任務が長引き三日ぶりに我が家に帰ってきた斗和は、風呂に入り汗を流す。
多少疲れはあるが、煉獄家に行く為に身支度を整える。
任務前に杏寿郎に文を書いたところ、いつでも来てくれと返事が来た。
間を空けるのもと思い、今日行くことにしたのだ。
手ぶらで行くのも憚られ、何度目になるか分からない焼きお握りと糠漬けを持参する。
毎度同じなのはさすがに杏寿郎も飽きるかと思ったが、斗和がまともに作れる物はこれぐらいしかない。
道中あれこれ考えを巡らせれば、小さなため息が漏れる。
天元達の遊郭潜入任務はいつなのかが、未だに分からないのだ。
列車任務から何ヶ月後だっただろうかと、斗和は必死で思い出そうとする。
おそらく数ヶ月後ではないかと思うも、二ヶ月なのかそれ以上なのか。
天元には、見舞いに来た時に毒に気を付けろと忠告はした。
炭治郎達にも、同時に首を斬らないと倒せない鬼がいるということは伝えてある。
だが、果たしてどちらも記憶しているだろうか。
事細かに伝えることはできなかった。
理由はいくつかある。
まず斗和が、遊郭任務の記憶が朧気ということ。
仮に詳細を口にすれば、斗和は不審に思われる。
ここまではまだいい。
危惧しているのは、それによる歪みや反動だ。
天元達が全ての対処法を知ることにより、鬼が戦い方を変えてくる可能性がある。
それにより、もしかしたら天元の嫁達が死ぬかもしれない。
はたまた、一般人が数多く犠牲になるかもしれない。
これらを熟慮した上でのことだ。
大して役に立たない忠告だとも思ったが、斗和ができる最大限のことだった。
斗和は、遊郭任務に関与するつもりはなかった。
顔に傷があるので、遊女として潜入はできない。
そして何より、足手まといになることを恐れた。
四人は重傷を負うが、誰も死なずに上弦を倒すことは確実なのだ。
それに敢えて加わらなくてもと思った。
斗和はその考えは逃げだとも思ったが、関与しないことに決めたのだった。
斗和は、その後に起こる刀鍛冶の里襲撃事件も記憶が曖昧である。
玄弥がいたから上弦ノ肆・半天狗は倒せたのと、上弦ノ伍・玉壺は無一郎が一人で倒したような…?
と、結果は知っていても中身を覚えていない。
そういえばと、斗和は玄弥はどうしているか気になった。
会いに行きたいと思うも、行冥の所に行く口実がない。
そこで閃く。
蝶屋敷で眠っていた間の任務を請け負った礼をすればいいのだ。
明日にでも行こうと決め、斗和は煉獄家へ急いだ。
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着いて門を叩くと、千寿郎が出迎える。
握り飯の入った重箱を渡すと、顔をほころばせた。
「わぁ…嬉しいです。蓬萊さんの焼きお握りはとても美味しいので、兄上も喜びます。ありがとうございます。」
「どういたしまして。毎回同じものですが、気に入っていただけて私も嬉しいです」
斗和がにっこりと笑うと、千寿郎は深々と頭を下げた。
「この前の列車の任務では、兄上を救っていただき本当に感謝しています。蓬萊さんが来てくれたお陰だと、兄上の後輩の方から聞きました。本当にありがとうございます…!」
「いえそんな…」
千寿郎から、列車の任務での礼を言われ斗和は気付く。
(槇寿郎さんとはどんな会話をすればいい?)
