先日の柱合会議で、時透無一郎と言う名の年若い少年が柱となった。
刀を持って僅か二ヶ月で柱になった逸材だ。
使う呼吸は霞で、風から派生した呼吸だ。
割と古くからあるらしい。
柱は十人になり、お館様が蓬萊は柱を退くと告げた。
言われるまで忘れていたが、蓬萊は柱になる時に九人揃うまでの仮としてならと引き受けていた。
いつ九人揃うかも分からないのに、条件など付けるおかしな女。
そう思っていたが、ついに揃ったので少なからず驚いている。
確かに柱の定員はその画数から九人と決められているが、特例措置も取れるはずだ。
お館様から報告された時、蓬萊程の実力者を一般隊士に戻すのは惜しいと誰しも思っただろう。
胡蝶が皆の気持ちを代弁したが、蓬萊自身が退くのを惜しんでもいなかった。
結局、当初の約束通りあいつは柱を退いた。
会って二年経つが、蓬萊の考えはさっぱり分からない。
もう死んでしまったが、継子を育てながらも強さを求め煉獄や冨岡に手合わせを頼んでいた。
ひたすらに鍛錬をし、誰に対しても低姿勢。
他の隊士や隠にあいつが人気なのも知っている。
隊士一人一人に挨拶し、隠がいようがいまいが負傷者の手助けをする。
柱が殆ど行かない共同鍛錬場によく訪れては隊士に稽古をつけたり、片付けまでする。
任務の合間に畑で野菜を作り、荷車を引いて皆に届ける。
何かすれば馬鹿丁寧に礼をし頭を下げ、菓子まで持参する。
蓬萊はいつも他人の為に動いている。
だがお前自身は…?
あいつはいつも野良着姿だ。
着飾り町に行くこともせず、頭に髪飾り一つ付けようとしない。
年頃の娘なのに、女らしいことを何もしようとしない。
顔の傷を気にしているのだろうか。
女なのに大きく斬り裂かれつらかったはずだ。
悲しかったはずだ。
それでもお前は…
俺が声に出せば、お前はどんな反応をする?
言い出せないこの気持ちを伝えれば、お前は何と答える?
気付かぬふりをしていたことにはっきりと気付かされてから、自分から会いに行く理由が見つからずにいた時だった。
いつも屋敷内の家事をする隠が、頭巾を忘れて行った。
たった今出たばかりで、すぐに追いかけると門のとこでバッタリ会う。
「あっ、すいません!やけに頭がスースーするなと思ったら頭巾がなくて戻りました」
俺より若い女の隠は、団子頭が解け掛かっていることに気付いていない。
「髪、解けかかってるぞォ。これは持っててやるから結び直せェ」
「あーすいません。長いから団子にしても解けやすいんですよね。実は私、蓬萊様に憧れていて、だから団子頭にしているんです。でも頭巾を被るから見えないんですけどね」
蓬萊に憧れていると照れながら笑うので、思わず自分のことのように嬉しくなった。
頭巾を渡せば、まるで蓬萊のように丁寧に頭を下げて去って行く。
先程から見られている気配がし、横を見れば曲がり角のところで蓬萊が立っていた。
目が合い、蓬萊は俯きがちにこちらに向かって来た。
「これ、着流しと帯を洗いましたのでお返ししますね。ありがとうございます」
蓬萊は、玄関先で貸していた着流しと帯を返してきた。
「あァ…いいって言ってんのに、かえって悪かったなァ」
前回、雨で濡れた蓬萊に俺の着流しを貸した。
いいと言ったが、洗って返すと持ち帰ったのだ。
「それからこれはおはぎです。休憩の時にでもどうぞ。あとこれは…以前作った焼きお握りと糠漬けです。美味しいと言って下さったのでまた作りました。よかったら食べて下さい」
続けて渡された風呂敷包みに、俺は驚いた。
おはぎだけじゃなく、焼いた握り飯も持ってくるとは思わなかった。
「…どうもなァ」
嬉しくて素直に礼を言うと、蓬萊は僅かに笑顔になる。
「…あの、今から手合わせをお願いできますか?」
「おゥ。すぐ行くから庭で待ってろォ」
俺はにやけそうになるのをぐっと堪える。
おはぎに焼いた握り飯に糠漬け…また食いたかった握り飯だ。
美味いと俺が言ったから作ってきたのかと、そんな小っ恥ずかしいことまで考える。
正式に手合わせを申し込まれ、表情も緩んだ。
この時の俺は馬鹿みたいに浮かれていた。
好物のおはぎとあいつの握り飯、そして手合わせ。
何も知らなかった。
何も気付かなかった。
あいつがまさかあんなことになるなんて。
◇
木刀を手渡すと、蓬萊は一度大きく振り下ろした。
そのままは真正面から来る…と見せかけ、蓬萊は左に回り込んだ。
木刀が真横から迫り、瞬時にそれを受け止めた。
蓬萊はすぐに姿勢を低くし、足払いを仕掛ける。
一連の動きが速い。
蓬萊は継子から体術まで習っており、手合わせの時は必ず組み込んで来る。
木刀だけの打ち合いは単調になりやすい。
様々試し、実戦でも取り入れているのかもしれない。
すると蓬萊は低姿勢から弾みを付け、技を撃ってきた。
─土の呼吸 玖ノ型 蚯蚓破裂(みみずばれ)
「!」
木刀を真横にし防ごうとしたが、太刀筋がぐんっと伸びた。
(チッ!)
