くわんくわんと鳴り響く頭を押さえ込んで、ケーナはもそもそと朝食を取っていた。
調子の悪そうな顔色だったらしく、同宿の客に二日酔いの薬などを貰ってしまうくらいである。
いくらスキルマスターなケーナであっても酔う時は酔っ払う。
【常時技能:毒耐性】では完全に防ぐには至らないからだ。
此れはリアデイルゲーム内で、過半数のプレイヤーから猛反発された結果でもある。
リアデイルでプレイヤーキラーがてきるのは戦争期間中だけだ。
微々たるであるが経験値も取れるとあっては、低レベル者たちも必死にもなる。
其の結果、徒党を組んで限界突破者などの格上を狙うのだ。
初期に【異常状態無効】であったスキルは【異常状態耐性】になり、最終的には【毒耐性】【麻痺耐性】【沈黙耐性】など各異常状態耐性に最終分類された。
上位者たちからは「何もソコまでしなくても........」という意見も出たが、大部分を占める低レベルプレイヤーからは歓迎された。
ケーナみたいな魔法重視型になると、物量で戦略戦に持ち込まれて何度か敗北している。
彼女は「完全無欠なんてないなー」などの考えで飄々としていたが、他はそうは考えなかったようだ。
一時期は限界突破者や高レベルプレイヤーが結託し、1国に集中して所属した。
挙げ句、国ごと無双になった時には公式サイトを含む掲示板が随分荒れたものだ。
そんな経緯と、おそらくは現在の状況がケーナに酒が効く理由だろう。
仮想媒体の時は確率とプログラムの構成で毒が通用するかしないかだっただろう。
アバターが生身となったケーナには、『お酒は20歳から』とか『未成年』とかの精神的な思い込みが色々と【毒耐性】の効果を落としていると思われる。
他にも、マレールに「二日酔いも酒を楽しむ上で通る道の1つ」とか言われて【毒浄化】を禁じられてしまった。
素直に其の言葉に従い二日酔いを享受するケーナの姿がある。
何故素直に言われたことに従うのかというと、マレールが此の世界でのお母さん的ポジションにいるからだ。
(ううむ、私此処に何しに来たんだっけ?そもそも塔を捜すと言ってもなー、守護者の塔と言って通じるのかな?)
早朝か市場へ行って、キリナ草とコルトバードの心臓を2人分買い、宿屋で夫と一緒に朝食を食べながら、夫に聞いてみる。
「ねぇ、守護者の塔って、聞いたことない?シャイニングセイバーの方が、私より此の世界詳しいでしょ」
「まあな、でも、俺も騎士団長になって3年だからな」
「あんた、京太郎さんと同じギルドに入っていたでしょ?確か、あいつの塔が此の近辺だと、思うんだけど?」
「う~ん、分からないな」
「そっかー」
私達は朝食を終えて、私はギルドへ、シャイニングセイバーは騎士団へ向かう。
途中、道で会う幾人かに、「水面を歩いていた嬢ちゃん」とか言われるのは勘弁願いたいところではある。
(わたしゃあアメンボかっちゅーの)
一概に否定できない魔法なので仕方がないだろう。
人口が多ければ多いほど噂の伝達速度が速い。
伝言ゲーム化して、間違った情報となるのもかなり多いが......。
(むしろ街の中で情報を探すよりは、外へでてる人やエーリネさんたちみたいな隊商として彼方此方に行く人が辺境の話に詳しいんじゃないのかなぁ?先に馬車溜まりまで行って聞いてみよう)
ギルド直前で方向転換し、馬車停泊所に向かう。
まだ出発していなかったため、エーリネの隊商は其処にいた。
顔見知りとなった隊商の人々と挨拶を交わしていると、エーリネが直ぐに出て来て開口一番のたまった。
「聞きましたよケーナ殿。大河を割ったそうですね?」
「誰だ此処まで噂流した奴!?」
「冗談ですよ」
遊ばれているのがわかってガックリと膝を突く。
滂沱の涙を流してエーリネににじり寄った。
「ええぇりぃねぇさあぁぁん~」
「分かりました。分かりましたから、機嫌を直してください」
「ぐすっ.......」
恩人にそんな力任せな人物だと思われているのかと考えたら泣きたくなる。
涙を拭いてから改めて向き合う。
「其れでどうしました?護衛に雇われに来たって感じではなさそうですが......」
スキルマスターのところはぼかし、辺境の村(そう言えば彼ら村の名称を聞いてなかった.....)近辺にある〝銀の塔〟を例に出し、似たような建造物の情報はないかと聞いてみる。
「成る程。ケーナ殿の旅の目的は其れを捜すことなのですね?」
「まあ、最終目的は其れでしょうかね。シャイニングセイバーには逢って装備を渡したし、今は他に『此れだ!』と言えるものもありませんから」
「そうですね、北のヘルシュペル国には湖に浮かぶ誰も入ることのできない美しい城があるそうですが.....、其れ以外は特にないですね」
北の国ですか.....」
北にあった国というと、かつて白の国の北東に紫の国ヘルベール。
西に黒の国ライプラスがあって、毎月3国入り雑じっての大激戦地であった。
特に黒の国はケーナと其の悪友が所属していたところなので、スキルマスター同士の大魔法の撃ち合いや戦闘技能での大地の陥没激しい潰し合いの場であった。
其のため周囲の地形が毎回変化するという被害が多かったのを思い出す。
ゲーム世界の大地にまでは影響が出なかったが、今、同じことになったら此の王都等は一瞬で廃墟を通り越してクレーターになるだろう。
流石に限界突破者24人やスキルマスター13人に其処までやりそうな人格破綻者はいなかった(おかしな性格の者はいっぱいいた)と思う......。
其れを考えると自分の力の使いどころが非常に難しいのがよく分かる。
何も考えずに力を振るえば、人など呆気なく死んでしまうからだ。
「ケーナ殿?」
「あ、はい、.......と、すみません」
「昔のことですか?差し支えかければどういった世界だったのか聞きたいところですね」
「あー、まあ戦争ばっかりの殺伐とした世界でしたね」
とにかく其の辺りの情報を見つけたら知らせてくれるとの約束を取り付けて、エーリネと別れた。
今回はサービスだが次に情報を得られたら料金は頂くと言われた。
冒頭から料金の話を持ち出されなかっただけ、彼には優遇されているのだろう。
ケーナは考えながら、当初の目的地である冒険者ギルドへ向かう。
入って依頼書の壁に向かおうとしたらカウンターから受付のお姉さんに声を掛けられた。
「あ、ケーナさん。此方へ来て頂けますか?」
「はい?」
カウンターに向かうと、賞状を小さくしたような形の金縁の紙を1枚渡される。
現地語であったために、解読するのも面倒になり素直に受付のお姉さんに聞くことにした。
「なんですか、此れ?」
「名指しで依頼といいますか、学院から召喚状です。先日のポーションの件でお話があるそうですよ」
「学院って、中洲に立っている彼の学院ですか?」
「はい、彼の王立学院ですよ。期日はないようですけれど、なるべく暇な時にいらして下さい、だそうです」
なんにせよ学院であれば、マイマイに会うチャンスもあるから問題ないだろう。
学校は小学校しか行ったことのないケーナからしてみれば、違う世界の違う学校がちょっと楽しみだったりする。
中洲に渡る時には船着き場にいた人々に「今日は歩いて渡らないのか?」と不思議そうに聞かれた。
別に先日とて話題にされるために使ったわけではないので、「ええ、まあ」と適当に誤魔化しておく。
しつこい輩には努めて聞かなかった振りをし、乗り合いの帆船で中洲へ渡った。
なんか既に船着き場の有名人になってしまったようで、ちょっとショックである。
学院の門番に召喚状を見せると、門番の詰め所にあつた水晶球に何事か話しかけてから門を開けてくれた。
誰か案内人が来るそうなので、暫く待っていて欲しいと言われる。
大人しく待つこと数分、校舎の方から見覚えのある人物がパタパタと走ってきた。
「お、お待たせしました。召喚状で呼ばれて......、ってケーナお姉様」
「や、ロンティ。昨日ぶりだねー。此処の生徒さんだったんだ?」
昨日とは違って、杖もなく緑のローブに身を包んだロンティは息を整えてから頭を下げた。
「昨日はありがとうございました。騎士団の人たちがびっくりしてましたよ、早いって」
「しょーがないデンちゃんだねえ。次も街中で見つけたら問答無用で捕獲していいのかな?」
「あ、はい。お願いします。其れよりも召喚状って、何やったんですか?」
「んー、其れを聞きに来たんだけど、とりあえず案内お願いね」
「はい、先ずは学院長室まで連れて来てと言われましたので。此方です」
ロンティの先導で校舎に入る。
途中幾つか学院について説明をしてくれた。
先ず彼女は実践魔法科に所属していて、授業の一環として冒険者ギルドに登録していること。
他にも回復魔法や浄化魔法を学ぶ神聖科や薬品を調合する錬金科などがあること。
魔法の素質があれば誰でも入学できること(お金は最低限、国が保証してくれるらしい)。
「調合?合成じゃなくて?」
「はい?薬を作る場合は、磨り潰したりして混ぜ合わせるの主流ですよ。もしかしてハイエルフ族では違うんですか?」
「.......ああ、なるほど、プレイヤーだけの技術はNPCから後世に伝わらなかったのね」
「.......はあ?」
此の場合実際の現場を見ないと確かなことは分からないが、かつてのプレイヤーたちが使用していたスキルは今の世では失われているらしい。
だとすると昨日、ロンティの前で【浮遊】を使った時にびっくりしていたのは、詠唱を使わなかったからだろうか。
「ケーナお姉様、此処が学院長室ですよ」
考え込んでいる内に、他とは少し違う立派な扉の前に案内されていた。
ノックをすると「どうぞ」と女性の声がして、ロンティがドアを開けて中に入っていく。
後に続いたケーナは、大きなガラス窓を背にした重厚な机の此方側に腰掛けた、赤いローブのエルフ女性と目が合った。
其れが誰かと判別するより先に、いきなり眼前に迫った柔らかい布地に〝ひしぃっ〟と抱きすくめられた。
「........あーと、マイマイ......ね」
「あーん、お久し振りぃ~、お母様あぁ~~~!」
「ええええええええええええええええええっ!?!」
甘えた声が頭上からするのと同時に、隣からロンティの驚愕が伝わってくる。
(背は高いし、柔らかいし、腰細っ。何で私はこんなに小さいんだろう?)
