【拝啓 煉獄槇寿郎様】
いつぞやは河原で大変失礼しました。
そしてこれまでの数々の無礼な振る舞い、申し訳ございません。
ですが後悔はしていません。
こちらにお邪魔するのはこれで最後です。
どうかお身体を御自愛下さい。
【蓬萊斗和】
斗和は、槇寿郎への文を懐に入れた。
これから久方ぶりに、煉獄家へ手合わせに行くところだ。
河原で槇寿郎に説教をしてから、その後一度も煉獄家には行っていない。
自分には二度と会うなと、槇寿郎が息子達に告げているかもしれないと思っていたからだ。
そう考えると手合わせの文も出せずにいた。
その後、霞柱が加入した柱合会議で杏寿郎に会った。
自分に対する態度が変わらないことから、この悩みは杞憂に終わった。
杏寿郎のことだから、そう告げられても態度を変えないのかもしれない。
どちらにせよ最後に一度手合わせし、来たるべき時に備えたいと思った。
共闘とは思っていない。
上弦ノ参を倒せるとも思っていない。
ただ、生きて欲しい。
斗和の願いはそれだけだ。
杏寿郎が生きてまた剣を振るうことができるなら、斗和は自身がどうなってもよかった。
───────
──────
煉獄家に行く前に、村田に教えて貰った甘味屋に寄る。
斗和は、食材の買い物以外で町へ出掛けることは殆どない。
故に店を知らない。
甘味屋も様々あるが、初めて村田と会った店にばかり行っていた。
種類も多く、どれも美味というのが理由だ。
芋羊羹を多めに購入した。
また"わっしょい"が聞けるかと思うと、斗和は自然と顔がほころぶ。
──────
─────
煉獄家に着くと、斗和は門を見上げる。
(きっとこの門をくぐるのもこれで最後かな)
何度さつまいもを運んだのか、いろいろと懐かしいと思いを馳せる。
すると、千寿郎が箒を携え出てきた。
「蓬萊さん!こんにちは、お久しぶりですね。兄上は庭におりますよ。今日は少し風が強いので掃くのは二度目です」
「こんにちは、お邪魔します。これ芋羊羹です。以前と違って手作りではないのですが、お茶請けにどうぞ」
斗和は持参した芋羊羹を差し出すと、「兄上が喜びます!」と笑顔になる千寿郎。
(この笑顔は守らなきゃ…!悲しみの泣き顔にしないように!)
門を潜ると、強い風が吹いた。
◇
「蓬萊殿、よく来た!手合わせも久方ぶりだな。昨年あたりから随分と忙しくなって、会議でしか会えなかったが息災で何よりだ」
「はい、煉獄さんも!私、煉獄さんに会うと元気が出るんです。頑張ろうってやる気が湧き上がります!今日もとことんよろしくお願いしますね!」
互いに木刀を構えると、すぐに打ち合う音が響く。
杏寿郎、義勇、実弥。
斗和は柱の中でこの三人と手合わせしてきた。
柱の打撃と速さは、一般隊士とは比べ物にならない。
そして皆、余裕がある。
実弥はとにかく容赦ない打ち込みが特徴だ。
手加減は一切しない。
義勇とは一度だけだが、表情を変えないのでかなりやり難かった。
杏寿郎はどこを見ているか分からない目だが、的確な打ち込みだ。
(煉獄さんて太刀筋が指導に向いてるよね。しっかりと見えるからお手本みたい…)
打ち合いが単調になってきたと感じた矢先、空気が変化する。
─炎の呼吸 参ノ型
杏寿郎が、上から下へと弧を描くように木刀を振るい、技を撃った。
─土の呼吸 㭭ノ型
斗和は一瞬判断が遅れたが、即座に防御技である土嚢城壁で防ぐ。
ぎりぎりだった。
斗和は杏寿郎の撃った型を知らない。
炎の呼吸は不知火、昇り炎天、盛炎のうねり、炎虎、奥義の煉獄。
斗和はこの五つしか知らなかった。
玖ノ型まで全て撃てるのは分かるが、目の前で放たれると驚くしかない。
「蓬萊殿!手合わせ中に考え事はよくないな!」
杏寿郎が目の前に乗り出してくる。
やはり集中していないのはばれるようだ。
「すみません!もう一度仕切り直しでお願いします!」
慌てて詫びた斗和は、再度木刀を構えた。
◇
しばらくして、斗和は最後には体術まで駆使し、杏寿郎の膝を地面に着かせた。
