縁側へ行くと、実弥が庭で鍛錬しているのが見えた。
思わず足を止めた斗和は、食い入るように実弥を見つめた。
風の呼吸の技は鋭く、一瞬の判断で大怪我にも繋がる。
斗和は、これまで幾度となく実弥と手合わせをしてきた。
本気でやり合って来たが、この先はどうなるのかと考える。
既に全盛期の力は無く、どこまで体力が持つかも分からない。
柱稽古が始まってからは警備も無くなり、しばらく鬼を斬っていない。
斗和は不安だった。
無限城で戦うには、実弥の稽古に必死で喰らいつかねばならない。
稽古は炭治郎をボコボコにし、善逸も泣き叫ぶ程に厳しいものだ。
(どこまでできるか…)
昼餉の後は稽古だ。
それまで斗和は、実弥の鍛錬を見て過ごすことにした。
実弥は、木刀ではなく日輪刀を使用していた。
迂闊に庭に出るのは危険なので、斗和は縁側に座り黙って眺める。
鍛錬用具はどんどん斬り倒され、あっという間に地面に散らばる。
(速い…跳躍力が前より上がってる気がする)
斗和は午後からの稽古に備え、脳内で幾度も動きを確かめた。
「そろそろ休憩して下さーい!」
しばらく後、実弥に休憩して貰おうと斗和は声を掛ける。
茶を淹れ差し出すと、実弥は「あァ」と呟き飲んだ。
「そうだ!お昼は何を食べたいですか?」
斗和は思い立って尋ねる。
実弥はちょうど言おうとしていたので、これ幸いと口を開いた。
「焼いた握り飯」
「分かりました。焼きお握りですね。他にはありますか?何でも言って下さい!」
やけに自信があるような斗和だが、実弥は訝しんだ。
本当に何でも作れるのか。
そしてそれは美味いのかが気になる。
「そうだなァ…晩飯は鮭の南蛮漬けか鯖の味噌煮が食いてェ」
「…分かりました!作りましょう!」
斗和は一瞬固まるも、作ると公言した。
実弥はそれを見て笑う。
「ククッお前、今言ったの作れんのかァ?」
「う…いや作れないかも…。さっき通いの隠に、いくつか教えて欲しいとは言ったんですよ。実弥さんが好きなおかずは何ですか?私、頑張って作ります!」
両の拳を握り、意気込む。
斗和は実弥の好きなものは、何でも作りたいと思った。
喜んで欲しい、その思いだけである。
「俺は鰤大根と卵焼きと糠漬けがありゃァいい」
実弥は気恥ずかしいのか、そっぽを向いた。
挙げたそれらは、斗和の得意料理である。
斗和は、実弥の優しさに感激し、笑った。
──────
─────
そして昼過ぎになり、斗和の稽古が始まった。
斗和はこれまで、鍛錬には木刀ではなく鍬を使用していた。
斗和の持つ日輪刀が、鍬の形に似ている為である。
土の呼吸は、木刀や一般的な日輪刀では本来の力が最大限発揮できないのだ。
そのような経緯から、斗和は鬼殺隊に入り特殊日輪刀を造って貰った。
何年もそれを使ってきたが、数ヶ月前から一般的なものに替えた。
体力と筋力低下により特殊日輪刀は重く感じ、振るのが大変になったからだ。
今は他隊士と同じく刀を腰に差し、使用している。
鍛錬も木刀で行っており、技自体の威力は落ちたが振るのは楽だった。
昨日同様、まずは打ち込みからだ。
一見単純にも見えるが、実弥は隙が無く動きが速い。
斗和は必死で喰らいついている状態だ。
実弥の身体に木刀が当たるまでは、技は撃つなと言われている。
打ち合いで押し切らなければ、技を撃っても大抵躱される。
技の連発は心臓に負担を掛けるので、好機を狙い撃つのが効率がいい。
実弥は斗和に、短時間で戦う術を教えた。
斗和もこれまでの経験から、効率よく倒すことは勿論してきた。
それらを更に練り上げ、いかに早く鬼の頸を斬るかだけを考えた。
「ハァハァハァ…っ」
バシッと実弥の足に斗和の木刀が当たってすぐだ。
─土の呼吸 伍ノ型 土砂崩れ
斗和は頭上高く跳び上がり、木刀を真上から振り下ろす。
空気を揺さぶる振動と共に、広範囲の圧が上から落とされた。
同時に実弥も跳び上がり、技を撃った。
─風の呼吸 伍ノ型 木枯らし
上空から広範囲の突風が、斗和に襲いかかる。
互いに跳び上がったことにより、上空では二つの技がぶつかり合い広範囲の風圧が発生した。
二人は逆方向に回避する。
斗和は即座に突進し、再び打ち込んで行く。
本来ならばすぐに肆ノ型
だが今の斗和は、心臓にかかる負担から技の連投ができない。
よって、一撃必殺で挑まなければ後がないのだ。
打ち合いができるのも対人間だからであり、焦りが出る。
「斗和!落ち着けェ、打ち込みが単調になってるぞォ」
「!」
斗和は実弥の指摘に、木刀を左手に持ち替え新たな技を撃った。
─土の呼吸 玖ノ型
バシュッ!という音と共に、斗和の木刀が実弥の右頬を掠める。
