愛いなんて言うんじゃねえよっ!気持ち悪いだろーがっ!」

 

微笑ましいじゃれ合いを続ける2人の背後には、そんな2人の様子を窺う野次馬たちがいた。

工房の出入り口に鈴なりに連なって覗き込む、職人や弟子たちである。

 

「お、おい。誰だあの女性?」

「お、親方とあんなに楽しそうに......」

「あ、師匠が頭を撫でられている......」

「あんなことをしても殴られないなんて、随分親しげだなあ」

「ま、まさか親方にもついに春がっ!?」

「おいおい旦那が幾つだと思ってんだ?歳が離れすぎじゃねーか」

「と、年下の恋人だとぉっ!な、なんてうらやましい.....」

「あ、やべ.......」

「なにやってんだてめーらあああああああっ!!!俺がなんで、お袋と付き合わないといけないんだーーっ!」

「「「「「「「「す、すいませーん......???」」」」」」」」

「親方、質問があるのですが。よろしいでしょうか?......」

「......手短に」

 

(おい、本当に聞くのか?)

(おぅよ。疑わしきは、問いただす....だっ)

 

「.....質問がないなら、俺たちは彼方(あっち)で話すが?」

「い、いえ、あります。その女性のことなのですが、恋人ではなく、お袋って言っていたので、親方のお母様でしょうか?」

「ああ、そうだ。俺のお袋だ。謝罪は?」

「「「「「「「「失礼しました、お母様」」」」」」」」

 

三々五々散り散り(ちりぢり)に持ち場に戻り、仕事を始める。

 

 

 

「......なんだってえ!塔を出てきて冒険者になっただあっ!?」

「うん。今日この後カード取りに行くの。なんかもう色々200年前と違うから大変ね」

「お袋が冒険者になる事態ってーと、どこかの国を滅ぼすのか?」

 

唐突に物騒(ぶっそう)なことを何の疑問もなしに口にした息子の脳天に、つい条件反射でオプスにするようなツッコミをかました。

一瞬で地面に突っ伏し、顔面を地面に打ち付けるカータツ。

 

「あれ?カータツどうしたの?」

「『どうしたの?』じゃねえよ!馬鹿力でいきなり脳天が潰れると思ったじゃねえかっ!?って静かに怒りながら物騒な得物を出すんじゃねえっての!」

「そういえば、此処(ここ)に来る前に教会に寄ったんだけど、シスターに門前払いだったよ」

「さも自分の行動を省みない(かえりみない)ように会話すり替えやがったな.....。つか兄貴ントコ行ったのかよ!?当たり前だろう、そりゃ」

「あとマイマイが隣の学院に居てるって、夫に聞いたんだけど?」

「親方の言うとおり、姉貴なら其の(その)学院で学院長やってるはずだぞ。あと行っても其方(そっち)も校門で止められるぞ」

「ふーん。そか、分かったわ、カータツ」

 

1歩下がって踵を返した母親をカータツは慌てて追う。

腕を掴んで引き止める息子にケーナは首を傾げる。

 

「す、すまねぇお袋、俺なんか気に障ること言ったか?」

 

今の素っ気ない返答に、何か勘違いしたらしい。

厳つい容姿でうろたえる様子を見たケーナは、再び安心させるために頭を撫でた。

 

「大丈夫よ、私は貴方(あなた)を嫌ってなんかいないから。でもとりあえず今日は帰るわ。人間お断りの宿に泊まってるから、何かあったら来てね」

 

「お、おお。頭は撫でなくていいと言うに!でも兄貴たちには言っとくぜ」

「うん、お願いね。今、私が連絡できるのは、夫のシャイニングセイバーだけだからっ」

「....ちゃっかり、親父とは、連絡は取れるんだな」

 

スキップをしながら去っていく母親を見ながら、カータツは大きな溜め息を吐いた。

対岸に戻り、即冒険者ギルドに向かったケーナは、番号札と交換したカードを受け取った。

白地に『ケーナ:ハイエルフ:魔術師』と書いてあるカードを手にしてご満悦(ごまんえつ)だ。

気分は初めてVRMMO・リアデイルにログインして、冒険者としてフィールドに1歩踏み出した時の高揚感に近い。

当時は丁度同じ場所に出現し、その後腐れ縁となったオプスに蹴り飛ばされた記憶しかないが。

当然その後蹴り飛ばし返したのは懐かしい(なつかしい)記憶である。

依頼書が貼ってある掲示板を早速眺めていると、『求む護衛:エルフ女性:エーリネ』とか『求む新メンバー、エルフ女性で魔法が使える者だと尚良し:アービタ』と書かれた紙を見つけてしまい、苦笑(くしょう)する。

 

