煉獄家に出向いてから五日後。
斗和は、野良着隊服を着て支度をする。
今日こそは岩柱邸に行かなくてはならない。
本当は四日前には行くはずだった。
だが共同任務で一緒になった隊士から、稽古をつけて欲しいと言われた。
もうそろそろ断ろうと思っていた矢先だった。
斗和は、他人に稽古をつける余裕はもうなかった。
どうにか自分を保たねばならない。
だが今まで引き受けていたこともあり、いきなり断るわけにいかなかった。
ましてや女性隊士であれば尚更で、斗和は数日間に渡り稽古をつけた。
予定より遅れたが、やっと行けるのだ。
入院中に任務を負担してくれた礼と称している為、土産の品を考えるも行冥の好物が分からなかった。
玄弥は確か西瓜だった記憶があり、季節外れで手に入らない。
そうなると、やはりあれしかない。
あれ、つまり焼きお握りである。
斗和がまともに作れる数少ない得意料理だ。
料理と呼べるかも分からない一品。
何度他人に振る舞ったか分からないが、これしか思いつかないから仕方がない。
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斗和は、重箱を持ち岩柱邸を目指す。
念の為にひょっとこの面は持参したが、行冥の前で被るのはおかしい。
玄弥には最終選別で面を着けて会っているが、素顔を見せても支障はないと判断した。
歩きながら、斗和はそっと顔の傷に触れる。
左目横の縦の傷が増えてから、周囲から驚かれることが増えた。
それでも、実弥は綺麗だと言ってくれた。
その言葉に斗和は救われている。
傷があろうと綺麗だと、それが嬉しくて何度も反芻していた。
(あの時の実弥さんは優しくて格好良くて…!やだ、私ったら昼間から何考えてるの!)
斗和は雑念を払い先を急ぐ。
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久方ぶりの岩柱邸は、やはり山奥なので遠かった。
修行には最適な場所だが、田舎育ちの斗和でさえ住むとなると躊躇う。
元岩柱の育手の元で一年間修行してきたが、あそこも山奥でこの辺りとよく似ていた。
「ごめん下さーい!いらっしゃいますかー?」
斗和は門を叩き声を掛けるが、誰も出て来ない。
(もしかして誰もいないの?)
鍛錬中ならば、川の近くや森の中にいる可能性がある。
斗和は辺りを探すことにした。
すると、屋敷の裏手にある森の中に玄弥らしき姿を見つける。
だが遠く、斗和は声を掛けようと走った。
「玄…!」
斗和が"玄弥君"と呼ぼうとしたその時、いきなり振り向き銃を撃って来た。
「っ!?」
構えた瞬間に素速く避けたので当たらなかったが、心臓に悪い。
玄弥も斗和に気付き、目を見開いている。
「いきなり近付いてすみません。驚かせてしましましたね。岩柱様はご在宅ですか?」
斗和は下げた頭を上げると、玄弥は驚いてあたふたしている。
それにしても背が大きくなったと、斗和はまじまじと見つめる。
実弥と同じくらいになっていた。
「あっ、俺こそいきなり悪い!悲鳴嶼さんならお館様に呼ばれてここにはいない。あの…あんたは?」
訝しむ玄弥に、斗和は懐からひょっとこの白い面を出して見せる。
「これ、覚えていますか?蓬萊斗和です。お久しぶりです玄弥君。元気そうで何よりです」
「蓬萊斗和って…えっ!?…あの時の、最終選別で握り飯くれた人?」
玄弥は驚愕し、一歩後退る。
「はい」
斗和は覚えていてくれたことに笑顔になった。
「あ…もう少ししたら悲鳴嶼さんは戻ってくると思う」
「そうですか。ならすみませんが、待たせて貰ってもいいですか?」
斗和が玄弥の目を見てそう言うと、分かったと屋敷に通された。
待つようにと言われた部屋で、斗和はあちこち見回す。
(広い…うちの何倍あるかな?)
斗和の屋敷は、他の柱屋敷に比べかなり狭い。
苦に感じたことはないが、あまりに差があると驚く。
落ち着きなくあちこち見ていると、玄弥が茶を持って戻って来た。
玄弥はどうにも、そわそわと落ち着かない様子である。
「お気遣いすみません。これ、例の焼きお握りです。糠漬けも入れましたので、よかったら岩柱様と食べて下さい」
斗和が持参した握り飯の重箱を渡すと、玄弥は目を細め礼を言い受け取った。
「何で俺が悲鳴嶼さんのとこにいるって…?」
玄弥は率直な疑問を投げかける。
斗和は当然ながら、玄弥については誰からも聞いていない。
だがこの世界を知っている身なので、分かる。
それを巧妙に最もらしく説明した。
「玄弥君がいるとは思いませんでしたよ。以前、岩柱様から弟子が一人できたと聞きました。先程後ろ姿を見て、もしかしてと思ったんです。随分背が伸びましたね…お兄様と同じくらいに見えます」
斗和がそう言うと、玄弥はこそばゆいのか所在なさげに俯く。
玄弥は十六歳の思春期真っ只中である。
故に女子に慣れていない。
もっと気さくに接して欲しいと斗和は思う。
「岩柱様の鍛錬はいかがですか?」
「あー…悲鳴嶼さんは口数が少ないから、自分なりに…」
しどろもどろながら、玄弥はこうでああでと伝えてくる。
「…そうですか。あの時、私が玄弥君の指導を断って正解でしたね。私は口数が多くて教えるのがすごく下手なんですよ」
斗和が笑うと、玄弥もつられて僅かに笑う。
