※この作品はR-18です。

ウソをつく日の女騎士、誰も信じてくれないホントを騙る   作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)

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フレン、分裂する

『……彼女が……できた……』

 

 楽しかった配信中に――とこ先輩の神妙な声が、ぐさりと胸に突き刺さった。

 

 心の深いトコロまで及んだ傷口が、ジクジクと痛んで耐えがたい苦しみを生み出した。

 

 明るい部屋の中で。その光の強さをひっくり返したような、真っ暗な気持ちに包まれる。

 

 さっきまで、面白おかしくエイプリルフール企画を楽しんでいたはずだったのに。私みたいな賢い美少女にトンデモ彼氏ができる……そんなギャップを楽しむ、雑談以上のおふざけ枠のつもりだったのに。

 

 もう冗談めかして何かを語る余裕もなかった。私は言葉を失ったまま、即座に通話を切って……そのまま、配信の枠も閉じてしまった。

 

 コメント欄で付き合ってくれたみんなには、本当に悪いことをしたと思う。企画に付き合ってくれた同僚のみんな……そして、とこ先輩にも……。

 

 でも……もう、何を言えばいいのか、わからなくなってしまって。それに、どうせ何かを口にしたとしても……声が震えてしまって、その動揺が画面の向こうまで伝わってしまうことがすぐにわかった。

 

 そんな、哀しくなっちゃう時間なんて『フレンの配信』じゃないんだって……ううん、みんなはなんだかんだ言って優しいから「そんなの気にしないよ」とか言ってくれそうな気もするけど……。

 

 ……それはそれで、つらいのだ。今そんな優しさに慰められたら、もう涙も想いの吐露も止められない……そう思った。

 

 私はPCの電源を落として、ベッドに寝っ転がって……膝を抱えるようにして塞ぎ込んだ。ブルブルとうるさく震えるスマホの電源を切って、自分だけの世界に入り込んだ。

 

 泣きたいわけじゃなかった。だって、憧れのとこ先輩に恋人ができたのだから……仲良くしてもらっている後輩として、素直に祝福できることのはずなのだ。

 

 でも、よくわからない涙が勝手に溢れてしまった。感涙のようにトロリとしていなくて、さらさらと、大きな川のように止め処なく悲しみが溢れていく。

 

「……くすん……。よりにもよって、『彼女』かぁ……」

 

 ぶっちゃけると……その恋人が『彼氏』だったら、まだ全然割り切れたと思う。恋愛に性別は関係ないって、わかっているけれど……同性の対人関係というのは、なかなかにややこしいモノなのだ。

 

 男の子に負けるのであれば、女である私が届かない場所での出来事だから……受け入れざるを得なかっただろう。

 

 だって、それは『仕方ないこと』だから……女の子が男の子に恋をするのは、とても自然なことだから……。

 

 でも、とこ先輩にできたのは……彼女だった。女として、女に負けたのだ……私も同じ土俵に立っていたはずなのに、知らないうちに負けていた。

 

 ……そんなの、悔いが残らないはずがないだろう……。大好きな人に起こっていた確かな変化に気付けなかった……そんな自分が、憎くて、憎くて仕方なかった。

 

 というか、そもそも……とこ先輩のことは死ぬほど大好きだけれど、恋愛対象として見ていたわけじゃない。その曖昧ながらも確かな気持ちは、自分でもわかっていた。

 

 恋人になんて、なれなくてもよかった。結婚を夢見なくても、すぐ近くにいて、その横顔に歓声やエールを送るような関係性で、十分満足できていた。

 

 でも私は、『とこ先輩の〝一番〟』になれなかった……それが悲しくてたまらない。他の女の子に、その特等席をとられてしまったことが何よりもやるせない。

 

 これは女の子特有の気持ちなのかもしれないんだけど……いや、男の子も感じるかもしれんな……知らんけど……。

 

 ……まいっか。とにかく、私は……大好きな人が、他の人と一緒に居るとちょっとモヤっとするし……そのことを楽しそうに語られたら、余計にムワムワ~っ!とするタイプなのだ。

 

 他人とデュエットとかしてたら普通に妬くし、手繋ぎデートとかしてたら「うわー!?」ってなる。そういう……ほら、『なんとも言えん感じ』ってあるよな……わかるわ……つら……。

 

 …………あれ、私何の話してたんだっけ……? 