体術というのは、実際は鬼相手には無力である。
だがいざという時、使えるに越したことはない。
「蓬萊殿は体術もできるのだな!正直女の打撃ではないぞ!いつぞや不死川に殴られたことを思い出した。かなり力が強いな!」
笑う杏寿郎に、斗和は複雑な気持ちになる。
男並の力は褒め言葉として受け取るも、実弥に殴られたことを思い出すとはどういう意味なのか。
「ありがとうございました!やっぱり煉獄さんとの手合わせは身が引き締まります!何度でも立ち向かうぞって思います」
汗を拭き呼吸を整える。
「不死川との手合わせはどうなんだ?よくしているそうじゃないか!」
斗和は驚き、固まってしまう。
なぜそれを杏寿郎が知っているのか。
「…不死川さんとは…私が不甲斐ないから成り行きでしているだけで、よくという程ではないですよ。殆ど負けていますし…」
斗和は実弥の名を出し、胸がキュッと締め付けられた。
それにしてもと、訝しむ。
実弥も杏寿郎との手合わせを知っており、杏寿郎も実弥との手合わせを知っている。
いつぞやは行冥までもが、実弥との手合わせを知っていた。
(もしかして、柱に稽古だ手合わせだと頻繁に頼むのって私だけなのかな?)
「…そうなのか?」
杏寿郎にしては珍しく、幾分か間を置き反応した。
斗和を見ていて何かに気付いたのか、僅かに目を細める。
「不死川から聞いた時は、二人は親しい仲なのかと思ったが…」
「まさか!そんなわけ…」
咄嗟に否定するも、斗和は胸の奥が痛い。
うまく笑えているか、それだけが気掛かりだった。
俯きそうになるのを堪えてはいるが、苦しかった。
杏寿郎からそのようなことを言われるなど、思ってもみなかったからだ。
「二人とも休憩なさって下さい。冷たい水と茶を用意しました」
そこへ千寿郎が盆を持ち縁側に現れる。
斗和は縁側に腰掛け水を飲むと、喉がみるみる潤う。
「そういえば、蓬萊さんは柱を退いたそうですね…?兄上から聞きました」
千寿郎が控えめに口を開いた。
「お館様から聞いた時は驚いたぞ!よもや九人揃うまでと決めていたとは思わなんだ。実力も申し分ないというのに!」
「いえそんな、私はこの通りいつまでも未熟者ですよ。あの時は柱も少なくて、私で役に立つならと受けはしました。ですがやはり、私は一般隊士が性に合っています」
「蓬萊殿は謙遜ばかりだな!もっと自信を持つべきだ!君は強いのだから」
杏寿郎が真っ直ぐ斗和を見つめる。
その眼差しには、これまでとは違う別の感情が含まれていた。
斗和は自分を見つめる杏寿郎を見て、右手を握り締める。
考えないようにしていた不安が押し寄せる。
(私はこの笑顔を…この人の命を守れるの…?ちっぽけな女の私が尊いこの人を…)
斗和はじわっと涙が滲む。
「兄上、これは蓬萊さんからいただいた芋羊羹です。蓬萊さんもどうぞ」
「…あ、ありがとうございます」
千寿郎に芋羊羹を渡され、斗和は誤魔化すように口を付ける。
以前は、畑を管理していた夏世が作った物を持参した。
あの時は畑で穫れたさつまいもを使い、斗和も一緒に作ったのだった。
今日のは甘味屋のものだ。
「うまい!わっしょい!」
(あ、聞けた!だめだ笑ってしまう)
斗和は堪えきれず、ふふっと笑った。
「む、そんなに面白いか?」
「面白いですよ!煉獄さんがわっしょいと言うと、なんだかお祭りみたいで…」
千寿郎は「僕はもう慣れました」と言いながら笑う。
「煉獄さんは本当にさつまいもが大好きなんですね。こうやって加工して食べられるっていいですよね。そういえば昔の話しなんですが、私は東北の田舎から東京まで歩いて来たんです。その時に、家の畑からさつまいもを掘りたくさん持って来ました。何日ももたせるために、ずっと生のまま囓っていたんですよ」
あれは忘れられないな、と苦笑いする斗和はまた一口芋羊羹を頬張る。
すると視線を感じ二人を見れば、煉獄兄弟は信じられないと驚愕して固まっていた。
(しまった!こんな話しをしたら誰でも驚くよ…!)