「あ、お茶いただきますね」
一口茶を飲むと、斗和は本題に入る。
「今日訪ねたのは、岩柱様にお礼を言う為なのです。玄弥君は炎柱の列車任務についてはご存知でしょうか?一ヶ月以上前の話しになります」
「ああ、それなら悲鳴嶼さんと一緒に鴉から聞いた。炎柱が上弦と戦って重傷負ったんだろ?」
(そう言えばそんな描写があった気がする…忘れてた)
「そうです。実は私、その任務に同行していたんですよ」
「ほ、本当かよ!?あんたは大丈夫なのか!?」
玄弥は驚いて目を見開いた。
斗和は意識は無かったが軽傷だった。
実は一部以外には、斗和があの任務に就いていたことは知らされていない。
「はい、軽傷でしたから大丈夫です。ですが意識がなくて、ずっと蝶屋敷に入院していたんです。その間は、柱の方々に任務と警備を請け負っていただいてました。期間が長かったので、きちんとお礼をしたくて。あ、実は私、柱は退きましたが、警備と任務は引き続き同様のものに赴いているんですよ」
斗和は出された茶をもう一口飲んだ。
「え、じゃあ何で柱を辞めたんだ?」
「…私は元々、自分に自信がなかったんです。鬼殺隊に入ってからは、しばらく単独任務しかしていませんでした。それも、お館様に単独がいいと懇願までして…。なので上に立つことも苦手で、柱になれと言われても不安ばかりでした」
斗和は当時のことが脳内に蘇る。
今思えば、新人隊士が我儘を言うなど絶対に有り得ない。
随分と大胆なことをしたなと内心で笑う。
当時を振り返りながら、斗和は噛み締めるように言葉を紡ぐ。
「受けた時も、定員である九人揃うまでならと条件を提示しました。それで引き受けて、昨年に霞柱が加入したことで九人揃い退きました」
斗和の本音としては、柱になる気は毛頭無かった。
何度でも断るつもりでいた。
(懐かしいな…最初は十六の時だった。次は十七で、最後は十八…もう三年前なんだ)
目の前にいる玄弥を見ていると、やはり実弥を連想させる。
斗和は、柱を受けた時のことを思い出していた。
実弥と手合わせをするも、何もできなかった。
見た目も言葉遣いも恐い彼に、怯えてばかりだった。
あの時実弥と手合わせしていなかったらどうなっていたのか。
この関係も違っていたのかもしれない。
そう考えると、人との出会いは不思議だと斗和は思った。
「少し昔話をしてもいいですか…?柱の打診は何度かされていましたが、ずっと断っていたんです。その日も断ろうと本部に行ったら、なぜか風柱がいました」
実弥の話題になったとたん、玄弥は息を呑みその先を待つ。
「結局は、彼の助言もあり引き受けたんです。それで帰るつもりが、その後手合わせをすることになったんです。私は風柱に怯えてしまい、何もできなくてもの凄く怒られました。泣く寸前でしたよ」
玄弥は思わず、"兄ちゃんは恐くない!優しい!"と、声に出したかった。
だが思い留まる。
「私、そこで匙を投げられたのだと思っていました。…だけどその後も、何度か手合わせをしてくれたんです。それでどうにか柱の職務を続けて来られました。きっと彼がいなければ、私は柱にもなれなかったし、続けることもできなかったと思います。…風柱はとても強くて厳しい方ですが、優しい方なんだなと思いました」
斗和が微笑むと、玄弥は少しだけ笑った。
「兄ちゃんは誰より優しいんだ」と小さく呟いた言葉が、斗和の耳にいつまでも残っていた。
その後は斗和が庭を見たいと言い、玄弥は案内した。
先程の銃のことを聞いた斗和は、自分にも使えないか試したいと言う。
「構えるぐらいならいいけど、試すのはだめだ」
「じゃあ撃つ時のコツは…こう?いやこうかな?」
斗和は初めて見る銃に興味津々である。
「腕は真っ直ぐにしなきゃブレてだめなんだ。あとは標的との距離感にもよる」
玄弥は構えてみせるが、斗和が真似してやるとどうにもおかしい。
「これ、結構重いんですね。そうだ!私の刀を持って見ます?これもなかなか重いと言われるんです」
斗和は麻袋から特殊日輪刀を取り出し、玄弥に渡した。
持った玄弥は、重くて驚いた。
「重いし変わった刀だな。なんで刃先が曲がってるんだ?」
「これ、鍬に似てると思いませんか?基本的に鍬に似せて造られているんです。私の使う呼吸は、一般的な日輪刀だと威力が落ちるのでこうなりました」
"へー"と頷く玄弥を見て、斗和は彼本来の姿を垣間見た気がした。
子供時代のあの悲惨な出来事を経て、玄弥は一人孤独に生きてきたのだ。
やはり、どうにか実弥と和解して貰いたいと思った。
それはきっと叶わないと分かっていても、願わずにはいられない。
一方で玄弥は、斗和を見て不思議な気持ちだった。
最終選別の時から、気に掛けてくれているのは分かった。
だがなぜなのかが分からない。
聞くに聞けずにいた。
「…あれ?これは盆栽ですか?わぁ…すごい」
斗和は、ふと庭の隅にあった盆栽を発見する。
「あ、それ、俺が育ててるやつ…恥ずかしいからあまり見ないでくれよ」
玄弥は盆栽が趣味だったのかと、斗和はここで初めて知ったのだった。
なかなかに渋いと思いつつ、ならば兄・実弥の趣味は何なのかと気になった。
今度本人に聞いてみようと思うのであった。
そうこうするうち行冥が帰宅する。
任務と見舞いの礼をし、斗和は岩柱邸を後にした。