今年の夏は、やけに暑い日が続いていた。
黙っていてもじりじりと額に汗をかき、動けば尚のこと手拭いがいくらあっても足りない。
軽量で特殊素材の隊服も風通しはいいが、外気がこうも暑いと意味をなさない。
斗和の特注・野良着隊服も当然ながら同じで、任務前に草むしりをしただけで汗だくになってしまった。
間もなく陽が落ちるというのに、この暑さは危険だと思った。
斗和の以前の記憶では、温暖化とやらが進み夏は酷く暑くなり倒れる人が続出していた。
これから激しく動くのだから、こんな時は水分と塩分はしっかり補給しなければならない。
斗和はかき集めた竹筒に水を入れ三本持ち、違う竹筒には梅干しを八つも入れて家を出た。
本部に願い出て単独任務が多い斗和だったが、実は少しずつ共同任務も増えていた。
甲乙丙あたりの上位になると、班を率いて戦うこともよくあると聞き、走りながらため息が出る。
班の構成員ならいいが、上に立って指示というのは絶対にできないと思っている。
誰かと戦うのもまだ慣れず、斗和は気が重かった。
◇
集合場所である山あいの湯治場は、硫黄の匂いが充満していた。
あちこちから湯けむりが上がっている。
どうやら斗和が一番に着いたようで、他にはまだ誰もいなかった。
(それにしても暑いな。こんなに暑いのに湯治場で任務なんて、つらすぎる!でも、終わったらここで汗を流して帰るのもいいかな)
早く任務を終わらせたいと思いながら、流れる汗を拭っていると、一人二人と隊士が集まって来る。
「こちらです!」
斗和が手を挙げて呼ぶと、集まった隊士は四人だった。
「もう一人は?五人のはずだぞ」
「まだじゃないか?」
そんな会話をしていると、いきなり輪の中に人が現れた。
「「「「!!」」」」
「とっくに来てたぞ!お前らはまるで亀だ!遅すぎる!いいか、俺はまだ新米だ。しかし神だ!俺が犬になれと言ったら犬になり、猿になれと言ったら猿になれ!質問はあるか!?」
突然現れ突拍子もないことを口にした人物に、皆呆気にとられた。
逞しい腕を組んで皆を見回すこの人物。
斗和は心当たりがあった。
「お米の神様なんですか?」
誰も何も言わないので、斗和は声に出してしまった。
「クッ…」
「フッ…」
何人か吹き出した。
「ああん!?米の神じゃねえよ!何を聞いてたんだお前は!いいか、俺は派手を司る祭りの神・宇髄天元様だ!」
腕を突き出し、決まった!という格好をする自称・祭りの神。
斗和は反応できない。
(この人は柱になってから、毎回この手の挨拶をしているのかな?確か遊郭任務の時は、炭治郎君たちに媚びへつらえとか言っていた気もする…)
斗和は顔が引きつるのを誤魔化し、うっすら笑みを作る。
「すみません。新米で神とおっしゃったので、てっきりお米の神様かと勘違いしました。よろしくお願いします、音柱様」
さらりとそう告げた斗和は、何人かが更に笑うのを横目に頭を下げる。
新米というのは、柱になってまだ間もないという意味である。
それは斗和も当然分かっている。
少しおどけてみたのだ。
「俺を知っているとは地味だが見込みがある奴だ。よし!今から作戦を伝える。いいか………」
天元は、こうでああでと説明していく。
斗和は話しを聞きながらも、天元の全身をじろじろと見た。
一人だけ肩を出して涼しげな隊服である。
夏はいいが、冬は寒くないのだろうかと疑問が湧く。
斗和が天元の姿を見るのは最終選別以来だ。
背が更に伸びている。
顔はまだ幼さが残り、二十歳にはなっていないと見受けられた。
(それにしてもこの様子だと、私が同期だと気付いていないな)
同期であるが、天元は斗和に対しそれらしき言動がない。
やっと訪れた時系列が判明する機会である。
まずは任務を無事に終わらせようと、斗和は顔つきを変えた。
今回の作戦は単純明快である。
