2022年11月6日。12時29分。
扉を開き、自室に入る。黒と白で統一された高校生にしてはやや広い部屋。ベッドに机にパソコン、端にはアクオスティックギター、フルート、ピアノ、ハーモニカ等々様々な楽器がある。
鞄をベッドに放り投げ、制服を脱ぎながらパソコンを立ち上げた。
ピコン!
端末から音が聞こえ、画面をタップする。
『今日は一緒にプレイするでしょ?』
『うん。楽しみだね』
『でも良かったの? 私なんかが貰って?』
『トモやりたがってたでしょ? お父さん仕事で出来ないって言うからトモに上げて二人でやりなさいって』
『千影のお父さんに感謝だね。じゃあ、後三十分で始まるから準備してるね』
『僕も急いで始めるよ』
今日は夢にまで見た新作ゲーム『SWORD ART ONLINE』の発売日。
SAOのキャラクターデザインをしている父親が貰って来た分、予約が通り買ってきた分。二つが僕の手元に入って来た。
父は仕事が忙しくやる暇がないからと同じ幼馴染でゲーマーの
12時59分。
もう直ぐサービス開始日。部屋着に着替え終わりリュックをベッドから床に置き直すとベッドに寝転がる。ヘルメット型のハード『ナーヴギア』を被りスッと小さく深呼吸それから小さくこう呟いた。
「リンクスタート」
不思議な感覚が身体中を包み込む。光の螺旋が目の前に広がりログイン画面が現れた。
手慣れた手順で手続きを済ませる。
『キャラクター設定を行います............キャラクターデータを確認。このキャラクターデータを使用しますか』
迷いなくイエスを選択した。すると、目の前には自分の
ウェーブの掛かった銀色の挑発、澄んだ空色の瞳に真っ白な肌、やや小さな身長も相まって万人の保護欲を駆り立てられる。そして
これには訳があるのだ。
父は仕事でカッコいい少年だったり可愛い少女と多くのキャラクターをデザインする。そして時々アイデアにつまり仕事が出来ない状態になるのだ。その時、助けになるのはVRゲーム。三百六十度あらゆる角度、あらゆる距離からキャラクターを作成しているとアイデアが生まれる事が多々あるらしい。
だから、ソフトを譲るのと引き換えに、自身が作成ソフトで作成したキャラクターを使用しプレイする事と条件を出されてしまった。ネカマプレイに抵抗のない自分は潔く了承。
仕事がひと段落付いたらSAOを購入してキャラクターを観察しに来るって言っていたな......。
『名前を入力してください』
名前? 確か父さんが言っていたのは......。
『Charlotte・Ainsworth』
登録完了。
『Weicome To Sword Art Online!』と共に青色の光が此方に迫って来る、それから気が付くとそこは―――。
「......やっと出来るぞ」
手を開閉を繰り返し、身体の感触を確かめる。傍には続々とログインする青い光と共に現れるプレイヤー達。血気盛んな男女の歓声が僕の身体を包み込み立ってやるぞと奮い立たせてくれる。
喜ぶ合うキャラクターを尻目に、事前に教えられた特徴に当てはまるプレイヤーを探す。
「トモ!」
「迷わなかった?」
束ねた黒髪の長い髪、切れ目の茶色の瞳、端正な顔立ちは幻想的な美しさではなく現実でもいる。そう思えるような中世的な美貌。それに高身長も相まって周りとは少し浮いていた。
「それが千影の父さんの?」
「うん。次のヒロインにするキャラだって」
「可愛いね」
「っ!? ―――うん。ありがとう......。千影は性別を変えただけで恰好は
落ち着いた声音で微笑む智広の顔に思わず、胸が高鳴る。
「うん。面倒くさいからね。でも性別はシャーロットに合わせて男にしたよ。その方が男女でバランスがいいでしょ?」
現実と容姿をそのまま使った千影、現実離れした完成された完全的な美貌の智広。対義的な美貌の二人は当然目立つ訳で。
「あのキャラ可愛くない?」「どうやったらあんなアバター作れるんだ?」
「お前ちょっと聞いて来いよ」「あんた一緒にやりましょうて誘いなよ」
「ここは雑音が多いね。さあ、行こうか」
一瞬、不満な表情を見せる。しかし、直ぐに表情を元に戻す。
「え? うん」
僕の手を引くと、人の集団の中を抜け町の中へと走り始める。
「大体分かってるから今日中に十レべまで上げようか」
「え? だって智広は「ロイ。
棘のある声音に思わず竦んでしまう。
「謝らないで。でも、ここでは現実の名前で呼ぶのはマナー違反だから。ロイって呼んでシャーロット」
「うん、ごめんねロイ」
「謝らないでって言ってるでしょもう......私はベータテストに受からなかったけどゲーム仲間が受かったから情報よこしてもらってたんだ」
ロイはかなりのゲーマーでありとあらゆるジャンルのゲームをプレイし、何度か
そんな天才的な彼女......いいや彼と一緒にプレイするとまるでチュートリアルをしているように敵を殺しまくり、グングンレベルが上がって行った。
「七レべか......」
「凄い! 凄いよロイ! こんなに直ぐにレベルが上がるなんて思わなかった!」
ステータス画面を見ながら興奮気味にロイを見た。顔色一つ変えず、『こんなものか』と呟きながら画面を閉じると此方に向き直す。
時刻は十七時を少し超えた頃。斜陽が大地に降り注ぎ、もう直ぐ夜だとプレイヤー達に告げる。
頃合いかな......。
「ねえロイ。僕ロイに......智広に報告する事があるんだ」
「? なに?」
「えっとね―――僕、春と付き合う事になったんだ!」
瞬間、空気が氷付いた。
「そう......なんだ」
さっきまで柔らかかった表情が一気に固まり瞳がどんどん冷たくなっていく。草木が生い茂る丘の上、時折吹く風が妙に冷たく感じる。
幼稚園の時から智広と付き合いのある僕には分かる。これは、怒っている時の顔だ。
でもどうしてだ。春は
智広とは友達だ、中のいい友達。僕を異性として好きそうな素振はなかった。何にどうしてこんなにも怒っているんだ?
