夕餉を終えると、斗和は入院中の隊士らと順番に風呂に入る。
左目横の傷は深いが、三週間で大分治ってきていた。
猗窩座が女を殺せないこともあり、斗和はこの程度の傷で済んだ。
その分杏寿郎に大きな怪我を負わせたので、斗和は心苦しく思っている。
髪も乾き梳かしながら、しのぶの回診を待った。
斗和は、あまり遅くならずに杏寿郎の部屋に行かなくてはと思った。
だがしのぶはなかなか現れない。
(胡蝶さん遅いな。忙しいのかな…)
隣で杏寿郎が待っているかと思うと、斗和はとにかく緊張していた。
胸に手を当て何度も深呼吸していると、扉が叩かれやっとしのぶが現れた。
しのぶは遅くなりましたと頭を下げ、てきぱきと診察していく。
斗和は目覚めてから何度も診察されたが、最後は必ず聴診器で心音を聞いて終わる。
すぐにいなくなると思っていたが、しのぶは動こうとしない。
斗和は嫌な予感がした。
「機能回復訓練は問題なくできていますし、明日朝に退院しても構いませんよ。…少しお話ししましょうか」
しのぶは隣にあった丸椅子に腰掛けると、斗和を見据えた。
退院許可が下りた。
だがしのぶの表情に笑顔はない。
「蓬萊さん、今回はなぜ煉獄さん達の任務に同行したんですか?煉獄さんはあなたが乗るのを知らなかったようですから、なぜこっそり乗っていたのかと思いまして…」
斗和は、まさかしのぶまで聞いてくるとは思わなかった。
それ程までに自分の行動は怪しかったのだろうかと、胸がざわつく。
「…それについては竈門君からも聞かれました。実はお館様から文を貰ったんです。煉獄さん達を向かわせたけれど、何か嫌な予感がしてならないから行ってくれと。皆の邪魔にならないように黙っていました。列車が大きく脱線して鬼を倒したのだと思ったら、上弦の鬼が出てきたので慌てて煉獄さんに加勢したんです」
しのぶは信じてくれるのか。
斗和はこれ以上の言い訳は思いつかなかった。
何かを思案しているのか、しのぶは黙り込んでいる。
やはりおかしいと思っているのか。
「…なるほど、お館様ですか。…分かりました。それから、蓬萊さんが運ばれて三日経ったあたりでしょうか。西盛さんと言う、背の高い男性が訪ねて来ましたよ。その時は目覚めていなかったので、面会謝絶で帰られました。目覚めたら鴉に伝言させましたけど、もう会われましたか?」
「はい、私の育手なんです。任務前に文を出したんです。今回の任務はお館様がそう言うので不安になって…それを綴ったら心配してくれたようです。先ほど見舞いに訪れました。伝言まで、本当にいろいろご迷惑おかけしました。ありがとうございます」
斗和は寝台から立ち上がり頭を下げるが、それでもしのぶは立ち上がろうとしない。
緊張が増し、斗和は唾を飲み込んだ。
"あれ"を指摘されるかもしれない。
視線をずらしていたしのぶは、ゆっくりと斗和を見上げた。
「…今まで言わなかったのは、退院する前にと思っていたからです。…蓬萊さん、気付いていますよね?」
「…なに、をですか…?」
手に汗をかいているのが分かり、斗和は焦る。
落ち着いて落ち着いてと言い聞かせても、動悸は治まらない。
「…あなたの心拍は非常に乱れています。心音にも雑音が混じっている。これらが意味することは、あなたが紛れもない心臓疾患であるということです。これ以上全集中の呼吸を続ければどうなるか、あなたも分かっているでしょう?」
「………」
座ったままのしのぶは、じっと斗和を見据えている。
斗和には、まるで責めているように聞こえた。
不安視していたことを、やはり聞かれてしまった。
気付かれないはずはないと分かっていたが、目覚めてから今まで何も言われなかった。
だから追及されはしないのだと、見逃してくれるのだとばかり思っていた。
だがそうではなかった。
斗和は分かっていた。
見逃す程、しのぶは甘くないと。
「蓬萊さんの年齢で心臓疾患は稀です。おそらく先天性だと思われますが、全集中の呼吸を使用し始めたことにより、負担が増し今の状態になったのでしょう。今の時点でこれ程なのです。以前から違和感はありましたよね?」
「…誰にも言わないで下さい。どうかお願いします!」
斗和は、太股あたりの寝間着を掴み頭を下げた。
「…悪いことは言いません。全集中の呼吸を止めて刀を置いて下さい…」
しのぶの言葉に、斗和は愕然とする。
一番、何よりも言われたくなかったことだった。
「このままだと悪化する一方です。すぐに誤魔化せないくらい症状が出ます。喉や胸のつかえ、苦しさ、痛み…そんな状態で戦えますか!?」
しのぶは険しい表情で斗和を睨んだ。
「っ…戦います!私はまだ戦えます!自分を犠牲にしても戦いたい…胡蝶さんには分かるでしょう?」
しのぶは姉を殺した上弦ノ弐を倒す為、藤の花の毒を体に取り入れている。
来たるべき時に自分を使って鬼を倒す為にだ。
斗和は、しのぶなら分かるはずだと考えた。
分かってくれるはずだと。
(私はまだここで止まるわけにはいかない!)
「あなた一体…!?」
訝しむ両眼が斗和を射貫く。
斗和も負けじとしのぶを見据える。
しばらく視線が交わっていたが、根負けしたしのぶは顔を逸らし立ち上がった。
「蓬萊さんはもっと従順な人かと思っていました。そんな顔もできるんですね。…分かりました、誰にも言いません。あなたも何を知っているのか分かりませんが、同様にお願いします」
後ろを向いたままのしのぶは、とても小さく見えた。
扉に掛けた手が止まり、斗和を振り返る。
「アオイがあなたと煉獄さんが恋仲なのかと勘違いしたようで、失礼しました。…不死川さん、毎日来られていましたよ。あの人のあんな顔は初めて見ました。…蓬萊さんのそんな顔も初めてです。明日はいつ退院しても構いません。では」
斗和は、扉が閉まる音が遠くに聞こえていた。
(不死川さんが毎日来てくれていた…?じゃああの目覚めた時に感じた手の温もりは、あれは…)