「確信犯でしょう2人とも.....」

 

どっと空虚(くうきょ)な疲れに包まれたケーナは、依頼書と向き合うのを諦めて大通りへ出る。

........と、横合いからいきなり声を掛けられた。

 

「此れ此れ其処(そこ)のお嬢さん」

「はい、......私?」

 

呼ばれたのが自分にしろ、その辺にいた誰かにしろ、声を掛けられれば振り向いてしまうのは世の常だ。

ケーナが振り向いた先にいたのは、男女の2人組であった。

 

「今、私を呼びましたか?」

「うむ、呼んだとも、お嬢さん冒険者じゃろ?」

 

ケーナの問い掛けに満足そうに頷いた(うなづいた)のは、白い無精ひげを生やして、頭髪にも白いものが交じり始めた50代くらいの全身鎧の騎士だった。

腰に提げた剣は街中を巡回している騎士の物と違い、鞘も白くない普通の長剣だ。

一緒にいるのは見た目がケーナくらいの女の子だ。

革鎧にローブを装備し、先端に蒼い球の浮いている杖を持つ銀髪(ぎんはつ)の女性である。

男性が呼び掛けた時分(じぶん)からケーナの方をぽーっと見ていたが、目が合った瞬間にあわあわと両手を振って赤くなると、慌てて男性の背後に隠れた。

其れを「はっはっはっ」と腕組みをして笑い飛ばし、男性はケーナに近付いてきた。

 

「ワシはアガイドという。ほれお主も隠れていないで自己紹介でもせんか!」

 

後ろに隠れていた女性は、俯き(うつむき)ながら男性の横に並び小さく頭を下げる。

 

「あ、あのぅ、ロンティ、です」

「......はあ、ケーナと言います?」

何の目的で声わ掛けられたのかケーナはさっぱり読めない。

その場の、特にアガイドさんの雰囲気(ふんいき)に流されるように返事をした。

病院で快適に過ごすための法則第1条『相手が年配の場合、話な主導権を取られたら流されるしかない』である。

 

「お主、見たところ腕が立ちそうじゃのう?少々手伝ってくれんか?」

「何を手伝うのかは分かりませんが、其れ(それ)って依頼ってことですか?生憎と今さっき冒険者になったばかりなので、都市を案内してくれと言われても困りますけれど......」

「安心せい。ワシ等(ら)はこの王都の出身だからそんなことは頼みはせんよ。手伝って欲しいのは荒仕事じゃ」

「荒仕事?魔物退治とか、盗賊退治とか、ですか?」

「うむ、人捜しじゃ」

 

深刻な問題か?と思ったところへあっさりとした返答に肩透かしを食らい、軽くよろけた。

そんな態度のケーナに手を振ってアガイドさんは修正を入れた。

 

「人捜しは人捜しでも、相手は結構腕が立つでの。油断は禁物じゃ」

「はあ、犯罪者か凶悪犯ってことですか?其れ(それ)を捕縛しろと?」

「ふむ、まあそんな感じの認識でいいじゃろ。頼めんか?」

「構いませんよ。報酬さえ払っていただければ」

 

此れ(これ)が辺境の村にいた頃のケーナであれば、報酬など持ち出さなかっただろう。

エーリネ先生とアービタ軍曹のご教授を受けた今では『貰える物は銅貨1枚でも増やして要求しろ』との教育が脳内リピートで流れていた。

 

「報酬なら任せておくとええ。無事に任務が成功すればお主が見たこともないような金額を、ポンと払ってやるわい」

「よし、言質(げんち)は取った。其の依頼受けましょう!」

 

互いにサムズアップして、ケーナは老騎士とガッチリ固い握手を交わす。

ロンティは1人置いてけぼりになっていた。

 

「.......と、言いましても意外に広いですよ、此の(この)街....」

「一応、標的は王都の此方(こちら)側に出没することが比較的多いからの。手分けすればどうにかなるじゃろう」

「はあ、3方に分かれるんですか?」

 

周囲を見渡して人の多さにうんざりするが、アガイドさんは自分も含めた3人を指差して告げる。

 

「いや、ワシは1人で捜すからの。ロンティは標的の顔を知っているから、ケーナ殿と捜してもらおうかの?」

「ケ、ケーナさんと、わ、私がデスカァ?」

「ケーナ殿は捜す相手の顔も知らんじゃろう?こやつのことは頼んだぞ」

「はい、いいですよ。依頼主の意向には従いましょう」

 

片手をシュタッと上げて人込みに消えていくアガイドさんを見送ったケーナは、ロンティに向き直った。

途端に「ひゃっ!」とか悲鳴を上げてロンティが1歩離れる。

 

自分はそんなに怖い顔をしていたのか、とケーナはふと心配になった。

 

