翌日。
斗和は、鴉の令和の案内で恋柱邸へ向かう。
ここまでほぼ稽古らしいことをしていなかった。
さすがに今日こそはと思っている。
稽古内容を思い出す斗和だが、いまいちはっきりと分からなかった。
柔軟をして巣蜜のパンケーキを食べるのかと思った。
斗和は、巣蜜が何なのか分からない。
蜂蜜しか知らないので、実際聞いてみようと思っている。
恋柱邸へ向かう最中、低空飛行をする鴉の令和に話し掛けた。
「ねえ令和、巣蜜って知ってる?す、み、つ」
「………」
「令和も分からないよね。蜂蜜は蜜蜂が集める蜜でしょ。巣蜜は巣の蜜だから…結局は蜂蜜と同じなのかなー?でもどうして名前が違うの?すごい気になる…」
令和は、任務伝令以外は全く喋らない鴉である。
だが斗和は、返答しなくともこうして聞き一方的に喋る癖があった。
返答しないので、自分で言い納得するのである。
何年もこれを聞いている令和は慣れているが、傍から見ると斗和は鴉に話し掛ける変人だ。
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それなりに遠かった恋柱邸に着き、斗和は大声で蜜璃を呼んだ。
すると、バタバタと音がし玄関が開く。
「蓬萊さん!町で会って以来ねっ!元気にしてたかしらあ?」
「はい」
「よく来てくれたわっ!私のところにはまだ誰も来ていないから、ゆっくりして行ってちょうだいね!いろんなお話しもしたいわあ」
どうぞどうぞと屋敷の中に案内される。
柱稽古はゆっくりするようなものではない。
だがそこは蜜璃らしいと、斗和は自然と笑顔になる。
「私、甘露寺さんみたいに体を柔らかくしたいので、よろしくお願いします」
「あらそう?じゃあ一緒に体を解しましょう!」
道場へ行くと、斗和は蜜璃からある物を渡される。
「まずはこれに着替えましょう」
「あのー、これは?」
斗和が広げてかざすと、蜜璃は満面の笑みだ。
「これは優れものなのよ!柔軟には動きやすい格好でないとね!もしサラシを巻いていたら外してね。じゃあ私も着替えるわ」
斗和は言われるがまま、"それ"に着替えることにした。
サラシも巻いているので外す。
(これ…何?)
着替えた斗和は、己の姿を見て恥ずかしくてしょうがない。
肌にぴったりと吸着するような素材の布は、見事なまでに体の線を浮かび上がらせている。
この布の名称は何だったかと、斗和は考えるも思い出せない。
手足は丸出しで腰に布を巻き付けている。
(すごい恥ずかしいんだけど…)
もじもじとしていると、着替えた蜜璃がやって来た。
「早速始めるわよーっ!」
蜜璃も同じ格好なのだが、胸の大きさが違うので斗和は自分が貧相に思えた。
そして二人は道場で音楽をかけ、甘露寺式の様々な柔軟をした。
「蓬萊さーん、もっと軽やかに!次は三回ぐるっと回って…」
「痛い!痛い痛い痛い!」
「あらこれは硬いわ。もっとこう、床に全て着けられるようにならないとね。じゃあもう一度、それっ!」
「いた────い!!」
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数時間後。
斗和は道場の床で大の字で倒れていた。
全身を解され、大分柔らかくなった気がした。
かなりきつく、確かに地獄のような柔軟体操であった。
妙な服からも解放され、斗和は達成感も感じていた。
柱稽古は、刀を振る以外もたくさんあり、内容も充実している。
踊ったり柔軟している姿は見られたくないが、いい稽古法だと思った。
蜜璃の動きが異常なまでに柔らかくしなやかで、斗和は全くついていけなかった。
だが楽しくできた。
そしてこの稽古、小芭内がやれば面白いと思うのであった。
一通り終わったので、斗和は次へ行こうとした。
すると、今からパンケーキを焼くから一緒にと言われる。
