甘味屋で村田と会ってから二週間経ったあたりだ。
柱より、全隊士に鴉を使い伝令があった。
それは隊士が柱を順番にまわり、実力向上の為の稽古をするという内容だった。
刀鍛冶の里が襲撃されてからというもの、鬼の出没は極端に減っていた。
隊士は殆ど任務に赴くことがなかった。
いくつかある共同鍛錬場は、隊士で溢れかえっている状態だ。
元柱である斗和の元にも、稽古をつけてくれと毎日数人が訪れていた。
斗和は、耀哉に願い出て少し前から警備だけしかしていない。
時間には余裕があった。
だが体がついていかない。
訪ねて来る全ての隊士に対応するのは、相当きつくなっていた。
斗和は全盛期より体力は落ち、力も弱くなった。
刀を特殊形状の物から、日本刀形状の物に取り替えているくらいだ。
軽いので振るのはいくらか速くなったが、技の威力も落ちており厳しい状態だった。
元から土の呼吸は、日本刀形状の物だと技の威力が七割程度になってしまう。
それに輪を掛けて斗和の心臓だ。
今の力は全盛期の八割か、それ以下にまで落ちている。
心臓の症状は出ているが、斗和はどうにか誤魔化し稽古を続けていた。
そんな中もたらされた伝令に、斗和の元に稽古に来る隊士達の反応は様々だった。
休憩中、水や茶を飲みながら談笑していた最中だ。
誰が最強なのか、その次はと隊士らは斗和に聞いてくる。
最強なのは行冥であるのは間違いない。
しかし、他は斗和も分からなかった。
「岩柱が最強だと言われています。他はそれぞれ呼吸も違うし戦い方も違うので…何とも言えないです」
斗和の返答に、隊士らは納得しない。
「じゃあ蓬萊さんから見て、かなり強いと思う人はいますか?」
斗和が今まで手合わせをしたのは実弥、杏寿郎、義勇の3人だけだ。
皆、相当に強い。
斗和は、何度も手合わせをした実弥だと思っている。
だが口には出さなかった。
「えっと…すいません、分からないです」
そう言うと、今度はしのぶ、蜜璃、斗和の誰が一番強いかという話題に切り替わる。
「え、私も?私はもう柱ではないですよ」
「柱でなくとも、蓬萊さんに憧れてる女隊士はたくさんいるんです。それに武勇伝がたくさんあるし有名ですからね」
斗和は、もしかして昨年のあれかと話題を振る。
「ひょっとこの面を着けて任務に出た話しなら…」
「それじゃないですよ!」
「じゃあ芋柱って言われてたことですか?」
芋娘の方が有名だったか?と、斗和は考える。
すると女隊士は、呆れて否定した。
「違いますって!それ武勇伝じゃないですからね。もう、蓬萊さんて本当に面白い…」
クスクスと笑う女隊士につられ、周囲も笑いの渦に引き込まれる。
ひとしきり笑ったあと、一人の隊士が手を挙げた。
「俺は蓬萊さんに一票。この目で下弦ノ陸を倒したのを見たから、やっぱり実際見ると違う。強いって分かる」
右手の小指が欠けたその隊士は、真剣な表情だ。
この隊士・山崎は、数年前に漁師町での共同任務で一緒だった。
血鬼術により小指が溶けてしまい、斗和は不甲斐ない自分を責めた。
当時の階級は丙で、風の呼吸の使い手だった。
今は乙に上がっていた。
「あっ…数年前に…。すいません、気付かなくて。隊士を続けていたのも知らずにいました。あの時は本当に申し訳なかったです」
謝罪する斗和を見て、山崎は首を横に振る。
周りが稽古を再開していく中、山崎は斗和に終わった後で話しがあると告げた。
斗和は何だろうと首を傾げ、稽古を再開した。
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「ここまでにしましょう。明日からは柱稽古ですから、皆さん頑張って下さい!」
斗和は皆を励まし、隊士らは帰って行った。
一人残っていた山崎は、言い難そうに口を開いた。
「…蓬萊さん、あの任務後に館坂を継子にしたんですよね?俺は大分経ってからそれを知りました。その後、訃報を聞いて本当に残念です…」
「…もう二年前になります。佳成が甲に昇格し、私の威力を上回ったので継子を解消しました。後継者に変わりありませんが、近いうちに私に代わる土柱になると信じていた矢先でした…」
斗和は佳成との思い出が蘇り、言葉に詰まる。
亡くなり二年以上経ったが、昨日のことのように感じていた。
「それで実は…蓬萊さんと炎柱が重傷で入院してるあたりのことなんですけど…」
山崎の語る内容に、斗和は戸惑い衝撃を受けた。
遠方任務に赴いていた山崎は、帰りに渓谷の脇を通った。
ほぼ新月で暗闇が支配していたが、射抜くような視線を感じ渓谷を見上げた。
するとそこに光る双眸が見えた。
「よく見えなかったんです。鬼だというのは分かって、刀を抜こうとしたらすぐにいなくなった。…ただ、目が…似てたんです」
山崎が目撃した鬼は、斗和の継子・館坂佳成に似ていた。
佳成は既に死んだはずだ。
ただ、遺体は無かった。
遺体が無いのは鬼に喰われたことを示しており、斗和もそう思っていた。
(まさか佳成が…?違う!)
「佳成の遺体はその場に残されていたから、あなたの見間違いですよ」
斗和は嘘を吐いた。
山崎は、ならばいいと安堵し帰って行った。
確証も無いのだ。
佳成は上弦ノ壱と戦い死んだ。
これが真実だと、斗和は自らに言い聞かせた。
その日の夜。
斗和は縁側で星を眺めていた。
これまではゆっくりと星空を眺めたことなどなかった。
田舎にいた時も、育手の元で修行をした一年間も、鬼殺隊に入ってからの九年間も、斗和はがむしゃらの毎日だった。
以前の記憶を戻してから十年近く経った。
杏寿郎を救うという目的を果たしたのが半年前だ。
振り返ればあっという間だった。
明日からいよいよ柱稽古が開始する。
そして間もなく宿敵・鬼舞辻無惨が倒される。
柱稽古がどのくらいかかり、いつ産屋敷邸が襲撃されるかは分からない。
斗和は、半年以内だと予想している。
しのぶから告げられた余命半年という現実は、五ヶ月弱になっていた。
果たして無限城まで斗和の心臓はもつのか。
もったとしても、弱った体では雑魚鬼を倒すくらいしかできない。
それが現実である。
斗和は、とにかく明日からの柱稽古が心配だった。
稽古自体はどうにかできるかもしれない。
だが、手合わせとなれば別だ。
万が一、稽古とは別に手合わせをしていけとなれば、逃れられない。
何せ相手は柱だ。
全盛期の八割以下にまで落ちている斗和では、まともな手合わせにはならない。
そして弱くなったことを悟られてしまう。
それだけは避けたかった。
斗和はなるべく目立たぬよう、柱稽古をこなすことにした。
そして斗和のもう一つの懸念事項、それは実弥だ。
柱稽古は順に回らなければならない。
実弥の稽古は最後の一つ前だ。
斗和は胸に手を当て、夜空を見上げた。