ついに準備は整った。
刀を手にし、斗和は感慨深くまじまじと見ては触りを繰り返す。
すると、鴉の令和がどこからか飛んできた。
「南ニアル村外レノ古井戸へ向カエ!」
「!?」
斗和は、今まで喋らなかった令和が初めて声を出したことに驚く。
しばし唖然としていると、足を突かれた。
「早クシロ!」
「痛っ!」
斗和は、わかったわかったと言いながら慌てて部屋に入り、野良着隊服に着替える。
特殊形状の日輪刀を背中に背負うと、家を出て南へ走った。
刀はその形状が故に鞘が無いので、頑丈な麻袋を2枚重ねその中に入れている。
(まずは初任務を成功させなくちゃ!)
耀哉に単独任務願の文を出してから、返事は無かった。
怒ったのかと思ったが、本来ならば我儘など言える立場ではない。
与えられた任務は、どんなものでも責任を持ち遂行するべきなのだ。
鴉の令和はかなり先を飛んでいる。
斗和は、それにしても…と
目を細める。
喋ることができたなら、最初に挨拶した時になぜ無言だったのかと訝しんだ。
何日も喋る素振りを見せないのだ。
本当は喋ることができないのではと思っていた。
しかし喋らない鎹鴉は意味がないわけで、そんなはずはないのだが。
(変な鴉…)
────────
───────
令和の案内で相当な距離を走った先に、目的地の古井戸があった。
既に陽は暮れ薄暗い。
村外れと言うが、周りには壊れた家が点在している。
かつてはここにも人が暮らしていたと思われる。
斗和は問題の古井戸らしき場所に近付くと、じっと様子を伺う。
(この中に鬼がいるのかな?)
井戸から出てくるもので、連想されるものがある。
斗和の記憶にあるのは、恐怖映画だった。
すると一瞬、映画館のざわつきが斗和の脳内に蘇り頭痛がする。
(ん……?)
気を取り直し、斗和は麻袋から一緒に持ってきた藁を一掴み取る。
懐から
するとズルズルと妙な音がし、井戸から身体の長い蛇のような鬼が出てきた。
とてつもない腐敗臭を放ち、斗和は思わず鼻を摘み顔を顰める。
(くっさーい!こいつの体、腐ってるよね!)
「忌々しい鬼狩りめが。何でも腐りかけが一番美味い。お前の体も腐らせてから喰ってやる…!」
そう言い襲いかかる臭い鬼から、まずは逃げる。
(腐らせてから喰う…?空腹の鬼がそこまで待てるわけがない。血鬼術で腐らせるのかな?)
斗和は考えるも、とにかく一滴たりとも鬼の纏う液体に触れたくなかった。
しかし頸を斬るには一定の距離まで近付かなくてはならない。
こんな時に、少し離れたところから撃てる技があればいいのだろう。
だが生憎今の斗和にはそんな技は無い。
土の呼吸は参ノ型までしかあみ出しておらず、その中に中距離攻撃は無かった。
「逃げ回るだけしかできない哀れな鬼狩りよ…腐れ腐れ腐れてしまえ!」
とたんむわっと腐臭が一際濃くなり、斗和はあれこれ考えていたせいで反応が遅れてしまう。
一瞬で斗和の背後に廻った鬼が、その体を巻き付けようとした。
「キャーッ!!」
斗和は叫び、巻き付こうとした鬼を日輪刀で斬り裂くと、素速く脇に跳び上がる。
─土の呼吸 壱ノ型
放った技は鬼の肩口から胴体を斬ったが、頸は斬れていない。
(再生する前に早くしなきゃ!)
今度は左側から同じ技を頸めがけて放つと、ついに頸と胴体が離れた。
ベチャッと地面に落ちる首が気持ち悪く、斗和は顔を逸らす。
間もなくボロボロと崩れ消えていく鬼を見て、安堵の息が漏れた。
だが、何やら頭に違和感を覚えた斗和は手をかざす。
すると手拭いが濡れており、触れた手がとんでもなく臭い。
「いやーっ!!」
思わず叫び、何事だと令和が飛んで来る。
「臭いー!体液が付いた!血鬼術だったら体が腐るー!どうしようどうしよう!?早く頭を洗わないと!」
斗和は半泣きで一目散に駆け出し、令和の案内を頼りに近くの川に最速で走った。
辿り着くと、これでもかという程に頭と足と手を洗う。
冷静に考えれば、洗ったくらいで血鬼術が消えるわけがない。
だが今の斗和は動揺が酷く、平常心ではなかった。
体が腐ったらどうしようかと思っていた斗和だったが、家に着くまでの間も着いてからも腐る気配はなかった。
結局、単に自らの身体が腐っており、腐った人間を食べるのが好きな鬼だったと結論づけた。
こうして、斗和の臭いだらけの初任務は無事に終わった。
しばらくの間、斗和は令和に頭の匂いを確認してもらうのだった。