キャラ作成の時の弊害はいかんともしがたいが、元々の体が骨と皮みたいだったので、仕方がない。
手の届く所にあったマイマイの頬をつねって、無理矢理自分から引き剥がした。
「うううっ、お母様酷いです~。200年振りの再会なのにぃ~」
「学院長が今更、人前でなにやってんのよ......。ほら、ロンティ大丈夫?」
「.......はっ」
目の焦点が何処かに行ってしまったロンティの前で手を振り、彼女を正気に戻す。
幸い魂ごと飛んでは行かなかったようで、直ぐに我に返った。即、詰め寄って来たが。
「あああ、彼の、彼の、ケーナお姉様が学院長の母親なんですかっ!?」
「うん、そう。此れでも200年以上、年を重ねていますから」(大嘘)
「わーい、お母様~~~♪お父様には会われましたか?」
背後からケーナに抱きついて、大きな子供みたいな様相を晒す学院長(犬耳尻尾付き)に唖然として言葉もないロンティ。
流石にどうしていいのか分からずに其のままに、ロンティに御礼をした。
「アルバレストさん。もう授業に戻って良いわよ」
「あ、はあ......。はい、し......失礼......します」
いささか現実と幻想の間に迷い込んだ感じがしないでもない雰囲気のロンティが、一礼をして学院長室を退出して行った。
「ねえ、マイマイ?」
「はい。お母様♪」
「今まで、ほったらかしにしていた私が悪いのだけれど、学生の前では抱きつくのを控えないと、示しがつかないでしょ!」
「は......はい」
「で、マイマイの質問だけれど、以心伝心で連絡してシャイニングセイバーには、此の街の案内をしてもらい、宿屋で武器を2振り渡し、其の夜、イチャイチャしたわ♪私の事は置いといて、私は何のために此処に呼ばれたのかしら?」
「キチンとしたお話があります!」
「マイマイの話の前に、貴女は他の守護者の塔を知らないかな?」
「......え....ええと。守護者の塔というのは、お母様が所有する銀の塔みたいなのですか?」
「そうそう、それそれ。他に同じようなものが世界に12本あるの」
少し思案したマイマイは首を振ると、「聞いたことがありません」と答えた。
「そう、分かったわ。ありがとう」
プレイヤーが沢山存在していた時代を知っているマイマイですら知らないということらしい。
当時サブキャラは倉庫としているだけでなく、ある程度の行動パターンを入れて連れ歩くNPCとして使っていた。
アヒルの雛みたいに後をついて来るサブキャラに、戦闘経験を積ませてレベルアップさせるのが主流である。
其れを利用して3人とも300レベルに上げておいた筈だ。
技能や魔法には最低習得レベルというものがあるからで、バラバラにしておくよりは並べた方が綺麗かもと思ったこだわりである。
当時レベルアップさせる途中で確か誰かの塔に寄り、召喚魔法でモンスターを呼んでもらって其れを倒して経験値にしていた記憶がある。
しかし、其れをマイマイは覚えていないようだ。
此れも情報がなく確証もないので脳内から削除しておく。
後はまあ、スカルゴやカータツにも確認する必要があるということだ。
そんなことをつらつら考えるケーナが連れてこられたのは、何やら授業中な教室だった。
娘は全く躊躇する様子もなく扉を開け、「連れて来たわよ~」と中へ入って行く。
中は幅広い机が幾つか並び、ハーブなどより強い刺激臭が漂っている。
教室では20人程度の生徒が材料を磨り潰したり混ぜ合わせたりしていた。
いきなり入って来たマイマイにはチラリと目線を向けるくらいで、作業からは目を離さない。
娘が声を掛けたのは教卓に立つ随分とヨレヨレな格好をした男性教師だ。
彼は生徒に「作業を続けておけ」と命じると、マイマイを伴ってケーナの待つ廊下へと出て来た。
「おいおい。まさか来たのがこんな嬢ちゃんだとは、マジか?」
「つーか、なんで誰も彼も私を見るなり嬢ちゃんとしか言わないのかと.......」
ボサボサ頭に無精髭の風来坊みたいな男に「こんな嬢ちゃん」と言われて溜め息を吐く。
ちょっとカチンと来たケーナを表情から察したのだろう、マイマイがどーどーと宥める。
「ちょっとロプス。こんなの言わないでよね、私のお母様なのよ♪そして、騎士団団長のシャイニングセイバーがお父様よ♪って、此れは、結婚の時に伝えていたね」
「な......に?お父様のことは、聞いていたが」
唐突に告げられた衝撃の事実に言葉を失う。ロプスと呼ばれた男性教師。
「で、此方ロプス・ハーヴェイ。錬金科の教授で私の旦那なの」
「.........は?」
なんとなく特殊効果で背後に氷原を表したくなったが、なんとか自制心を働かせた。
自分の発言でくねくねしながら、「きゃ、言っちゃった」などと照れて、マイマイはハートと音符を振り撒いていた。
母親と夫は顔を見合わせて盛大な溜め息を吐いた。
「ゴメンナサイ、私達の教育が行き届いてなくて、あんなので苦労しているでしょう?」
「いや......、彼の能天気さに救われたこともあるから、一概にはどうとも言えん。しかし、マイマイからお父様を紹介された時、此れから、騎士団団長をお義父様と呼ぶのだと、気が引き締まっていたが、お母様は、エルフだろうとは思っていたが、まさか、ハイエルフだとは」
再び顔を見合わせて苦笑いを同時に浮かべる2人。
「貴方、良い人ね。末永く彼の娘を頼むわ、ロプスさん」
「嬢ちゃん、ではなかったな.........。ケーナ殿でいいか?流石に義母上とは気恥ずかしく、騎士団団長のことも義父上とは呼べず、今まで通り、騎士団団長殿と、呼ばせてもらっている」
「ちょっ、何を私を差し置いてがっちり握手交わしてるの!?何2人して生温かい目で此方見るのーっ!?」
自分のお陰で夫と母が仲良くなったとは知らず、歯軋りして悔しがるマイマイたった。
よよよと泣き崩れ、廊下に滂沱の涙川を作る学院長をスルーし、2人は本題に入った。
ロプスがマイマイから手渡された赤い液体瓶をケーナに差し出す。
「ポーションくれって依頼だったから出したんだけど、此れはマズいのかな?」
「こんなもんに流通されたら、既存の調合の観点からひっくり返っちまう。表に出すのは自重してくれ」
やはり今の世の中とは作り方から違うようだと確信する。
先程の授業風景を見る限りでは、手持ちのスキルでは彼のような面倒な手順を踏む必要がないからである。
「........マイマイ」
「はい!なんですかお母様?」
呼ばれただけでパアッと笑顔になり、パブロフの犬みたいに駆け寄ってきた娘に呆れ返ったが、疑問点を問いただす。
「貴女には【ポーション作成Ⅰ】とか教えてなかったかな?」
「え?いえ、教わってませんわ」
「彼れ?じゃあ持ってるのはカータツかしら?」
「さあ?ぐて......カータツが作るものでそういったものは見たことがないですよ」
思い違いかなと考えたケーナだったが、母娘の会話を面白そうに聞いていたロプスにつつかれた。
「なあ、ケーナ殿。どうせなら1度其の作り方を見せてもらえないか?」
「は?」
返答を待たずに教室へ戻るとドアを開けたまま「さあ」とケーナを促すロプス。
「いいのかなあ?」とマイマイを振り返ると、問答無用とばかりに教室へ押し込まれた。
「ロプスが良いって言ってるから平気よ」
生徒たちは出たり入ったりしている公認バカップルはまだしも、自分たちと同じくらいの女性が一緒に行動しているのに不審顔だ。
机には調合器具の他、小瓶に入ったお茶みたいな色の液体が人数分置いてある。
どうやら授業のメインは終了したようだが、ロプスは生徒たちに出来上がった物は後で提出するように告げ、教卓へケーナを招く。
「此れから少々デモンストレーションをやってもらうので、お前たち良く見ておけ」
(いやちょっと待てやロプスさん!今、市場に出したらマズい代物だとか言わなかったか?)
