ウソをつく日の女騎士、誰も信じてくれないホントを騙る 作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)
眠りと夢は醒めるもの。生きている限り、目を開けなくていい朝など存在しないのだ。良くも悪くも、だけれども。
ランニングをして、シャワーを浴びてから就寝したときのような、最高の体調だった私は――凄まじく不快な思いをしながら目が覚めたんだ。なぁ、なんでかわかるか?
……『ベッドがおしっこ臭くて』だよ……!もうマジで最悪な目覚めだったよ……!
体調と気分はスッキリしているのに、腰は普段使わないヘンなところが張ってて痛いし、おま×この入口はちょっと違和感あるし、クリはなんかヒリヒリするし……総合的に評価したらトントンぐらいに落ち着きそうな感じだった。
っていうか、潮とおしっこだらけのベッドに使用済みディルドが2本も転がってた光景は、本当に〝終焉〟って感じだな……これホントにどうすんだよ……。
言い逃れも、現実逃避もできない〝ホント〟の海を見ながら、寝落ちする前の珍事を思い返し……苦笑する。あんなの笑うしかないだろ……我ながら、とんでもなく現実離れした経験をできたものだ……。
のそのそと、自分の身体の自由を感じながらベッドを這うと……電源を落としていたスマホが目に入った。
「ああ、私の可愛い笑顔を映す大事なスマホだなぁ」と手に取って、こいつが手元にあるという、自分の普段の生活を思い出す。そして……オナニーに耽る前のことまで想起して――心臓をギュっと掴まれた。
震える手で電源を入れて、画面を映して……ドッ……!!と冷や汗が垂れ落ちる……。通話アプリの不在着信が82件、マネージャーからの緊急連絡である電話が15件……こまめに見ていたはずのメッセージの未読は、200近い数字に膨らんでいた。
その中でも、一番多くの連絡をくれていた人に向けて、慌てながら発信する――1コールも鳴らないうちに通話が繋がった。
『おれん……!? ごめん!配信のアレ、ちょっとしたウソだったんよ……!! ごめん……そんな、傷付けるつもりはなかったのに……!』
大好きなとこ先輩の、ハスキーでクールな美声が耳に届いた……っていうか……えっ……? ウソ……って……つまり、ウソってこと……!? そんなのウソだろ……!?
私は死ぬほど「えっ?」を繰り返して、とこ先輩も「えっ?」って同じ数だけ言ってさ……ちょっと笑い合った。めっちゃ楽しかった。それと、心の中にすげぇ勢いで安堵が広がっていった。
つまる話……とこ先輩は、私のウソに合わせて、配信を盛り上げるためにウソをついてくれたらしい……「今は彼女も彼氏もいない」って……! ええー……いやぁ、それはそれでさ……『い、イイんですかっ……!?』って感じだよ……!
……っと……よくない、それはよくないよ、フレン……!べつにさ、『フレンが好かれている』って話はしてないからな……!?
……でもなんか嬉しいんだよ……!わかるか、この気持ちが……!?いいからわかれ……わかってくれ……!!
そんな風に〝大人っぽさ〟を忘れかけていた心が踊り狂い、無邪気にはしゃぎ散らかしそうになったが……どうにか抑え込んだ。
はっちゃけてしまうと、とこ先輩のおち×ぽでオナニーした罪と恥ずかしさまで思い出してしまいそうだったし……。
……いや、マジで何やってんだよ私……とんでもねぇことシちゃったよ……!