「んー。エルフは、嫌い?」

「あ、ああああ!?ゴ、ゴメンナサイっ!べ、別にケーナさんが怖いとかじゃなきんでふ」

 

言葉途中に噛んでしかめっ面をしたロンティにケーナはくすりと笑う。

病院の子供たちとの交流と似たような感じで、ロンティへと手を差し出した。

彼女は意外なものでも見るように、差し出された手とケーナの顔を交互に見つめる。

 

「冒険者初日、ハイエルフ族のケーナです。どうぞよろしく」

「王立学院所属の冒険者歴1年、ロンティ・アルバレストです。こ、此方(こちら)こそよろしくお願いします」

 

しはし見つめ合って笑い合うと、急に赤い顔のロンティが俯いた(うつむいた)。

......が、何かに気付きハッと顔を上げた。

 

「って!ケーナさんハイエルフなんですかっ!エルフの王族が何でこんな所にぃ!?」

「エッヘン。お姫様ですよ♪でも、お忍びで冒険者をしているので、此れは内緒ですよっ♪」

 

と、ケーナは人差し指を口の前に持っていき、シーッと。

其の仕草にロンティは、見惚れてしまい(みほれてしまい)、『お姉様ぁ』と、声を溢した。

 

「ところで、どういった人物を捜せばいいのかな?」

「あ、す、すみません、お姉様。ええと、私より少し年下の赤毛の少女です」

「其れはまた随分と曖昧な.....」

 

少し考えて大通りから1本隔てた裏通りへ移動する。

民家や商家の裏口側、入り組んだ細い道が続く辺りを障害物を避けながら歩く。

子供の遊び場ならケーナが生きていた街のように公園などが主流だと思っていた。

今の今まで街中を歩いてみたところ、王都にそんな物はなさそうである。

なので、こういった裏通りの方であれば子供の隠れ家とかあると思ったからだ。

しばらくロンティと共に子供の隠れられそうな所を捜し、かなりの速度で裏通りを駆け抜ける。

 

「隅から隅まで歩き回ったわけじゃないから、何処(どこ)がどうなっているのやら.....」

「え?無目的で裏通りまで入ったんですか?」

「一応子供は、〝秘密基地〟なるモノを持つのがセオリーなのよ」

「せ、せおりい?......ですか?」

 

取得技能(スキル)から何か捜し物に使えそうなモノをキーにピックアップさせていると、大通りの方で悲鳴が上がったのが聞こえた。

慌てて方向転換をして2人で裏路地から抜ける。

其処(そこ)では野次馬たちが頭上を見上げて、口々に(くちぐちに)叫んでいた。

 

「危ないぞ」やら「きゃーっ!」やら、この世の終わりを見たような感じで声を上げたり、悲鳴を上げたりしている。

其の理由は頭上にあった。

家と家の間、大通りを挟んで渡してあるロープ。主に洗濯物干し用のようだ。

其の中央に子猫が必死にしがみついていた。

其れを助けようと、少女が芋虫みたいにズリズリと綱を渡っている最中であったからだ。

 

「なんつーかこう、必死の救出劇を見守る群集って何処(どこ)も変わらないんだなあ......」

 

呟いて、其の群集の1部となって上を見上げる。

周囲の人々は時折励ましの声を上げつつ、赤毛の少女の健闘を見ていた。

何時(いつ)でもフォローに入れるようにしながら上を見上げていたケーナはふと気付く。

 

(ん?赤毛の少女?)

 

嫌な予感がしたケーナは隣のロンティを制止しようとしたが、時既に遅かった。

 

「あ、ああああっ!?」

 

唐突に絞り出された素っ頓狂(すっとんきょう)な悲鳴は、場の空気を霧散(むさん)させるには充分であった。

ロンティの声に驚いた子猫は、辛うじて引っ掛けていた爪を外してしまい空中に投げ出される。

其れを追って少女も空へダイブし、空中でなんとか子猫をキャッチした。

下で見守っていた群集からは、悲惨な未来を予想しての悲鳴が上がる。

もう駄目だと諦めて、両手で顔を覆っている者もいる。

事前に最悪を想定し、準備だけはしていたケーナは慌てず騒がず落ち着いていた。

予め(あらかじめ)準備してあった魔法を少女に向かって解き放つ。

 

【魔法技能(マジックスキル):load:浮遊】

 

「ええっ!?」

 

隣からの驚愕の叫び声は無視する。

子猫を抱えてぎゅっと丸まった少女は、自分が空中に浮いているのに気付き呆然(ぼうぜん)とする。

重力より解き放たれた少女はふわりふわりと増やして羽毛のように軽やかに、すんなりと地に足を付けた。

途端に周囲の野次馬からは歓声と拍手喝采が少女とケーナへ浴びせられた。

くるくる回りながら、「どーもどーも」とケーナは周囲の人たちへ頭を下げる。

子猫を抱いた少女には心配そうな表情で、彼女より年下っぽい子供たちが駆け寄り、周りを取り囲んでいる。

 

