かまぼこ隊
斗和はひとしきり泣き隣の部屋から戻ると、個室の窓から外を眺めた。
杏寿郎が生きていた。
隻眼になったが、生きていたのはこの上ない喜びだ。
本当によかったと、斗和は何度も噛み締め実感した。
以前の記憶を戻してから、杏寿郎を助けたい一心で鬼殺隊に入った。
岩の呼吸を会得できて、もっと強かったらとも思う。
そしたら隻眼にもならず、に助けることができたかもしれないと。
だが、この世からいなくならずにすんだ。
それは何より価値のあるものだった。
斗和の目的はこれで達成されたことになる。
終わってみれば、あっという間だった。
僅か数刻のために、斗和は十二歳からずっと鍛錬して来た。
その間、様々なことがありすぎた。
斗和はしばらくぼんやりとしていると、一羽の鴉が現れたので勢いよく窓を開ける。
「令和!」
窓枠に止まったのは、斗和の鴉・令和だった。
「おめさも心配かけたじゃ。おらもうなんともねえがら、もうちょいしたらえさけえれるべ。おめも蝶屋敷さばりいで退屈してらべな(あなたにも心配かけたね。私はもう何ともないから、もう少ししたら家に帰れるよ。あなたも蝶屋敷ばかりにいて退屈してたよね)」
斗和は鴉の令和に声を掛け撫でてやる。
意外にも黙っているので、おかしいなと思った。
いつもなら撫でようとしても逃げる上、顔も背ける。
すると急に廊下が騒がしくなり、令和が飛び立ってしまった。
次の瞬間、扉が勢いよく開いた。
「あっ!いきなり開けたらだめだろう伊之助!」
「そうだぞ!着替え中だったらどうすんだよー…いやーそしたらどうしようか!わははは」
善逸は誤魔化すように笑う。
斗和は、寝台横の引き出しから面を引っ掴み着ける。
「いきなり変な面着けたぞ、こいつ!…ん?どっかで見た面だ!」
猪頭の少年は、斗和を指差し何やら考えている。
そこで斗和は気付いた。
この面で最終選別に行ったことを。
猪頭の少年・伊之助は一番最初に来たので、しっかり見られているのだ。
もしかしたら開始前の集合した時に、炭治郎達にも見られている可能性もあった。
どうか気付きませんようにと思っていると、炭治郎が何かを閃いたように頷く。
「ああ。刀鍛冶師は皆こういう面を着けているから、それじゃないか?」
「何言ってんだよ、この人は刀鍛冶師じゃないだろ」
横から善逸があっさり否定した。
二人は、斗和が最終選別にいたことには気付いていない。
あーよかったと胸を撫で下ろすも、訝しむ人物が一人いた。
「あの真っ白い面は絶対どっかで見た!どこだ!?どこで見た!?」
俺は見た!絶対に見た!と伊之助が騒ぐ。
このままでは思い出してしまうと思い、斗和は話題を変えた。
「こ、この面は最近巷で流行しているんです!」
「「「………」」」
斗和は拳を握りしめ、力む。
聞いていた三人は言葉が出ず、皆ぽかんと斗和を見ていた。
「ねえ、この人が本当にあの倒れてた人なの?あの面が流行るわけないよ」
「善逸!聞こえるぞ」
善逸は炭治郎にヒソヒソと小声で話し掛ける。
炭治郎はシーッと指で黙るように告げる。
それは斗和にも聞こえており、やってしまったかと面の下で顔を引き攣らせた。
「あの、ところで…あなたたちは先日の任務で…」
「はい!蓬萊さんですよね?初めまして、竈門炭治郎です。目が覚めて本当によかったです」
「俺は我妻善逸です。あのー、本当にその面は流行してます?町で着けてる人は見たことないんですけど…」
何であれが流行するの?と、善逸はブツブツ言っている。
「俺は山の王・嘴平伊之助様だ!お前は俺に声を掛けたからな、今日から子分にしてやる!俺のことは親分と呼べ!」
「親分、ですか?」
斗和はつい口をついて出た。
伊之助は踏ん反り返って頷く。
「そうだ!俺は親分でお前が子分だ、分かったな、ひょっとこ!」
「ひょっ…あの、私はひょっとこという名前ではないです」
グハハハと笑う伊之助に、斗和はたじたじになる。
順繰りに挨拶してくる三人組に、さすがの斗和も対応に困り果てる。
改めて個性が強いと思うのであった。
「初めまして、蓬萊斗和と申します。階級は甲です。その節はお世話になり、ありがとうございました」
斗和は面を着けたまま深々と頭を下げた。
やはりこの面は視界が悪いなと思っていると、炭治郎があの…と口を開く。
「俺達、あの時蓬萊さんの顔は既に見ています。傷なら承知していますから、面は外しても大丈夫ですよ」
「え…あ、そうですか」
言われて斗和はまたもや気付く。
斗和は猗窩座と戦い拾ノ型を撃った後、意識を失っていた。
その時に既に見られていたのだ。
「では…取りますね」
