槇寿郎から謝罪を受けた翌日、斗和は久方ぶりに共同鍛錬場に赴いた。
何と言っても、しばらくぶりのまともな鍛錬である。
一人でするより、もし誰か隊士がいたら手合わせして貰おうと思っていた。
斗和は、夜が明けてすぐ握り飯を持ち来たが、誰もいなかった。
当たり前の話しだが、鬼殺隊は基本的に夕刻から明け方近くまで任務だ。
終わり次第休息を取り、昼前に起きて再び夕刻に出る。
つまり、朝の早い時間は大抵寝ているのだ。
そのうち誰か来るだろうと、斗和は走り込みをし、素振りをし、技を出し、鍛錬に明け暮れた。
体を動かすことで、斗和は考えることを避けていた。
これからどう動くべきか、向き合わなくてはならない現実があるのも分かっていた。
逃避すればなんとかなる。
そんなことは思っていない。
だが斗和は怖かった。
本当は逃げてしまいたい程であった。
その都度、弱くて情けない自分に腹を立てていた。
斗和は雑念を全て振り払い、一心不乱に刀を振るう。
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しばらく一人で鍛錬していた斗和だが、休憩しようと炊事場へ入る。
一通り揃っているので、湯を沸かし茶を淹れ持参した握り飯を食べることにした。
いつも得意の焼きお握りだったが、今日は珍しく味噌漬け入りの普通の握り飯だ。
まずはと一口啜った茶に驚き、斗和は茶碗の中を覗き込みその香りを嗅いだ。
(このお茶、めちゃくちゃ美味しい!どこのお茶屋のだろう?)
鼻に抜けるような香りと、深みのある味わいが斗和の体の奥底に染み渡る。
甘味の共にすれば、間違いなく至福のひとときである。
甘味と言えば、村田が見舞いに持って来た栗羊羹は格別だった。
この茶と食べれば、益々美味になるのではと想像する。
(欲しい…これは是非とも欲しい!)
斗和はどこの茶屋で扱っているのか、探し始める
袋はどこかにないかと、あちこち引き出しを開けて探す。
しかし見つからない。
もしや、この鍛錬場近くの町にある茶屋のものではなかろうか。
斗和は決めた。
休みはあと四日ある。
今日くらい町に出てもいいだろうと考えた。
そうと決まれば、帰って風呂に入り着替えなくては。
斗和は握り飯を食べると、茶を飲み干し家に帰った。
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鍛錬場から帰宅した斗和は、風呂を沸かし汗を流すと昨日着た着物に袖を通す。
普段着の野良着でもよかったが、茶屋に行くならと身なりに気を遣った。
色や香り味から推察するに、高級茶葉であることは間違いないのだ。
野良着で高級茶葉を買うのは、あまりにも不釣り合いだ。
かなり昔のことたが、斗和は野良着姿で喫茶店に入ろうとしたことがある。
そこで若い娘達に笑われてしまった。
あの時は本当に恥ずかしく、二度としないと決心した程だ。
それからは、ちゃんと場をわきまえなくてはと心がけていたのだ。
斗和は、未だ慣れない着付けにもたつきながらも帯を締め、鏡台で髪を纏め玉簪を挿す。
そこまでしてしまえば化粧もと、手に取り顔に塗っていく。
斗和は最後に、薄く紅を引き鏡と向き合う。
鏡に写る化粧をした女。
数える程しか見ていない、普段とは違う顔があった。
化粧でも完全に消えない、左頰の耳まである古傷。
そして真新しい左目横の縦の傷。
少しだけ交差された傷を、斗和はそっと指でなぞる。
もし…もしこの二つの顔の傷が無ければ、もっと堂々と町を歩けただろうか。
もっと自信を持てただろうか。
あの人の隣に並べる女になれただろうか。
あの人は傷のない顔を何と言ってくれるだろうか。
傷さえなければ、あの人に好きだと告げられただろうか。
斗和は鏡に向かい自問する。
(なんてそんなの…傷があろうとなかろうと、私のような女がおこがましい…)
考えても仕方のないことを考えた自らに、斗和は呆れた。
今日でこの格好も最後にしよう。
斗和は口唇に懐紙を軽く挟み、屑入れに捨て立ち上がった。
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数刻後。
斗和は、風呂敷に茶葉を数袋入れ上機嫌で帰路に着いていた。
鍛錬場の近くの町で片っ端から茶屋を訪ねれば、一番大きな茶屋に目当ての物があった。
"厳選最高級玉露"と銘打ったそれは、店の看板商品だった。
高いながらも一番売れており、斗和が見ている先で何人か買い求めていた。
斗和は値段を見て一瞬躊躇うも、持参した有り金を全て注ぎ込み数袋手に入れたのだった。
今まで必要最低限の物しか買っていなかったので、ここに来てかなり奮発してしまった。
帰り道、飲み終わった茶葉の再利用を考える。
斗和は、最大限利用してやろうとあれこれ想像する。
もったいないので風呂にでも入れようか。
緑茶は抗菌作用もあり、傷や肌にいいかもしれない。
斗和は自然と顔がほころぶ。
(これから毎日このお茶が飲める!お茶風呂も早く試したいな)
軽快に門を潜りながら、顔の左側に巻いた襟巻きを取った。
思わずその足が止まる。
力が抜け、持っていた風呂敷を落としそうになった。
ドクンと大きく心臓が波打つ。
そこにいたのは不死川実弥だった。