蛇柱邸は斗和の家からは一番遠い。
しかし恋柱邸からは割と近かった。
昨日のように夕刻になったらと心配だったが、その前に着いたので、安堵する。
斗和は玄関で大声を出して呼ぶと、音も立てず扉が開いて驚いた。
「こんにちは。柱稽古に来ました。よろしくお願いします」
そう告げると、小芭内は上がれと言いさっさと中に入って行く。
斗和は客間と思われる場所に通され、座った。
隠が茶を持って来たので、遠慮なく飲んだ。
「さて話しを聞こう」
座卓を挟み、向かいに座った小芭内が口を開いた。
(話し?話しとは?)
斗和は茶を置き、あちこち視線を彷徨わせる。
話しとは何なのか。
「…あの、話しとは何ですか?」
すると小芭内は斗和を睨み、ビシッと指を差す。
「鈍い女だな!さっきまで甘露寺の所にいたんだろう?何をしたのか詳しく話せと言っているんだ」
なぜそんなことを?と斗和は思ったが、小芭内は蜜璃が何をして過ごしたのかを知りたいのだ。
斗和は、なるほどと思った。
そして、なんて面倒くさい人なんだと重ねて思った。
「えっと、まず道場に通されて、薄い布の服に着替えました。体にピタッとした作りの、動きやすい格好です。服というか布を巻いたような…ちゃんとした名前があると思いますが分かりません」
小芭内はピクッと眉が動く。
「ほう…」
「そして音楽をかけて軽く踊って、その後に甘露寺さんの力技で柔軟体操を繰り返しやりました。あれはかなり痛かったです。蝶屋敷の訓練より遥かにきつかったですよ。あとは舞踊って言うんですか、妙な踊りをひたすらにこういう動きで…」
斗和は体を使い表現して見せる。
「それで一通りの稽古は終わりました。甘露寺さんの動きがしなやかで軽やかで、とても素晴らしかったです。私なんてドタバタしていただけでしたね」
斗和がアハハと笑うも、小芭内は無表情だ。
無言だが先を急かされている気がしたので、斗和は再び口を開く。
「その後はパンケーキというのを一緒に作って、巣蜜をたっぷりかけて食べました。甘くてとても美味しかったです。甘露寺さんは何でも作れるそうですよ」
すごいですよね、と斗和は頷き感心する。
小芭内はしばらく黙っていたが、納得したように頷いた。
「…当然だ。甘露寺は何でも美味く作るに決まっているだろう。女同士、随分楽しく過ごしたようだな」
なぜか得意気になっている小芭内は、腕を組み再度ひと頷きした。
斗和は、小芭内の蜜璃に対する想いを知っている。
(告げればいいのに…)
単純にいかないと分かっている。
しかし2人はとても似合いだと思っているのだ。
幸せになって貰いたい気持ちが強い。
「…そういえば甘露寺さんの靴下、伊黒さんが差し上げたそうですね。今日その話しになったんです。甘露寺さん、とても嬉しそうでしたよ。伊黒さんは優しいんですね」
先程の帰り際、斗和はその話しを蜜璃にした。
蜜璃はとても嬉しそうだった。
聞いている斗和も幸せな気持ちになり、だからこそ二人の未来を願うのだ。
小芭内は一瞬きょとんとしたが、恥ずかしいのか口元を袖で隠し横を向いた。
斗和は、しばし穏やかな気持ちになるのだった。
「ところで稽古をお願いしたいのですが、いいですか?」
返事を聞かず立ち上がろうとするも、小芭内から怪訝な顔を向けられる。
「なぜ元柱のお前に?甘露寺の所で楽しく稽古したのならそれでいいだろう?これからわんさか隊士が来るというのに、俺の手を煩わせるんじゃない」
今までの穏やかな雰囲気は消え失せ、小芭内はフンッ!と一喝した。
「でも…柱稽古をするようお達しが出たので、こうやって順繰りに回っているんですよ。稽古をして、合格と言われなければ次には進めませんから…」