やはりパンケーキを食べるのかと、予想が当たり斗和は内心で笑う。
以前の斗和の記憶にもある食べ物だ。
世間で流行ったが、斗和は特に興味も無かったのか食べた記憶はない。
作り方も当然知らなかった。
斗和は、台所で言われるがまま掻き混ぜる。
そのうちに良い香りがし、食欲が湧いてきた。
この時代では洋風の食べ物は存在するが、まだ一般的ではなかった。
少しずつ広まっている段階である。
焼き上がったそれは、まさしくパンケーキであった。
焼き色も綺麗で、斗和は目を輝かせる。
「わあ…すごく綺麗に焼けましたね!私、パンケーキは初めてなんです」
「この焼きたてに巣蜜をたぁっぷりかけると、それはもうすごく美味しいのよ!」
ウフフと、蜜璃は小ぶりな壺から匙で巣蜜を掬いたっぷり掛ける。
そんなに掛けるのかと斗和が聞けば、少しだと美味しさが引き立たないと蜜璃は言う。
結局巣蜜とは蜂蜜なのか違うのか、斗和は分からないままだった。
味は蜂蜜なので同じということにした。
味わって食べていると、蜜璃は何かを思い出したのか、斗和を見た。
「そう言えばね、前に煉獄さんのお父さんにいい人がいるって話しをしたじゃない?」
「あ、はい…そうでしたね」
斗和は内心ドキッと心臓が跳ね上がる。
忘れていた話題が浮上し、一気に緊張が走る。
「あのあとまた煉獄さんに会ったのよ。それについて聞いたらね、結局は誤解だったの。私の早とちりだったわあ…」
蜜璃は心做しか残念そうだ。
「やっぱりそうですか!煉獄さんのお父さんは、奥さんを一途に愛しているんですよ!良かったです、はい!」
斗和がやけに嬉しそうに締め括るので、蜜璃は変だなと思った。
だが、まあいいかと再びパンケーキに口を付けた。
「ところで、一人三枚は多くないですか?なんだか太りそうです」
斗和は一枚は食べたが、大きい上に厚いので腹がいっぱいになった。
「あらあ、そんなことないわ。蓬萊さん、最近ちゃんと食べているの?痩せたように見えるわ。体力もなくなるし、よくないわよ…」
ずっとにこにこしていた蜜璃は、心配そうに斗和の顔を覗き込んだ。
蜜璃は、斗和が着物で化粧をし町医者に行った時もすぐに声を掛けて来た。
小芭内が全く気付かなかったことを考えると、やはり女はよく見ている。
斗和は心配する蜜璃に曖昧な笑顔を向け、残りのパンケーキを口に詰め込んだ。
「甘露寺さんは菓子なら何でも作れますか?」
斗和はふと聞いてみた。
「ええ、何でも作れるわ。最近はパンケーキばかりだけどね」
斗和は、ならばとある物の作り方を聞いた。
勿論知っているから教えると言われ、再び台所に戻り教えられながらそれを作る。
それは、今まで一度たりとも作ろうと思ったことはない。
少し前に斗和が初めて口にしたそれは、思いの外美味だった。
もし作ることができたら、いつでも食べられるのではと思ったからだ。
ただそれだけのことだ。
◇
「では私はこれで失礼します。今日はたくさんありがとうございました」
「私も楽しかったわー!是非また来てちょうだいねっ」
斗和は丁寧に頭を下げ、恋柱邸を後にした。
恋柱邸では思った以上に長居してしまい、蛇柱邸に行くのが遅くなってしまった。
何せ相手はあの蛇柱・伊黒小芭内だ。
遅くなったことだけでネチネチ言われるに違いない。
斗和は、何度かこのネチネチ攻撃を受けたことがある。
よって、それだけは避けたいと思った。
一度始まると終わるまでが長いのだ。
うんざりしてしまう。
斗和は歩きながら次の稽古内容を考える。
さすがに次こそは稽古になるはずだ。
隊士が括り付けられ、そこの間を縫って小芭内を斬りつける稽古だ。
斗和は、凄まじい稽古を思いつくものだと感心した。
隊士を利用するなどよく考えたものである。
斗和は、自分なら申し訳なくて絶対にできないと思うのであった。