音柱邸から帰宅すると、斗和は早速私室に入り筆を取る。
杏寿郎と天元、二人から柱への復帰を進言された。
それについて耀哉に文を書くのだ。
二人の手前、斗和は悩んでいるように見せたが、実際は悩むこともなく決めている。
斗和は、柱に復帰する気は毛頭無かった。
それどころか、斗和にはもう柱の力が無い。
今まで行っていた柱同様の任務には行けないと思っていた。
本来はもっと早くに文を出すべきだった。
だが斗和は、まだできると過信していた。
もう体が追い付いていないのである。
警備はできても、確実に鬼を倒さねばならない任務をこなすのは限界だった。
耀哉はどう思うのか気になった。
病だと弱音を吐くことを許してくれるだろうか。
斗和は考え込み、持った筆が動かない。
耀哉の病は進んでいた。
目はもう見えておらず、斗和の文はあまねに読んで貰うことになる。
耀哉には昨年、今後のことを一通り話してある。
自由に動いていいと言われているので、斗和は杏寿郎を助ける為に行動した。
近いうちに無惨は倒され平和な世になる。
斗和は今後、自分にできることは何もないと思っている。
だが、斗和の存在理由は鬼殺隊にしかないのだ。
犠牲があったからこそ、平和が訪れるのは分かっている。
やはり斗和はつらかった。
斗和は様々考えながら文を書き、鴉の令和に届けさせた。
列車任務の後から、斗和は蝶屋敷へ行くことが増えた。
それまで数える程度しか行くことのない場所だった。
だが明らかに負傷が増えている。
見知った隊士に会わないように、柱に会わないように。
斗和は、そればかり考える日々に嫌気が差していた。
体のことは、斗和自身が誰よりよく分かっている。
鬼と対峙する度、以前のように動けない現実に直面していた。
それでも、葛藤しながらも前を見続けている。
ここまで来て後戻りはできなかった。
そして、するつもりもなかった。
変化に気付かれるのを恐れ、実弥にはなるべく会わないようにしていた。
斗和は実弥と恋仲になってから、手合わせすることがなくなった。
実弥は、体を重ねている相手と刀を交えることを避けていた。
斗和にとっては都合がよかった。
弱くなった姿を見られずに済んでいる。
だが、裸になれば隠せない。
実弥との手合わせはなくなったが、その代わりというのか交わることが増えた。
互いに多忙の身なので、会える日は必ず求められるのだ。
包帯が増える度に、弱くなったことを指摘されるのではないかと怯えてばかりいた。
なので斗和は、長期任務だとか後輩に稽古をつける約束をしただとか、あらゆる手を使って避けていた。
実弥とは鴉を使ってやりとりをし会っている為、突然来るということもない。
それでも全く会わないわけにはいかず、実弥に求められれば嬉しく幸せだった。
斗和は、実弥の為ならばと苦手な料理も作る。
上達しない料理でも、必ず完食してくれた。
情事の最中に愛してると何度も囁けば、実弥は俺もだと柔らかに笑う。
顔に傷があろうがお前は綺麗だと、泣きたくなるくらい嬉しいことを言う。
傷口が開かないよう、気を遣う実弥が優しすぎて泣けてくる。
そんな実弥を、斗和はどうしようもなく愛しく想っていた。
本当は毎日でも会いたいのだ。
実弥の逞しい胸板に抱き着き、目一杯甘えたいと思う。
だが、傷が増える度怖くて会えなかった。
斗和は不安に押し潰されそうな、葛藤する毎日が続いていた。
斗和は徐々に動きが鈍くなっていた。
速く動けず、技が撃てない。
手こずるはずのない鬼に苦戦する。
とはいえ丙未満の隊士よりは遥かに強い。
だがそれは、あくまで一般隊士と比べればである。
実弥ら柱と肩を並べていた斗和にとっては、かなり弱くなったと感じていた。
斗和は柱を退いてから、階級を確認することをしなかった。
衰えを感じるようになってからは特にだ。
はっきりと字を見てしまえば、精神的にも追い詰められると思った。
少し前に、耀哉に柱復帰を辞退すること、警備と任務についてを要望した。