そして盾にした木刀を真っ二つに折った。
「ハァハァハァハァ…!」
斗和は呼吸が荒い。
実弥は察知し、斗和を支える。
「お前は昔から不安になると悪い癖が出る。稽古で焦ってたら身にならねェ。一旦引いて見極めろォ」
何度も深呼吸し、斗和は胸を落ち着ける。
実弥は苦しい時の変化もすぐに察し、目を配っている。
何度も手合わせをし、斗和の癖も見切っているので分かるのだ。
「はい…。どうしても連撃ができなくて、そこで焦るから…あと技の威力が減ったでしょう?だから…」
「刀が代わってもお前の技は威力がある。これまでが異常なぐらいだったんだァ。とにかく焦ると上手くいかねェ。落ち着いて確実にだァ」
実弥は諭す。
人間、焦れば誰しも平常通りにはいかない。
本来の力を発揮できないのだ。
斗和は技の連撃こそできないが、その威力は十分に通用する。
確実に少ない刀の振りで倒す。
それが今後の課題である。
実弥とは、共闘の為の連携も行った。
総力戦になれば、個々の力だけでは無理だ。
二人以上での連携も効果を成す。
「そういえば、柱稽古の初日は岩柱邸に行ったそうですね?伊黒さんから聞きましたよ」
岩柱邸には実弥の弟・玄弥がいるが、柱稽古が始まり不在だったはずである。
「あァ。柱同士は手合わせもだが、共闘の為に動きを確認しろって。この柱稽古は悲鳴嶼さんの提案だからなァ。それぞれに合わせた訓練を提示したのもだ。お前は伊黒んとこでも稽古したのかァ?」
問う実弥に、斗和は首を横に振った。
「いえ。本当はしたかったんですけど、伊黒さんが甘露寺さんの稽古内容を詳しく話せって…。それで話し終わって稽古をお願いしたら、なぜ元柱のお前に?って言われて。そこから冨岡さんが稽古に参加しない愚痴が始まったんです」
斗和はその時を思い出し、顔を引き攣らせた。
実弥は、呆れてため息を漏らす。
「冨岡の野郎、俺はお前達とは違うって言ってよォ。何をほざいてやがんだか」
チッと舌打ちをする姿に、斗和は何も言えなくなる。
義勇がそう言ったのには、ちゃんとした理由がある。
決してお高くとまっているわけではない。
むしろ、自らは何もせずに最終選別を突破したと思っている。
それが許せず、長年葛藤しているのだ。
勿論これは実弥が知ることはない。
それでも柱稽古後半には、義勇は炭治郎に諭され稽古に参加する。
それを待つしかなかった。
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──────
稽古が終われば、各々自分の鍛錬をして過ごす。
斗和は昔からの鍛錬で、両利きのように左腕にも力を付けていた。
それにより、攻撃の幅は広がっている。
全盛期のような力は無くとも、鋭い切り返しや速さは健在である。
一人では悩み焦り何もできなかった。
だが実弥がいることで、斗和は支えを得て必死で努力していた。
しばらくして、厠へ行ったついでに斗和は水と茶を用意する。
実弥に休憩するよう声を掛け、二人並んで縁側に腰掛けた。
風柱邸の縁側は、斗和の屋敷の縁側より広い。
二人並んで座ってもかなり余裕がある。
ここで実弥に鴉の令和に話し掛けて貰ったこともあり、懐かしいと思った。
「そういえば、鴉…令和なんですけどね。近頃気が利くと言うか、いくらか会話もしてくれるんですよ!どういう風の吹き回しなんでしょうね?」
「さぁなァ?まァよかったじゃねェか、芋娘!」
実弥はクックックと笑う。
斗和は一気に当時の記憶が蘇る。
令和はそれまで、任務伝令以外は殆ど喋らない鴉だった。
だが実弥が聞いたとたん、スラスラと口を開いたのだ。
"蓬萊斗和、芋娘ッ!"
あの時は非常に恥ずかしく、斗和は顔が真っ赤になった。
宇髄天元が長年そう呼んでいたせいだと思っている。
斗和は不服であった。
この先、この話題でからかわれるのではと。
さすがに実弥から芋娘と呼ばれるのは嫌だった。
(よし、思いつきだけど試してみよう)
斗和は団子に結わえていた髪を解く。
実弥にそっと寄ると、上目遣いで口唇を僅かに尖らせた。
「…ねえ、これでも芋娘って呼ぶの…?」
「!」
着物姿ではないが、化粧はしたままだ。
普段と違う斗和の姿に、実弥は心臓が跳ね上がる。
たちまち欲情してしまい、斗和の腰を引き寄せた。
そして顎を掴み、口付けした。
「んっ!」
「俺を誘惑するとはやるじゃねェかァ…。夜は覚悟しとけよォ!」
実弥はそう言い鍛錬に戻っていった。
斗和は誘惑したわけではない。
ただ"もう芋娘じゃないよなァ"と軽く笑ってくれるだろうと、そう思っただけだった。
(夜は覚悟って…)
斗和は一人、顔を赤らめるのであった。