ケーナの内心の突っ込みは勿論聞こえていない。
非難を込めたジト目の視線を意に介さず、授業で使った材料を教卓に並べたロプス。
先ずは教卓に引っ張り出した女性を生徒たちに紹介した。
「此方は魔術師のケーナ殿。其処の学院長の母親だ」
唐突にぶっちゃけた真実に其の場の全員が石化した。
一拍遅れて前例と同じく『ええええええーっ』と悲鳴が上がる。
其れをサッパリと無視したロプスは手を振って生徒たちを静かにさせた。
そんな号令で静かになるほど仕込まれてる生徒の反応がケーナには驚きだ。
「ではどうぞ」
「いやちょっと待って、こんな材料私のレシピにはないんだけど........。此れは何?」
「カジュの根にキリナ草の球根だが、足りないか?」
机に並ぶ材料と調合器具に根本的にやり方が違うと判断したケーナは、戸惑う生徒たちを見て開き直った。
アイテムボックスからキリナ草丸々3本と凍ったコルトバードの心臓を抜き出す。
そして、手元にあるものが何かを説明した後に、【ポーション作成Ⅱ】の技能を実行させた。
たちまち教室をどよめきが満たす。
空気中から染み出した青い点がケーナの手前に結集する。
青く回転する羽を描く様に、ケーナの手にあった材料が瞬く間に水球に吸い込まれていく。
水球は色彩を青から赤へ変化させながら結合する。
やがて分離した余計な水分は、赤い掌大の圧縮された球の周りでリングを作り上げる。
青と赤に光り輝くミラーボールみたいな其れは、ひとつの命のような神秘性を放っていた。
幻想的な光景に生徒たちが溜め息を漏らした瞬間「パキィィィン!」と耳につく音を残して球ごと砕け散った。
生徒たちとロプスは驚きの現象の連続で声も出ない。
マイマイだけは「流石お母様」と呟き、1人で喜んでいる。
ケーナの手に残るのはロプスの手にあるものと同じく、赤い液体瓶がひとつだけである。
「以上、ハイポーションの作り方でした」
其れだけ告げて、出来上がった瓶をロプスへ投げる。
危なげなく受け取った後は、両手にあるものを見比べて同じモノだと理解してから手を上げた。
「......ちょっと聞きたいんだが?」
「モノによる」
「瓶は何処から出てかたんだ?」
悲痛なほどの沈黙が降りた。
ケーナの頬を一筋の汗が、つーっと滴り落ちる。
彼らが知る由もないが、此れはゲーム中でも散々物議を醸してきた問題だ。
【技術技能】系統の作成スキルで完成する物は大半がキチンとした容器に収まっている。
内容物を使えば容器は消えるため、特に問題視はされていなかった。
だが、何処の世界にも其の辺りに突っ込むことを仕事にする者はいるのである。
お陰でプレイヤーの中にも容器は別に作る派と、此のままで問題ない派がいて、対立を続けてきた。
運営は此の話に一切関知しなかったため、忘れたころに再燃する一種の討論会と化していたのは言うまでもない。
勿論ケーナはそんなものに一切拘らなかったため、今更聞かれても答えようがないのであった。
「そういうものだから!.......仕様なの!」
言うべきことだけを大にして、早足で教壇を後にする。
「え、あ、ちょっ、お、お母様、何処へ?」
「帰る」
「ええっ!?」
突然機嫌を損ね、一言で状況を切り捨てたケーナを、目を白黒させたマイマイが追う。
まだ幾つか聞きたいことがあったロプスは、義母の焦った態度を理解して小さく噴き出した。
賢人でも想定外のことがあるらしいと分かったためだ。
「まだ会ったばかりなのにぃ~」
「会いたきゃ、此方くればいーでしょーが!」
「そんなぁ~」
廊下の奥へ親子の会話が聞こえなくなるまでロプスの肩は震えっぱなしだった。
翌日、再びギルドへ顔を出したケーナは、再度カウンターからの呼び掛けを受けて、赤毛の受付のお姉さんから召喚状を渡された。
「なんでも今度は学院の教師として迎えたいんだそうよ。凄いわね」
感嘆の思いで彼女は言ったのだろうが、ケーナの脳裏には娘の能天気な笑顔が浮かび上がった。
【特殊技能:以心伝心:娘・マイマイ】
『此方マイマイです。どうかしましたか、お母様』
「彼のね、マイマイ。昨日も言ったけれど、私は守護者の塔を探さないといけないの。忙しいの。わ・か・る・わ・よ・ね・!」
『わ......分かります』
「拠点として、永住する場所は、決まったらまた、【特殊技能:以心伝心】を使って、連絡するから。ね、マイマイは賢いから、待てるよね♪」
『はい、お母様』
宿屋に戻り、借りている部屋に入り、ベッドに腰掛ける。
「はぁ~。なんでウチの子は変なのばっかりなんだろうか?」
慕ってくれるのは嬉しいが、甘えん坊なのもどうかと思う。
長兄が1番問題児なのを母親が知るのは、まだ先の話であった。
父親は、騎士団の一環で、警備と称して、教会に顔を出しているので、問題児な事は知っている。
其の夜。
同宿で仲良くなった竜人族の学生から聞いた話によると。
「今日は学院長室で歓喜の花が咲いたり、悲壮の雨が降った、らしいんですよ」
「へ.....へぇ、そうなんだ」
ケーナが王都にやって来て10日が経過した。
学院に寄った翌日から冒険者ギルドでの活動を開始した、の、ではあるが。
問題は掲示板に貼られている無数の依頼である。
ギルドメンバーがランク制などで分かれていないため、自分の実力に見合った依頼を自分で見極めねばならない。
できるできないで振り分ければ荒事系はケーナの専門分野だろう。
逆に植物採取などは初心者向けに残しておいて欲しいと言われた。
ケーナでもやってやれないことはないが、植物の苦しむ声が聞こえてしまう彼女には辛い選択である。
なので依頼を選別する側の受付のお姉さんに判断を委ねることにした。
「すみませんアルマナさん。お願いしたいことがあるのですけれど」
あらケーナさん、おはようございます。何の御用でしょうか?」
「おはようございます。其れで、私に見繕ってください!」
「はい?」
おそらく受付にいた係員のみならず、其の場にいた冒険者たちも困惑したであろう。
すなわち「お前は何を言っているんだ?」と。
言った後でケーナ自身も何かおかしいと気付き、周りの反応を見て慌てて訂正した。
「あ......ああっ!?すっ.....すみません!依頼書が読めないとか自分の強さが分からないとかじゃなくて、あんまり物を壊さないで済むようなお仕事をですね!」
ケーナのあまりに必死な慌てように受付のお姉さんのアルマナも自然と頬が緩む。
「はい、分かりましたケーナさん。慌てなくて大丈夫ですよ。ご相談には乗りますから」
「はっはい!お願いします!」
ケーナはアルマナの微笑みで、つい従姉妹を思い出してしまった。
事故に遭う前は疎遠だったのに、入院してからは毎日のように顔を合わせて言葉を交わしていた。
実の姉のように感じていたこともあって、自分が亡くなったことで悲しみに暮れていないか心配に綯ってしまう。
此方で出会った人には心配を掛けないように立ち回らないとと、決意をあらわにする。
其の力む姿を見たアルマナに再び笑われてしまい、赤面することに。
カウンターでは長々と話すのが邪魔になってしまうというので、ケーナは小部屋に案内された。
テーブルと3人掛けのソファが2つしかない、こぢんまりといた部屋だ。
指名依頼などがある場合に使われるらしい。
「其れでケーナさんは魔術師ということですから、得意なのは魔法でいいんですよね?」
アルマナは広辞苑のような分厚い冊子をテーブルの上に広げた。
