実弥が斗和の個室から去り、一刻程が過ぎた。
うっすらと目を開けた斗和は、ぼんやりと空間を見つめる。
状況を把握しようと、瞬きしたり頭をゆっくり動かす。
ふと右手が暖かく感じ、布団から取り出しまじまじと見る。
(ここは…?えっと、何でここにいるんだっけ?最近煉獄さんに会った気がするな…手合わせしに行って…そうだ!そうだ!そうだ!煉獄さん!煉獄さんは!?)
斗和は思い出した。
杏寿郎を救う為、無限列車に乗った。
初めて大々的に物語に関与した。
列車内では何もしなかったが、猗窩座と対峙し最後に拾ノ型を撃った。
その後の記憶がない。
一体どうなったのか。
杏寿郎はどうなったのか。
無事なのか。
知りたくてしょうがない。
「………」
声を出してみようとするも、掠れてハクハクと声にならない。
「……ぁ……あ……」
何度か試みて、やっと出てほっとする。
水が飲みたくてどうにか起き上がると、全身が軋むように痛い。
斗和は寝間着姿だった。
本で見た蝶屋敷での寝衣は、洋装である。
これまで一度も着たことがなかったので、残念だなと思った。
「水…台所…」
斗和はボソッと呟くと、履物に足を入れ立ち上がる。
蝶屋敷の台所は、以前野菜を運ぶ為に一度行ったことがある。
記憶を頼りに廊下を歩いた。
斗和は左目の辺りが痛む気がしたが、歩けるのだから問題なかった。
上弦と戦ってこれで済んだのは奇跡である。
誰もいない廊下をゆっくり歩き、台所に着くと喉を鳴らし水を飲む。
しばらくぶりに生き返った気がした。
すると厠へ行きたくなり、斗和は手探りながらもどうにか見つけ用を足す。
「!」
ふと手洗い場の備え付けの鏡を見て驚く。
左目横に縦の傷があった。
縫われたそれは、古傷と僅かに交差している。
(これはあの時猗窩座に…)
斗和は、また顔に傷を負ってしまったのだと落ち込んだ。
なんて醜い姿なのだろうと、じわりと目尻に涙が浮かぶ。
人前に出せる顔ではないと思った。
鏡はもう見たくないとため息を吐き、厠を出ようとすると何やら声がする。
「…蓬萊さん…?蓬萊さん!どこにいますか!?」
「は、はい。ここです…」
斗和は呼ばれているのに気付き、慌てて厠から出る。
するとそこには胡蝶しのぶがいた。
「蓬萊さん!?あ、あなたいつ目覚めたんですか!早く部屋に戻って下さい!いきなり歩いてはいけませんよ…!」
しのぶは斗和を叱り付けた。
そして駆け寄り支えようとする。
だがしのぶは斗和より背が低く、支えになるには厳しい。
斗和は一人で歩けるので、丁重に断るとゆっくりと部屋へ戻った。
◇
再び寝台に入り、斗和は起き上がったまま診察を受ける。
一通り診た後、しのぶはゆっくり口を開いた。
「首も手足も指もしっかり動きますね。顔の傷は痛むかもしれませんが、じきに治ります。ただ、痕が残ると思います…」
しのぶは申し訳なさそうに瞼を伏せる。
「大丈夫です。既に傷がありますから増えても…あ!実は私お面を持っているので、それを被りますから」
斗和が笑うと、しのぶは笑えない冗談ですねと一蹴した。
斗和は本気だった。
さすがに顔に二ヶ所も傷があるのは、見る者に不快な思いをさせると思った。
だが今はそれよりも気になることがある。
斗和は身を乗り出し、しのぶに詰め寄った。
「あの!…煉獄さんは?…無事ですか!?…生きて…いますよね!?」
「ええ。しかし無事とは言えません」
「え…!?」
斗和はみるみる青ざめていく。
「大丈夫、ちゃんと生きています。…ですが運ばれた時は左目は潰れており、左右の肋骨は全てにひびが入り、左腕と右足は酷い打撲。他にも肩口やあちこち深い裂傷と打撲という満身創痍で、予断を許さない状態でした」
「それで!?煉獄さんはっ…?」
胸元を押さえた斗和は、しのぶを見つめその先を問う。
「ずっと意識は無かったのですが、運ばれてから一週間程で目覚めました。その後は驚くほど早く快復しています。…余程心配だったんですね」
しのぶは微笑み、寝台脇の手拭いを取り斗和の顔に当てる。
斗和は自分が泣いているのだと気付いた。
「うっ…うっ…」
(煉獄さん、煉獄さん…!生きていた!生きててくれた…!!)