「大丈夫かよ、大将?」

「大丈夫よ、ぴんぴんしているわっ」

 

心配を掛けた仲間たちに応える赤毛の少女は、礼を言おうとしてケーナの隣にいたロンティを発見し、バツが悪そうな顔で1歩下がった。

 

「ロ、ロンティねえ様.....」

「やっと見つけましたよ、王女でん......、じゃなくて、ええと、お嬢様」

 

それだけを聞いたケーナは全てを理解し、ニヤケた表情で頷いた(つなづいた)。

 

「成る程、こういうイベントにぶち当たったかー」てな感じである。

 

(クエストを4000個経過してもこんなのはなかったなー)

 

内心納得しているケーナを余所(よそ)に赤毛の少女は腕に抱えた子猫をロンティに押し付け、子供たちに「行くわよー!」と声を掛けて走り出した。

 

「あっ!ちょっと!こ、此れ(これ)ってどうすれば?」

「ううむ、素早い。逃げちゃったよ、彼の(あの)子たち」

「ちょっ、ケーナさん!感心してないで捕まえて下さい!」

「はいはーいとりあえず四肢(しし)が繋がってりゃあいいよね」

「ええっ!?」

 

ロンティが何か反論するより先に、野次馬の壁を【能動技能(アクティブスキル):跳躍(ちょうやく)】でぴょーんと飛び越え、少女グループの後を追う。

顔は今ので覚えたし、いざとなったら各種魔法を駆使してとっ捕まえればいいやと思いながら。

まずは【召喚魔法(サモンマジック)】で風精霊を呼び出し、彼女らの後を追わせた。

一方、追われる側の少女たちは、裏路地の迷路のような入り組んだ所で一休みしていた。

彼女は彼女等みたいに裏通りの細かい道に精通しているわけではないので、障害物の多い地面を走るのが面倒になり、......壁(・)を(・)歩いていた。

 

「「「「なんですかそれわぁぁぁっ!?」」」」

 

一斉に突っ込む少女たち。

綺麗サッパリ無視したケーナは、指を鳴らしながら歩み寄りつつ黒い笑みを浮かべた。

横向きなのでちょいと様にならない。寧ろ(むしろ)不気味感漂うかもしれない。

何処(どこ)をどうしたら人間が壁を歩いて追ってくると思うだろうか。

 

「さあ、雇い主の依頼でね。手足の10本や20本は覚悟してね?」

「「「「人間に手足がそんなにありません!(わー)」」」」

 

再び逃亡の道を選ぶ少女たちの後を追いながら、実際のところケーナは困っていた。

 

(どうやって捕まえよう?)

 

無駄にある技能(スキル)だが、相手を無傷で捕獲できる手段が少ないからだ。

【魔法技能(マジックスキル):麻痺の網】は相手を麻痺させるが、ダメージも入る。

今のケーナでは、最小威力で撃ったとしても対象は子供だ。一瞬で炭化するだろう。

大型のクモの召喚獣を呼び出して、クモ網に捕らえるという方法もある。

......が、其のクモ自体が体長4メートルもあるため、逆に此方(コッチ)が騒乱罪と魔王の使いかなにかと疑われて兵士にとっ捕まってしまう可能性がある。

仕方がないので、少女たちが疲れ果てて動けなくなるまで鬼ごっこに付き合おうと考えた。

体を動かすのが随分と楽しく思えてきたところでもあるし、まずは説得から入ろう。

 

「コラー!逃げられませんよデンちゃーん、神妙にお縄につきなさーい!」

「誰がデンちゃんですの、誰が!」

「さっきロンティに王女デンお嬢様って呼ばれてたでしょーがー!」

「ロンティねえ様、許さないですわぁー!」

 

壁を歩くわ、障害物を『飛び』越えるわで、路地裏を知り尽くした少女たちを理不尽な方法で追い詰める軽装の女性冒険者。

赤毛の少女率いるグループは遂に切り札を発動することにした。

今まで幾多の兵士を振り切ってきた最終兵器をだ。

方向転換して住宅地区の更に奥の奥、再開発区域と呼ばれる、人が住まなくなった民家が立ち並ぶ界隈へ逃げ込む。通称ゴミ溜めと呼ばれる裏路地だ。

増築に増築を重ねた家屋(かおく)の間の細い隙間に潜り込み、タイミングを計る。

左右に木箱から廃材などが積み重なっている山を、女性冒険者(ケーナ)が近付いて来たところで一気に倒した。

 

ゴワッシャアアァアアァ!!!