掲示板に貼ってある依頼書はダウンサイズしたもの。
此の冊子が依頼者からの正式な書類ということだ。
「ご自分の1番強い魔法の威力というのは把握していますか?」
「ええと、たぶん......、一軒家なら吹き飛ばせるかと」
「あら」
もちろん真っ赤な嘘である。
考えて無難な答えを述べただけだ。
正直に言ったとしても、笑い飛ばされるか実力疑われるかと思ったからだ。
実際のところ銀翼なしでも、最大威力の魔法を放てば王都の半分は焦土と化すだろう。
其れくらい今の世の人たちとケーナとシャイニングセイバーの2人との間には実力の差がある。
「攻撃魔法以外で何か扱えますか?」
「攻撃魔法、以外、だと.........、ロックゴーレムくらいならなんとか」
なんとなく聞かれると本当のことを言いそうになって、よく考えて答え濁すという方程式になりつつある。
此方もゴーレム1体作り出せば、其処ら辺にいる(シャイニングセイバー)騎士より遥かに強いブツが出来上がるのだ。
強さを偽るのも神経を使うことを今更ながら実感したケーナである。
「其れでしたら、そうですね........。此れなどはいかがでしょう?」
アルマナがケーナの前に提示した依頼書には『染料の捕獲』と書かれていた。
実に意味不明な文章である。
ケーナの脳内にはチューブからひねり出された絵の具を、網を持って追い掛け回す冒険者たちの姿がよぎった。
不思議そうな顔で首を傾げるケーナに、アルマナから補足説明が入る。
要は特殊な染料の材料となる魔物の捕獲である。
「其れなら分かりやすく書いとけーっ!」と言いたくなるが、心に押し留めた。
此方ではそう表現するのが一般的であると思ったからだ。
常時依頼を受けている冒険者には其れで通じているのだろう、とも。
其れから其の特殊な染料を扱う商会までの道のりを教えてもらい、掲示板から剥がした依頼書を片手に其処を訪ねてみることにした。
商会は染め物を専門にしているという小さな建物だった。
此処は事務所でしかなく、専用の工場は川岸にあると教えてくれたのは、此処の商会長だという小太りのオジサンである。
以前なら商会の依頼を専門に受けてくれる冒険者のチームがいたらしい。
しかし其のチームは仕事中の怪我が元で解散してしまった。
其れで此処しばらく、染料の入手に困っていたとのこと。
チームでもない、たった1人の小娘から「依頼を受けに来ました」と言われても訝しげな顔であった。
此処は、シャイニングセイバーの名前を使わせてもらうかな♪
「あ......彼の、シャイニングセイバーの妻なんですけれど、其れでも、私が依頼を受けることを不審にお思いですか?」
「!?.......、あんたが本当に騎士団団長の嫁さんなら、此処に呼んでみな!」
「分かりました。【特殊技能:シャイニングセイバー】」
『もしもし、ケーナか?どうしたんだ?』
「もしもし、私、ケーナ。彼のね。今、冒険者の依頼で商会に来ているのだけれど、私1人が受けるって言ったら、不審がられたから、貴方の名前を出したら、此処に呼べって言うのよ!」
『分かった。今から巡回の時間だから、其の商会にも寄るから、待っていてくれ♪』
「了解♪」
~~~10分後・商会の応接室~~~
「来てくれてありがとう♪」
「此れくらい、どうってことはない♪で、此方がお前を不審がっていた商会の事務員か?」
「そうなのよ」
「し.....シャイニングセイバー様のお嫁さんだとは露知らず、申し訳ございません」
「どうするケーナ。依頼を受けて来たのに、不審がられるくらいなら、騎士団にでも入るか?」
「其れでも、良いんだけれど、スキルマスターの塔を探さないといけないの。私の塔を抜くと11本あるの」
商会の事務員さんは、あわあわしているが、お構い無くシャイニングセイバーと話を続ける。
「スキルマスターの塔か。........あっ!」
「どうしたの、シャイニングセイバー」
「銀月の騎馬のギルドマスターの京太郎さん塔が確か、此の街にあったはず」
「其の塔って、どんなの♪」
「どんなのだったかな?う~ん........あっ、確か、闘牛士と闘牛が闘う円形の闘技場だったかな!」
「ん?円形の闘技場って、テレビで見たことのあるローマの円形闘技場かな?」
「其れに、似ている」
「ありがとう、シャイニングセイバー♪なので、私じゃあダメみたいなので、帰りますね」
と、私とシャイニングセイバーが、席を立ち、応接室を出ようとすると。
「お......お待ち下さい。ケーナ様。シャイニングセイバー様。お願いします。会長をお呼び致しますので、少々お待ち下さい」
暫くして、商会長がやってきて、「何卒宜しくお願い致します」と、私たち2人に深々と頭を下げたのだ。
依頼者側のあまりに切羽詰まった表情に、ケーナとシャイニングセイバーも「大丈夫かな?」と心配になってしまう。
「じゃあ、俺はもういいな。巡回が残っているので」
「ありがとう。シャイニングセイバー♪」
「有り難う御座います!」
もう1度、商会長は深々とシャイニングセイバーに頭を下げた。
「ケーナ様。騎士団団長のお嫁さんだったのですね♪」
「ええ」
「では、依頼内容を」
其の染料の材料となる魔物が現れるのは、王都より上流の川原であるという。
商会長自ら道案内を買って出てくれた。
一般人は街壁に囲まれた地を出ることさえ危険だと言われる世界であるが、其れより危険な存在に護衛されているとは誰も思わないだろう。
風で起きる葉擦れの音や川で魚か跳ねる音にびくつきながら商会長が案内してくれた先に、其れはいた。
一見すると、湿地を好み虫を捕らえて溶かしてから養分にするというモウセンゴケによく似ていた。
全高5メートルのモウセンゴケなどは地球にないだろうが。
粘着質の液体で虫を捕らえる器官は、怪獣王と植物を融合させた異形の触手のような口になっている。
其れが長い茎をくねらせて近くを通るものを何でも捕獲しているようだ。
現にケーナたちが見ている前で、近くを悠然と通り掛かったライガヤンマがあっさりと捕まった。
複数の茎から伸びる口でバラバラにして噛み砕いていく。
たしかに此れは魔物というべきものだろう。
「......で、普段は何のように採取しているんですか?」
「ああ、はい。そうですね。冒険者の方々はいつも葉を1枚か2枚納品してくれてましたね」
どうやらいつもの冒険者たちは、口の注意を何かで逸らして葉っぱだけを切り落としていたようだ。
ケーナは周囲を見渡してみたが、周辺に同じ魔物の存在は確認できなかった。
「そうなんですか。其れじゃあ、此の魔物って此処にいる1匹だけですか?」
「いえ、こういった川岸にはよく生息してるはずです」
「分かりました。でしたら根こそぎでも大丈夫なようですね」
「......はい?」
ケーナは間抜けな顔で絶句する商会長を下がらせて、川原の小石を1つ拾う。
手の中で握り込み小石に魔力を集中して魔法を発動させた。
【魔法技能:load:石人形作成Lv.1】
放り投げられた小石が空中で停止すると、周辺の川原の石が盛り上がり小石を飲み込んで小山のような形へと変わる。
石の集合体がウネウネと躍動を始め、徐々に形を人の姿へ似せていく。
腕が突き出て、下半身が2本の足に分かれてちょこっと盛り上がる程度の頭が形成された。
頭部に2つの目と思われるくぼみがあるが、片方から赤い光を輝かせて此の世に仮初めの生を受けたロックゴーレムは産声を上げる。