咄嗟に顎を持ち上げ仰け反り、後方に下がる。
まさか低姿勢から技を撃つとは思わなかった。
今日の蓬萊は随分と積極的だ。
一呼吸置くこともせず、次々攻撃してくる。
今の技は、躱さなければ顎に当たり怪我をしていた。
木刀で受け躱すのは限界がある。
仰け反った反動で今度は俺から切り返す。
木刀が当たる音だけが庭に響く。
いつもならば俺が押す打ち込みだが、今日は蓬萊もかなり強くなかなか押しきれずにいる。
単調に見えるが、蓬萊は細々と奇襲をしており俺の打ち込みを崩そうとしていた。
それにしても木刀捌きが速い。
隙を見て風の技を撃つつもりが、一瞬たりともそれがない。
───────
──────
数刻後。
今までの手合わせでは吹っ飛ばされるなんてことはなかったが、今日は蓬萊の繰り出した技の勢いに押され後方に飛んだ。
駆け寄った蓬萊に、率直に告げた。
「すげェ威力だなァ」
屋敷を囲う塀まで飛ばされたのは初めてだ。
「受け身は取ったはずだが…木刀にひび入ってんじゃねェのかァ?」
「真っ向から受けたらそうなるかもしれませんが、不死川さん、咄嗟に木刀を振りましたよね?発生した風がいくらか盾になったんですよ」
「気休め程度になァ。お前は技の繋ぎが速いんだよォ」
肩を回しながらそう言うと、蓬萊は苦笑いした。
褒め言葉だが嬉しがる様子はない。
とにかく今日の蓬萊はかなり気合いが入っていた。
木刀を回収し、井戸を使えと言い俺は茶を用意するべく台所へ向かった。
◇
茶と菓子を入れた盆を持ち縁側に行けば、蓬萊は髪を纏めず風を受け靡かせていた。
整った横顔は穏やかに庭を見ている。
少しだけ心臓が跳ねた。
「…髪紐、切れたのかァ?」
そう聞くと、こちらに顔を向け微笑む。
普段と違い髪を下ろしているせいか、雰囲気が違って見える。
横髪を耳にかける仕草がやけに色っぽい。
「いえ、風が気持ちいいからしばらくこのままでいいかなって…お茶ありがとうございます」
手を拭くと水、茶、そして持参した栗羊羹に手をつけたのを見て、俺もおはぎに手をつける。
「そのおはぎ、前回と同じ店から買ったんですけれど味はどうですか?」
こいつ、実は俺がおはぎが好物だと知っているんじゃないのか?
そう思わずにはいられない程、毎回おはぎを持ってくる。
「…うめェ」
「よかった!村田さんが紹介してくれたお店なんですけど、みたらし団子と栗羊羹が美味しいと評判らしくて。他のはどうかなと思ったんです」
村田?