斗和は切々と訴える。
ここまで木刀を使った稽古は一度もしていない。
さすがに今回こそはと思っているのだ。
すると小芭内は、頭に手を遣りため息を吐いた。
「全く、何も知らないのか?今回の柱稽古は、冨岡と胡蝶が不参加なんだ。引退した煉獄と宇髄が加わっているが、それでいいと思ったら大間違いだ。本来ならお前も柱側で参加すべきだったのだ」
「えっ!?何でですか!」
なぜいきなりそんなことになるのか。
斗和は思わず声を張り上げた。
同時に嫌な予感がした。
例のネチネチ説教が始まりそうなのである。
「そもそもお前は誰より早く合格するんだから、稽古にもならんだろうが。現にここにいち早く来ているだろう。こういう時は気を利かせて柱側で参加し、胡蝶と冨岡の穴埋めをすべきではないのか?お前は柱を退く時に、この先も役に立つよう精進すると言っていただろう。今こそその役に立つべき時だ。まあ本来ならば、あの2人が参加すれば丸く収まることだがな。胡蝶は事情があるようだから仕方ないにせよ、あの冨岡めがだめなのだ。俺はお前達とは違うだとかほざいて勝手気ままなことを…」
途中から義勇への愚痴になり、小芭内はどんどん機嫌が悪くなっていった。
斗和が途中で「稽古は…」と口を挟んだとたん、睨んだ。
小芭内は、斗和に稽古をつける気は毛頭なかった。
「言っておくが俺は明日、岩柱の元で共闘の為の稽古だ。今日は不死川が行っているはずだ」
斗和は"不死川"の名にドキッとするが、「ですから今から稽古を」と急かす。
すると小芭内はカッと目を見開いた。
「そんなに稽古したいなら不死川の所に行け!俺から言っておいてやる。蓬萊が稽古稽古と馬鹿の一つ覚えでうるさいから、延々と相手をしてやれとな!」
ぴしゃりと言い放つと、さっさと帰るように告げ小芭内はいなくなった。
(馬鹿の一つ覚え…そんなあ…)
斗和はがくりと肩を落とした。
斗和は、蛇柱邸から帰りながら困ったことになったと思った。
いち早くここまで来たのは、柱達が気を利かせたからである。
それは斗和が、柱の実力があると思っているからだ。
だが今の斗和は、甲以下の隊士の力しかない。
このまま何もせず最終決戦を迎えるのは、あまりに心許ない。
(どうしよう…)
立ち止まり、明日のことを考える。
次は風柱邸だ。
実弥には、あの日以来一度も会っていない。
姿さえ見ていなかった。
実弥の気持ちを考えれば、到底行けはしない。
自分を裏切り、他の男に股を開いた女。
実弥でなくとも、誰であれそう思う。
そんな最低極まりない女が、柱稽古とはいえ訪ねて来たら嫌に決まっているのだ。
(私の顔なんて見たら、反吐が出るだけだよ…)
斗和とて行きたくはない。
実弥とは、二度と会わないつもりで事を起こしたのだ。
柱稽古のことは頭をよぎったが、それよりもまずはと思ったのだ。
実際直面すると、どうすればいいか分からない。
この先起こる無限城での戦いは熾烈を極める。
強くなることはできなくても、もっと動けるように少しでも努力はしなければならない。
やはり今のままでは不安だ。
斗和は、最後の行冥の稽古は何もできない。
知る限り、あの稽古は女には到底無理だ。
栗花落カナヲが稽古をした描写もなかった。
皆が稽古で強くなっているのは確実だ。
柱同士も共闘の為の稽古をしている。
その中で斗和だけが劣化し、退化している事実。
少しでも鍛錬しなければ持続できない。
斗和は、これ以上弱くならない為に、やはり稽古はしなければと結論を出した。
(だけど…)
それでも迷いはある。
実弥とは恋仲になってから、一度も手合わせしていない。
弱くなり動けなくなった姿を見てどう思うか。
斗和は悩み、その晩はよく眠れなかった。