「モ〝っ!!」
「しゃべったぁっ!?」
商会長がロックゴーレムを見上げて驚いていた。
どうやら普通のロックゴーレムは一言も喋らないらしい。
此の辺りはリアデイルのゲームで見慣れたケーナにとって、新鮮な反応だ。
仁王立ちしてカッコイイポーズで叫ぶゴーレムというのも異様だろう。たぶん。
作成レベルは最低限としたが、其れでも100レベル超えとなった。
身長はモウセンゴケモドキの半分ほどしかないとはいえ、明らかに性能がオーバーキルだ。
其れがノッシノッシと歩いて行き、噛み付いてきたり巻き付いてきたりする触手をものともせず、がっぷりと茎の根元に組み付く。
ギュピーンと目が赤く凶悪な輝きを迸らせれば、モウセンゴケモドキは川原からずるりと引き抜かれた。
「こんなんでよろしい、です、.......か?」
ケーナが自信満々に報告しようと振り返ると、商会長は目を見開いて固まっていた。
人間は自分の想定を超える事態に直面するとフリーズしてしまうものらしい。
ぺしぺしと頬を叩いて正気に戻らせ、「此のような形でいいですか?」と再度聞けば、強張った表情でコクコクと頷く商会長である。
ケーナは其のままロックゴーレムに担がせて運んでいくことにした。
だが2メートルを超える石の異形が草の化け物を担いでいれば、門を通れずに怪しい人物と認識され兵士に囲まれてしまうだろう。
其のことを商会長に指摘されたケーナは、ロックゴーレムを解除して石に戻す。
モウセンゴケモドキをアイテムボックスに入れようとも考えたが、こういったものは、あまり見せるべきではないと考えて魔法で縮小した。
そして何食わぬ顔で門を通過し、専用の工場まで運んでから縮小を解除する。
商会長から材料の魔物採って来たと聞かされた従業員たちは、此れで仕事が再開できると喜んだ。
ケーナが袋から出したたんぽぽみたいな材料を見て「これっぽっちか」と落胆していたが、其れが次の瞬間草のヒドラみたいな大きさになれば、我先に逃げ出したり卒倒しとりという有り様である。
「此れで仕事も再開できるだろう。ありがとう!ケーナ様。シャイニングセイバー様」
「いえいえ、自分はお仕事をやり遂げただけですから」
「俺は、ケーナが無茶をしないか、見ていただけだからな!いつも通りで安心した」
「は.......ははは」
商会長の乾いた笑いの後、生き生きとした職人顔にお礼を言われて依頼書にサインを貰ったケーナは、物陰から此方をオドオドと窺う従業員たちに手を振って最初の仕事を終えてのである。
其の帰り道。
「じゃあ、俺は、街の巡回があるから、ケーナも気を付けて♪」
「シャイニングセイバーも、巡回頑張ってね♪」
次にギルドの前で待ち伏せていたアガイドに直接依頼された珍注文。
「実はワシは此の国の宰相での」
「へー、ふーん」
「ものすっごい興味ないくらいに流しおったの......」
「そんな体育会系の宰相が何処の世界にいますか。隠居した水戸の爺じゃあるまいしー」
「タイイクカイケイ?ミトノジジイ?お主、時々妙な言葉を使うのう」
「其れでご注文は?」
なんでも再開発地域をなんとかしたいが、予算がないとかでどうにもできず困っているそう。
放っておくとデンちゃんみたいなのが溜まったりして、治安にも影響するというので、「なんとかならないか?」と相談された。
「聞いたぞ。お主、騎士団団長シャイニングセイバーの妻で王立学院の学院長とスカルゴ大司祭の母親だそうじゃな。オマケに学院で古代の御技を使ったと聞く。他にも色々と報告が来ておるぞ」
「特には突っ込まないけれど、政治材料にするってんなら全力で抵抗させてもらうわよ」
「其れについては大司祭から猛反発を喰らっとる最中でのう。よく出来た息子じゃのう」
「彼の子にはまだ会ってないからなあ........」
兎にも角にも依頼を受けてどうしようかと考えた。
最初は更地にしてハイエルフ固有のスキルで森林化させてしまおうかと思った。
しかし発動準備状態にしたところで、範囲が再開発区域を遥かに超えた広範囲だったので取りやめた。
最終的に記憶の奥底から掘り起こした。入院している時にテレビで見た「村おこしで城を建てた」というニュースを参考にすることに。
廃屋を全部分解して出来た材木を材料に【技術技能:建築:城】を実行する。
ほぼ一瞬に近い時間で、更地になった再開発区域に高さ8メートル程度の日本式の城が建った。
遊び場を失った子供たちにはちょっと悪いことをしたとは思っているが、区画整理で古いものが淘汰されるのは世の常だ。
仕方がないと諦めてもらうしかない。
其れに此処がなくなれば、兵士の皆さんがデンちゃんを捕獲するのも落札になるだろうという考えもあった。
実のところ、城は2度作るハメになった。
1度目の際に『観光名所みたいにするのなら内部空洞でもいいよね』と、気軽な思いで考えなしに支柱を取っ払ったら倒壊してしまったのだ。
其の時にまともな廃材を尽くダメにしてしまうミスを起こしている。
現在立っているのは材料の関係上、初期に作成した時より1回り小さくなってしまっていた。
翌日、見回りの兵士が城を発見し、王都がひっくり返る程の大騒ぎになった。
騎士や文官が派遣された調査の結果、危険性はないと判断されたようである。
其の頃には野次馬や屋台が集まり、謎建物まんじゅうやら謎建物焼きやら、謎建物ミニチュアやらで何処のエセ観光名所かという騒動に発展していた。
其の後も連日大賑わいとなっているのは全くの余談である。
当の依頼人は愉快痛快と大喜びで、ケーナに報酬として20銀貨を支払った。
其の他にも屋根の修理で垂直の壁に立ち、見物人が集まって道路が通れなくなる騒ぎを起こして兵士に怒られたり。
船が転覆して川底にバラ撒かれた荷物を回収してくれという指名依頼が来たりした。
どうやら水面に立っていたところを見ていた人かららしい。
解決方法といては転覆現場の水面に立ち、水精霊を水中に召喚して水底にある荷物を片っ端から水面に上げてもらった。
だが召喚主であるケーナも其の荷物という定義が曖昧であったため、水底に沈んでいたものを全て陸に上げる結果となった。
其れも何時沈んだのか分からないものまでもだ。
最近、沈んだものであれば箱の状態からなんとか判明するが、中には外側も内部も腐ってなんだか分からなくなっていたもの、元は頑丈な鉄の箱であったと思われる錆びてボロボロになった残骸、中には鎖でがんじがらめにされた石を抱いた白骨死体まであった。
当然兵士やら騎士やらが呼ばれ、事情聴取と称して連れて行かれそうになったが、呼ばれた騎士の中に夫である騎士団団長がいたが、アガイドから貰ったボタンを見せた。
「お前たち。俺の妻に何をしているんだ!後、アガイドと知り合いなのか、ケーナ?」
「だ.......団長」
「アガイドさんから、此の街で依頼を受けた時に、仲良くなったの」
「お前たちの仕事は、此の引き上げられた白骨死体の調査であろう」
「し.....失礼しました。団長のお嫁さんとは知らず、申し訳ございません。調査に向かいます」
「すまない、ケーナ。俺も団長として、調査に行かないといけないから、落ち着いたら」
と、シャイニングセイバーと別れ、水底の引き上げ作業は終わった。
数日もすれば厳つい冒険者たちにも『実力は計り知れないが、世間知らずで抜けている嬢ちゃん』などと認識された。
時々助言を貰ったり、雑談に交ぜてもらったりと積極的に交流を図っている。