『……おれん……ホントにごめんな……?』
「いえ、いえ……こちらこそ、ヘンな心配をさせてしまいまして……」
何十回目かわからない謝罪交換をして……とこ先輩が、唐突に『埒が明かんし、ちょっと会うか』と言いだした。
こういうカッコよさ、痺れるよな……ステキ……何千回でも惚れ直せる自信ある……。もっともっと素敵なところ見たいです……。
『おれん。今すぐそっちに遊びに行くわ』
「えぇーっ!? とこ先輩がウチに来てくれるんですか、めっちゃ嬉し――だぁあああああああ!待って、ダメ!今日はダメです!! ちょっと部屋が……激烈に散らかってる感じですから!!」
『そんなん気にせんよ。ちゃんと会って謝りたいし、こっちから行くのがスジやんな?』
「いやいやいやいや!いいです、大丈夫ですから!! 電話口でちゃんと愛が伝わってますから!!ね!ね!! だから、今日は――」
『そっか……じゃ、そろそろ家出るわ』
「あーッ!行動力エグイですね!! そういうところも好きです――でも今はダメなんです! 部屋がおしっ――おし……あっ、おしくらまんじゅう!した後みたいな!!すんげぇ独特なニオイするんで!!!!」
『それどんなニオイなん……? 逆に気になるわ、嗅ぎに行こ。ケルベロスやしな』
「ごめんなさい!肯定できなくて申し訳ないんですけど今はちょっとケルベロス要素必要ないです!! じゃあそうだ、ごはん! 今晩、ごはん一緒に食べに行きましょう! ねっ、ねっ!?」
『……おれんがそう言うなら、そうしよっか……?』
こうしてとこ先輩の説得に成功した私は、憧れの人と一緒に夕食をする約束を得たのだった。
――――――
それからご飯に行く前に、ブチ切ってしまった配信と、心配してくれていたリスナーのお気持ち表明たちの火消しに明け暮れることになった。
結果だけ簡潔に言うと……マネージャーにめっちゃ怒られた。案件のスケジュールの見直しが入った。心配してくれた同僚たち一人ひとりにちゃんと謝った。
まあ、なんだ……けっこう余波は大きかった……と思う……。親衛隊のみんなも、同僚も……同じユニットのふたりまで混乱させてしまったみたいで……本当に申し訳ないことをしてしまったから、きちんとスジを通した。
はー……なんか今日は、おしっことか潮とか火消しとか、水を撒いてばっかりの1日だな……。私はもしかしたら水属性の女騎士なのかもしれん。
……水属性ってさ、なんか賢そうだし私にピッタリじゃね? 今度からそれ名乗るか。みんなもそう認知してくれ、な。
…………え? 『テンション高くない?』って? いやー、わかるぅ?わかるかー!わかっちゃうかー!
いやさぁ、ちょっとさぁ……実は、さっきの通話って〝続き〟があってさ……! ちょっと聞いてくれよ……!
『あの……恋人のことやけど……もし〝そう〟なったとしても……さすがに配信で言う前に、おれんに報告しとると思うよ……?』
『私、たしかに変わっとるかもしれんけど……そういう義理はあるつもりやし……』
『……うん。とにかくやっぱ、人を傷付けるウソはあかんよな……ごめんね、おれん』
ひたすら謝ってくれたとこ先輩との通話を思い出すだけで、頬がダルンダルンに緩んでしまうというのに――私には、もっと……とてつもない歓喜が舞い込んだのだ……!
『………………せきにん、とろか……?』
――えっ……? えっ、えっ……? せ、責任とは…………?
『…………や……だから、な……? おれんが、私のことを本気で想っとるんは……よく伝わったし……いま、フリーやし……。おれんさえよければ……その……付き合う、とか……?』
――………………私、これから死ぬんですか……?
――まあ、こんなにハッピーなエンドなら全然許せます……さよなら、とこ先輩……! 大好きでした……!!
『なんで!? 死んだらアカンよ、地獄に行くんは早いって!』
――私、地獄行きが決まってるんですか!? でもいいです!とこ先輩の故郷に移住なんて最高です!! やったーッ!!!!
『…………まったく……元気やな、ほんとに……』
私にはわかる。そう言ってくれたとこ先輩の口……ちょっとだけど、ちゃんと嬉しそうに笑っていた。ホントなんだ……気遣いじゃないんだ……って……!!
こんなにわかりやすい変化、声だけでわかるんだよ……!どんだけ配信で声の変化と息遣いを聞いて心境を妄想したと思ってるんだ……!!
……嘘じゃないんだ。私、とこ先輩の〝一番〟になれそうなんだ……! 恋人からさ、どんどん繋がりを深めてさ……それで…………うへへへへ……!!
幸せすぎてもうアレだわ……その………………いや、ボキャ貧か……? なんも思いつかんが……どうしたんだ天才……?