「何で怒ってるの?」
「......怒ってないよ」
「でも「怒ってないって言ってるでしょ」......」
淡々と一切声音の変化なく話すロイに、どうしようもない恐怖を覚える。息をするのも憚られる程張り詰めた空気に耐えられない。
「じゃ、じゃあ、僕そろそろ落ちるね」
「......」
僕を見続けているロイから逃げるようにメニューバーを開きログインのボタンを―――
「あれ?」
「どうしたの?」
「......ログアウトがない」
直ぐに開き確認するロイ。バグか何かかと空白のログアウトボタンを何度も何度も押す。そして、暫く経った時それは起こった。
ゴーンゴーンゴーン
重い鐘の音が何処からともなく聞こえてくる。それと同時に目の前が光だし気が付くと強制的に転移せられた。
「何これ」
「......」
不安げな僕の手を握るロイ。恋人が居ながら異性の手を握るのは良くない。そう思った僕はやんわりとロイの手を解いた。
「ありがとう。大丈夫だから」
「そう」
声に目に見えて苛立ちが現れ始めた。今起こっている不可解な事、智広の原因不明の怒りのおかげで感情はグチャグチャ。不安と恐怖で思わず目に涙を浮かべる。ロイに見せまいと俯き、両手を胸の前に握り込み必死に身体の震えを抑えようとしていた時、そいつは現れた。
空中から噴き出した赤い血液のような液体が一定の高さにとどまり電気を纏いながら人の形へと変えていく。人の数倍大きな身体。大きな赤いローブを身に纏い、目深く被ったフードからは人相が分からず何とも言えない不気味さが伝わって来る。
「ゲームマスタ?」 「何で顔がないの?」
「何のイベント?」
僕と同じく困惑したプレイヤー達が次々に疑問を投げかけたが、誰も答える事は出来なかった。
そして、上空に浮かぶソレが話始めた。
『プレイヤー諸君。私の世界にようこそ。私は茅場明彦、今やこの世界をコントロール出来る唯一の人間だ』
手を広げ、茅場と名乗るソレは、演技染みた口調で脳が追いつかない者達を置いていく様に淡々と話しを進めていく。
『自発的にログアウトする事が出来ない。また、外部の人間によるナーヴギアの停止、あるいは解除もあり得ない。もしそれが試みられた場合―――』
そこから先、僕は上手く茅場の言葉を聞く事が出来なかった。
破壊? 生命活動の停止? ログアウトのボタンの消失、目の前の開発者の名前を語るソレが言っているのが本当だという証拠が並べられていく。
テレビ画面の数々、不幸にも亡くなったプレイヤーの家族の泣き崩す姿。
彼の言っている事は本当だ。
途端、底知れない恐怖が僕を襲った。震えはマシ、涙は頬を伝い地面に落ちる。
気付いた時には話が終っており、周りのプレイヤーが何やら光始めた。
「ひっ!」
怯える僕の手を掴むと、強い力で僕の手を引きながら光り輝くプレイヤー達の間をすり抜け広場の端まで行く。
「ねえ千影。貴方、死にたくないよね?」
「しにたくないよ」
泣きながら、質問に答える。鉄面皮の如く無表情な顔、さっきまで苛立ちを現れていた瞳からは怒りが消えており、しゃがみ込み泣き腫らす僕に視線を合わすと右手でそっと涙を引き取ると話を続けた。
「じゃあ、私のいう事聞いてくれる?」
「うん、うん! 聞く! 何でもいう事聞く! だから助けて!」
その言葉を聞いたロイは満足げに立ち上がり「行こ」と僕の手を掴むとチュートリアルが終了し、茅場が消え見えない壁がなくなった瞬間走り出した。始めたての時の様に町を抜け、NPCを横切り、ひたすら走る。
立ち止まった時には誰もおらず、イノシシ型のモンスターが点在しているだけだった。
「何でもするっていったよね?」
「う、うん」
泣き止み袖で目の周りを拭きながら答える。すると、僕の方を向き肩に手を乗せる。
「じゃあ、春と別れて私と付き合って」
「......え?」
逃がさないと手に力が入り肩が軋みだす。初めて見た智広の顔。まるで飢えた狼が動物を狩るときの様な獰猛さが感じられた。