勿論、嫌みややっかみを奴は何処にでもいるが、其の辺りは努めて気にしない方向でいた。
時折興味深い情報が交じっていたり、美味しい屋台の場所を聞けたりするので、暇な時は大抵ギルドに足を運ぶようにしている。(ま、シャイニングセイバーがいるから、情報はあるけど)
そんなある日のこと。
「彼れ?」
「おう、どうした嬢ちゃん?」
依頼板を見ていて首を傾げると顔馴染みの冒険者たちに声を掛けられた。
そうして下の方に貼ってあった依頼書を指差して聞いてみる。
「此れって此の前、誰か受けてませんでした?」
ケーナが指した紙を、声を掛けた大柄な男性が仲間を呼んでから揃って覗き込む。
他にも暇そうな冒険者たちに声を掛けたりして情報が飛び交う。
此の空気がケーナは好きになっていた。
普段はバラバラだが、聞けば阿吽の呼吸で会話の弾むギルドの空気は心地よいものである。
「ああ、此れか。結局、失敗して違約金を払ったって話だぜ」
「見掛けねえ4人組だったんで、外から来た奴らだと思ったがな」
「金額だけで選ぶから痛い目を見たんだろうさ」
依頼書には『幽霊をなんとかして下さい・闘技場運営委員会・銀貨8枚』とある。
「うーん」
なんとなく面白そうだと判断したケーナは其れを手にとった。
「おー、嬢ちゃん受ける気か」
「ほう、幽霊に会ったらよろしく言っといてくれ」
「ま、気を付けていけ」
「うん、ありがとう」
依頼書を持って、「アルマナさーん!」と受付に声を掛けるのを、厳つい男たちは微笑ましく見送った。
翌日ケーナは闘技場を訪れた。
此れが街の中にはなく、何処に立っているのかというと丘の上に立つ王城の更に其の向こう側にあった。
1度大河を渡り(川から直接街の内外に出入りするのは禁止されているため)、貴族街の東の外壁門にいた衛兵に依頼書を見せて外へ。
其処から丘を迂回してテクテク歩くこと20分程度で闘技場に到着した。
ギルドで聞いた話によると、1年に1度、闘技祭とかいう勝ち抜き戦が開かれる所だそうだ。
大陸中から猛者が集まるため、其の時期だけ警備の依頼が増えたりするらしい。
他にも騎士団の模擬戦に使われたり、学院の試験場所になったり、サーカスが来たりすると聞いている。
ゲームで彼らば闘技祭と聞いてケーナも心踊らせただろうが、現実となった今では人同士で戦うのはあまり見たいとは思わない。
入り口の衛兵に依頼書を見せると、実に頼りなさそうな顔をされた。
まあ4人組やら5人組が失敗した依頼に、小娘が1人で来れば誰もが同じ反応をするだろえ。
中にいた責任者だという、細面のマクスという青年も似たような反応だったが、藁をも掴む気持ちだったのだろう。
「なんとかして下さい。よろしくお願い致します」と真摯に頭を下げられた。
問題の幽霊だが、10日くらい前から通路や舞台に不意に現れたりするらしい。
無言で後をずっとついて来たりして、気味が悪いと感じた関係者が辞めたり、無断欠勤したりと仕事に支障が出ているのだとか。
出て来る幽霊も呼ばれた老人のような姿だったり、子供のような姿だったりと統一感が全くないらしい。
ただ何の姿も薄ぼんやりといていて、其れが皆の恐怖を誘うのだという。
そんな情報を1通り貰ったケーナは、2~3日泊まり込む許可を貰って幽霊に備えることにした。
先ずは構造を把握するのに闘技場内をぐるぐると歩いてみる。
見た目はテレビで見たことのあるローマの円形闘技場に酷似している。
彼れを完全に白い大理石で修復した感じの建造物だ。
話によると王都が出来る前から此処にあるそうで、誰が建てたのか一切不明だという。
『ヨクソレダケノ怪シイ施設ヲソノママ使オウトシマスネ?』
「なんか其れだけで嫌な予感がするなー」
キーの疑問に同意するケーナ。
今回は対アンテッド(?)ということで、いつもの装備に赤い宝玉(火炎の玉)が柄にハメ込まれた長剣を腰に携えている。
火炎の玉には炎凰が宿っている。
場合によっては剣から炎の鳥が現れ、敵と戦うことが可能だ。
後は索敵関連の【能動技能】を全部立ち上げてゆっくりと通路を進む。
闘技場を運営管理する人たちは怖がって此処には入らないらしいので、中にいるのはケーナだけだ。
今回はこんな広い施設を1人で監視するのは無理なので、【召喚魔法】で手下を次々と呼んで各所に配置していく。
召喚されたモノとケーナは意識の奥底で繋がっているので、弱くても監視カメラの役割を果たしてくれればいい。
切り替えれば脳裏に9分割された画面が表示される感覚だ。
無論常時監視している必要はない。
侵入者なのか職員なのか幽霊なのかは召喚したモノたちが判断してくれるからだ。
昼になる前にあらかた回り終えたケーナはアイテムボックスから食材を取り出し、闘技場の中央で火をおこして調理をし始めた。
燃やすのは例の城を作った時に使用に耐えられなかった廃材だ。
食材は市場で買い求めたコルトバードとか、人参と大根わ足して割ったような根菜とかである。
なんでこんな所で焼いているかというと餌のためで、稚拙な隠遁後を付けてきた者がいたからに他ならない(見つけたのはキーだけど)。
幾つかの罠も仕掛けたし、ほっとけば捕まるだろうと考えていた。
そもそもケーナの場合料理をするのに火をおこす必要はない。
【料理技能】を使えば良いだけである。
程なくして「きゃあああああっ!」という悲鳴が遠くから轟く。
闘技場の選手夕方入場口から馬くらいの大きさの三頭犬が、背に侵入者を乗せて尻尾をパタパタ振りながらやって来た。
ちなみに中央頭にしがみついている侵入者は、みすぼらし服を着て変装をしたデンちゃんだった。
「ちょっと、貴女。此の犬はなんですの?」
「ただの召喚魔法だけど?」
「召喚魔法って、術者の魔力によって、下級の魔物から上級、そして、神級。神クラスの魔物ですわよね?」
「そうだよ♪よく勉強をしているじゃない」
「もしかして、貴女........神?」
「いや、私は、神ではなく、ハイエルフだよ」
ケルベロスの背から下ろされたデンちゃんは、目をキラキラさせて、私を見つめていた。
其の、デンちゃんから「ぐうぅ~~」とお腹が鳴り、顔を赤らめていた。
今焼けたばかりの鳥の足を1本差し出すと、「フォークとナイフは?」と首を傾げ、どうしたものかと私の顔を見てくるので、私が見本を見せる。
すると、デンちゃんは「まぁ?」と言った顔をしながらも、私の真似をしてかぶりつく。
食べ終われば尋問タイムだ。何で此処にいるのかと聞いたら「お姉さまをお見かけしたから」と答えが返ってきた。
流石に此処の衛兵さんに持ち場を離れさせるわけにもいかない。
本来なら即通報モノなのだが、闘技場を管理する関係者は幽霊を恐れて入ってこないであろう。
仕方がなく仕事が終わるまでは預かることにした。
わんこーズにデンちゃんを守れと命令しようとしたら、本人がとうしてもついてくると言う。
幽霊は人に直接的な危害を加えないようだが、其れも憶測でしかなく。
どんな危険が待っているのか皆目見当がつかない。
デンちゃんには安全なところにいてもらいたいが、1番安全なところと言えばケーナの周辺である。
面倒臭いけれど死地に追いやりたいわけでもないので、ケーナはデンちゃんを連れていくことにした。
恐れを知らない度胸には好感が持てるけれど、其れが無謀から出たのか勇気から出たのかは不明であるが、自分が女性であることをわかっているのだろうか?