 

 ダメだ、全然考えがまとまってくれない……そりゃダメだよな、とこ先輩に選ばれなかった私が……ダメじゃないことを思いつくはずがないよな……。

 

「……とこ先輩……私じゃ、ダメだったんですか……? うん、ダメだったんですよね……きっと、ダメだったんだ……」

 

 どこがダメだったんだろう? なんでダメだったんだろう? どうして、こんなにダメなんだろう?

 

 ……私に、ダメじゃないところなんて……ホントにあったのか……?

 

 こういうマイナスな気分のときに、後ろ向きなことを考えてはいけないなんて……バカでもわかることだ。

 

 でも、大切な気持ちを失って、ぽっかり空いた心を満たせるようなポジティブなんて、見つけられるわけがなかった。

 

 どんどん、その穴から温かさが抜けていく。とこ先輩との思い出がドロドロと溢れてしまいそうで……傷を塞ぐために、自分を追い込んで、傷付けて……めちゃくちゃに、壊してしまいたかった。

 

 抱いて、爪を立てた膝が痛むことが恨めしい。足裏で撫でる高級シーツの殺人的ななめらかさすらも憎ましい。戸惑って、乱れてしまう呼吸や鼓動すらも止めてしまいたくなる。

 

 ――そうだよ、それだよ。

 

 ……このまま、満たされない人生を送るぐらいなら……いっそのこと、ここで……。

 

 ……まだ実感がわいていない、今のうちに……キレイなまま、おもいでを終わらせて……。

 

 

 

『ダメだよフレン。どんなにつらくても、そんなことを思っちゃいけないよ』

 

 

 

 頭に浮かんだ最悪の答え――それを否定する、声が聞こえた。

 

「…………誰だよ……! 知らないよ、ばかぁ……!」

 

 いつも、よくないことをした私を窘めてくれる存在……『分裂した』とみんなに言われている、〝私〟の声が聞こえたのだ。

 

 まあ、あれはそういう配信上のキャラクターというか、演出的なモノだ……それが幻聴として聞こえるなんて……私も相当追い詰められて――。

 

『幻聴じゃないよ。私は今、確かに〝ここ〟に居るんだから』

 

「……え……?」

 

 ――耳を通さず、頭の中に響くような声がもう一度聞こえた。さらに、膝を抱いていた私の腕が勝手に動いて――興奮剤の握り方みたいに「ビッ!」とサインを決めた。

 

「うわっ!? 私の手がオク〇ンを気取ってる!! いろんな意味で怖い!!」

 

『そんなに怖くないよ。私が動かしてるだけだし』

 

「それはホントに『だけ』なのか!? いや待て、そもそもお前誰だ!?」

 

『いや、最初から自覚しとるやろ……自己紹介、いるか?』

 

 呆れるような声だけじゃなくて、生々しいため息まで聞こえた。それはまるで、子供のついた嘘を全て理解していながら、察していないフリをする親のような優しさに満ちていた。

 

 どうやら、私の考えや認識まで読まれているらしい……その事実が、この声の主は間違いなく〝フレン・E・ルスタリオ〟なのだと教えてくれていた。

 

 このバーチャルな世界で当たり前に生きる私に、これまで以上の比類なきファンタジーが襲いかかる。そのショックに動揺していた私の頭を、『その気持ち、わかるわー』と同情した私の手が勝手にナデナデしてきた。

 

「ちょっと、私の手を勝手に操るなよ!! 金縛りにあったときみたいな怖さがあるから!!」

 