轟音が響き、埃が舞い、路地はあっさり木箱や廃材に埋まってしまう。

 

「やりましたわー!」

「やったー!」

「みたかー」

 

......と歓声を上げる仲間たち。

額の汗を拭いながら(ぬぐいながら)仲間たちを労おう(ねぎらおう)とした赤毛の少女は「危ないから山に近付くんじゃないよ~」と廃材の山の向こうから聞こえて来たのんびりとした声に驚いて振り返った。

 

【龍神剣(りゅうじんけん):水流の玉:昇り上がる津波(タイダルストリーム)】

 

バッカアアアァアアアァンン!!

 

つい今しがたその場に山と積まれた木箱や廃材が、水流の一撃で、木っ端微塵(こっぱみじん)となって上空へと打ち上げられた。

もうもうと煙る埃のカーテンの向こう側に人影が見える。

仄か(ほのか)に青白く煌めく水滴が滴る剣を下から上へ振り上げた姿勢のまま、不敵に笑う女性冒険者が姿を現す。

遅れてポツポツと水滴が辺りに降り注ぐ。残骸(ざんがい)の欠片(かけら)を除いて。

 

「ちょっちょっと待ってくださいまし、今其の剣を何処(どこ)から出しましたのよーっ!?」

「ば、化けもんだ......」

「ちょっとー、人を見てモノを言いなさいよー。何処が化けもんなのよー」

「逃げますわよっ!」

「うわ、しぶとーい......」

 

てっきり今ので戦意喪失したのかと思っていたケーナは、完全に当てが外れてがっかりだ。

水流の玉の威力を上げてしまっては、跡形もなく吹き飛んでしまう。少女たちが。さっき呼び出した風精霊に先行させて後を追わせる。

再び追う者と追われる者が街中を駆け抜ける。

大河に面した街の上流側に出た少女たちは、増築されてジャングルジムのようになった桟橋を伝い、その下にある下水溝に潜り込んだ。

元々は街を広げる前にあった大河の支流の1部が合流していた場所で、今は川に生活廃水を垂れ流すだけの水路になっている。

 

其処(そこ)に隠してあった小船に飛び乗った少女たちは、オールを手にもの凄い勢いで漕ぎ始めた。

王都の祭りに漕ぎ競争があるが、毎年彼女等は大人に交じって良い勝負を見せる。

其処(そこ)で培った才能を遺憾なく発揮する時、とばかりに高速で岸から遠ざかっていく。

中洲を越えた所で「どうでございます、私の漕ぐ才能わ!おーほほほほほっ」とお転婆お姫様は、高笑いをする。彼女等の表情が凍りついた。

全く何の問題もなく水(・)上(・)を(・)歩(・)い(・)て(・)彼女等に迫るケーナの姿を視認したからである。

此れ(これ)には桟橋側から「何の騒ぎだ?」などと野次馬に出て来た者たちも、目を丸くしてどよめいていた。

 

「私から逃げられると思うなー。さっさとお縄に付きなさーい!」

 

何処(どこ)からともなく取り出した黄色メガホンを片手に、ケーナが降伏勧告を突き付ける。

少女たちはカクカクした動きで体を向けると、猛然とオールを動かし始めた。

「しょーがないなあ」と頬を掻いたケーナは、小走りに付かず離れずの距離を取って小船の後を追い始めた。

結局、中洲を4周した所で精も根も尽き果てて、死人のようにグッタリした少女グループから赤毛の少女を捕縛したのである。

空がオレンジ色になる頃に、襟首を掴み上げ、ついでに縄でぐるぐる巻きにした少女をロンティたちに引き渡す。

先程の騒動の一部始終を2人とも目撃していたようで、ロンティだけはあんぐりと口を開けたままだった。

「はっはっはー凄いのうお主」と笑うアガイドさんは何も言わなかったが。

 

「ほれ、報酬じゃ」

 

小袋にみっちり入った銅貨を渡されたケーナは首を傾げた。

確かに今まででみたこともない銅貨の数だが。

 

「なんですか、此れ(これ)?」

「うむ、さっきの捕り物レースで野次馬相手に賭けをしてのう。取り分は5対5の折半でいいじゃろ?」

「うわ、抜け目ないわ、このお爺さん......」

 

縄でグルグル巻きに縛られた赤毛の少女もぐったりして、ぷるぷると小刻みに震えていた。

 