この湯治場を中心に、左右から大きく周り鬼を挟み撃ちにするというものだ。
全員で五人いる。
柱である天元が来ているということは、鬼が強く複数いる可能性があるのだ。
当然ながら血鬼術も厄介に違いない。
鬼が出たら大声で叫べと言われ、皆一斉に森に入った。
本来鬼は対抗意識が強く、群れない。
だが例外もある。
この湯治場のように、一つの場所を巡り複数の鬼が集まってくる場合も考えられるのだ。
そうなると、必然的に弱い鬼は退散して強い鬼だけが残る。
だが力が拮抗していた場合、睨み合いをきかせつつ居座っているかもしれない。
以上が天元の見解だ。
◇
斗和は、湯治場に一番近い場所を進む。
夜だというのに気温は大して下がらず、暑くて汗が流れ落ちる。
湯治場の熱気で更に暑くなっており、長時間の戦闘は命取りだ。
早くカタをつけなければならない。
しばらくすると、斗和の鼻先に独特の香りが漂ってくる。
香りを辿ると、一面薔薇が生い茂っていた。
薔薇の濃い香りが強烈に充満しており、熱気も相まって斗和は頭痛がしてきた。
明治時代に薔薇があったのかと思ったその時、真紅の髪の女鬼が現れた。
その両手に持つ薔薇がしなると、棘が無数に飛んで来る。
「!?」
斗和は咄嗟に刀を入れている麻袋を盾にするが、正面以外は防ぎきれない。
腕や首など、肌が出ている箇所に棘が刺さる。
棘自体は小さく、負った傷は浅いが厄介だ。
もしこれが目に刺さったら失明してしまう。
防ぎつつ攻撃するにはどうしたらいいか、斗和は素早く考えを巡らす。
「ホホホホ、防ぎきれぬであろう?丸腰で滑稽じゃ。この地はわらわのもの、邪魔はさせぬ!」
麻袋からそっと伺うと、髪どころか目も口も真っ赤な鬼はまたも薔薇をしならせた。
─血鬼術・吸血薔薇吹雪
先程より一段と数を増した棘が飛んできた。
斗和は麻袋にくるまるように身を守るが、やはり防ぎきれずに刺さる。
「その棘は血を吸う…わらわの頸を斬らぬ限り血は止まらぬぞ?」
(え?)
鬼の言葉に棘の刺さった箇所を見れば、ぷくりぷくりと血が出ている。
すでに十箇所以上刺されており、斗和の肌は血に染まっていく。
斗和はサーッと血の気が引いた。
具合も悪くなり、吐き気もし始める。
早く倒さねば失血死の可能性もある。
焦りが加速した斗和は、至る所から汗も吹き出てきた。
(急がなきゃ、早く早く!あの技しかない……!)
斗和は麻袋を眼前に掲げ、盾にすると鬼に突進した。
「馬鹿め、血迷うたか!」
女鬼が高笑いし、三度棘が無数に襲いかかり容赦なく斗和の体に刺さっていく。
それでも更に突進し、鬼が間近に迫ったその時。
左に持った麻袋を投げると同時に、刀を両手で持ち振った。
─土の呼吸 陸ノ型
左右交互に、大きく下から上に素速く何度も刀を振ると、瞬く間に土煙が広範囲を覆う。
所狭しと咲いていた薔薇も、ズタズタに斬り裂かれる。
「小癪な!」
負けじと薔薇をしならせる鬼だが、斗和はそれを瞬時に切断した。
そして土の粒子が斬撃となり鬼に襲いかかる。
薔薇を持った片腕が地面に落ちる前、粒子が真横に走りその頸が吹っ飛んだ。
「ハァハァハァ…」
土煙が晴れゆく中、転がり落ちた頸が斗和を睨みつける。
「醜い小娘…が……」
斗和は崩れ消えゆく鬼を見届けると、へたり込む。
(苦しい……)
刺された箇所を確認すると、先程のように絶えず出血はしていない。
よかった…と安堵したとたん、目眩がした。
斗和は全身汗だくで、更に血まみれである。
脱水症状を起こしているのか熱中症なのか分からないが、ここで倒れるわけにはいかない。
斗和は、血にまみれた顔や体を素早く拭き取った。
そして腰に携帯していた竹筒の水を勢いよく二本飲み干し、梅干しを二つ口に含む。
酸っぱさが口内を通して、体に染み渡る。
(きっと他にも鬼が潜んでいる可能性がある。早く先に進まなきゃ…!)