※この作品はR-18です。

野良着の隊士・改編   作:いとめ

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槇寿郎からの謝罪

昼下がりの、穏やかな風が流れる蕎麦屋の二階。

 

斗和は道行く人を眺めていた。

 

槇寿郎からの文は、快復したら会って欲しいとのことだった。

斗和は思いがけない出来事に驚愕した。

"どうか会って欲しい"と書いており、無視はできなかった。

 

しかし会うと言っても、煉獄家に行くのは千寿郎がいて無理だ。

だからといって斗和の家は、万が一出入りを隠や隊士に見られてはまずい。

そうなるとまた河原かと、斗和は考えた。

だが殴られたことを思い出すと、またそうなったらと怖じ気づいてしまった。

 

その為、苦肉の策で蕎麦屋の二階を指定した。

大正時代の蕎麦屋の二階と言えば、逢い引きなどに使われている。

目的は勿論逢い引きではなく、会って話すだけだ。

しかし場所が場所なので、野良着姿はどうかと思い斗和は着物である。

 

斗和が数年前に柱の打診を受けた時に購入したもので、薄い黄緑に椿が散りばめられた着物だ。

袖を通すのは二度目で、きちんと仕立てただけあり、それは斗和によく似合っていた。

 

髪を着物に合うよう纏め玉簪を挿し、一緒に購入した化粧品を顔に塗り紅を引く。

仕上げに襟巻きで傷のある左側を隠す。

いくら白粉を塗っても決して消えない二本の傷だが、それでもかなり薄くはなっていた。

 

(槇寿郎さん遅いな…)

 

斗和は先程から下を見ているが、目立つ髪色は通らない。

もしかしたら反対側から来るのだろうか。

座って待つと足が痺れるので、斗和は立って待っている。

話しを聞く時は、当然座らなくてはならない。

斗和は着物は本当に動き難いと思った。

 

槇寿郎は斗和に何の話しがあるのか。

斗和は槇寿郎の罵声は慣れているが、殴られるのはさすがに勘弁して欲しいと思った。

 

斗和があれこれ考えしばらく待っていると、襖が叩かれた。

振り返ると、驚愕した表情の槇寿郎と目が合う。

 

「!?」

 

「……」

 

すると、失礼した!と勢いよく襖が閉められる。

 

(え!何で?あれ?今の槇寿郎さんだよね?)

 

斗和は慌てて襖を開け、別の部屋に行こうと廊下を歩く背中に声を掛けた。

 

「槇寿郎様!こちらで大丈夫ですよ」

 

「!…蓬萊斗和…なのか?」

 

「はい、そうです」

 

斗和は、訝しむ槇寿郎を促し部屋に入れる。

 

一体誰だと思ったのか。

 

不思議に思い首を傾げる斗和だが、槇寿郎は本当に部屋を間違ったと思っていた。

斗和の化粧に着物姿は初めて見たので、別人にしか見えなかったのだ。

それ程までに斗和は化粧映えする女だった。

 

そちらへ座って下さいと、斗和は座布団を勧める。

だが槇寿郎は、不要だと畳に正座した。

槇寿郎が座布団を使わないので、斗和も畳に正座する。

 

(座布団に座らないのは煉獄家の作法なのかな?足、痺れませんように…)

 

斗和は、足が痺れないかだけを気にしていた。

 

「………」

 

「………」

 

二人は向かい合い、しばしの沈黙が流れる。

槇寿郎の視線はあっちにこっちに忙しない。

斗和はそんな槇寿郎をくまなく見て、雰囲気が変わったような気がしていた。

何が違うのか考えていると、無精髭が無かった。

袴姿も初めて見る。

 

「あの…」

 

斗和は沈黙に耐え切れず口を開いた。

 

「すまなかった!!」

 

(えっ!?)