「何ですの、貴女様(あなたさま)わ。私(わたくし)を誰だか知ってこんなことを」

「だいたい分かるけど、デンちゃんでいいや。其方(そっち)の事情には巻き込まれたくないしー」

「ほう、お主此の(この)娘の事情が分かるのかの?」

「さっきロンティが『王女でんナントカ』って言いかけてたんだもん。窮屈なお城暮らしに逃げ出してきたお転婆お姫様、とかでしょ?定番過ぎて分かりやすいわ。だからただのお転婆捕獲と考えて耳と目は塞いでおきますよっと」

「もうーっ、ロンティねえ様!あなたのせいでデンチャンなんて呼ばれる羽目になってしまきましたわーっ!」

「ううう、すみません」

「デンちゃんはいーやー!ノワールって名前がちゃんとあるんだから、ケーナお姉さま♪」

「.......分かったわ、ノワールちゃん♪」

「はい、ケーナお姉さま♪」

 

貰った袋ごとアイテムボックスに仕舞い込み、「依頼は完遂でいいわね?」と聞く。

何故か満足そうな笑みのアガイドさんはコートについていそうな、大き目の丸い金属ボタンを渡してきた。

 

「今度はなんですか、此れ」

「此の王都で困ったことがあったら、其れを示すと良いじゃろう」

「いや、其れは其れで騒動の種のような気がしますけど?」

「ほっほっほ、ではな。依頼御苦労じゃったな、嬢ちゃん」

「すみませんケーナさん、今日はありがとうございました」

 

老人とは思えない豪胆な動作で芋虫状態の少女を肩に担ぐと、ふぉふぉふぉっとエコーを響かせて端の方に泊めてあった小型の立派な帆船に乗り込む。

1度深々と礼をしたロンティも其の後に続いた。

 

「何処(どこ)の宇宙忍者よ、彼の(あの)お爺さんは......」

 

悠々と大河を渡り始める帆船を眺めていたケーナはシャイニングセイバーと待ち合わせして、宿に帰ることにする。

まだ此の(この)時までは平和だったとケーナは後に知る。

 

 

ドンッ!

宿屋のドアを潜った途端、ケーナを迎えたのは歓声と大ジョッキになみなみと注がれたお酒であった。

自然と顔が引きつるのはもはや条件反射に近い。

 

「おかえり、遅かったねえっ!」

 

茶色い猫耳がピンと立った女将さんが嬉しそうに大ジョッキをケーナとシャイニングセイバーに渡した。

つい受け取ってしまったケーナとシャイニングセイバーに一気飲みコールが掛かる。

イマイチ事情が飲み込めないケーナにシャイニングセイバーは、小声で話す。

 

(もしかしたら、昼間の大捕物の話を、誰かから聞いたのかも)

(どうして......って、桟橋に集まっていた中に、宿に泊まっている亜人(ヒト)が居たのかな?)

(だらうな。騎士団の本部と駐屯所にも、報告が上がっていたからなぁー)

 

女将さんを振り返った。

 

「アンタ川の方で面白いことやってたって話じゃないかい。皆に聞いたけれど良く分からなくてねえ。それなら本人に聞けば全部分かるだろうってみんなが言うもんだからさあ。あ、其の酒はみんなのオゴリだよ」

 

(やっぱり、昼間のことだ、此の騒ぎわ)

(ケーナ?観念するしかないな)

 

.....つまり、皆の酒の肴(さかな)にするために今日の捕り物を全部話せと?

夫のシャイニングセイバーが言うように、此れは話さないと、終わらない。

投げやりになったケーナは諦めてジョッキに口を付けた。

酔いが回る前にケーナをシャイニングセイバーが部屋へと連れていき、子作りを数回して、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

そして此処(ここ)は王立学院。

フェルスケイロの王都を横切るエッジド大河の中洲の中央に位置する学院である。

能力があれば種族、年齢、性別に左右されずに入学できる。広く門戸(もんこ)の開かれた学院だ。

此れはケーナが丁度カータツと出会っていた頃に遡る(さかのぼる)。

練金科教授室に、1人の女生徒が呼び出されていた。

理由は授業の一環で、ポーションを作成して提出するというところにあった。

既定の期日より遅れてポーションを提出した彼女にも問題はあったが、それよりも重要なのは提出物の方である。

練金科のロプス・ハーヴェイ教授。

ボサボサ頭にヨレヨレの教員用ローブと薄汚れた白衣。前髪で顔の半分が隠れて無精ひげも目立つ。

伝統ある王立学院の教員としてはとても人に見せられない格好なのだが、腕の良い錬金術師である。

彼は肘を突いたやる気のない姿勢で、教卓の脇に立つ女生徒を見上げた。

 

「おう、お前が作ったことになっている此の(この)ポーションだがな.....。本当にお前が作ったのか?」

「は、はあ......」

 

彼女が提出した赤い液体の入った薬瓶を摘み上げ、ロプスはうろんな瞳を彼女へ向けた。

 