斗和は面を取り、改めて間近で見る三人に圧倒される。
個性的すぎる三人の中にいれば、自分のような地味な者は最早空気だと思った。
「煉獄さんから聞きました。蓬萊さんは元柱だそうですね。あの列車に乗っていたなんて気付きませんでした。…蓬萊さんがいたから煉獄さんは助かったんですよね」
炭治郎は、噛み締めるように言葉を紡ぐ。
「…俺、不思議でした。蓬萊さん、伊之助にあの鬼はいつか必ず倒すって言伝したって聞きました。それまで姿を現さなかったのに、上弦の鬼が出てきたら蓬萊さんも現れた。煉獄さんも、蓬萊さんがあの列車に乗っていたのは知らなかったそうです」
炭治郎は斗和を見据え真剣な表情だ。
斗和は、会ったら聞いてくるだろうとは思っていた。
行動に疑問があるのは当然だ。
知っていなければできない動きなのだから。
だがこう言われることも想定内で、予め言い訳は用意してあった。
「それなんですが、実はお館様から文を貰ったんです。炎柱と隊士三人を向かわせたけれど、どうも嫌な予感がするから行ってくれと。余計なことをしてはならないと思い、脱線するまで様子を見ていました」
斗和は、切り返すかのように炭治郎を見据える。
「まさか上弦が現れるとは予想しませんでした。上弦の鬼は異次元の強さです。今まで何人もの柱を屠ってきました。…私の継子は、上弦ノ壱に殺されたんです…」
目を伏せる斗和に、炭治郎たち三人は無言になる。
「炎柱はとても強い。ですがあの鬼はそれ以上です。私は炎柱の戦いの邪魔をしてしまっただけかもしれません。ですが、あの方が生きていてくれたことが何より嬉しいのです。…あなた方も同じ気持ちですよね?」
最もらしいことを述べたが、炭治郎は他人些細な変化やにおいに敏感である。
とって付けたような言い訳の返答はどう思うのか。
「はい!俺たち煉獄さんが死んでしまうと思ってつらかった、悔しかった。死ぬような大怪我はした、だけど生きていてくれた。元気になってくれて本当によかったです!」
「ギョロギョロ目ん玉はもう訓練してんだもんな!さすがだぜ!おい子分!この部屋におかきはないのか!?」
退屈になってきたのか、伊之助はぶんぶん腕を振り回しあちこちおかきを探る。
「親分すいません、おかきは無いんですよ」
伊之助が子分と呼ぶので、斗和も彼を親分と呼ぶことにした。
すると、それまで黙っていた善逸が口を開く。
「あのー、斗和さんはどうして柱じゃなくなったんですか?」
「私は以前から自分に自信がなかったんです。上に立つことが苦手で…今もなんですけどね。その時は柱が足りなくて引き受けはしましたが、九人揃ったら退こうと決めていたんです。昨年揃ったので、退いて一般隊士に戻りました。柱の定員は九人ですし、私は一般隊士が性に合っていますから」
斗和は嘘偽りなく述べた。
物語を変えないようあまり関与しない為と、上に立つのが苦手な斗和は柱でいる必要はなかった。
「本当にそれだけですか…?」
善逸は訝しんでいる様子だ。
「…それだけ、というのは?他に理由はありませんよ」
斗和は至って冷静に答えたが、内心は酷く動揺していた。
音に敏感な善逸に、"あのこと"がばれているのではと気が気でない。
さっさと話題を変えようとした。
「私は隊に入って九年近くになりますが、これまで様々な鬼と対峙してきました。体を真っ二つにしたらそこから血鬼術を出してくる鬼。経文を唱え、それを聞くと頭の血管が裂ける血鬼術を使う鬼など。特に十二鬼月は一筋縄では倒せません」
斗和はこれまでの経験を語る。
そして今後のことも少し話さなければと思った。
この後、三人と音柱・宇髄天元は遊郭で上弦ノ陸と戦うことになる。
「例えば一体の鬼からもう一体出てきた場合、内部に潜んでいた鬼の方が強い。そしてそのような鬼は、必ず二体同時に頸を斬らないと完全に倒せない…ということはよくあります。困難の連続かもしれませんが、これからも任務頑張って下さい」
そう言い頭を下げた。
「………」
何かを感じ取った炭治郎は、無言で斗和を見ている。
「ちょっとそれ、脅しですかー!?」
「グハハハハ!よーし望むとろだ!どんな鬼でも更に強くなった俺様が斬ってやるぜ!」
伊之助はやる気満々だ。
その横で善逸は頭を抱えている。
「まずは腹拵えだ!おかき!おかきを出せ!子分なら用意しとけ!」
「だから無いってさっき言われただろー」
おかき!おかき!と本格的に騒ぎ出した伊之助。
これ以上いると迷惑になると、三人はどやどやと騒がしく部屋を出て行った。
部屋を出る際、善逸がちらっと斗和を見た。
斗和は気付かぬふりをし、手を振った。