先を見据えて
斗和は、あちこち痛む体を引き摺るように自宅までの道を歩いていた。
気付けば実弥の姿はなく、体には以前借りた寝間着が掛けられていた。
起き上がれば至る所が酷く痛み、特に下半身は動く度に鈍痛が体を駆け巡る。
早くしないと実弥が帰ってきてしまう。
急いで隊服を着て、寝間着と布団を綺麗にたたみ風柱邸をあとにした。
走るのがつらくて歩けば、鴉の令和は斗和に合わせて後ろを着いて来た。
いつもなら必ず前を飛ぶのに、この鴉には全てお見通しなのだろうかと思った。
計画は成功したと言える。
実弥は斗和に愛想を尽かした。
誰とでも寝る女だと怒り、嫌悪した。
(これでいい。これですべて元通りだ…)
じわりと滲む涙は、拭えば拭う程に溢れ出て止まらなかった。
斗和は、自分に泣く資格などないと思った。
こうなることが分かっていて、実弥の手を取った。
自業自得であった。
もう考えないようにした。
終わったことより、この先だけに集中することに決めた。
斗和は涙を拭き、強く前を見据えた。
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それから警備と合間に任務、そして鍛錬ばかりの日々が続いた。
その間、杏寿郎から手合わせしないかと文が来た。
斗和は、誰にも弱くなった姿を見られたくないのだ。
故に理由をつけて断った。
何も知らない杏寿郎に申し訳ないと思いながらも、斗和は誰とも会う気にならなかった。
僅かずつだが日ごとに動けなくなり、症状は増える。
毎日が必死だった。
いつ呼吸が使えなくなるのか。
いつ刀が持てなくなるのか。
いつ心臓が止まるのか。
斗和はあらゆる不安と闘っていた。
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そんなある日。
斗和は久しぶりに甘味が食べたくなり、いつも土産を買っている甘味屋に赴いた。
実弥におはぎを買ったり、杏寿郎に芋羊羹を買ったりとかなり贔屓にしている店だ。
もうここを利用することもないのかと思うと、寂しさが込み上げる。
斗和は暖簾を潜り、品書きを眺める。
(今日は土産にするわけでもないし、店内で食べようかな)
みたらし団子、芋羊羹、栗羊羹、豆大福…
ズキッ
並んだ品書きの端にある平仮名三文字が目に入り、斗和はズキンと胸が痛んだ。
「あれっ?あ、やっぱりそうだ!蓬萊さん久しぶり!」
後ろからの声に振り返ると、そこには村田がいた。
「村田さん…!わ、久しぶりだね!」
「本当に久しぶりだよー!お見舞いに行った以来だね。あ、今注文するとこ?俺も注文するから一緒に食べようよ」
にこにこ顔の村田は、みたらし団子を注文し、先に座ってるねと言い外に出た。
斗和も注文するとその後に続く。
「お待たせしました。ご注文の品です。茶は熱いですから気を付けて下さい」
店員は二人の間に盆を置き、頭を下げて再び店内に戻った。
淹れたての茶を二人同時に啜る。
「なんだかこうしてると、初めて会った時みたい。あれから何年経ったかな?あの時はまだ若かったのに、あっという間に二十一歳だね」
「えー?今でも充分若いよ。そういえば蓬萊さん、ちょっと痩せた?」
みたらし団子に口を付けながら、村田は斗和に顔を向ける。
「…そうかな?私はかなり筋肉ついてるから重いよ」
村田の指摘は当たっている。
斗和は痩せた。
明らかに筋肉量が落ちていた。
以前しのぶからも指摘はされたが、本当に一回り小さくなった可能性がある。
その時は大袈裟だと思ったが、斗和は自分でもそう感じてきたのが否めない。
全盛期より体力も落ちた。
斗和が使う特殊形状の日輪刀は、通常の日本刀形状の日輪刀よりも重い。
以前はそれが斗和に合っており、土の呼吸の技も威力も最大限出せていた。
だが、数ヶ月前からそれが重く感じていたのだ。
振ると疲労が増すので、今は念の為もう一本打って貰っていた通常の日輪刀を使っているのだった。
それまで麻袋に入れて背に抱えてたが、それも必要なくなった。
斗和は殆どの隊士のように、腰に差している。
こうなってみれば、最初に刀鍛冶師に二本打って貰ったのは本当によかった。
斗和から願い出たたわけではない。
何かの時の為に、通常の日輪刀もあった方がいいだろうと気を利かせてくれたのだった。
斗和は、刀鍛冶師の
鬼殺隊に入って九年。
刀の整備は何度かしているが、斗和は一度も刀鍛冶の里には赴いていない。
二本あるので、交互に出せばわざわざ持参して整備して貰う必要もなかったのだ。
そういえばと、斗和は刀鍛冶の里を思い浮かべる。
里はどうなっているのか。
村田は何か知っているだろうか。
「体重なんて身長に見合っていればいいんだよ』
村田はみたらし団子を一本食べ終わり、茶を啜った。
「ねえ、村田さんは刀鍛冶の里に行ったことある?実は私ないんだよね。どんなところなのかなって思って…」
「刀鍛冶の里なら二回行ったかな…?あ!そーいや聞いた!?三日、いや四日前かな。恋柱と霞柱と竈門って隊士と、あとえーっと…不死川って言う風柱の弟だっけ。とにかくその人達がさ、刀鍛冶の里で上弦を二体倒したんだって!」
村田は興奮気味に目を輝かせる。
「…そうなんだ!上弦を二体もなんてすごい!」
四日前に刀鍛冶の里は襲撃されていた。
斗和は何も知らなかった。
以前刀を整備に出した時は文の返事も貰ったが、それ以来やりとりはしていない。
どうか無事でいますようにと、斗和は祈る。
このあとは鬼の出没が極端に減る。
斗和は、一昨日あたりから警備中に鬼は斬っていなかった。
村田の話しの限りでは、あの物語と同じだ。
蜜璃や無一郎達が快復後、緊急柱合会議が開かれる。
そこで痣についての詳しい話しがある。
そこから柱稽古に入るのが流れだ。
斗和は耀哉の様子も気掛かりだった。
皆の前に出られない体になっているのか。
やはり自分を囮にするつもりなのか。
耀哉には、今後何をしようと黙っていて欲しいと言われている。
斗和は物語を改変することで生じる歪み、反動を注視していた。
それは耀哉も理解している。
そしておそらく、斗和が語った通りに動くと予想している。
苦渋の決断をする覚悟は既にできているのだと思った。
「蓬萊さん、お茶のおかわりいるよね?」
「えっ?」
斗和が考え込んでいると、村田が横から覗き込んできた。
「えっと、何だっけ?」
「だから、お茶。器が空っぽだからいるよねって。俺も欲しいから貰って来るよ」
そう言われ、斗和は手に持つ湯飲みを見ると空っぽだった。
「あ、私はいいかな」
「でもまだそれ食べてないじゃん。お茶と一緒に食べた方が美味しいよ。ほら湯飲み貸して」
じゃあと差し出せば、村田は左右に湯飲みを持ち店内に入っていく。
斗和は、間に置かれている皿に目を遣りそっと手に取る。
黒文字を使い、一口大に切り分けるとゆっくり口に入れた。
口の中に広がる小豆の程よい甘さに餅米の風味が加わり、とても美味だった。
嫌いだったはずのそれは、なぜだかすんなり美味しく食べられた。
「お待たせー!…あれ、おはぎ全部食べちゃったの?」
斗和は、戻って来た村田から湯飲みを渡され微笑んだ。