「本当か?此れをお前が作ったとなれば、俺はお前を王宮に推薦(すいせん)してやれるんだが......」

「え!本当ですか!?」

 

途端に目の前に広がる出世コースに喜色満面になる女生徒。

しかしロプスは昼行灯(ひるあんどん)な態度を崩さずに、摘み上げたポーションをゆっくり振りかなら先を続けた。

 

「其処(そこ)でお前はコイツを作らされるだろうぜ。コイツのレシピ、お前はちゃんと知っているのか?」

「あ、は、はい。カジュの根に.....」

「はい、アウトー。コレはそんなチャチな材料で作られた代物(しろもの)じゃねえ。既に誰も知り得ない製法で作られた古代の遺物(アーティファクト)級だ」

 

前髪の間から覗く鋭い眼光に女生徒は真っ青になって後ずさった。

 

「......で、コイツを作ったのは誰だ?」

 

再び最初に戻り、姿勢はダルそうだが漲る(みなぎる)気迫は別物なロプスの詰問(きつもん)に、とうとう女生徒は半泣きになって頭を下げた。

 

「ご、ご免なさい!材料がどうしても揃わなくて、其れで、ぼ、冒険者ギルドに依頼して、作ってもらいました!」

「そうか、分かった。お前には後で別に追加の課題を出す。行っていいぞ」

 

手でシッシッと追い出す仕草に、再び頭を下げた女生徒は零れ落ちる涙を拭いもせず、逃げるように教授室を退出した。

赤い液体瓶を前にしばらく考えていたロプスは扉のノック音に顔上げた。

 

「はぁ~いあ邪魔するやよ~?」

 

入って来たのは典型的な金髪碧瞳(きんはつへきどう)のエルフだ。

腰まで届く髪は三つ編みにして、足元が隠れるほどの赤いローブに身を包んでいた。

王立学院長マイマイ・ハーヴェイ。とてもお似合いには見えないがロプスの妻である。

 

「学院長(オマエ)か.....。練金科まで足を運ぶなんて珍しいな」

「今其処(そこ)で泣きながら走っていく女子とすれ違いましたもので。昼行灯(ひるあんどん)の上に生徒虐待(ぎゃくたい)なんて査定に響くわよ?」

 

悪戯(いたずら)を問い詰める楽しそうな顔を近付けたマイマイをスルーして、其の(その)鼻先に赤い液体瓶を押し付ける。

 

「つれないわねぇ。.....ナニヨコレ?」

「課題で提出してきたポーションだ」

「ふーん、誰が作ったの?貴方にも作れるような代物じゃなさそうじゃない」

 

ポーション瓶を摘み上げてチャポチャポ振りながら、マイマイは内容物を一瞬で見抜く。

 

「流石に分かるか。冒険者、だそうだ」

「なあんだ~冒険.......、ってはああぁ!?」

 

言われた意味を脳内で噛み砕いたマイマイは、今の世にあり得ない物体の非常識さに絶句した。

その様子を見て大袈裟な溜め息を吐いたロプスは、妻の手から赤い液体瓶を取り上げて机に置く。

元宮廷魔術師の慌てように、此の(この)ポーションの真価が分かろうというものである。

 

「こんな物が世の中に出回ったら市場(しじょう)が大混乱になっちまう。とりあえず明日、ギルドまで行って作った奴に釘を刺しておく」

「ものぐさな貴方が動くなんて相当よね。どうせなら其の(その)作った人、連れて来ちゃってよ」

 

其の適当な発言にロプスは呆れた溜め息を吐く。

 

「なんだ、教師にでも迎えるのか?」

「先ずは面接が先になるわ。其れから結果待ちかしらね」

 

手をひらひらさせながら部屋を出て行こうとしたマイマイは、足を止め振り返る。

 

「あ、悪いけど今日は兄さんたちと食事会があるから、夕食は要らないって言っといてくれる?」

「分かった。しかしよくもまあ、大司祭の都合がついたもんだな......」

 

すすっとロプスに寄り添い、其の頬に触れるだけのキスをしたマイマイは、にこやかに手を振って部屋を出た。

扉のところで振り返り、愛する夫にウインクを残して行く。

 

「ウチの愚弟(ぐてい)から緊急報告があるんだそうよ~」

 

学園を出た足でマイマイが向かった先は、中洲の北岸にある1軒のお店だ。

お貴族様御用達の高級料理店、黒兎(くろうさぎ)の白尾亭(はくびてい)という場所である。

時折兄弟内での連絡に集まり、近況を話し合ったりするのに使っている。

今回はカータツから「超緊急事態だ!」という手紙を貰っての急遽開催であった。

 

 

 

 

 