『そっちこそ、私の口で勝手にしゃべらんでもろて。私、そんなに汚い言葉遣いをせんのよな……最低限のキャラは守ろう、な?』

 

「はぁーっ!? まるで私の口が悪いみたいな言い方しよって、いったい何様の――っ……!?」

 

 私は、そこでようやく自分の身体に起こっていた異変に気づいた。

 

 両手両足が、その根元からピクリとも動いてくれない――いや、正確に言えば……私の言うことを聞いてくれなかったのだ。

 

「ぁっ……!? なに、これ……!? 手足が……動かないよ……!!」

 

『残念でしたー♪ こいつらはもう、〝私〟の手足になってるんだよねー』

 

 その代わりに……私が何もしようとしていないタイミングで、手足が勝手にパタパタと動きだす。

 

 人間の動作の大半を司る四肢のコントロール権が、自分以外の存在に奪われている。その事実がかつてない焦燥感を生み、私の額に脂汗を滲み出させた。

 

「ぬ、ぉおっ……! そんな、ばかなっ……! ふんぎぎぎぎっ……!!」

 

『抵抗しても無駄だぞー。今のあなたは、手足が取れてしまった人形のような存在になってるんだ……【敗北した女騎士】らしく、私の活殺自在とさせてもらったよ』

 

「は、敗北……っ……!? そ、そんなの……受け入れられるわけがないだろっ……!」

 

 彼女の鋭利な言葉が、薄いかさぶたができかけた胸を強めに抉った。

 

 ――……たしかに……私は、負けたのかもしれないけど……!

 

 ――…………負けたのは……〝お前に〟じゃない……!!

 

「負けたのはっ……〝お前も〟だろうがっ……!! ぬぁああああ――ふん、がぁあーっ!!」

 

 とこ先輩への想いは、本物だったはずだ。それなら、〝フレン〟が全部を受け止めなくてはいけないはずだろう。

 

 歯を食いしばって、全身全霊で敗北感に抗った。そうでもしないと、諦めたくても、諦められそうになかったのだ。

 

 ジタバタと暴れて、自分の状態をさらに詳しく確かめる――頭から胴体までは、自由に動かせそうだった。

 

 唯一残された逃げ道を見逃さない。強く意気込んだ私は身体をひねって、どうにか寝返りだけは打てたが……大きくて魅力的な胸が潰されて、息苦しくなっただけだった。

 

「ぐふぅ……! こんな……情けないことになるなんて……!」

 

『……自分の置かれた状況、なんとなくわかった?』

 

「……あの……もしかして……。私、あなたに……まったく逆らえないんですか……?」

 

『せいかーい! すごいね、さすが天才フレンだよっ!! リスナーの代わりに、よしよししてあげるね!』

 

「もふがっ!? もっ、もぉっ……ぐもももももっ!!」

 

 私の手が、自分の後頭部をガシガシと雑に撫で回し……その勢いで、私の顔をベッドに押し付けた。

 

 い、息が……苦しい……!! 布地が鼻の穴に食い込むっ……!!

 

 私は濃厚な死の気配を感じ、必死に抵抗した。首を上下に振って、どうにか顔の下から枕を追い出す。

 

「ぬ、ぶぁっ……!! はぁっ、はぁっ……殺す気かっ……!? これコ〇ンで人が死ぬパートの再現か!?」

 

『あ、ごめん。私は苦しくないから全然気にしてなかったよ!』

 

「ちゃんとしてよフレン!! 人の痛みをちゃんとわかって!? 私、こんなところで死にたくな……い……って……」

 

 そこまで言って、私は我に返った。私が……フレンが、イヤな〝私〟を否定していたことに気づいた。

 

 自分への本気の反抗心が、余計な負の感情を胸から追い出してくれていたみたいだ。

 

 真っ黒に染まっていた頭の中が、少しずつスッキリとしていくような感覚に救われていく……重たかった心が、ふわりと浮き上がっていくようだった。

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