共同任務
植えたばかりのサツマイモの苗が緑に輝くのを見ながら、斗和は額の汗を拭った。
鬼殺隊に入り一年が過ぎ、その間知らないうちに階級が上がっていた。
いつの間に辛となったのかは分からないが。
いつぞや拳を握り締めた時に、階級が手の甲に現れるのを思い出したのだった。
しかし斗和は、説明を受けたはずの階級を甲乙丙までと一番下の
その間のは分からず、辛が何番目なのかも知らない。
そしてその字が読めないという、なんとも恥ずかしいことになっていた。
"からい"なのか"しん"なのか、はたまた違う読み方なのか。
今度機会があれば、誰かに聞いてみようと思った。
実際はからいでもしんでもない"かのと"であるが、斗和はこの先も読めないまま過ごすこととなる。
斗和は毎日充実した日々を送っていた。
任務の合間に鍛錬し、更に合間に畑仕事もするという生活がすっかり板についた。
昨年収穫したさつまいもと馬鈴薯はまずまずの出来で、長屋の住人に配った。
本当は煉獄杏寿郎に食べて貰いたいと思ったが、まだ会っていないので仕方がない。
(そういえば煉獄さん、何歳かな?)
斗和は十四歳になったが、いつあの物語が始まるのか未だ分かっていなかった。
それというのも、この一年は単独任務ばかりだったからだ。
同期の宇髄天元にも会わず、当然ながら本部の産屋敷耀哉にも会っていない。
斗和が一番出会う確率が高いのは、一般隊士の村田である。
しかし、その村田も見ていない。
村田といえば、水柱・冨岡義勇の同期である。
どちらかがいればどちらかもいるということだが、年齢を聞くまでに至るかどうかだった。
それを待つよりも、早く確実に分かる方法はないだろうか?と斗和は考える。
今の時点で確実に鬼殺隊にいるのは、宇髄天元と悲鳴嶼行冥だ。
斗和が最終選別で見た限り、天元と歳は離れていないと推測した。
行冥はもう柱だろうか?
他に隊に居そうなのは誰だ?
など延々と考えるが、いつも答えは出ない。
斗和は分からないことだらけだった。
今はまだ明治で、いつ大正になるかも分からない。
(やっぱり早いうちに時系列は把握しておかないとだめだな。…共同任務、増やしてもらおうかな?)
人と会わなければ話しにならないので、やはり任務をと考えた。
とはいえ斗和は単独任務を所望し、文まで出した。
にも関わらず一年後には共同任務を頼むのは、図々しい斗和でも気が引けた。
今もぽつぽつとは共同任務があるので、それに賭けるしかなかった。
その後しばらくは単独任務が続いた斗和だったが、やっと共同任務が舞い込んできた。
繁華街の裏通りで、人間の頭部や四肢の一部が多数発見されているという。
単なる猟奇殺人ではなく、明らかに食べた形跡が無数にあるので、鬼の仕業に違いないとのことだ。
先に調査班が何人か向かったが、消息を絶っているので厄介な鬼のようである。
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煌びやかで賑やかな都市の繁華街。
斗和は、周囲をキョロキョロと忙しなく見回す。
東京とはこんなにも人が多いのかと、お上りさん状態になっていた。
集合場所の繁華街の入口には、斗和を含む六人の隊士が待機している。
皆、斗和より階級は上だった。
軽く挨拶を交わすと、視線は斗和の顔に集中する。
毎度聞かれるのが、なぜ野良着を着ているのか?
刀は背にあるのか?
本当に隊士か?