槇寿郎とは裏で様々あったが、表向きは昔命を救ってくれた礼をし、稽古を頼んだという関係だ。
斗和は、どう接すればいいだろう?と庭に向かう数十秒で考える。
「斗和殿!久しいな、息災でなによりだ!任務はどうだ、問題なくできているか?」
「お久しぶりです!はい、変わりなく行っています。煉獄さんはすっかり元気ですね、よかったです!」
杏寿郎は意識不明の重体だったことも感じさせず、すっかり元気になっていた。
斗和は、眩しい程の笑顔に元気が湧いてくる。
杏寿郎から好きだと言われ、気持ちには応えられないと正直に告げた。
気まずくなりそうなところだが、以前と変わりなく接してくれている。
本当にありがたいと斗和は思った。
「…来客か?」
その時、縁側に槇寿郎が現れた。
(おっと!対応に気をつけなくちゃ)
「父上!蓬萊斗和さんです。今日は手合わせに来てくれました」
「そうか…。君には杏寿郎が世話になった。感謝している、ありがとう。…それと、以前はあのような態度ですまなかった。詫びにもならんが、何か俺にできることがあれば言ってくれ」
槇寿郎は正座し頭を下げた。
斗和は彼は演技が上手いな、などと思っていると三人の視線が集中する。
慌てて口を開いた。
「いえっそんな、私は大したことはしていませんよ!煉獄さんが強いからです。以前のことは気にしてませんから…あ、じゃあ私に稽古をつけて下さい。お願いします!」
「承知した。庭でいいか?」
「はい!」
◇
そして言葉通り二人は手合わせした。
縁側では杏寿郎と千寿郎が見ており、斗和はかなり緊張した。
それは槇寿郎もで、女を相手にしたことがなく非常にやり難かった。
結論、傍目から見てもぎこちない稽古だった。
斗和は千寿郎の淹れた茶を飲み、ふーっと息を吐く。
(なんかやり難かったな)
十四歳の時に鬼から救って貰った。
その剣捌きは間近で見たが、相当に驚いた。
間髪入れずに斬って斬って、相手に反撃させる暇を作らなかったのだ。
当時斗和は気付かなかったが、あれは炎の呼吸の型であった。
斗和は全ての型を知らないので、せっかくなので見たいと思っていた。
だが槇寿郎は一切撃たなかった。
やさぐれ期間が長かった割には相当動けており、再び隊士として任務に出ても問題なく見える。
(槇寿郎さんが隊士に復帰したら二人で同じ格好をするのかな?間違えたりして)
斗和は想像して顔がにやける。
目の前では杏寿郎と槇寿郎が手合わせをしており、やはり似ていた。
杏寿郎は隻眼と思えず、力強くしっかりとした太刀筋、無駄のない動きである。
同時に技を出さないかと思いしばらく見ていると、斗和の疑念は確信に変わった。
槇寿郎の動きが先程と違うのだ。
(槇寿郎さん、私に手加減したな?)
なぜなら木刀は、斗和の体に一度も当たらなかった。
そもそも力を抜きながら打っていたと感じていた。
斗和は遠慮なく打ち込んだのだが、それで勝っても嬉しくなかった。
(どうして手加減なんてするの!)
口を尖らせ、槇寿郎を睨む。
同じ中年男性でも、斗和の育手は違った。
泣こうが吐こうが容赦せず、諦めると稽古をつけなくなるのだ。
なので斗和は、何があろうと立ち向かって行き相当に鍛えられた。
この差は何なのだろうと思い、更に二人の手合わせをじっと見る。
その横で、千寿郎は悩んでいた。
あのことを斗和に聞いていいものかどうか。
思い切って声を掛ける。
「蓬萊さん、聞いてもいいですか?」
ひたすらに二人の手合わせを見続ける斗和は、横を向いた。
隣で千寿郎が、下がり気味の眉尻を更に下げている。
「何ですか?」
「あの…蕎麦屋の前で話しをするのはよくないのですか?」
(蕎麦屋の前?)