ただでさえ今現在のコロッセウムの内部には彼女が召喚した色々な召喚獣が跳梁跋扈している。
ケーナの意志に反した行動はしないが、其れでも各個が独自の意志を持っているのも確かだ。
何奴も此奴も戦闘力のない一般人程度をぷちっと潰すのに手間も要らない召喚獣ばかりである。
「其れにしても何ですの此の魔獣は......」
デンちゃんを優先するように命令を受け、2人の後ろを『へっへっへっ』と三重奏で追従して来るわんこーズ。
黒い体躯に赤く爛々と輝く三対の瞳。
生温かいを通り越して時折熱い息。
後ろを振り向く度に、鋭い牙がゾロリと並んでいるのが見えるので、ビクビクしているデンちゃんに苦笑する。
1系統という分類からすると、召喚魔法がおそらくはリアデイルの魔法の中で1番種類が豊富であろう。
【召喚魔法:獣】をひとつ覚えれば、単独で打ち勝った獣系のモンスターを片っ端から登録できる。
唯一の制限としては、モンスターは1種類につき、最初に倒した個体しか呼び出せない所だろう。
ケルベロスは魔界エリアで捕獲した時点で480レベルであった。
此れに関しては1通り試してあるが、ゲーム中では『攻撃しろor戻れ』しか命令できなかったのが、かなり細かい命令まで聞くようになっているので、実に便利だと実感している。
他にも【召喚魔法:竜】があるが、此れはスキルを取得した時に出現する竜を、国と同じ色の7種類。
1~9の強度レベルから選んで喚べる。
コレクター魂を持つ者はわざわざスキルマスターの所に通い詰め、全9種類を呼び出せるようにした人がいるらしい。
趣味人には呆れるばかりである。
竜や精霊等は召喚する時の強度レベル×術者レベル×10パーセントが召喚された対象のレベルとなる。
ケーナの場合は最低が110レベル、最大が990レベルだ。
一方、デンちゃんならぬ此の国の第2王女は.......。
此の王都に来て日が浅いのになにかと宰相や大司祭の口に上るケーナという冒険者を、品定めをしているかのような、目を向けてくる。
兵士を撒くことに関しては他追随を許さない。
と、思っていたら水面を歩くという非常識な手段であっさりと捕まった。
其の悔しさといったら、夢で其の場面が延々リピートされるくらいである。
せめて自分だけでも化けの皮を剥がしてやろうと思い、彼女の跡をつけたり、素性を調べたりしてみたのだが、調べれば調べるほど分からない。
先ずハイエルフであるところ。
エルフの中でも至高の王族とか言われている純粋な一族が、なんで此のような所で冒険者などをやっているのかが意味不明だ。
噂ではハイエルフは強力な単発魔法を放つだけの後衛と言われているが、デンちゃんの見た其れは水面を歩いたり壁を歩いたりと技巧派である。
次に彼のような女性でも旦那いて、3人の子持ちらしい。
騎士団団長が旦那で、大司祭と学院の学院長、港湾工房の名工ドワーフが彼女と旦那の子供だとか(どういう家族ですのよ)。
其れだけ聞くと国の重要ポストの半分が身内の手に落ちていることになる。
更に冒険者ギルドで聞き込みをした結果、見た目に拘わらず手練れの戦士らしい。
剣で秘密兵器をぶっ飛ばされた身としては、其処は納得した。
あとは自分の王族とかを差し置いた友人であるロンティが、異様に尊敬しているところが羨ましく。
そんな私的な理由で街中で見かけた彼女の跡をつけて来た。
しかし闘技場に忍び込んでお腹が空いたと思ったら、いい香りに釣られたのは確かである。
まさかふらふらと誘い出された先に、巨大な3つ首犬が息を潜めているとは誰も思わないだろう。
方向転換して逃げ出そうと振り向けば、背後に佇んでいたのが馬車程の巨大なザリガニだ。
そして彼女とご対面することになったのだ。
文句のひとつも言ってやろうと思っていたが、鶏肉ひとつに満足してしまい、其の機会を逃した。
自分のちょろいところが1番悔しいと感じているデンちゃんだった。
ゴァウゥ。
わうぅ。
背後で何か恐ろしい重圧感と共に、3つ首犬と何かが言葉を交わす気配が伝わってくる。
黒い体躯をした3つ首犬の向こう側にソレはいた。
更に巨大な、天井まで届くかという燃えるような赤い鱗の巨驅。
今回は対アンデッドの対策用に火系モンスターを何匹か呼び出してあった。
一応ケーナがゲーム中で遭遇したことのある最大レベルのアンデッド、デュラハンが800レベルオーバーだったので、予備兵力にドラゴンを770レベル(最大990で呼び出そうとしたら他の召喚獣との兼ね合いから無理とキーに進言された)で出現させたのがまずかったらしい。
様子を見る限りは【威圧】(敵の回避を大幅に下げる)か【気圧】(戦闘意欲を削ぐ)、【魔眼】(気絶効果)にやられたのだろう。
流石に顔面蒼白でうなされているデンちゃんを放っておくこともできない。
【技術技能】で以前に手に入れた木を板に加工し、車輪を付けるとわんこーズに引っ張らせて野営場所まで送らせる。
結局、うろうろしているうちに夜になってしまったので、闘技場の中央で夜を明かすことにした。
其れは其れとして此のデンちゃんは此処にいていいのだろうか?と疑問はつきない。
今まさに誘拐にあったとかで王宮が大騒ぎになっていなきゃいいなと思うケーナだった。
此処にいるのが見付かれば、確実にケーナが誘拐犯の疑いを掛けられることだろう。
が、旦那が騎士団団長をしているので、誤解は解けるだろう。
「しかし、アンデッドの仕業とも思えないんだけれど.......」
一応最大レベルの【召喚魔法:屍せる人形】も唱えてみたが反応がなかったため、相手がアンデッドではないと確信されただけだった。
此の魔法はリアデイルのゲーム内でも、禁忌に指定されているわけではないが極端に毛嫌いされている魔法だ。
街以外のフィールドには何処も隠しパラメーターとして、不浄度というものが設定されている。
此の数値の高低が夜間のアンデッドの発生率を示す。
此の数値が5パーセントでもあれば、アンデッドを召喚することは可能だ。
しかし、ココにはソレがない。つまりは此の闘技場には不浄なるものは存在しないことになる。
召喚したモノたちの継続存在時間は最大6時間。
何があるか分からないので三頭犬だけは再度召喚し、残りは時間が過ぎたので自然に消えてしまっている。
【捜索】から【探索】なども虱潰しに行使してみたが何も見つからない。隠し扉の1つもなし。
いかなスキルマスターと言えど此処まで切り込む痕跡がないと、何処からどうすればいいのか完全にお手上げ状態だ。いっそのこと穴でも掘って地下空洞でも探してみるかと道具を探しにアイテムボックスを開くと、普段は使わないから仕舞ってある守護者の指輪が点滅していた。
慌てて引っ張り出してみると仄かに蒼く瞬いている。
「.......って、まさか、此処がそうなの!?」
思い当たったら即行動。
三頭犬にデンちゃんを頼むと、指輪を掲げてキーワードを唱える。
【乱世を守護する者よ!堕落した世界を混沌より救済せしめ給え!】
瞬間、足元から噴水の如く、十字に光り輝く無数の星が現れてケーナを取り囲み、霧散して彼女もろとも瞬き消えた。
強い光のお陰か気絶していたお姫様が目を覚ました時には、其処は焚き火とケルベロスが大人しく鎮座しているだけだった。
強い光に囲まれたケーナの視界に光が戻ると、周囲の風景は一変していた。
其処は直径50メートルの完全な半円ドーム。
足元には緑のラインでグリッドのように区切られた無機質な床。
頭上は青い空に雲を備えた映像。
其の中空をデフォルメされたヌイグルミのような太陽がふよふよと移動している。
しいて言うならば、昔の天動説のミニチュアセットのようだ。