 

槇寿郎が斗和に土下座をした。

目の前の光景が信じられず、斗和はただただ呆気にとられていた。

 

「ちょっと槇寿郎様!?何をなさってるんですか、顔を上げて下さい!」

 

我に返った斗和は立ち上がり、土下座をする槇寿郎を起き上がらせようとした。

するとゆっくり頭を上げた槇寿郎は、斗和に目を向ける。

 

「いや、ちゃんと謝罪させてくれ!…今まで君につらく当たって申し訳なかった…!俺は…杏寿郎が任務で瀕死の重傷を負っても、大した才能がないからそんなことになるんだと…。だが同じ任務に就いた隊士から、杏寿郎が遺したという言葉を聞いて気付かされた。そして君が何度も訴えてくれたことを!杏寿郎は生きて目覚めてくれた…俺は本当に大馬鹿者だ…!今まで本当に申し訳なかった!!」

 

再び土下座して謝る槇寿郎に、斗和は衝撃を受けた。

確かにこれまでの振る舞いを考えれば、この謝罪は頷ける。

だが、このまま槇寿郎に土下座をさせておくことはできない。

斗和は傍に寄り体を起こす。

 

「あの、分かりました。槇寿郎様のお気持ちはよく分かりましたから、もう顔を上げて下さい」

 

槇寿郎はゆっくりと顔を上げ、斗和を見る。

悲痛なまでに顔を歪めた。

 

「…頰、痛かっただろう?大の男が女を押さえつけ挙げ句殴るなど…相当に怖い思いをさせた。どんなに詫びても許されないことだ。相応の罰は受ける、本当にすまない!」

 

槇寿郎が肩を震わせる姿は、とても小さく見えた。

斗和は可哀想になり、その背に手を置いた。

今までつらく当たったこと、殴ったことを謝ってくれたのだ。

槇寿郎は自分は間違っていたのだと気付いた。

それは大きな進歩だ。

 

杏寿郎の想いが、炭治郎の訴えが槇寿郎を変えた。

斗和は、これからは親子で歩み寄り仲良く生きて貰いたいと思った。

 

(本当によかった…!ああなんだかほっとして涙が出てきた)

 

「頰は平気です!痛かったのは確かですが、左手だったし手加減したのは分かりますよ。それに罰なら私だってクソじじいって言っちゃったし、おあいこです。…もしかして、耳飾りの隊士にも言われたんじゃないですか?」

 

「なぜそれを!?」

 

槇寿郎は驚いた。

杏寿郎が瀕死だと伝えられた際、すぐに竈門炭治郎が家に来た。

そこで確かに"糞爺"と言われたのだ。

 

槇寿郎は、日の呼吸の劣化でしかない派生呼吸では、限界があるのを知っていた。

隊士でいる限り、いつか命を落とすことも分かっていた。

だからこそ突き放し、鬼殺隊から遠ざけようとした。

何をしようと無駄なことだと思った。

 

それ見たことかと。

あれだけ突き放し、散々酷い態度を取ってきたのだ。

杏寿郎は恨んでいるのだと思っていた。

 

だがそうではなかった。

 

杏寿郎は母の教えに従い、命を賭し多くの人間を守り抜いたのだ。

最後までろくでもない父を心配していた。

 

その時、槇寿郎はやっと気付いた。

妻を失い、自分が囚われていたことに。

何もかも否定して生きてきたことを反省した。

 

必死で訴えてきた竈門炭治郎には感謝している。

 

槇寿郎は、斗和がなぜそれを知っているのかと思った。

だがそれには斗和は答えない。

 

「槇寿郎様は、杏寿郎様を危険に晒したくなかったんですよね…。様々なことが重なり、とても不安だったでしょう。やり方は間違っていますが、あなたはあなたなりに杏寿郎様を守ろうとしたんだと…私はそう思います」

 

斗和はそっと微笑んだ。

そしてしんみりした空気を変えるように、明るく振る舞う。

 

「杏寿郎様は、快復が早いようで本当によかったですね。やっぱり柱は違います!私なんてこの目の横しか斬られていないのに、三週間も眠っていて恥ずかしいです」

 

「恥ずかしいなど、何を言うんだ。杏寿郎達と同じ列車に乗っていたんだろう?理由がどうであれ、君がいなきゃ息子は死んでいた。恩に着る、本当にありがとう…!」

 

槇寿郎は改めて斗和に感謝した。

その後二人は、茶を飲みながら様々な話しをした。

 