それ以来、基本的には警備だけになった。
任務も入るが、それ程多くはない。
鬼が出なければ、隠や他の隊士と接することがないので安堵していた。
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任務明け。
背中に負った打撲の治療を受けるべく、斗和は蝶屋敷に赴いた。
左腕も斬られたが、それは大したことはなかった。
傷の処置はアオイがした。
相変わらずのてきぱきとした仕事ぶりで、斗和は見ていて感心した。
腕の治療が終わり、少し待てと言われる。
すると、しのぶが現れた。
斗和にとっては会いたくない人物でもある。
だが蝶屋敷はしのぶの屋敷だ。
不在の方が少ない。
「背中の打撲だそうですね。見せて下さい」
有無を言わさぬ圧に、斗和は小さくはい、と答えながら後ろを向いた。
隊服を脱ぎ、サラシを取る。
軟膏か何かが患部に塗られるも、ふとしのぶの手が止まった。
「…少し痩せましたね。一回り小さくなったように見えます」
「………」
斗和は何も言えなかった。
前より鍛錬することが減り、筋肉量が落ちたのである。
そのまま聴診器を当てるしのぶは、正面を向いて下さいと指示する。
従うと、胸に当てられる。
脈をとられた後に、もういいですよと言われた。
何も言わず、このまま帰らせて欲しい。
斗和はそう強く思った。
目の前のしのぶは机に片手を置き、一点を見つめている。
彼女を悩ませることはしたくないと、斗和はやっと口を開いた。
「…そんな顔しないで下さい。私などに気を揉む必要はありません」
極めて明るく振る舞うと、しのぶは真剣な眼差しを斗和に向ける。
「…少しずつではありますが、やはり悪化しています。すぐに刀を置いて、悔いなく生きて下さい」
「刀を置いたら悔いしか残りません。…胡蝶さん、分かるなら教えて下さい。…あとどのくらいですか?」
斗和の問い掛けに、しのぶはぐっと堪え顔を歪める。
「…おそらく…もって半年程です。しかし、呼吸法を通常に戻さなければいつどうなるか分かりません。突然心臓が止まる可能性もあるんです。生きる要なんですよ、心臓は。今こうして刀を振るえているのが奇跡なくらいなんです…!」
「…分かりました、ありがとうございます。引き続き内密にお願いしますね。この先も治療ばかりさせると思いますが、どうかよろしくお願いします」
深々と頭を下げ、斗和は部屋を後にした。
しのぶの顔は一切見なかった。
斗和は、蝶屋敷を出た曲がり角でしゃがみ込んだ。
衝撃で力が抜けてしまった。
【突然心臓が止まる可能性もある】
突きつけられた現実に、呆然となった。
それ程に弱くなっていたのかと愕然とする。
斗和は、体の状態から大体の予想はつけていた。
もって半年ならば、それ以内に無惨は倒せるのか。
斗和は必死で記憶を辿る。
次はあまり間を空けずに、刀鍛冶の里の事件が起きる。
もしかしたら、既に起きている可能性も考えられた。
その後に緊急柱合会議があり、柱稽古をして産屋敷邸が爆破される。
そのまま全隊士は無限城に吸い込まれる。
翌日には無惨が倒されるわけだが、問題は柱稽古だ。
斗和にはその期間が分からないのだ。
一ヶ月なのか二ヶ月か、はたまたそれ以上なのか。
とにかく時間がない。
無限城まで、一日でも長くもたせたかった。
最終決戦ではどこかで役に立ちたい。
それは、斗和の最後の足掻きだった。
これまで斗和は、違う行動をすることの反動を気にしていた。
だが最終決戦では、命を賭して一人でも多くの隊士を救いたいと思った。
役に立ち死ねるならば本望だった。
斗和は、町医者に告げられた時から薄々気付いていた。
心臓が長くもたないことを。
既に目的は果たしている。
あとは最終決戦のどこかで、鬼殺隊として最期を迎えられればよかった。
だが、突然止まる可能性があることを考えなかった。
徐々に、いずれ…それは甘い考えだったのである。
(突然心臓が止まるかもしれないなんて…もしそうなれば…)
斗和は悲しげに空を見上げた。