斗和は言わなきゃよかったと後悔するも、時すでに遅し。
煉獄兄弟はただでさえ大きな双眸を、更に見開いている。
「なんと!東北から歩いて東京まで来たのか!?しかも芋を生で食べるとは、蓬萊殿は相当に逞しいな!よもやよもやだ!」
「かなり大変だったでしょうね…想像がつきません!僕はできるでしょうか…」
二人は同じ顔、同じ表情をして斗和を凝視している。
「私、十二歳で奉公に出されたんです。実家は農村の外れでしたし、駅なんて近くになくて。それに汽車代も足りなかったので、結局殆ど歩きま
した。いろいろあり鬼殺隊に入りましたが、さつまいもを生で食べていたのは懐かしい思い出です」
斗和が奉公に出されたというのは嘘だが、歩いたのもさつまいもを生齧りしたのも本当である。
今思えば、十二歳の小娘がよく東北から一人で歩いて来たものだ。
以前の記憶を戻し、どうしても杏寿郎を救いたい一心で歩いた。
鬼殺隊に入る為とはいえ、斗和は自分の行動力に驚くしかない。
その長年の目的を遂げる時が差し迫っていた。
「…あの、厠をお借りしてもいいですか?」
◇
斗和は話しを切り上げ、千寿郎に厠を案内して貰い戸を開け中に入る。
様子を窺い千寿郎の姿が見えなくなると、急いで厠を後にし槇寿郎の居室へと向かう。
足音を立てず素速く移動し、目的地に着くと懐から文を取り出し襖の隙間から中に入れた。
ストンと小さく音がしたので、中に入ったのは確実だ。
そしてまた素速く厠へと戻った。
気配に気付いた槇寿郎は、襖の下に落ちた文を拾いしばらく立ち尽くしていた。
斗和が厠へ行っている間、煉獄兄弟は今しがたの話しの続きをしていた。
「兄上、東北とは遥か北にありますよね?十二歳でそんなところから歩いて来るなど、蓬萊さんはすごいです」
「うむ。なかなかできることではない。さつまいもを囓り、飢えを凌いで長い距離を歩いて来たのだろう。蓬萊殿はなんとも気概のある強い女性だ…!決して強さに驕ることもなく、柱も退いた。受けた恩を忘れず、我が家に何年もさつまいもを届けてくれた」
「兄上は三年目ぐらいから楽しみになっていましたからね。蓬萊さん、俺に稽古をつけてくれた時……」
千寿郎は稽古の時に、斗和に抱き締められたことを思い出す。
よく頑張っている、尊敬すると言われた。
口に出せなかった気持ちを理解してくれたような、とても不思議でそして嬉しかった。
【私なんか炊事もまともに出来ず、鼻をほじっているような小娘でしたよ】
そのあとに斗和が言ったことは、とても面白かった。
思い出し笑ってしまうと、隣の杏寿郎が「どうした?」と覗きこんでくる。
その時、角を曲がり厠から斗和が戻ってきた。
千寿郎が笑っている姿を見て慌てる。
まさかあの話しをしてしまったのか、と。
「あー!だめです!鼻をほじる話しはだめですよ!」
「蓬萊さん!?僕は何も言ってません!今ご自分で言ってしまってますよ!」
「あー!!無し!今のは無しです!煉獄さん忘れて下さい!」
顔を真っ赤にした斗和が叫ぶ。
「鼻をほじるとは何だ?」
杏寿郎が首を傾げる。
穴があったら入りたいと、真っ赤な顔で嘆く斗和だった。