「私。千影の事好きなんだ。だから付き合って」
「......僕春と付き合ってから。裏切ることになっちゃうよ」
「この先結婚する訳でもない恋人と一生守って上げる私。どっちが正しい選択?」
「春は裏切れない......それ以外の事なら......」
「―――そう」
肩に乗せた手を放し、背中に背負っている鞘から片手剣を抜き出す。そして―――
「っ!!!!」
まるで作業をするかのように僕の両足を切り落とした。支えを失い、前のめりに倒れる僕。一瞬の出来事で反応できず身体で落ちてしまう顔中に土が付き、胸に鈍痛が走った。
間髪入れずに髪を掴みモンスターの前に引きずっていくロア。
「痛い痛い痛い! やめて!! 何で!?!?」
自身とモンスターの間に投げ捨て地面から数個の石を拾い上げるとソードスキルを用いて青イノシシに向かって投擲した。
「私の者にならないなら。春のモノになるのなら貴方はいる意味がないからここで死んで」
相変わらず感情の籠っていない抑揚のない声。無慈悲にそう投げかけ持っている石全てを命中させた。そんな、事したら勿論相手は此方に向かって四体もの青イノシシが突進してくる。距離は近く、足が再生されてない今僕は恰好の的だった。
「いやだいやだいやだ!! いたっ! いたいよ!」
「―――」
突進し角を身体に突き刺し、その場で僕の身体を貪るように噛み付いた。剣を抜き抵抗するが、数は圧倒的で手首を噛み付かれ、落としてしまう。もの凄い速さで減少していく体力、緑だった色は黄色にそして赤になろうとしている。
死ぬ。殺される。
自身の本能が、春への恋心を薄め智広への要求を受け入れようと働く。さっき言った言葉をさも正論だと解釈し、己の助かる道を選ぶように脳が指令を出した。
「分かった。なる! なるから! 智広の恋人になる」
瞬間。襲ってきたモンスターは電子の粒となり霧散した。粒で見えなかった智広の顔は殆ど見えず、唯一見えた口元は満面の笑みを浮かべていた。その顔は美しく、神々しく、不気味で不自然な笑顔。
再生した身体を労わるように背中と膝裏に手を通され、軽々と持ち上げるとそのまま次の町に向かって歩き始めた。
「うれしい。次の町の宿に付いたら結婚しよう。ね?」
「......」
「NPC? こんな初期のステージでこんなイベントなかった筈......―――おいあんたら大丈夫か?」
唐突に聞こえた声。その方向に顔を向けると黒髪の少年が立っていた。
「君もあのチュートリアルを見た?」
他人を認識し、途端男口調に変える。まるで仮面を被ったかのように身体から出す空気や顔の表情を変え、穏やかな面持ちで少年の方を見ながらそう言った。
「ああ。だから狩場を狩り尽くされない内に次の村へ行こうと思ってな」
「君は賢いね。私達もね、今の内に次の町に行こうと思っていた所だ。けれどシャーロットが泣き出してしまってこうして宥めていたんだ。ねえシャーロット?」
再び流した涙を手で拭っている僕に頬ずりしてきた。おかしな事に不快感は無く。むしろ圧倒的安心感
で繭に包まれているような錯覚にすら陥ってしまう程だ。
「そうなのか。じゃあ、俺は行くぞ?」
ここで目の前の少年に助けを求めれば助かるかもしれない。そう思い声を出そうと口を開くが、少年に見えないように身体の向きを変え背中に通した手を首の方に寄せると口元を塞ぐ。
「ああ、また会おう」
「んーっ!」
声を出そうにも口全体を隙間なく塞がれ上手く声を出せない。結局、走り去る少年には最後まで声は届かず、一瞬此方を振り向いた時に視線があった瞬間、ありったけの思念を瞳に乗せて名も知らない少年に助けを求めた。淡く限りなく薄い希望は僕の望みを裏切りそのまま離れて行ってしまった。
「後でお仕置きだから」
「っ!」
走り去るのを見送ると直ぐに仮面を外し、抱き上げた僕を見下ろし冷たい声でそう言った。
こうして僕の二年にも及ぶ地獄の日々が始まった。