槇寿郎は、毎年さつまいもが家に置いてあったのは知っていた。

しかし誰からなのかは分からなかった。

それが斗和だと知り驚いた。

 

「そうか、あの時からずっと届けてくれていたのか」

 

「はい。あの時あなたが助けてくれなければ、私は死んでいました。本当に感謝しています。私があげられるのはさつまいもだけですが、杏寿郎様の好物だと知り嬉しかったです。あ、実は私も一番好きなんです!槇寿郎様は何がお好きですか?」

 

斗和はあれこれ槇寿郎に聞く。

 

「俺は…」

 

「あ、お酒以外ですよ!フフッ」

 

最初はどう接したらいいか戸惑っていた槇寿郎だが、いつの間にか自然に会話をしていた。

 

「君は痛い所を突くな…。好物という好物は特にない。…妻の料理をもう一度食せたらと思う。叶わぬ夢だがな」

 

そっと目を伏せる姿に、斗和は胸が痛くなる。

若くして亡くした最愛の妻・瑠火を、槇寿郎は常に想い続けてきた。

唯一の支えだったのだ、失うつらさは計り知れない。

斗和は以前、そのことで心無い言葉を口にしてしまった。

一応は詫びたが、ここで改めて詫びようと姿勢を正す。

 

「あの、私は以前…その…奥様のことを天国で泣いていますよと…槇寿郎様の気持ちを考えずに、勝手なことを言いました。本当に申し訳ございません…!」

 

斗和は手を着き深々と謝罪した。

愛する者を失うつらさを、その時の斗和は分かっていなかった。

継子の館坂佳成が死に、初めてつらさを知った。

共に暮らし稽古をした大切な存在が突然いなくなる。

その感情を斗和は身を持って知ったのだ。

 

槇寿郎は目を見開き驚いたが、慌てて斗和を起き上がらせた。

 

「やめてくれ。もう気にしていない。それに、君は一度謝罪しただろう。俺に頭を下げるなどしなくていい」

 

「ですが…」

 

俯く斗和に対し、槇寿郎は苦笑いする。

 

「杏寿郎が君に惹かれる理由が分かった気がする」

 

「槇寿郎様、それは…」

槇寿郎は、息子の想いに気付いていた。

目覚めてからの杏寿郎は、斗和を気に掛けてばかりだった。

同僚として心配している他に、別の気持ちがあるのに気付いた。

息子には幸せになって貰いたい。

愛する者がいるならば、添い遂げて欲しいと槇寿郎は思った。

 

杏寿郎は斗和に告げたのか、斗和は杏寿郎をどう思っているのか。

それは槇寿郎には分からない。

ただ、斗和が杏寿郎の嫁ならば幸せなのだろうと思った。

 

 

 

話しをしている間は二階の窓は開けていた。

その縁に鴉の令和が止まっていたが、槇寿郎は令和を見て知っていると言う。

 

「えっ!令和のことを知ってるんですか?」

 

「ああ。十年程前まで本部付きだった。主に柱への伝令に使われていたはずだ」

 

(だからか…!)

 

斗和は合点がいく。

何年も前に煉獄家を探し歩いていた時だ。

それまで黙っていた令和が、突然教えた理由が分かったのだ。

本部付きならば、柱の屋敷を熟知しているのは当然だった。

長年の謎が解けた斗和は、"本当に何も言わないんだから!"と令和を睨んだ。

 

令和は当然のようにそっぽを向いた。

 

 

 

◇

槇寿郎は別れ際に、杏寿郎が退院したらまた家に来てくれと言った。

 

斗和は、まさか槇寿郎が稽古をつけてくれるのかと聞くと、そのまさかだった。

もう行くことはないと思っていた場所に行けるのは嬉しかった。

 

斗和は是非行きますと答え、和やかに別れ帰路についた。

 

槇寿郎は、斗和が何かを知っていることに気付いている。

斗和は今日の話しでそう思った。

何も言われはしなかったが、いつか聞かれるかもしれない。

 

あらゆる手段を使い、斗和は目的を達成した。

 

杏寿郎を救い、槇寿郎を立ち直らせることができた。

 

斗和は改めて本当に良かったと、槇寿郎の後ろ姿を見つめ思った。

 

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