明治〇年
実りの秋。
東北のとある村に、男の声が響き渡る。
「斗和!そご刈っだら稲全部そっちさ運んどけ!」
「はあーい!」
年若い父親とその娘は、稲刈りに精を出していた。
娘は十二歳になったばかりだが、慣れた手つきで鎌を持ち稲を刈り、その束を大量に抱え運んでいく。
朝から刈り取った稲は田のあちこちに重ねられ、一纏めにするのも時間がかかる。
だが娘は右往左往しながら、驚く程早く稲を片付けていく。
(早く終わらせて薪を割らないと)
娘、斗和にはまだやらねばならぬ仕事があった。
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(よし!これで最後だ)
勢いよく振り下ろした斧から手を離すと、斗和は額の汗を拭う。
間もなく日が暮れる。
家からは弟妹の喧騒がし、いい香りが漂ってくる。
夕餉が間もなくであることを告げていた。
さて家に入ろうとしたその時、ひゅうっと風が吹き思わず身震いした。
気持ちの悪い妙な生温かさを感じた。
その夜、斗和はなかなか寝つけなかった。
日暮れ前のあの生温かい風が肌に残っていて、酷く不快なのだ。
こんなことは今までになかった。
(なんだろう、この感じは…)
早く寝なければ明日の農作業に差し支える。
そう思えば思うほど眠れず、結局一睡もできず朝を迎えた。
◇
斗和は眠るのを諦め、夜明けと同時に布団を出て鎌を研いでいた。
すると、近所の男が血相を抱え走って来た。
川向かいの一家が、夜のうちに熊に襲われたと。
だけどおかしなことに、その亡骸が一つもないと。
斗和は話を聞いたとたん、駆け出していた。
身体が勝手に動き、その家を目指す。
◇
辿り着いたそこは、家中が血にまみれ腐臭が漂っていた。
この家は八人家族だったはずだ。
(熊は何頭現れた?八人もの人間を欠片も残さず一晩で喰うか…?)
ドクン、ズキン、と心臓と頭が同時に鳴る。
とたん込み上げ、起きがけに飲んだ水が口から出てきた。
(昨日の生温かい風、あれは…)
斗和は再び走る。
目指す場所は、しばらく先にある宿場町だ。
村からは遠いが、脇目も振らず一目散に走り抜ける。
その間、斗和の脳内にぶわりぶわりと蘇る記憶。
記憶なのか何なのかは分からない。
(そんなはずない!あれは違う…!)
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息を切らし、やっと辿り着いた宿場。
あちこちからの湯気や朝餉の香りが漂う。
左右に首を振りながら走り抜け、ある場所で足が止まる。
掲げた暖簾には藤の花。
ドクン、ズキンとまた身体が鳴る。
確かめるしかない。
「あ…あの!」
振り絞った声はなかなかに大きかった。
それに気付いた女性が慌てて顔を出した。
「はい、ただいま!……あら?」
目をぱちくりとさせた妙齢の女は、斗和を見て首を傾げた。
「あなた…見たところ隊服を着ていないようだし、鬼殺隊の方ではないようね?どうしました?」
(きさつたい…鬼殺隊…)
三度ドクン、ズキンと身体が鳴る。
走ってきた汗とは違う、冷や汗がたらりと顔を流れる。
「水を、貰えますか…」
差し出された水を飲み干し、一礼すると斗和は元来た道をとぼとぼと帰る。
帰り際に見た暖簾はやはり藤の花だ。
(あの家紋は間違いない…!ここは、鬼滅の刃の世界だ……!)
少女の運命はくるくると動き出す。