……まいっか。これこそ〝幸せ〟だよな……。それでええやろ、もう……。
とこ先輩と、これから一緒に……もっと楽しい毎日が過ごせるようになるわけで。
そこに、難しい言葉とか数字は必要ないんだよな。人間って、そういうもんだと思うんだ。
これから始める謝罪と説明のための配信で、それをみんなに教えてやろう……。〝大人の対応〟としての気が重いだけの枠だったけど、ちょっと光が見えてきたな……。
……なるほど……私、光属性の素質もあるかもしれんな……。神々しいな、光の女騎士って……。
……今度リスナーに拝ませてみよう……。
――――――
「みんな、今日はごめんね! とこ先輩とはちゃんと打ち合わせしてあったんだけど、その後で身内に緊急のトラブルがあって〝企画のつづき〟が遅れちゃって……ホントにごめん!」
凄まじい数の人が集まった配信の枠にて……とこ先輩や事務所の人たちと前もって打ち合わせをした結果、この方向性でみんなにきちんと話をすることにした。
とてもセンシティブな対応だったため、事務所を含めた確認待ちの時間も長かったが……その合間に、自分の部屋の大惨事を片づけられたのは間違いなく幸いだった。
いろんなところに延焼してしまった情報が消えるまでは時間がかかるだろうけど、リスナーの助力や、とこ先輩の支えがあれば乗り越えられる――そう信じられるほど、私の心は晴れていた。
できるだけ重たくならないように。できるだけ事実に基づくように。たくさん注意して、たくさん謝意を込めて、〝私の気持ち〟の経緯を説明した。
とこ先輩がついたエイプリルフールの嘘が、お互いに思っていた以上のダメージを生んでしまって……ショックを受けてしまった事実も、忘れずに伝えた。
「私が言いだした企画だったのに、とこ先輩、すごい謝ってくれてさ……。先に嘘をついた私が一番悪いのにな……ホントに申し訳ありませんでした……!」
『まあフレンが悪い』『そもそもフレンが秒で撤回するから……』『とこちゃんの気遣いがちょっと刺激的すぎただけよな、わかってんで』
「そうなんだよ……みんなを混乱させたのは、ホントに申し訳なく思ってる……。でも、もうホントに解決したから……これ以上は心配しないで大丈夫だからね……」
『わかった』『企画がプチ炎上するのは配信業界ではよくあることだし大丈夫やろ』『それよりフレンの方はもう大丈夫なの?』
「私は何も問題ないよ、ありがよね――あ、そうだ! それでさ、ひとつ聞いてほしいんだけど……私、とうとうホントに分裂したんだよ!!」
『は?』『は?』『まだエイプリルフール擦るのかよ……』『痛い目見た後なのにたくましいね』『懲りないなぁ』
「いやホントなんだって!! 私の手がさぁ、もう一人の私に乗っ取られて……好き勝手に動きだしたんだよ! すごくないか!?」
『謝罪配信とは』『雑談始まって草』『なんだ、いつものヤツか』『新鮮味ないよなー』『フレンの分裂ネタ好き』
「だから違うの!ネタじゃない! そういうんじゃなくて、ホントに手が勝手に動いてさ……」
『はいはい、手が勝手に動いてどうしたの?』『またチャリで来たのか?』『おっぱいぷるんぷるん』『にじ3Dくるー?』
「え゛っ……!? 手……手が、勝手に動いて……その、えっと……いや、ほら……いろいろあるやろ!! 言わんでもわかるやん!?」
『は?』『嘘乙』『これは嘘だな』『もうちょいネタ練ってこいよ……』『そろそろ枠変えてゲームしようぜ』
「ねぇー、ホントなんだよー……!! あ、じゃあいいや、こっちの報告だけ信じて!! これだけはマジのやつだから!!」
私は何度も深呼吸をして、口から心臓が飛び出そうなほどにドキドキしている胸を押さえて――みんなに、一番報告したい〝ホント〟を口にする。
「私さ……今日の出来事が転じて、とこ先輩と付き合うことになったんだよ!! すごくね!? みんな、披露宴ではお祝いの電報打ってくれよな!!」
……『その結果、どうなったか?』なんて……私が口にしなくてもわかるだろう。
コメント欄は爆速で流れているのに……その中に、私の幸せをお祝いするような言葉がひとつも存在しなかった。
ちなみに、一番多かったのは『草』だった。『リスナーは配信者の鏡』ってよく聞くけど、絶対に間違ってるだろ。私は素直で真面目な大人だから『すげえ!おめでとう!』ってノータイムで言えるしな。
「なんだよみんなして!ひどい!!グレていいか!? 私はホントのことしか言ってないのに――エイプリルフールなんて、もうコリゴリだぁッ!!」
ダイナミックな感じでそう締めたものの、1年に一度のネタを見過ごすのはもったいない気もする。うちのチャンネルの鉄板ネタだもんな。
……じゃあ、そうだなぁ……来年は『とこ先輩との間に子供がデキた』……とかでいくのもありかもしれん……。
……もしも、その夢たっぷりのウソがホントになったとしても……またみんなに信じてもらえなさそうだなぁ……。
…………まいっか。今から考えたって、鮮度が低くなるだけだしな。そんときは、そんときだ。その報告がウソかホントかを考えるのも、楽しみのうちのひとつだから。
次に迎える4月1日が、今日より良い日になることを祈りながら――私は配信枠を閉じて、ウソみたいなホントの続きを満喫するために立ち上がる。
自分の足で靴を履き、自分の手で戸を開ける。私の心を一番理解してくれている〝それ〟は、スッキリとした明るい気持ちのままに、幸せへの道を進んでくれていた。
おわり