※斗和視点
彼の姿を見るのはいつ以来だろう。
本当に久方ぶりに見る。
少し髪が伸びたかもしれない。
そんなことを一瞬だけ思えば、彼が私に向ける驚いた表情でハッとなった。
今の自分の格好は着物、それに化粧をしている。
彼にこの姿で会うのは二度目だ。
着物の柄は違うが、継子と偽装夫婦になった任務の時に一度会っている。
その時は、彼は私だと気付いていないはずだ。
だがこれで完全にばれた。
あの時騙したことを怒るだろうか、それとも……
野良着姿だったら挫けたかもしれない。
だけど今は化粧をしている。
着物も着ている。
私はこの身につけた仮面を使って、全ての感情を押し殺す。
あの時のように、町で駅を尋ねた時のように。
「…不死川さん、こんにちは。いらしてたんですね。今町まで出掛けていたんです。すみません…待ちました?」
私は口元に手を当て、至極穏やかな笑みを作った。
「…いや」
彼はこちらを見据えたまま微動だにしない。
その表情からは、何を考えているのか読み取れなかった。
「ならよかったです。多忙な柱の方をお待たせしてはいけませんから。そういえば、うちは初めてですよね?見ての通り狭いので、お客様をお通しする部屋もありません。…何か御用でしょうか?」
彼の目を見据え、暗に帰れと告げた。
お願い帰って、もう来ないで。
「…目が覚めてよかったなァ。…ずっと心配だった」
「!」
目が覚めてよかった。
それは以前にも聞いた言葉だった。
下弦を二体倒した時、私は一週間目を覚まさなかった。
初めてお館様の屋敷で会った時に、あなたは私にそう言ってくれた。
驚いたけれど、内心とても嬉しかった。
その言葉をまた言うの…?
お願いやめて…!
決心が揺らぐ。
そんな優しい目で私を見ないで!
私は感情を押し殺し、深呼吸した。
「…それはどうも。お気遣いありがとうございます。お館様より休みをいただいたんです。あと四日で任務に復帰しますので、それまでご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。お忙しいのにわざわざ足をお運びいただき、申し訳ございません」
私は淡々と、抑揚なくまるで文章を読んでいるように言い放ち頭を下げた。
彼と視線を交えず更に続ける。
「…それで、何の御用でしょうか?まさかわざわざそんなことを言いに来たんですか?多忙な柱が一般隊士の心配をするなんて、心苦しいです。私はこの通り元気ですから。用が済んだのならお帰り下さい。…二度と来ないで下さい」
私は彼の横を通り過ぎ、玄関扉に手を掛けた。
彼の方は一切見なかった。
私はちゃんと無表情になれているだろうか。
醜くて非道い女になりきれているだろうか。
胸が苦しい…
こんな想いするなら好きにならな…
「好きだ」
「!」
背後からの声に、扉を開けようとした手が止まる。
大袈裟なくらい肩が震えてしまった。
やめて、やめて、やめて!
お願いだからやめて…!!
そんなこと…お願いだから言わないで…
「…風柱様、何か勘違いしてませんか?もしかして、以前のあの口付けごときでそのようなことを?」
私は振り返り、薄く笑った。
「柱ともあろう方が、私みたいな醜い女を好き…?…下らない。早く目をお覚まし下さい」
呆れた風を装い彼を一瞥すると、私は扉を開け中に入ろうとした。
「先に失礼しま…っ!」
その瞬間、腕を掴まれ抱きすくめられた。
「好きだ、斗和。…演技すんなら泣くんじゃねェ!」
「…っ、うっ…っふ…」
ああ…どこまでも馬鹿な私。
いつの間にかこんなに泣いていたなんて。
涙が零れているのにも気付かず一人で…本当、馬鹿みたい。
離れようとしたのに。
決心したのに。
どうしてできないの…?
どうして彼と向き合えば決心が揺らぐの…?
毎日見舞いに来てくれたこと、心配してくれたこと、とても嬉しかった。
眠っている間、あなたに握られた手の温もりはいつまでも残っていた。
目覚めたら、二度とあなたに関わらないと誓った。
以前の記憶を全て戻した私が、こんな傷のある醜い情けない私が、あなたの傍にいられるわけがない。
迷惑ばかりかけてしまう。
だって、私はきっと…
だから会いたくなかった。
会っても突き離すつもりだった。
なのに…いざ会えば決意は揺らぎ、挙げ句泣いて…
私は本当に馬鹿
だけど…
だけど…
もう無理
もう偽れない
どうしようもないくらい不死川さんが恋しくて、好きで好きで堪らない!
「…っ、好き…私もあなたが好きっ…!」
私は泣きながら彼に強く抱き着いた。
彼の大きな手が、私の頰をそっと撫でる。
そのまま重なった唇は何度も角度を変え、離れていた時間を埋めるようにいつまでも互いを求め合った。
もうこの想いは止められなかった。