鋼の錬金術師 遭難、事故から始まった、不幸街道間、まっしぐらで始まった人生 作:木桜 春雨
ここは海外なのか、金髪、白髪、ドレッドヘアの人もいたし、最初は流暢とはいえない英語で大丈夫なのかと思ってしまったけど言葉はちゃんと通じている。
最悪、駄目な時は手振り、身振りのジェスチャーつきでと思ったが、意思疎通もできるということに、ほっとした。
「怪我をして動けない人がいるんです、助けてください」
山を降りて最初に出会った数人の男女に声をかけたまではよかったが、問題はその後だ、あんたはどこから来たんだと言われて事故で山の上からと説明すると怪訝な顔をされてしまったのだ。
本当の事を話したのはまずかっただろうか、見かけない人間、怪しいと思われたのだろうか、正直すぎるのもよくないと思ってしまった。
自分に着いてくるようにと声をかけてきた制服姿の男性は皆、体格も、がっしりとしている、顔つきも厳つい、眼光もだ、警察、公安、軍人ではないだろうかと思ってしまった。
もしかしたら外国人だからヤクの運び人、売人ではないのかと難癖をつけられて牢屋に入れられるではないだろうか、ふと、そんな事を考えたのは海外の映画、ドラマなどを思い出したからだ。
拷問されて看守のおもちゃにされて、食事も与えられずに餓死なんてことになったら大変だ、ドラマの見過ぎ、考えすぎだと誰かが否定してくれたらいいのだが、そんな人間はいない。
ついてこいと言われて素直に歩いているが、すれ違う人は皆、なんだい、あれはという、そう、不審者を見る目だ。
インドやアジアの民族衣装、サリムのような布を体に巻き付けている人もいれば、自分のようなシャツにズボンの人もいる、ここは異国、外国なんだと改めて実感した。
このまま、彼らに着いていって大丈夫か、不安がだんだんと大きくなる、絶対に大丈夫だなんて事はないだろうけど。
内心、逃げたいと思ったが、走るのは得意ではないし、追いつかれて捕まってしまうだろう、そうなったら、やましいこと、隠し事があるのだろうと責められてしまったら、言い訳をしても信じてくれる可能性はないだろう。
こういうのを絶体絶命というのだろうか。
誰でもいいから助けて欲しいと思いながらすれ違う人に視線を送ってしまった、そのとき、一人の男が目に入った。
がっしりとした体格に眼鏡、髭、長髪、金髪という容姿、日本人ではないだろう、だが、男が近づいてきたのだ。
内心も驚いた、その男性は軍人に声をかけて知り合いなんだとにっこりと笑った、それは人の良さそうな笑みで軽く片目をウィンクする。
(あたしに、こ、これって)
もしかして天の助け、自分でもわからず、思わず声を上げて男性に抱きついてしまった。
「悪かったね、ちょっと寄り道してたら、すまない」
男の言葉に泣きたい気分になったけど、そこは、ぐっとこらえて我慢したのはいうまでもない。
「困っていたみたいだからね、放っておけなかったんだよ」
だから、声をかけてしまったんだと言われて、そうなんだと思ってしまったけど、もし、あたしが悪人ならどうするんだろうと思ってしまった。
女だから自分は甘く見られて騙せる、いいや、それってどうなの、不安に思いながら男を見ると。
「悪いオッサンだと思っているかい」
そんな事を言われて素直に頷いたら、どんな返事が返ってくるだろう、言葉に迷って無言になっていると。
まあ、いいじゃないかと言われて、深く訊ねることはやめてしまった。
カフェでお茶を飲みながら、そう言われて、この人は悪人というよりは、たらしだと思ってしまった。
「もてるでしょ、ホーエンさん」
男は首を振った。
「女生とお茶なんて久しぶりだよ、嬉しいね」
嬉しい、それは自分のほうだ、あのまま制服姿の軍人さんに連れて行かれていたら何もされなくても、多分不安でたまらなかっただろう。
このとき、ふと思ったのは山であった男の人の事だ、白髪の男の人は無事なんだろうか、スーツケースを預けたままだ。
入っているのは食べものと着替え、本ぐらいだ、まあ、事故、スリにでも遭ったと思えば諦めもつく。
現金とカードはあるけど、ここで使えるんだろうか、そんなことを考えていると、悩みがあるなら言いなさいと言われてしまった。
「困っているなら助けるよ、できることならね」
思わず真顔で相手を凝視してしまった。
「どういうことだ」
怒鳴られた軍人は、だからと言葉を続けた。
「さっきから何度も言ってるだろ、知らない国から来たなんていうから、調べようと思ったんだか、知り合いだっていうから」
「知り合い、だと」
仕方ないだろうと軍人は肩を竦めた、俺たち、下っ端よりも、あの人は上なんだよと言われてスカーは無言になった。
「どこへ行ったか、わかるか」
「いいや、そんなの、わかるわけないだろ、デートじゃねぇか」
「かもな、結構、イイ女だったし、今頃は」
余計なことをと、肘でごんと突かれた男は、自分を睨んでいる男の視線に気づいてしまったという顔をした。
「大丈夫、ですか、ホーエンさん」
胃袋の中のものはすべて吐き出したと言わんばかりのホーエンハイムは背中をさすられて年を取ったなあと実感した。
酒豪というほどではないが酒は、たしなむ程度には飲むのだ、だが、組み合わせがまずかった、原因はチョリソーだ。
ビールと一緒に食べたつまみのソーセージは見た目も普通だったのに、
水を飲んで、店を出てからも喉の奥がひりひりとする。
「よかったら、これ」
女がポーチから出したものを見て、いや、自分は吸わないんだよと断ると違うんですと女は取り出した、たばこを差し出しながら甘いですよと笑った。
「チョコになんです」
自分は吸わないけど、甘いものが欲しくなったときにたまに食べるんですと言われて、男は包み紙のまま口の中に放り込んだ。
「いやー、助かった」
「こちらこそ、ご馳走になって」
「ところで、旅行者だと行ってたけど泊まるところは決まっているのかい、荷物も、それだけとは」
こういう場合、どう返事をすればいいんだろうと、しばし無言になったのは無理もなかった。
「助けてくれますか、正直、困っているんです、すごーく」
ホーエンハイムは非常勤として軍に所属している、手に負えない事件や人手の足りないときに連絡をして働いてもらっているという話を聞いてもスカーは無言だった。
エルリック兄弟の父親というのは知っていたが、親子だからといって似ているとは限らない。
普段から、ふらふらと色々な場所、国を歩き回っていて、呼び出してもすぐに会える、というわけでもないらしい。
今日はセントラルにいても明日は、どこか別の国になどということもあるらしい。
自分が知らないふりをするのは簡単だ。
だが、スーツケースの中に入っていた食べ物を空腹に勝てず食べてしまったのだ、自分は。
それに山の上から降りてきたのも気になるのだ、真理の扉、関係しているのかもしれない、会って話をする必要があるとスカーは思っていた。
ホーエンハイムは情けないオジサンです、でも可愛くて好きだ。