部屋の中央には腰までしかない大理石の柱みたいな、ホームセンターで売っている白い彫刻状の植木鉢。
敷き詰められた土には半分ほど枯れ掛けて、茶色い葉を晒す小さな椛が辛うじて命を繋いでいるようだ。
此れが守護者の中核かとアタリをつけたケーナは、自身の半分ほどのMPを其れに注ぎ込む。
みるみるうちに枯れた葉が瑞々しさを取り戻すと、中核を挟んだ対面に煙が噴出して凝り固まると白い人型が姿を現した。
右手を腹に添えて腰を折った白い人型は、煙を固定できない感じの姿をゆらゆらと淀ませながら言葉を紡ぐ。
『ようこそいらっしゃいマした。此処はスキルマスターNo.9、京太郎様の管理すル守護者の塔です。お客様のお名前を伺ってモ宜しいデしょうか?』
「スキルマスターNo.3、ケーナよ。貴方のマスターはどうしたの?」
『此れはケーナ様、失礼致しマした。我が主は不在デございまス。いいえ、2度と此の地に戻ることはないでしョう』
「なんですってっ!?どういうことなの其れは!」
スキルマスターNo.9、京太郎はケーナと同様の限界突破者で竜人族であった。
ケーナの所属していたギルドとは別で、自ら立ち上げたギルド、名は確か、銀月の騎馬のマスターを務めていた男だ。
旦那が其処のサブリーダーをしていた。
主に近接戦闘の完全前衛型でケーナの戦闘スタイルとはほぼ対極に位置する。
其の彼は塔が活動を止めるに至ったある日「最後だから」と此処にやって来たらしい。
そして「もうすぐ僕たちの夢も終わりが来る。今までありがとう、楽しかった。最後にスキルマスターが12人でしか集まれなかったのは寂しいことかもしれないけど、また別の舞台で出会えるかもしれない」
とだけ言って此処を去ったそうだ。
其の後は塔ごとスリープモードにあったが、斉木近くで守護者の塔の指輪の反応(ケーナのことである)があったのでメッセージだけでも伝えようと思ったらしい。
しかしMPが枯渇状態だったので、上の施設である闘技場で幽霊騒ぎを起こすのがやっとだったとか。
ケーナの方は京太郎の最後の言葉に大体の事情を察した。
『スキルマスターが12人でしか集まれなかった』=各務 桂菜の死後。
『僕たちの夢も終わりが来る』=リアデイルの終了。
つまり、今いる此の世界は、〝リアデイルの未来〟じゃなくて〝プレイヤーの撤退したリアデイルの未来〟であって、何処をどう探してもケーナのような長命種のプレイヤーは見つからないわけである。
が、シャイニングセイバーには会えたから、他の人にも会えるでしょ♪
其の目の前に白い手に乗せられた守護者の指輪が差し出された。
ケーナのとは色が違う空の蒼さを持つ。
深く深く何時までも飽きずに見ていたくなる空の蒼さ。
『ケーナ様、私のマスターはもういませんガ。貴女を我が守護者の塔ノマスターと認識しマス。此れを』
唖然と其れを見るケーナの手を取って、指輪を握らせる。
そして1歩下がって膝を折り、頭を下げた。
『マイマスター。どうぞ御命令を』
「んー、此れと言ってお願いすることはないなあ。とりあえず上の闘技場を誰かが使っていても使わせてあげてね?」
『はイ、了解しマした。此の辺りにはソレ程人が住んでいなかったように思えルのですが?』
「あー、アレから200年程経っていてねー。此の直ぐ向こう側に新国の王城が出来ているのよ」
『成る程、分かりマした。とこロで、上の闘技場で子供がひとり騒いでイルようですが?』
「そう言えば置きっぱなしだったのを忘れていた。気が付いたのか........」
あまりのショックにすっかり意識外に追いやられていた、いや存在ごと忘れていた。
色々と生意気で小憎たらしいが、子供のうちから言いたいことも言えないような、押さえつけるみたいな教育をする気はないし。
なんにせよ他人の子供だ。教育に関しては其れ相応の教育係がいるのだろう。
此方の依頼は大体終了したし、後で衛兵にでも突き出そうと意識を切り替える。とりあえず話をしているうちにある程度回復したMPの残りを核に注ぎ込むと、お暇することにした。
「そろそろ戻るわ。また今度にでも補給には来るから」
『分かりマシた、御送り致しましょウ。お気をつけて』
視界が瞬時に切り替わる。
ケーナの出現場所は闘技場のフチの部分、観客席の1番高い場所のようである。闘技場の舞台となる所を見下ろすと、思わず首を傾げてしまう程の妙な光景が広がっていた。
先ずはデンちゃん、此れはまだいい。
わんこーズの背後で焦った表情でおろおろしている。
次に三頭犬。デンちゃんを背後に庇い、3つ首の牙を剥き出しにして唸る唸る唸る。
そして三重奏で吠える。命令を見事に遵守する忠犬っぷり。
最後に抜剣した白い鎧姿の騎士が3人。
わんこーズを取り囲み、其の卓越した剣捌きを障害に対して繰り出しているが、悲しいかな掠り傷1つ付けられないでいる。
「なによ此れ?」
ケーナは観客席を下ってから其の下の舞台へと軽やかに飛び下りる。
土を踏む音に気付いたデンちゃんが大慌てで駆け寄ってきた。
「お姉さま!彼れをなんとかしてくださいっ!」
「いやいや、一体全体何がどうしてこうなったのか?」
「私を迎えに父上の騎士が来たんですの。でもお姉さまのペットが其れを邪魔しましたの。そして、彼の方たちが私に近づけないのですわ」
なるほど。此の世界にも隠密とか其れに似たような者はいるらしい。
アガイドが堂々と「ケーナ殿にも1人付けさせてもらっているぞ。騎士団団長の嫁さんみたいだからな♪」とか申告してきたので、其れから此処に至ったのだろう。
でもケーナが『デンちゃんを守れ』と命令したために連れて行くことはできなかったと。
「三頭犬!もういいわ、止めなさい!」
其れを聞くや否や、わんこーズは戦闘態勢を解除してケーナな走り寄ってきた。
体を摺り寄せてくるので、首元を軽く撫でてやる。
毛皮があっても硬いのでもふもふとはいかず、こわごわだが。
其れと一緒に抜剣したままの騎士も警戒するように近付いて来た。
わんこーズと一緒に道を空けるように脇に退いて、デンちゃんを前に押し出してやる。
「すみません、ウチの子が粗相を致しまして。夜の野外は危険だから其の子を守らせていただけなんですが.......」
「貴公か、宰相殿が言っていた冒険者で騎士団団長の奥方というのは?」
「其のような危険な魔物を野放しにするとは何事か!?大事がなかだたから良かったものの!」
「君の行動は目に余る。すまないが騎士団詰め所まで来て頂こう」
「.....分かりました」
私は、騎士たちに挟まれて、騎士団詰め所に向かった。
~~~騎士団詰め所~~~
私たちが、騎士団詰め所について、10分後、シャイニングセイバーが駆けつけた。
「部下から、騎士団詰め所で保護していると言われたから、慌ててきたら、何があったんだ?」
「私は、冒険者の依頼で闘技場の調査をしに行っていて、後を付けていたデンちゃんが付いてきたので、闘技場の中心に三頭犬を見張りに付けて、調査が終わって帰ってきたら、騎士たちが三頭犬を取り囲んでいたの」
「事情は分かった。が、俺はケーナの三頭犬を知っているが、知らない者からしたら魔物と思って、此の国の第2王女危険に晒した不届き者になってしまうからな」
「ごめんなさい、貴方」
「皆、すまない。俺のケーナが迷惑をかけた。後は、俺の側に置いておくので」
私は、シャイニングセイバーと一緒に宿へ戻り、調査で疲れていたので、眠りについた。
翌朝、冒険者ギルドに報告をしたが、報告だけではなんともと、報酬は完全に幽霊が出ないのを確認してからということだ。
結局、3日後にキチンと冒険者ギルドから銀貨8枚は支払われたのである。