それから斗和は、実弥の胸で泣いた。
涙は止めどなく溢れ出る。
斗和が風柱邸の庭で泣くのは二度目だった。
前回は継子・佳成の死を報告した時だ。
実弥は前回と同じく何も言わず、斗和の頭を撫で背中を擦る。
まるで小さな子をあやすように、それは斗和にとって安心できるものだった。
そのうちに斗和は泣き止み、落ち着きを取り戻す。
「…痛むとこはねェかァ…?」
実弥は遠慮気味に尋ねる。
斗和は無言で首を横に振った。
手足にはいくらか打ち込まれた青痣はあった。
だがそれは、今までに比べたら無傷に等しい。
実弥が手加減しなければ、今の斗和は炭治郎のように顔が腫れ傷だらけになる。
そしたらいよいよひょっとこの面が必要だと、斗和は思った。
「手ェ擦りむいてるぞォ。こことここも切れて血ィ出てるってのに…来い」
実弥は斗和の右手を掲げ、くまなく見る。
そして手を取り、玄関へ歩き出す。
確かに数ヶ所から血は出ていた。
だがもう止まっている上、小さな傷は隊士ならば日常茶飯事だ。
斗和は促されるまま居間へ行くと、実弥は手当てをする箱を持ち出してきた。
慌てて手を引っ込めた斗和は、背後に隠す。
「いいですよ!血はもう止まっているし、こんなの傷にも入りません」
「お前がよくても俺が嫌なんだよォ!」
「……」
実弥はそう言うと、斗和の手を取り手当てをしていく。
斗和はぼんやりとそれを見ながら、無言のまま時が過ぎる。
そこに会話は無かった。
(あんなことがあった後だし、やっぱり気まずい…)
手当てを終えた実弥は、風呂を沸かすと言う。
斗和は帰るべく立ち上がろうとした。
「オイ、まさか帰ろうとしてるわけじゃねェよなァ?」
それを見た実弥は、ギロリと睨む。
斗和は、何かまずかったのだろうかと思った。
「え、そうですけど…。だってお風呂に入るなら私は帰った方が…」
「あのなァ、傍にいろっつっただろォがァ!鈍感なのかてめェは!」
(えっ?傍にいろってずっと風柱邸にいろってことだったの…!?)
斗和が「え、あ、」と言葉にならずにいると、実弥はいいから黙って待っていろと告げる。
そして風呂を支度しに行ってしまった。
斗和は居間に一人残され、さあどうしようと考える。
下穿きとサラシと足袋は、風呂で洗って干しておけばいい。
だが寝間着も無く、替えの隊服も無い。
泊まるにしても、やはり一度は帰り必要な物を取りに行かねばならない。
しかし、今また実弥に何か言えば怒られる可能性がある。
斗和は困惑していた。
本当にこの屋敷に居ていいものか、迷惑になるのではと心配だった。
(どうしよう…本当にどうしよう…)
しばらくすると、手持ち無沙汰になる。
ソワソワと辺りを見回した斗和は、思いついた。
夕餉を作ることにしたのだ。
早速、風呂の支度をしている実弥に声を掛ける。
「…実弥さん…あの、その…ご飯、作ってもいいですか?」
「あァ、台所のもんは適当に使っとけェ」
「はい、分かりました」
風柱邸には、毎日隠が来て家事をしている。
食材を切らすこともなければ、埃が溜まることもない。
常に綺麗な状態だった。
斗和は台所にある食材を見て、天ぷらを作ることにした。
基本的に料理の苦手な斗和だが、ある物でそれなりには作れる。
(牛蒡を細く切るのは難しいな…ちょっと太い気がする。人参もこれに合わせて切るから…あれ?何か短いかも…)
斗和は真剣な表情で野菜を切っていく。
伊之助の好物である、天ぷらを作ろうとしているのだ。
実弥が好きかは分からないが、嫌いな物は無いはずだ。
衣は小麦粉よりも、米粉の方がカラッと揚がる。
米粉は小麦粉よりも油分を吸わず、健康にもいい。
だが米粉が無いので、普段通り小麦粉を使った。
上手くできればいいなと思いながら、斗和は次々揚げていく。
おかわりもするかもしれないので、少し多めに作った。
あれこれしているうちに、どうにか夕餉が出来上がる。
人参と牛蒡のかき揚げ、椎茸の天ぷら、大根おろし、冷や奴、すまし汁だ。
味見するのははすまし汁と天つゆだけでいい。
斗和はそれもあり天ぷらにした。
飯も炊き一通り出来上がる頃、実弥が台所に来た。
「飯、できたのかァ?天ぷらの匂いがする」
「はい。天ぷらにしました。やっぱり天ぷらを作ると油くさくなりますよね」
屋敷中が油くさくなっていなきゃいいがと、斗和はここに来て心配になる。
我が家ならばいいが、ここは実弥の屋敷だ。
不快にさせてしまっただろうかと窺う。
「あの、屋敷中に充満していたらすいません。私、あまり考えずに天ぷらにしちゃいました…」
斗和は気まずそうに下を向いた。
実弥は、斗和が気を遣っていることに気付く。
まるで他人行儀というのか、一線を引いているように感じた。
それが面白くない。
斗和には、自然体でいて欲しいと思った。
恋仲になる前ならまだしも、今更気を遣われるなど苦しかった。
だが斗和がそうなる理由は、実弥自身の行いにあると分かっている。
あの一件で、斗和を酷く怯えさせてしまったのだと思った。
実弥は、後悔してもし足りなかった。
「んなこと気にするなァ。台所以外に匂うはずねェだろォ。それより風呂が熱いから先に飯にする」
「はい」
天ぷらは時間が経てば美味しくなくなる。
斗和はちょうどいいなと、ほっとした。