といったものだ。
たがそれらよりも驚かれるのが、斗和の顔の傷である。
最初の共同任務で、左頰を耳近くまで大きく斬り裂かれてしまった。
傷は深く、縫い合わせた痕も相まって醜い傷跡になっていた。
僅かに引き攣るような感覚と、疼く時もあるそれは、醜いとしか形容できない。
男は顔に傷があろうとさほど気にならないが、女は目立つ。
斗和は傷を隠すことはしなかったが、視線にはまだ慣れないなと思う。
作戦は二人ずつになり、両端と中央とに別れる。
鬼が出そうな建物の間や裏道に入り、おびき寄せ倒すというものだ。
繁華街なので人出が多い為、なるべく裏に裏にと誘い出さなくてはならない。
うまく六人で一網打尽にできればいいが、調査班が行方知れずなので簡単にはいかない。
斗和は細心の注意を払うよう指示された。
◇
斗和ともう一人の隊士は、入口とは反対側の繁華街の外れから脇道に逸れ、裏手を見廻る。
薄暗く狭い建物の間を歩くうち、斗和は異変に気付く。
いつまでたっても繁華街に出ないのだ。
左に二回曲がれば必ず繁華街に出るはずだが、また薄暗い同じ道に戻る。
既に左に六回曲がっており、本来なら繁華街に出るはずの場所で二人は立ち止まる。
いつの間にか血鬼術に嵌まっていたのだ。
もう一人の隊士に袖を掴まれ、合図される。
その場から逆に右に六回曲がることにし、きびすを返す。
そして右に六回曲がり、先程と同じ場所に"それ"はいた。
やけに長身の背広を着た男は、むしゃむしゃと何かを咀嚼している。
斗和は何だ…?と訝しみ凝視して気付く。
「!?」
それは、先程挨拶を交わした他の隊士の顔だった。
片方の目玉をズルッと吸った鬼は、モゴモゴと口内を動かし飲み込む。
斗和は、ゾワゾワと身体中の毛が逆立ち鳥肌が立った。
「うーん…やはり術の解き方が分かりやすいでしょうか?まあこれは人間をおびき寄せるだけのもの。今食している二人もすぐに術は解きましてね…でも死んだら無意味ですよねえ?」
鬼はニヤリと血を滴らせ、掴んでいた隊士の頭を放り投げた。
ゴトッ、ゴロリ…
鈍い音がした。
せせら笑う鬼に、斗和は戦慄と同時に怒りに震える。
(こいつはこうやって、殺して食べた人間を塵のように投げ捨ててたんだ…。死者に対する冒涜を、さも当然のように…許せない…!)
斗和は背中に手を掛け、日輪刀を持ち構える。
「蓬萊!だめだ早まるな…!よく見ろ、相手は十二鬼月だ!」
「えっ!?」
隣にいた隊士の声に、斗和は思わず鬼の目を見た。
左目に【下陸】と書いてあるではないか。
(下陸…え!?りくじゃない、ろく…下弦ノ陸!?)
今まで遭遇した鬼とは明らかに異質だとは思ったが、二人で倒せるのか。
斗和は一気に焦りが増す。
「私はね、食にうるさいんですよー?味見して捨ててしまうのも少なくありません。…しかし、更に上に行くにはもっと食べなければ。さて、あなた方二人は美味かどうか…」
(!!)
鬼は素速く舌を伸ばし斗和に襲いかかると、そのまま羽交い締めにしてきた。
同時に、むせ返るような血臭が舌から発せられる。
強烈な吐き気に、頭がグラリと揺れた気がした。
すかさず横から相棒が舌を斬ったが、すぐに再生する。
しかもそれは二股に分かれ、今度は二人同時に巻き付かれた。
ぎりぎりと締め付けられ、刀を持っていられず手放してしまう。
「ううっ!」
「くっ…!」
血鬼術と思われる舌から赤黒い血が噴出し、地面に滴る。
その血は酷い匂いで、眩暈と頭痛と吐き気を催し、斗和はみるみる気が遠のく。
「うっ、おえっ!…」
斗和は耐えられず、その場に嘔吐した。
呼吸する度に症状は酷くなり、どうにもできない。
視界も霞み、二人は立っていられずぐったりと頭垂れた。
「先輩っ…しっかり…!」
斗和は声を掛けるも、相棒は既に気を失っており返答がない。
(痛い…かなり痛い、頭が割れる…気持ちが悪い…戦わなきゃならないのに…)
地面がぐるぐる回り、斗和は更に嘔吐すると、ついに意識が遠のく。
「二度も吐くとは汚い…それにしても、先程より呆気ないですねえ。弱者は不味いと決まっていますが、食べてさしあげましょう」
鬼はそう言うと、気を失った相棒を巻き付けた舌で地面に叩きつけた。
ドゴッ!という音がし、相棒隊士の頭から血が吹き出た。
絶命したのは明らかだった。
「!!」
霞む視界でただ死んでいく相棒に、斗和は涙が滲む。
鬼はぐったりした斗和から舌を外し、足で思いきり蹴り上げ胸倉を掴んだ。
「うあっ!」
「おやおや、この傷のなんと醜いこと…!せっかくの食材に傷があるのはいただけませんが、仕方ない…」
鬼の顔と大きな口が斗和の眼前に迫る。
(終わった…!殺される…このまま食べられるんだ…!)