斗和の奥義は標的を確実に肉塊にする技である。
だが、下弦以下の鬼に通じても、上弦である猗窩座には通用しなかった。
速く斬り刻むことはできても、頸という致命傷を狙えない。
そして限界が来た。
(だめだ、もう…)
最後にとどうにか狙った斗和の刀は、猗窩座の頸に半分まで刺さった。
「!こ、の…!」
だがそこでピタリと止まり、斗和は刀を手放し盛大に真横に倒れた。
同時に地響きも鳴り止み、辺りは静けさを取り戻す。
「斗和っ!!」
杏寿郎は思わず斗和をその名で呼んだ。
そして猗窩座をその場から離そうと不知火を撃つ。
当然のように避けると、猗窩座は斗和の刀を頸から外し投げた。
猗窩座はやっと邪魔者がいなくなったことに歓喜する。
「杏寿郎、さあ戦おう!」
再生していく猗窩座は、既に斗和など見ていなかった。
杏寿郎は様々な感情が込み上げるも、やるべきことは一つだった。
刀をぐっと後方に構える。
「俺はどんなことがあろうと、俺の責務を全うする!!ここにいる者は誰も死なせない!!」
杏寿郎の足から、練り上げられた闘気が湧き上がる。
ビリビリとした気迫が猗窩座へと伝わる。
「素晴らしい闘気だ…満身創痍だというのにその気迫、その精神力。一部の隙もない構え。やはりお前は鬼になれ杏寿郎」
猗窩座は術式展開の構えをした。
「俺と永遠に戦い続けよう」
─炎の呼吸 玖ノ型 奥義 煉獄!!!
─破壊殺・滅式!!!
盛大にぶつかり合う二つの技。
大爆発まで起き、杏寿郎は全身に攻撃を受け、あちこちから血が噴き出る。
未だ噴煙で見えない中、炭治郎と伊之助は固唾を呑んで見つめている。
そして消えゆく噴煙の中、抉られた顔や上半身のまま猗窩座の腕が杏寿郎の鳩尾に迫る。
ここで突如、猗窩座の視界に朝日が見え始めた。
「!?」
(まずい!ここにいたらすぐに陽光が!!)
実はここで、斗和の計画通りのことが起きる。
陽光がいち早く照らす場所に、猗窩座を誘導したことである。
斗和の記憶にある描写だけでは不安だったが、おそらくそうではないかと思い、奥義を撃ちながら猗窩座を押して行ったのだ。
杏寿郎が不知火を撃ったことで、猗窩座は更に後方に下がった。
そして最大の要因は、猗窩座が斗和という存在に心を乱されたことである。
平常時であれば、既に夜明けが近いことを察していたはずだ。
斗和が倒れたあと、朝日は間もなく顔を出そうとしていた。
それに気付かず、杏寿郎と戦うことに躍起になった。
そこに山から見えた朝日が、容赦なく照らし始めたのだ。
斗和は、朝日が照らすまでの時間稼ぎをするのが目的だった。
だがそれだけでは計画通りに行かない可能性がある。
二段構えとして、陽光がいち早く照らす場所へ誘導することだった。
斗和は奥義を撃てば必ず失神する。
その後どうなるか全く分からない。
故に、最大限できることをした。
そしてそれは功を奏した。
猗窩座は杏寿郎の鳩尾を狙っていた腕を素速く引き、陽光から逃げようとした。
そこへ杏寿郎が猗窩座の腕を掴み頸へと刀を斬りつける。
「かっ…!!」
「オオオオオオオ!!!」
杏寿郎は更に刀を食い込ませる。
「離せええええ!!」
猗窩座は左腕を杏寿郎の顔目掛け振る。
それを杏寿郎が左腕で受け止めた。
(止めた!!信じられない力だ!!俺の攻撃が全身に当たっているんだぞ!?あああまずい!陽光が!)
猗窩座は焦り腕を振り解こうとするが、杏寿郎は決して離さない。
そこで炭治郎が動く。
離れた場所にある刀を掴み、二人の元へ走る。
(斬らなければ!!鬼の頸を…早く!!)
