不死川実弥という人
柱稽古が開始して三日目。
斗和は悩みに悩んだ末、風柱邸に稽古に行くことにした。
最後まで戦うと決めたなら、やるべきことをする。
後が無いなら何だってできる。
実弥とはもう何の関係もない。
斗和は、何度も自らにそう言い聞かせた。
ズキンと痛む胸を無視し、野良着隊服を着て手拭いを被る。
若緑の羽織を着て、腰には日輪刀を携え家を出た。
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過去に何度訪れたか分からない風柱邸。
門は開け放たれているが、斗和は足を踏み入れられないでいた。
実弥の姿を見るのが怖いのだ。
何を言われるのか、どんな態度を取られるのか。
やはり怖かった。
あれだけ何の関係もない人だと言い聞かせても、いざとなれば怖じ気づく。
斗和はそんな自分にも嫌気が差した。
どうしても一歩が踏み出せない。
足が動かないのだ。
すると、業を煮やしたのか鴉の令和が門からヒュッと入って行く。
「あっ!」
すぐに「風柱、稽古、稽古」と令和の声が聞こえた。
(しまった…!)
斗和は慌てて庭に走る。
そこで、鍛錬用具を斬り落とした実弥の姿が目に入った。
【殺】が背負われた後ろ姿に、ドクンと心臓が大きく鼓動する。
(…実弥さん…)
実弥はゆっくり振り返ると、ただ斗和を見ていた。
射抜く鋭い目だ。
斗和は意を決し、実弥を見据える。
「…柱稽古に来ました。よろしくお願いします」
どうにか声を出し頭を下げると、足元に木刀が投げて寄越された。
「俺が終わりだと言うまで打ち込んで来い」
斗和は木刀を拾い、構えた。
ビュッ
木刀が風を斬る。
稽古内容は、ひたすらに風柱に斬りかかるという単純なものだ。
本来ならば隊士が次々に斬りかかるが、他に隊士はいないので斗和は一人ひたすらに打ち込む。
木刀がぶつかり合う音と、地面が擦れる音以外しないその空間。
実弥と二人きり、打ち合いをするのも久しぶりだった。
斗和は、集中しなければと思う一方で実弥のことばかり考える。
打ち込む力が弱くなったことには、とっくに気付いているはずだ。
どう思っているのか。
本気で取り組んでいないと思われるか。
それとも弱くなった理由を考えるのか。
そこまで考え、斗和は自嘲する。
実弥はそもそも考えない。
最低な女のことなど、気にする理由がなかった。
斗和は、自分も大概だと鼻で笑う。
気にしないと言い聞かせた傍から、こんなにも気にしている。
今はそんなことを考える余裕は微塵もないのにだ。
まだ分かっていない自身を、斗和は情けないと心底思った。
しばらく黙って打ち込んでいた二人だが、斗和が踏み込んだ一瞬で実弥は切り返した。
「くっ…!」
今度は実弥からの打撃が降り注ぐ。
斗和は瞬く間に防戦一方となり、防ぎきれない打撃が肩や腕や足に次々入る。
いくら斗和から打ち込もうとしても、全て止められる。
速さが圧倒的に落ちたことを、斗和は嫌でも実感させられた。
それでもがむしゃらに喰らいついていけば、一撃は加えられると思っていた。
だがそれは甘い考えだった。
どんなに隙を突こうと、実弥は避ける。
そして弾かれる。
「…蓬萊、これが本気かァ?弱すぎて反吐が出る。終わ…「まだ終わっていません!まだできます!」
斗和は実弥の言葉を遮り、木刀を構えた。
─土の呼吸 㯃ノ型 霜柱・氷結烈糸(しもばしら・ひょうけつれっし)
この技は縦に何筋も斬り裂くと同時に、突き刺す威力も加わった技である。
全盛期よりも威力は落ちたが、十分に通用すると斗和は確信した。
そして実弥も、風の呼吸で対抗してくると思っていた。
「!?」
しかし、なんと木刀であっさり受け躱してしまったのだ。
実弥の持つ木刀には僅かにひびが入る。
斗和は、ならばと踏み込んで更に技を撃とうとした。
「ぐっ!はっ…!っ…」
だが心臓が引き攣ったような感覚になり、喉がつかえ呼吸ができなくなる。
その場で片膝を着き、技どころか斬りかかることもできない状態だった。
荒くなった呼吸、連続で撃てない技。
打ち込む速さも威力も、何もかも弱すぎた。
斗和は、自分より階級が下の隊士とならばどうにかできていた。
だが柱相手では無理だった。
既に数日で更に動けなくなっていた。
まさかこれ程だとは思わず、斗和は衝撃を受けた。
醜態を晒すことしかできないことが、惨めでならない。
斗和はどうにか呼吸を整え立ち上がると、黙って見ていた実弥が口を開いた。
「稽古は終わりだァ」
(嫌、終わらせないで!まだできる!もっとやらなきゃ、こんなのでは終われない!)
「待って下さい!私はまだやれます!」
「さっさと木刀返せェ」
「不死川様!私はまだ…」
「弱すぎんだよォ!」
「!!」
斗和が、まだ戦えますと訴えようとするも実弥はそれを遮る。
斗和を見据え、睨みつける実弥の顔には血管が浮き出ていた。
「弱すぎて使いものにならねェ。蓬萊、てめェは足手纏いだァ。さっさと鬼殺隊辞めろォ!」
「…!!」
斗和は、本当は稽古の途中から薄々気付いていた。
実弥は打ち返す時は、顔や胴体には絶対に入れなかった。
何より、相当手加減していると斗和は強く感じていた。
今までも顔には絶対に入れなかったが、明らかに以前とは違っていたのだ。
実弥は最初から分かっていた。
敢えて斗和に、もう戦えないと分からせる為にやったのだと気付いた。
それは実弥の不器用な優しさである。
その厳しい言葉の裏に隠された、誰より優しい気持ちを斗和は知っていた。