「君を失いたくないからだ!!」
「!」
杏寿郎の大きな声が室内に響く。
初めてとも言える、杏寿郎の怒声だった。
「斗和を犠牲になどできはしない!…君が技を撃ち続け倒れた後、俺は命に代えても自分の責務を果たそうとした。その時朝日が照らし始め、鬼は逃げた。俺は失血も酷く死を覚悟したが、こうして生きている!」
杏寿郎は斗和をしかと見据える。
「もし君がいなかったら、俺はあの鬼の技でたくさんの深手を負っただろう。肋は折れ腹に穴が空いていたかもしれない。そうなったら生きてはいられない!そんな君を犠牲になど絶対にできない!本当に感謝している…!」
杏寿郎の右目から涙が流れた。
斗和はそれを見て、再びぶわっと泣き出した。
互いに分かっていた。
仮にどちらかを犠牲にしても、倒せるとは限らない。
倒せたとしても、一生悔いることになる。
あの時点でできる精一杯のことを、二人はやり遂げたのだ。
杏寿郎は左目を潰され、満身創痍。
斗和は、顔に二つ目の消えない傷を負った。
猗窩座の頸は斬ることができなかった。
だがそれでも、誰の命も失うことなく任務を終えることができた。
上弦の鬼と対峙して、全員が生きて戻った。
それは鬼殺隊の長い歴史でも初めてのことである。
何より斗和は、死ぬはずの杏寿郎をこの世に留まらせた事実が嬉しかった。
「うっうっうぇぇ…!うわぁぁぁぁ!煉獄さぁん!!生きててよかった!本当に何よりよかったー!!嬉しいです、本当に嬉しいです!ありがとうございますー!!」
「ああ…ありがとう、斗和…」
杏寿郎は、慈しむように斗和の名を呼び感謝した。
斗和は杏寿郎の腕の中におり、しゃくり上げ泣いている。
その頭を撫でる杏寿郎の手つきが優しい。
「うっうっ、煉獄さん…煉獄さん…」
「俺はこうして生きている。君も生きている。本当にありがたいことだ!」
杏寿郎は斗和の頭を抱え、自らの胸に抱き寄せた。
斗和はとにかく泣いた。
涙が溢れ止まらなかった。
「目…痛いですよね、見え難いですよね…私の目をあげたいくらいです!私なんて無傷に等しくて…」
斗和は、泣きながら杏寿郎の包帯を巻いた左目を見る。
自らが軽傷であることも悔しかった。
「斗和、もう自分を責めるな。君は本当によくやってくれた。それに…顔に傷を負ったんだ。つらいだろう…」
斗和の顔の傷に触れた杏寿郎は、瘡蓋(かさぶた)になっているそこに口付けを落とす。
「!え、煉獄さん今…あ、すいません!こんなの見せ…」
コンコン!
その時、扉を叩きアオイが入って来る。
「おはようございます炎ば…っ!?失礼しました!」
寝台の上で抱き合っている二人が目に入ったとたん、踵を返し部屋から出て行った。
杏寿郎は構わず、斗和を抱き締めたまま離そうとしない。
斗和はどうしていいか分からず、ただ杏寿郎の胸板に耳を寄せるしかなかった。
ドクドクドクと心音が聞こえ、斗和は杏寿郎が生きていることを実感し安堵した。
(温かい…生きてる温もりって尊いんだ…)
しばらくすると、斗和はそっと杏寿郎から離れた。
「…すみませんでした。たくさん泣いて喚いて…。あ!煉獄さんの寝間巻を濡らしてしまいました。本当にすみません!あの、着替えて下さい。私、部屋に戻りますから…」
「待ってくれ!」
寝台から降りようとした斗和の腕を、杏寿郎が掴む。
そしてまた引き寄せた。
「今はっきり気付いた。俺は君が好きだ!君に聞きたいことはたくさんあるが、まずは俺の気持ちを知っておいてくれ」
「えっ…!?」
はっきりとそう告げた杏寿郎に、斗和は大いに戸惑う。
(え…私を好き!?)
斗和は、いやまさかと脳内で否定する。
そこである現象を思い出した。
それは吊り橋効果というものだ。
杏寿郎は今は感情が混乱しているだけのことで、冷静になれば違うと分かってくる。
極限状態の危機的状況で戦ったのだ。
そうなるのも当然かもしれないと、斗和は内心で頷く。
「煉獄さん、それは吊り橋効果というものです。命の危機に瀕した時に、助けてくれた人に恋愛感情を抱くというものなんです。これは一時的なものですよ」
諭すように言うと、斗和はにこりと笑う。
「それに、私は顔に傷のある醜い女です。煉獄さんにはいずれ、良いお相手が現れますよ」
「吊り橋効果とやらは分からないが、この想いは昨日今日の話しではない。それに傷は前にも言ったが、断じて醜くなどない!君は傷があろうと美しい」
杏寿郎は、斗和の頬を優しく撫でる。
「煉獄さん…」
「もう自分を卑下しないでくれ。俺は本気だ。好きだ、斗和。…今すぐでなくていい。君の正直な気持ちを聞かせて欲しい」
「!」
まっすぐに斗和を見つめる杏寿郎は、紛れもない本心であった。
(煉獄さんは本気で私を…?まさか…そんなこと…)
斗和の脳内は混乱していた。