「伊之助動け───っ!!!煉獄さんのために動け───っ!!!」
炭治郎の叫びで、伊之助はハッとし走り出す。
─獣の呼吸 壱ノ牙 穿ち抜き…
伊之助は二刀流を駆使し、猗窩座へと迫る。
猗窩座は両足に力を入れ、自らで頸の刀を折り、掴まれた腕を引き千切ぎり飛び上がった。
ジュワッ!
「!しまっ…」
陽光が差し、猗窩座の髪を焼いた。
(早く陽光の陰になる所へ…!!)
猗窩座は間近に迫る陽光を避け、素速く林の中へ走る。
炭治郎はそれを追い、刀を突くように振り投げた。
(梃子摺った!早く太陽から距離を…)
走る猗窩座は振り返る。
「!!」
ドスッと言う音と共に、猗窩座の胸に刀が突き刺さる。
「…っ」
何事だと見れば、炭治郎が叫ぶ。
「逃げるな卑怯者!!逃げるなァ!!!」
猗窩座は顔に筋が浮き上がる。
炭治郎が何を言っているのか理解できなかった。
脳味噌が頭に詰まっていないのではと思った。
猗窩座が逃げているのは、鬼殺隊からでなく太陽からだ。
そして勝負はついている。
杏寿郎の鳩尾に拳は入れられなかったが、全身に滅式を受けた。
出血は酷く、力尽きて死ぬのは分かっている。
(こんなにも梃子摺るとは!女…あの女のせいだ!予想外に時間を喰った)
猗窩座は僅かに陽光で焼いた髪を思い出し、怒りが込み上げる。
そしてそのまま森の奥へと姿を消した。
「いつだって鬼殺隊はお前らに有利な夜の闇の中で戦ってるんだ!!生身の人間がだ!!傷だって簡単には塞がらない!!失った手足が戻ることもない!!」
炭治郎は猗窩座が見えなくなっても叫んだ。
「逃げるな馬鹿野郎!!馬鹿野郎!!卑怯者!!お前なんかより煉獄さんの方がずっと凄いんだ!!強いんだ!!煉獄さんは負けてない!!誰も死なせなかった!!戦い抜いた!!守り抜いた!!お前の負けだ!!煉獄さんの勝ちだ!!」
炭治郎はありったけ叫び、大声で泣いた。
伊之助も震えながら泣いていた。
杏寿郎はそれを見て、穏やかに声を掛ける。
「もうそんなに叫ぶんじゃない。腹の傷が開く。君も軽傷じゃないんだ」
涙が止まらない炭治郎は、杏寿郎を見つめ泣いている。
「竈門少年が死んでしまったら、俺の負けになってしまうぞ。…猪頭少年」
「お、おう!」
伊之助は呼ばれ、ビクッと肩を震わす。
「あそこに倒れている隊士を、ここに連れて来てくれないか」
杏寿郎が振り返る先には、斗和が倒れていた。
伊之助は即座に駆け寄り、斗和を担ぎ上げ杏寿郎の前に横たえた。
手拭いは無く、団子結びにしていた髪も解けている。
左目の横はパックリと縦に裂け、流れた血が顔の左側を赤く染めていた。
(斗和、君はなぜここにいる?すまない。また顔に傷を負わせてしまった)
思うことはあっても、斗和を見つめたまま何も言わない杏寿郎。
伊之助は斗和の心臓に耳を寄せる。
ドクン、ドクンと鼓動が聞こえた。
「生きてるぞ!心臓の音が聞こえた!」
「そうか…!よかった。竈門少年、こっちにおいで」
炭治郎はヨタヨタと立ち上がり、杏寿郎の前に座る。
斗和に目を向けると、炭治郎は疑問を投げかけた。
「あの、この人は…」
「蓬萊斗和。元・土柱だ。訳あって柱を退いたが、実力は柱と同じだ」
杏寿郎はそこまで言うと、腹を押さえた。
全身から出血している杏寿郎は、傷が深いことを悟る。
絶えず血は流れており、死を覚悟した。
「煉獄さん!無理しないで」
「最後に少し話をしよう。思い出したことがあるんだ。昔の夢を見た時に…」
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