「......てなわけだ」

「な、な、な、なんですってええぇぇ~~~」

「成る程、母上殿が.....、ということは、父上殿にも会われたのだろうな」

「確かに、そう言ってたな、お袋は」

「え、お母様、お父様には、お会いに」

「親父とは【以心伝心】で、連絡できたって」

 

昼間不意にケーナと遭遇したカータツは、其の一部始終を兄姉(けいし)へ報告する。

食事の手を止めて鬼の形相で詰め寄ってきた姉であるマイマイに掴み掛かられて、ガックンガックン揺さぶられる羽目になっていた。

 

「ど・う・し・て・其・の・場・に・私・を・呼・ば・な・い・の・よぉ~!お父様も呼んで」

「ふむ、教会を挙げて歓待すべきなのだろうか?父上殿と一緒に」

 

3人の長兄、長身の麗人スカルゴは、額にシワを寄せて呟いた。

一々動作に『しゃらーん』とか『キラーン』とか音が鳴って光り、薔薇(ばら)の舞うエフェクトを背負う。

此れ(これ)こそが無駄に数ある技能(スキル)の内、掲示板で散々叩かれて運営側の正気を疑われたモノ第1位。

【特殊技能(エクストラスキル):薔薇は美しく散る(オスカル)】である。

効果は自分の好きな時に発動できる耽美(たんび)効果全般だ。

だからといって態々(わざわざ)覚えさせた母親(ケーナ)にも問題があるのだが......。

カータツを揺さぶっていた手を止めたマイマイは、長兄の発言に肩をすくめた。

 

「止めた(やめた)方がいいんじゃないの?そもそもお母様がお父様を王都において森の奥に引っ込んだのは、人にうんざりしたからよ?分かっているの、兄さん」

 

妹の言葉にそうだったかと頷き(うなづき)、『さらり』と髪をかき上げる。

弟妹(ていまい)2人はスルースキルを得ているので、今更突っ込まない。

 

「其れにしてもお母様が冒険者かぁ....。お父様は此の(この)ことは知っているのね♪......ってあれ?まさか彼の(あの)ポーションって?」

「んん?お袋は今日が冒険者初日だとか言ってたぞ?」

「ちょーっとね。製法の絶えたポーションが持ち込まれてねぇ~」

「ふむ、母上殿も来たなら来たと知らせて下されば宜しいものを。父上殿とはお会いしていて、ラブラブなのは、良いのですが」

「門前払い食らったと言ってたぞ。教会には俺ントコより先に行ったらしいがな」

 

カータツの説明にスカルゴは額をコツンと小突き、細い切れ長の流し目を無駄に『キラリーン』と光らせてから考え込んだ。

 

「母上殿の訪問を知らせもせずに切り捨てるとは、私の敬愛する母上殿に対する冒涜(ぼうとく)よな」

 

ゆらりと黒い霧を背後に『たぎらせて』黒い笑みを浮かべた彼の瞳は赤く『ギラーン』と不気味に輝く。

其れ(それ)をマイマイはぺしっと叩いて中断させた。

 

「兄さんも物騒なことをそうそう口にしない!お母様とお父様に知られたら其れこそ大目玉よ。彼のお母様とお父様がそんなこと、推奨するはずないじゃない」

 

「其れもそうか」と呟いたスカルゴは黒い霧を霧散させ『ファサ』と長い髪をで梳る(けずる)。

そして、『シャララン』と肩に流した。

 

「其れでは母上殿が此の王都に腰を落ち着けるのならば、我々の立ち位置を如何(いかん)するのが問題であろうな?」

「いや兄貴、今の立場に何か不満でもあんのかよ?」

決まっていよう、我々にとって天上と父上殿と母上殿に他なるまい。父上殿は王国騎士団長という立場から、会えることも少なかったが、此れで、会える時間が増える。全ての営みを父上殿と母上殿主流にすべきであろう。いやそうに違いない!」

 

長兄の背後で荒波が『どどーん』と打ちつけられたのを見て、弟妹(ていまい)は溜め息を吐いた。

どうやら200年経っていても父親母親至上主義は治っていなかったらしい。むしろ悪化している。

 

(まあ、お父様は時々、黒兎(くろうさぎ)の白尾亭(はくびてい)で近況報告していても、お母様の情報がなかったところに、お母様の話だから)

(仕方ない兄貴だぜ、まったく。親父を王国騎士団長の任命式で発見していらいだからな)

 

こうなってしまったら長兄を止める手段は。

 

「お父様とお母様に叱ってもらわないとダメね」

「そうだな、親父とお袋2人に叱ってもらえば、兄貴も大人しくなるだろ。.....こんなのが大司祭で、此の(この)国は大丈夫なのかよ.....」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 














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