翌日。
斗和が煉獄家を訪れると、隊士がひしめいていた。
入りきれず門の外にも溢れている。
鴉が告げたのは、まずは煉獄家か宇髄邸のどちらかに行き、合格が出たら行っていない方に行く。
そして次の霞柱邸に続くようにとのことだった。
斗和は特に理由はなく最初に煉獄家に来たが、これ程いるのでは稽古にならないのではないかと思った。
隊士をかき分け庭に行くと、杏寿郎が木刀を振るっていた。
向かってくる隊士らに次々と一撃を入れている。
どうやら二人ずつ杏寿郎に向かって行き、一撃入れられたら次の二人という稽古のようだ。
終わったらまた後ろに並ぶ、終わりなき稽古に見える。
しばらく見ていると、隠に声を掛けられた。
「あれ?蓬萊様?」
「あ!後藤さん。お疲れ様です。手伝いをしてるんですか?」
後藤は井戸で水を汲み、盥(たらい)いっぱいの手拭いを洗おうとしていた。
「そうなんですよ。隠も稽古の手伝いに駆り出されてるんです。蓬萊様も参加するんですね。てっきり稽古つける側だと思ってましたよ」
後藤はバシャバシャと手拭いを浸していく。
何の気なしに言っている後藤だが、斗和の表情が曇ったことに気付いた。
「はい。私、一般隊士ですから。だけどこんなにいるので…良かったら手伝いますよ」
斗和は手拭いの山に囲まれる後藤を見兼ね、手伝いを買って出た。
「いやでも…」
後藤が言い淀むと、縁側を走る千寿郎が見えた。
「千寿郎君!忙しそうですね。柱稽古に来たのですが、人数が多いようなので様子を見ていました。よかったらお手伝いしますよ」
足を止め振り返る千寿郎の手には、手拭いの束が大量だ。
「蓬萊さん!助かります!今道場に手拭いを持って行くところなんです」
「道場というと、もしかして?」
斗和は、道場では槇寿郎が稽古をつけているのでは?と思った。
槇寿郎は柱を引退してはいるが、現役に近い程に動ける。
現に、隻眼となり柱を引退した杏寿郎との手合わせでは、常に勝ち続けていた。
「はい。兄上は庭で、父上は道場で稽古をつけているんですよ。隊士の方々に手拭いを渡したり水分提供などをしているんですが、人数が多くて驚いています」
千寿郎は肩にたすき掛けをし、額に汗を掻いている。
「槇寿郎様も稽古をつけてるんですね。一人でこの人数の世話は無理ですよ。手伝いますので、何をすればいいか教えて下さい!」
千寿郎は、じゃあお言葉に甘えてと、持っていた手拭いの束を斗和に渡す。
道場にいる隊士に配った後、台所に来てくれと言われる。
(うわっ、すごい汗くさい…鼻摘んだら失礼だよね。でも結構きついな)
斗和は、立ち込める汗のにおいにうっと顔を顰めた。
道場は開け放たれているが、隊士の人数が多く非常に汗臭い。
そこには、斗和の屋敷に稽古に来た女隊士がいた。
「田屋さん、お疲れ様です。汗くさいけど頑張って下さい!」
「びっくりした!蓬萊さん、手伝いしてるんですか?」
「はい。あまりに人数が多いし、手伝いも不足しているようでしたので。一段落したら私も稽古に参加しますね」
斗和は汗塗れの手拭いを回収し、新しい手拭いを渡して行く。
当然ながら斗和の存在は知れ渡っている。
未だに柱だと思っている者も多く、なぜ柱が柱稽古の裏方をしているのかと疑問に思われた。
「何で土柱が煉獄様の手伝いしてるんだ?」
「土柱って退いたはずだぞ。てゆーかあんなことしてると、益々隊士に見えないよなあ」
「お前ひょっとこの面の話し知ってるか?一時期着けて任務してたらしい。何か変わった人だよな」
そんなことを囁かれている中で、隊士らの中心にいた槇寿郎の姿を見つける。
蕎麦屋の二階でのことを思い出し、斗和は胸が痛んだ。
非常識極まりないことを頼んでしまった。
斗和は、槇寿郎に対し申し訳ないという気持ちが強かった。
だが、忘れなければならない。
槇寿郎も、何事もなく接するだろうと思った。
斗和は、回収した手拭いを井戸で洗う後藤の元へ持って行く。
「後藤さーん!すいませんが追加です」
ドサドサッと横の盥(たらい)に入れると、後藤は口布の上から鼻を摘んだ。
「くっさ!やばいですねこれ!蓬萊様、結局手伝いしていいんですか?あなたは実質柱のようなものなのに…」
「私、柱は昨年退いています。だから稽古もしますし手伝いだってしますよ」
斗和は、いやいやと手を振り否定する。
「でも胡蝶様と冨岡様は事情があり不参加らしいから、てっきり蓬萊様が入るんだとばかり思ってました」
「要請が来れば従いますが、今のところはないので…ではよろしくお願いします」
後藤に頭を下げ、斗和は台所へ向かった。
その後ろ姿を見つめる後藤は思った。
やはり蓬萊斗和は変わっている、と。
「千寿郎君!今終わりました。次は何を?」
斗和が台所へ行くと、千寿郎が薬缶に水を移し替えていた。
「ありがとうございます。次は庭の兄上達のところへ水分提供を。この薬缶と湯呑みを持って行きます。竹筒を持参している方もいますから、湯呑みは足りると思います」
「あ、梅干しも用意できますか?」
「はい、それはできますが、なぜ梅干しを?」
千寿郎は小首を傾げる。
「汗を大量にかいた時は、塩分も補給しなければなりません。水ばかりではよくないんです。梅干しが無い時は、塩を少し舐めればいいんです」
斗和は分かる範囲の知識を教えた。
千寿郎はならばと、壺から梅干しを取り出し皿に置いた。
道場には千寿郎が運ぶので、斗和は再び庭へ向かった。
「皆さん、水分補給はしっかりして下さいね。汗を沢山かいた方は、梅干しを一つ食べるようにしましょう。塩分補給も大切なんですよ」
斗和の声に、隊士らはそれぞれに水分補給をし始めた。
それが終われば今度は握り飯を作る。
大量に握らなければならず、斗和は梅干しを入れた普通のを作ろうとした。
「兄上と父上には、蓬萊さんの焼きお握りがいいと思います。以前教えて貰って作ったんですが、焼き加減と醤油の付ける量が上手くできなくて。それ以来作っていないんです。兄上はきっと食べたいと思いますよ」
白飯を握りながら千寿郎がそう言うので、斗和は頷いた。
焼きお握りにすべく握っていくが、最近全く作っていなかった。
以前は振る舞うことも多かったが、めっきり無くなり久しい。
今日はできるだけ作ろうと、斗和はひたすらに手を動かした。