蝶屋敷の出来事
蝶屋敷の個室。
寝台に横たわる炎柱・煉獄杏寿郎の様子を、くまなく診察する少女の姿があった。
髪に大きな蝶の飾りを付けた蟲柱・胡蝶しのぶは、険しい表情を崩さない。
杏寿郎は全身包帯だらけで、痛々しい姿だった。
左目は潰れ、左右の肋骨は全てにひびが入っている。
左腕と右足は酷い打撲。
他にも肩口や何ヶ所もの深い裂傷と打撲。
まさに満身創痍だ。
いつどうなるか、予断を許さない状態である。
隠が担架で運んできた時は、絶望した。
失血の多さとその姿から、もう手遅れだと思った程だった。
大急ぎで輸血し、処置を施し三日経過した。
未だ目を覚ます気配はない。
しのぶは、青白い顔をした杏寿郎の姿を見るのは初めてだった。
それでも生きている。
全ての肋骨にひびは入ったが折れなかった為に、内臓は傷つけていない。
それは大きな救いだった。
内臓が傷ついたり、万が一風穴でも開けられていたら致命傷だ。
即死だって有り得た。
上弦ノ参と対峙した。
それは壮絶な戦いだったことは、この姿を見れば分かる。
上弦と遭遇し生きて戻った。
今までになかったことだ。
上弦の鬼はとてつもなく強い。
柱でさえ上弦の鬼には敵わない。
しのぶ含む全隊士が知っていることである。
それは、胡蝶カナエが殺された時に突きつけられた紛れもない現実だった。
上弦と対峙し、生還を果たした者はいない。
だが杏寿郎は生きて戻った。
それは蓬萊斗和がいたからなのだろうか。
しのぶは顔を上げ、隣の部屋を見た。
部屋をそっと出ると、隣の個室に入る。
そこには杏寿郎同様、寝台に横たわる元土柱・蓬萊斗和の姿があった。
杏寿郎と同じく、上弦の鬼と対峙した。
彼女は、なぜその場にいたのか。
しのぶは不思議だった。
本部で杏寿郎と会い任務の話しを聞いた時、彼は何も言っていなかった。
斗和との共同任務だと知っていたならば、一緒だと告げるはずだ。
つまり杏寿郎は、斗和が列車に乗っているのを知らなかったのだ。
斗和は今は一般隊士に戻ったとはいえ、力が弱くなり柱を退いたわけではない。
斗和の強さは柱同然だ。
もし蓬萊斗和がいなければどうなっていたか、それは容易に想像できる。
しのぶは、任務に同行した三人の隊士に聞いた。
列車に寄生していたのは下弦の鬼だった。
その鬼を倒す間、斗和が戦っている姿は誰も見ていないのだ。
三人の隊士によると、斗和とは面識がなく、名前も知らない。
それでも戦う姿を見れば、鬼殺隊だとすぐに分かる。
つまり斗和は、その後に現れた上弦の鬼とだけ対峙したということである。
まるで上弦が現れるのを分かっていたみたいだ。
(たまたま乗っていたなら、すぐに加勢するはず。なのにそれをせず黙っていたなんて…)
しのぶは斗和の目が覚めたら聞きたいと思っているが、彼女も三日経つが目覚める気配はない。
外傷は左目横の縦に斬られた傷と、全身の打撲。
顔の傷は浅くはないが致命傷ではない。
本来ならばとっくに目覚めているはずなのだ。
一般人でさえ意識を失うはずがない傷なのだから。
だが斗和は目覚めない。
その原因と考えられるものを、しのぶは知っている。
斗和本人は、隠しておきたかったであろうことだ。
しのぶは斗和の手首にそっと指を当てる。
トク・トクトク・トトト・トクトクトク・トクトクトト・・ト
羅列される不規則な脈動。
しのぶは手首から指を離した。
布団を捲り寝巻を緩め、聴診器を当てる。
ドクドクドクドク・ドク・・トトト・ドクドク・・ドク
しのぶの眉間に皺が寄る。
脈拍同様に乱れきった心音と雑音がする。
いつからこの状態なのか、しのぶはため息が出た。
蓬萊斗和は明らかな心臓疾患だ。
これで全集中の呼吸を続けたらどうなるのか。
それは火を見るよりも明らかだ。
聴診器を耳から外したしのぶは、更に深いため息を吐いた。
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その翌日、背の高い体の大きな中年の男が蝶屋敷に現れた。
対応したアオイは相当に驚いていたが、しのぶは特に驚きはしなかった。
柱には更に大柄な男が二人いて見慣れている。
音柱の宇髄天元と同じくらいの背のその客は、蓬萊斗和を訪ねて来た彼女の育手だった。
西盛胤篤(にしもりたねあつ)と名乗った隻眼のその男は、筋骨隆々で貫禄があった。
男にもしや柱だったのかと聞くと、頷く。
しのぶは斗和の経緯を説明し、面会謝絶だと伝えた。
すると、目覚めたら斗和の鴉を通じ教えてくれと帰って行った。
なぜ斗和の育手がここへ来たのか、しのぶは不思議だった。
蓬萊斗和は、やはり何かがありそうだと思うのであった。