村田…どっかで聞いた気がする。
そこで、雨の山で任務にあたった時のことを思い出した。
蓬萊が背負うだなんだと話していた時の奴か。
「村田ってあの雨の日山にいた奴かァ?」
「そうです。村田さんとは同い歳で、何度か任務も一緒になったんです。あ、不死川さんとも同じ歳ですね。あとは…伊黒さんと冨岡さんも同い歳らしいですよ」
「へェ…」
何で奴等の歳なんぞ知ってるんだか。
村田と伊黒は別に構わないが、あの冨岡と同じというのが気に食わない。
内心で悪態をついていると、蓬萊がこちらを窺う。
「ちょと聞きたいんですけれど、不死川さんの鴉って話しかけると喋りますか?」
はァ?
「何だァその質問。当たり前だろうがァ」
いきなり何を言い出すんだ、こいつは。
「任務の伝令以外にですよ?例えば岩柱様ってどんな人?わかる?とか聞いたら答えます?」
「鴉とそんな雑談したことねェんだが、つーかんなこと気にしたこともねェなァ」
おかしな奴だ。
鴉を話し相手にでもしたいのか?
鎹鴉と必要事項以外の会話をするなど、今の今まで考えたこともなかった。
だが蓬萊は腑に落ちない様子だ。
「んー、じゃあ私の鴉に話しかけてみて下さいよ。任務伝令以外は話しかけてもまったく反応がないんです。八年も一緒にいるのにおかしくないですか!」
俺に同意を求めるが、生憎鴉と会話など不要だと思っているので答えられない。
「令和ー?令和ー?いたいた、ちょっと来て」
蓬萊が庭の方に声を掛けると、庭の枝に止まっていた鴉が近付く。
どうぞと手を向けられたので、下らないと思いながらも話し掛けてみた。
どうせ答えないのだろうと思った。
主にすら喋らない鴉が、俺に喋るわけがない。
「…おい令和、主の名前と俺の名前は?」
「蓬萊斗和、芋娘っ!不死川実弥、風柱!」
オイ、すんなり答えたぞォ…
「こりゃたまげた!なしておらが聞くと答えねんだ?芋娘って言わねえでけろ!笑われるでねえが…(えー驚いた!何で私が聞くと答えないの?芋娘って言わないでよ!笑われるじゃないの…)」
鴉に近付きしゃがんでつんつん突く蓬萊の姿に、もう堪えられず後ろを向く。
八年も話し掛けたが一切答えない鴉が、俺の一言ですらすら喋った。
しかも芋娘だと。
そのあと驚き慌てふためいた蓬萊の方言がまた…!
これを笑うなと言うのは無理な話だ。
やべェツボに入っちまった。
そろそろやめねェとあいつが気付いちまう。
っとにあいつは笑わせてくれ…る…
真横に気配がし、思わず笑うのを止め顔を上げた。
至近距離で蓬萊と目が合う。
慌てて立ち上がるも、それに驚いた蓬萊の体が崩れ倒れ込んだ。
「きゃあっ!」
咄嗟に彼女の右腕を掴み、背中を支え抱き留めた。
蓬萊の鼓動が手のひらに伝わる。
そっと顔を覗けば、頰を染め何度も瞬きし俺を見上げている。
なんつー顔しやがる…
あったはずの理性は脆く崩れ落ちた。
掴んだ腕をゆっくり引き寄せ、背中の手を肩に回す。
「斗和…」
初めてその名を呼んだ自分の声が、驚く程に柔らかだった。
蓬萊が俺を見つめる目が、熱く艶めいている。
欲しい…
堪らなくなり、顔を近付け目を閉じた。
口唇に柔らかな感触と共に、熱い吐息が重なる。
細い手首を掴んでいた手をゆっくり上に移動すれば、自然に指と指が絡まり合う。
言葉もなく交わす口付けは柔らかく、そして甘い。
酔いしれそうな熱い吐息が体を駆け巡る。
先を求め、俺は舌を割り入れた。
意外にもすんなりと侵入し、そのまま蓬萊の口内を堪能する。
彼女は戸惑いながらももそれに応えてくる。
「っ、は…」
口端から漏れた蓬萊の吐息に、体の芯が熱くなった。
もっと欲しくなる。
蓬萊を求めて止まない俺がいた。
どうしようもなく苦しい
どうしようもなく好きで
どうしようもなく愛しい
俺がこの想いを告げたら、お前はどんな顔をする?
何と言う?
口唇が離れた瞬間、彼女は逃げるように去った。
この時、なぜ好きだと告げなかったのか。
なぜ蓬萊の手を離したのか。
俺は深い後悔をすることになる。