「本当に、本当に煉獄さんは生きてるんですね!?」
斗和は泣きながら何度も確認するので、しのぶはついにクスクスと笑い出した。
「蓬萊さんたら、何度言わせるんですか」
「すいません…でも、やっぱりこの目で見ないことには実感が…」
どうしても不安が拭い去れない斗和に、しのぶはこの反応も仕方ないと思った。
斗和は杏寿郎と共に上弦の鬼と戦ったのだ。
先に意識を無くしたのは斗和だった。
杏寿郎の生死は何よりも心配だったのだろう。
「煉獄さんは隣の個室にいます。朝になったら是非会いに行って下さい。さすが柱というべきか自然治癒力も高く、既に寝台から起き上がり歩いています」
「もう起き上がってるんですか!?」
斗和は思わず口に手を当て驚いた。
聞く限りでは相当な重傷だというのに、斗和よりも早く目覚め、更に起き上がれるとは思わなかったのだ。
当然だと言う風にしのぶも頷く。
「私も本当に驚きました」
しのぶは、杏寿郎が起き上がれるようになると、すぐに斗和の部屋へ向かおうとしたのを思い出した。
生きていることは知っていても、まさか目覚めなていないとは思わなかったのだろう。
重傷であることも構わず、とにかく斗和を一目見ようとしたのだ。
あの時は、蝶屋敷の面々全てが必死になって止めた。
心配でならないと顔を歪めた杏寿郎の姿を、しのぶは初めて目にした。
「煉獄さん、あなたに会おうとすぐに歩こうとしていたんですよ。皆、あなたを心配しています。何せ三週間も目覚めないのですから」
「え、三週間!?そんなにですか!?」
斗和は驚いて声が上擦る。
数日程度だと思っていただけに、三週間と聞かされ頭がついていかない。
(どうしてそんなに…あ、そういえば…)
以前下弦を二体倒した時も、拾ノ型を撃った後は一週間も起きなかった。
斗和は、今になりそれを思い出したのだ。
今度は三週間である。
さすがに驚きを隠せない。
それでも斗和は生きている。
そして何より杏寿郎が生きている。
斗和にとって、最大の願いが叶ったのだ。
その後斗和は、しのぶに風呂に入りたいことを告げた。
さすがに戦い後、三週間も湯浴みをしないままは嫌だった。
「…すいません、我儘を言って」
「そのくらいで我儘なんて、蓬萊さんはどこまでも低姿勢なんですね。あなたが隠に人気なのが分かる気がします」
しのぶは頷いた。
「分かりました。では朝一番に入れるようにしておきます。三週間経過してはいますが、顔の傷が深いのでくれぐれも気を付けて入って下さい。異変があればすぐに上がるように」
しのぶは、ではまたと病室からいなくなった。
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斗和はその後、伸びた爪を切り、寝台でぼんやりと夜明けを待った。
落ち着かせようとしても、心臓は忙しなく動く。
杏寿郎が生きて隣の部屋にいる。
しかも、もう動いているとしのぶは言った。
(煉獄さんが生きている…私は本当に煉獄さんを救うことができたの?)
斗和は隣の部屋を見つめては立ち上がり、落ち着かない。
そして陽が昇ると同時に部屋を出て、風呂へ向かった。
するとアオイが介助をする為に来た。
「蓬萊様!おはようございます。目覚められて本当に良かったです!何なりと申し付けて下さい」
早朝からハキハキとしたアオイの姿に、斗和はやはり背筋が伸びる。
アオイの前でノロノロしていると、即座に注意されそうな気がするのだ。
「はい。あの、湯浴みは一人で大丈夫です。私は怪我も軽いのでどうかお気遣いなく。三週間もただ寝ていてすみません」
頭を下げる斗和を見て、アオイはぐっと奥歯を噛んだ。
「どうして謝るのですか!?蓬萊様は上弦と戦ったのですよ!そして、こうして生きて戻られました…!それはとてもすごいことです!」
任務に赴くことができなくなったアオイは、自分を情けないと思っていた。
炭治郎の言葉に大分勇気付けられたが、斗和の経緯を聞いて思うところがあったのだ。
斗和は何となく察し、首を横に振る。
「私が本当にすごいなら、三週間も眠り続けてませんよ。私はアオイさんが蝶屋敷にいてくれて、とても感謝しています。アオイさんは私と違って常にハキハキとしているので、憧れます。私は未だにおどおどしてしまうので…あ、とにかく本当に大丈夫ですから。では…」
斗和はアオイに頭を下げ、脱衣場の扉を開け中へ入った。
傷に注意し久しぶりの湯船に浸かると、斗和は安心してまた涙が出てきた。
杏寿郎が生きていて本当によかったと、何度も噛み締めた。