実弥はその後、鍛錬する為に庭へ向かった。
斗和は、庭の隅に昨夜の布団を干すことにした。
たすき掛けをし前掛けもした姿は、まるで若妻のようだった。
正直なところ、着物に慣れていない斗和は動き難いと思っている。
だが普段とは違う格好で、実弥の屋敷で過ごすのは新鮮だった。
実弥と祝言を挙げたら、こんな風に毎日を過ごせるのかと叶わぬ夢を見る。
斗和は僅かに瞼を伏せ、掃除を始めた。
実弥の私室と廊下を拭いていると、居間の方から何やら物音がする。
何だろうと行ってみると、通いの隠が来て掃除をしていた。
「おはようございます!いつもありがとうございます。あの、食材のことでお話しがあるんですが…」
突然現れ挨拶をした斗和に、隠は驚き手が止まる。
「はあ…。あの、失礼ですがあなたは?」
訝しむ男の隠は、斗和をまじまじ見ている。
斗和は、自分のことを知らないのだと名前を言い頭を下げた。
「驚かせてすみません。蓬萊斗和です。ご存知ないかもしれませんが、隊士なんです。ちょっと理由があって、しばらくここに滞在します」
「蓬萊…えー!?蓬萊様!?勿論知ってますよ!すみません、本当に気付かなくて…」
「いいんですよ。普段の隊服ではないから分かりませんよね。お世話になります。そうだ、それで…」
斗和は、気付かれなかったことに苦笑いした。
そんなに野良着隊服姿と違うのかと妙な気分だった。
隠に、しばらくの間は家事は自分がするから、食材補充と鍛錬用具の交換だけでいいと告げた。
かしこまりましたと頷いた隠だが、斗和が風柱邸にいる理由を知りたかった。
これまで実弥は、女を屋敷に連れて来たことは一度もない。
ましてや住まわせるなど有り得なかった。
だからこそ、斗和との関係が気になるのだ。
だが聞くのは野暮だと思い、黙って言われたことをこなした。
斗和は掃除の続きをしようと、部屋に戻った。
実弥からは当初、呼ぶまで部屋から出るなと言われた。
しかもその部屋は屋敷の最奥、裏庭に面した場所だ。
理由もなく、半ば監禁のようなことをされてはたまったものではない。
すぐに抗議すると、実弥は思いがけないことを告げてきた。
「隠にお前を見られたくねェ」
「そんなに私の存在が恥ずかしいんですか!?確かに私は芋娘ですよ!だけど…」
「そうじゃねェ。…その着物姿は他の野郎には毒だァ」
実弥のあまりな物言いに、斗和は下唇を噛んだ。
「毒って何ですか!酷い…」
がっくり頭垂れれば、実弥は観念したかのように本当の理由を述べた。
結局、二人で顔を赤らめることになったのだった。
それが数時間前の話しである。
斗和は、やはり着物は動くのに支障があると感じた。
家事をする程度ならば何ら問題はないが、稽古の際には着替えなくてはならない。
それが面倒だと思ったのだ。
そこで、午前中いっぱいは着物で家事をする。
そして午後に着替え稽古をし、湯浴みまで野良着隊服で過ごすことにした。
斗和は、他の隊士らと一緒に稽古をするつもりはない。
その時は隊士らの世話をしながら、自らの鍛錬もすることにした。
斗和は伊之助、善逸、炭治郎の順番で来ると予想している。
その前にカナヲが来る可能性があり、玄弥もいずれ来るだろうと思った。
玄弥は風柱邸での稽古で、やっと直接実弥と会い話しができる。
だが実弥は突き放し、鬼喰いまでしてきた玄弥への怒りで攻撃まで加えようとする。
本当は誰より何より弟を想っているのだが、それが分かるのは無限城でだ。
斗和が変えたいと思うことはある。
しかし、できないというのも分かっていた。
変えることの歪みや反動は、少なからずあると思っている。
斗和は、杏寿郎の命をこの世に留めることができた。
だがその反動は自らの心臓だった。
前世の名残りなのか、この世界でも心臓が弱かった。
隊士となり呼吸を使ったこと、長年の戦いで疲弊しもうすぐ心臓は止まる。
命の代償は別の命なのではないか。
斗和はそう思った。
故に、これ以上は何もできないと考えたのだ。
せめて最後に玄弥に会い、話しをしたいと考えている。
変えられない事実でも、精一杯できることをしようと決めた。
斗和は、ふと村田を思い出す。
柱稽古に参加しているはずなのだが、その姿を見ていない。
煉獄家にもおらず、天元の稽古でも見当たらずだった。
甘味屋で会ったのが最後になるのか、そう思えば寂しかった。
斗和は畳を拭きながら思い出を噛み締め、掃除を終わらせた。