斗和は首を傾げる。
最近この言葉を甘露寺蜜璃から聞いたばかりだ。
千寿郎はなぜそんなことを聞いてくるのか。
斗和はハッとした。
蜜璃は、杏寿郎に槇寿郎の恋人疑惑を話したと言っていた。
杏寿郎はもしかしたら、千寿郎もいる時に槇寿郎にそのことを聞いた可能性がある。
そうでなければ、千寿郎が蕎麦屋の前などという単語を出すはずがないのだ。
瞬時に理解した斗和は、誤魔化すしかないと思った。
そもそも誤解なのだが、真実を話すわけにはいかない。
「それはお腹が空くからですよ!蕎麦屋の前で話しをしたらいい香りが漂ってくるので…。よくないわけではないですが、財布を持っていない時は困りますね」
「そのようなことではなく、男女で話すのはいけないのかと思いまして。場所に何か問題があるのでしょうか?」
千寿郎は眉尻を更に下げて聞いてくる。
なんて幼気な目なんだ、と斗和はタジタジになった。
まだ成長途中の千寿郎に何と言えばいいのか、陳腐な誤魔化しは効かないと悟る。
しかしどうやって誤魔化せばいいのか。
「…それは、その、いけないことではないです。実は蕎麦屋の二階はお見合いの場に使われているのですよ。ですからお見合いが終わった男女が、別れ際に蕎麦屋の前で今後の話しをすることもよくあるんです」
我ながら素晴らしい嘘だと、斗和は内心で頷く。
これなら問題ないとそう思い千寿郎を見れば、眉尻をこれでもかというくらい下げて悲しそうにしている。
「ど、どうしたんですか!?」
「実は先日兄上が、甘露寺蜜璃さんから聞いたのです。父上が…蕎麦屋の前で女性と会話をしていたと。それを父上に聞いたら…」
斗和は、途中から大して話しが入って来なくなった。
失敗である。
見合いの場などと言えば、益々怪しむに決まっている。
否定した槇寿郎の顔は少し赤かったので、怪しい。
杏寿郎も、表向きは納得したように見せて裏では疑っている。
千寿郎の見解はこうだった。
(千寿郎君は観察眼が鋭いのかな?ああ騙してるみたいで罪悪感が…実際騙しているけど)
斗和はザワザワと胸の奥が騒がしくなる。
こんなことになるなら、あんなところで会わなければよかったと思った。
安堵したせいか帰りもつい一緒に出てしまったので、何も考えていなかったのだ。
(皆に迷惑かけて…私ってば最低…)
「蓬萊さん!?涙が出ていますよ!俺、何かおかしなことを…」
慌てる千寿郎に、斗和は手を振り否定する。
「ち、違います!千寿郎君のせいではなくて、その、えっと…煉獄さん!煉獄さんが今まで同様に刀を振るっていることが嬉しくて…!」
(違う、いや違わないけれど!それも嬉しいけれど今はそうではなくて、ああもう私はどうしたら…)
「斗和殿!?どうした!なぜ泣いている?」
騒ぎを聞きつけ、二人は手合わせを中断し縁側に駆け寄った。
「これは嬉し涙です!煉獄さんが刀を振るう姿に感動したんです…」
斗和は涙を拭いながら言い訳をする。
「泣けば目が腫れる。冷やした方がいい。千寿郎、濡らした手拭いを」
「はい!」
槇寿郎は、手拭いを濡らしてくるよう指示した。
随分気が利くんだなと思い、斗和は礼を述べた。
「お気遣いありがとうございます、槇寿郎様」
「む!」
いきなり杏寿郎が声を張り上げた。
「なぜ父上のことは名前で呼ぶ?」
「え、だめでした?煉獄さんのお父さんと呼ぶのは長いし、ならお父上様?お父様?さすがにおじさんは失礼ですし…」
斗和は、うーんと悩む。
(おじさん…)
聞いていた槇寿郎は、僅かに顔を引き攣らせた。
おじさんと呼ばれるのは何となく嫌だった。
「そうではなく、千寿郎も父上も名前で呼ぶなら俺のことも名前で呼んで欲しい」
杏寿郎は大きな双眸で斗和を見つめている。
斗和がしばし何も反応できずにいると、千寿郎が戻って来た。
濡らした手拭いを受け取り目に当てれば、杏寿郎からの視線を感じる。
定着しているので、今更名前で呼ぶのは慣れないなと思った。
しかしそれでは杏寿郎が納得しそうにない。
斗和は渋々ながら、口を開く。
「では…杏寿郎さん、でいいですか?」
「ああ!そうしてくれ」
「杏寿郎、彼女にあのことは話したのか?」
黙ってやりとりを聞いていた槇寿郎が口を開く。
「まだです。…斗和殿、実は俺は柱を引退した」
「そう、なんですか…?」
驚く斗和に、杏寿郎は頷いた。
「やはり隻眼では今まで同様とはいかない。任務にも支障をきたす。今後は隊士に稽古をつけ、育成に尽力を注ぐつもりだ」
「そうなんですね…。杏寿郎さんが隊士の稽古をつけるなら、皆必ず強くなります。鬼殺隊を支えていただき、ありがとうございます」
斗和は、杏寿郎の言葉に込められた意志を感じ取った。
隻眼でも大丈夫だと思っていただけに、残念であった。
だが、斗和が何もしなければ、杏寿郎はその通りに死んでいた。
命があり、動けることは幸せなのだ。
そしてバラバラだった親子が、また共に歩んで行くようになった。
この上ない幸せだ。
斗和は三人に笑顔を向けた。