ついに殺される、そう思い目を瞑った瞬間。
斗和の体は地面に落ちた。
目の前には鬼の腕が落ちている。
今の今まで斗和を掴み上げていた腕だ。
何があったのかと頭を上げると、視界に映ったのは炎を模した羽織だった。
日本人離れした毛先の赤い金色の髪が、斗和の目に飛び込んでくる。
そして振るう太刀筋から見える、燃え盛る炎。
「っ…れん、…!」
斗和は思わず息を呑んだ。
本で見た男が目の前にいる。
斗和が呆気に取られている間、鬼を斬りつけ技を放ち、ドン!という音と共にその頸を撥ねた。
それは速すぎて斗和には殆ど見えなかったのだが、天晴の一言に尽きる。
鬼の口からだらしなく出た舌。
それが崩れていくのに気付かないまま、斗和はその人物を凝視していた。
あっという間に下弦ノ陸を倒したこの男は───
(煉獄さんだ!どう見ても煉獄さん!何でここに!?なぜ!?)
聞きたいことはあっても、今の斗和は声にならない。
すると男はゆっくり振り向き、斗和と相棒を一瞥すると眉間に皺を寄せる。
「さっさと隠を呼べ」
知っている男よりも低い声、表情の無い瞳、特徴的な二股の眉。
見知った男によく似たその人物は確かに"煉獄さん"ではある。
だが……
(煉獄さんのお父さん!?)
斗和はその姿をぼうっと見ていると、"煉獄さん"は颯爽と離れていく。
「あっ待っ、待って下さい!お待ち下さい炎柱様!!」
逃がすまいと、斗和は慌てて手を伸ばし羽織を掴む。
鋭く睨まれ、思わず羽織を放し地面に頭をこすりつけた。
「お願いがあります!私に稽古をつけて下さい!」
咄嗟に口から出た言葉に、斗和は自分でも驚く。
初対面でいきなり稽古を願い出る女隊士。
引き留めるためとはいえ、どう考えてもおかしい。
(この人、煉獄さんのお父さんの槇寿郎さんだよね?現役の炎柱なの?)
「断る」
冷ややかな声が、斗和の頭上に降り注いだ。
恐る恐る頭を上げると、槇寿郎は背を向け去って行った。
何も言えず呆然としていると、共に任務に当たった二人が駆け寄る。
「大丈夫か!?…あ!炎柱が来たのか!そういえばこの辺りは炎柱の警備区域だな。お前、ちゃんと礼はしたんだろうな?」
「あ…いや、それが…」
「お前な!あの気難しい炎柱に助けて貰って礼もしないなんて、どうかしてるぞ!」
先輩隊士からの叱責に、斗和はやってしまった…と反省する。
(稽古よりお礼が先だった…!)
斗和は脳内の自分を殴るも、時すでに遅し。
槇寿郎は、既に妻を亡くした後ではないかと思った。
煉獄槇寿郎は、息子の杏寿郎が柱に就任するまでの間は現役だった。
杏寿郎が十六~十八歳あたりまでは続けていたはずだが、そのあたりの詳しい年齢は分からなかった。
斗和はせっかく接触できたのに、何もできなかったことを悔いる。
(どうしても助けたいあの人との繋がりを断ち切りたくない!)
隠が数人来て事後処理をする間、斗和はひたすらに考え込んでいた。
こうなると周囲のざわめきも聞こえておらず、そうするうちに誰もいなくなった。
「…痛っ!」
鴉の令和に突かれハッとなった斗和は、誰もいなくなった繁華街を後にした。
◇
今回の共同任務では、三人の隊士が死んだ。
対峙した鬼は、鬼舞辻無惨の精鋭である十二鬼月・下弦ノ陸。
斗和は槇寿郎が助けに入らなければ、何もできずに殺されていた。
斗和は、自らがまだまだ弱すぎることを痛感した。
やはり鍛錬が足りないのだ。
以前より、一人で稽古をするよりも柱に稽古をつけて貰うのが強くなれると思っていた。
(決めた!まず煉獄さんの家を探そう。そしてさつまいもと文を置いてこよう。そこから煉獄家に出入りできるかもしれない…そうなったら…)
斗和はニヤニヤと今後の計画を進めて行く。
一気に先が拓けて来たと意気込んだのだった。
ところが物事はそううまくいかないもので、斗和の浅はかな考えは打ち砕かれることとなる。
思い立ったが吉日。
斗和はすぐに炎柱・煉獄槇寿郎へ、礼と稽古を願う文を書いて気付く。
さつまいもはまだ収穫時期ではなかったのだ。
つまり、持参できない。
せめて文だけでもと、共同鍛錬場に赴き炎柱の家の情報を求めたが、誰も知らなかった。
めげずに毎日鍛錬場に行き、隊士に聞くも、皆知らないと首を横に振る。
斗和は、次第にモヤモヤとした気持ちになっていく。
こうなれば、直接付近まで行き聞き回るしかない。
以前の記憶を頼りに世田谷まで赴くも、瞬く間に不安になる。
既に三人に聞いたが、誰も知らなかった。
このまま聞き回るのは得策ではないと、斗和はため息を吐き座り込んだ。
すると、傍らにいた鴉の令和が一言告げた。
「煉獄家ハ、アッチダ」
「え!?ちょっと…ねえ待って!」
すぐに飛び上がるので、まさかと思い着いて行くと、なんとそれらしき大きな屋敷があった。
斗和の記憶にある門構えなどが同じで、ここで間違いなさそうだと思い文を門に挟む。
そして塀から覗き見ようと何回か跳びはねたが、誰の姿も見えなかった。
仕方なく、文が読まれることを祈り斗和は帰路に着いた。
帰り道、先を飛ぶ鴉の令和をじーっと見つめる。
令和は、なぜ煉獄家を知っていたのかという疑問が湧いた。
(知ってたなら直ぐに教えればいいのに!)
任務に関すること以外は全く喋らない鎹鴉を見て、斗和は首を傾げる。
とにかく文の返事を待つことにした。
───────
──────
槇寿郎に救われた共同任務の後、斗和はしばらく単独任務ばかりが続いていた。
改めて単独任務の気楽さを感じていた。
気を遣うこともなく、自由に動けるのはやはり楽である。
入隊と同時に単独任務を所望していた斗和だったが、共同任務もいくつかはこなしていた。
だがその内容は、お世辞にも良い出来とは言えなかった。
助けに入った隊士を、自らの技に巻き込み怪我を負わせる。
状況判断ができず、右往左往して鬼を斬らずに終わる。
…など、単独任務ではできていたことができなかった。
あの物語が始まるまでは目立つ行動は取るべきではない。
関わらないようにしたい。
これらは単に逃げる口実である。
実際、斗和の今の力量では誰も守れはしない。
斗和は自問する。
(記憶を戻してあの人を助けたくてここまで来たのに、このままでいいの?)
任務を終える度、葛藤する日々が続いた。
そして、槇寿郎に書いた文の返事は結局貰えなかった。
だが斗和は諦めない。
収穫時期になったさつまいもとじゃがいもを掘り、担いで煉獄家に置いてくることにした。
まだ何も始まっていないのだ。
焦りはあるが慎重に進まねばと再度決意を固める。
斗和は門を叩きたいのを堪え、芋ばかり入った風呂敷を置いて去った。
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◉鎹鴉・
斗和に支給された鎹鴉で、性別は雄。
名前は、斗和が以前生きていた時代の元号からとった。
基本的に無口で、任務伝令や必要事項しか喋らない。