更に先を行く斗和は、瞬く間に汗にまみれた。
絞れるのではと思う手拭いで、常に顔や首を拭き歩く。
先程の戦闘のせいか、斗和の体は重く足がだるく感じられた。
(皆どうしているだろう…)
自分のように鬼に遭遇した者はいるだろうか、無事だろうかと思い進む。
すると、突如叫び声がして走る。
今度は辺り一面が蔦だらけの場所に出た。
二人の隊士が、幾重にも蔦を体に巻き付け転がっていた。
「…何だあ?まーた現れやがったか!どいつもこいつも餌になりたい馬鹿共が!」
両腕に蔦を巻き付けた大きな鬼は、一人の隊士の足を持ち上げ宙吊りにした。
「その人を離してっ!」
斗和は鬼に斬りかかるも躱され、鬼は宙吊りにしていた隊士を放り投げ木に叩きつける。
思わずあっ、と声が出た。
衝撃で失神したのか、隊士はそのまま動かない。
すると鬼は再びその足を持ち上げ、あろうことか斗和に勢いよく放り投げてきた。
「うわっ!!」
衝撃に受け止められず、二人重なって地面に転がる。
(この鬼、すごい力だ!それに大きいのにすごく速い)
「!」
立ち上がろうとした瞬間、斗和は真横に体が吹っ飛んだ。
左腕からくぐもった鈍い音がした。
蹴飛ばされたのだと気付き起き上がると、左上腕が酷く痛む。
「その体の傷…お前、
鬼が斗和に近寄ってくる。
(離れなきゃ!間合いを取らなきゃ!頸を斬らなきゃ!)
斗和は慌てて鬼から離れ、刀を構える。
「奴とは縄張り争いをしていたが、そうか…これでここら一帯は俺のものになった!湯治しにくる人間共は喰い放題ってわけだ!まずは馬鹿な鬼狩り三匹…」
「なんたらやがまし!おめんだ鬼がいっがらあんたなごどさなるんだじゃ!鬼殺隊なめるでね!(なんてうるさい!お前たち鬼がいるからあんなことになるんだ!鬼殺隊なめるな!)」
斗和は、口数の減らない鬼に怒りが爆発した。
鬼は人間を食糧としか見ていない。
虫けらのように殺して喰う。
いつだって弄ばれるのは弱い人間だ。
幾度も目にしてきた現実は、決して許せはしない。
怒りのまま鬼を斬りつけると、斗和は後先考えず刀を振り回す。
(何が縄張り争いだ!何が喰い放題だ!殺された人の気持ちがわかるか!残された人の気持ちが分かるか…!)
「鬼はさっさとくたばれ!!」
─土の呼吸 参ノ型
斗和は記憶にある土竜叩きのように、鬼の体に刀を撃ち込み盛大に斬り落としていく。
蹴られた左上腕が痛んでも、最早気にならない。
─土の呼吸 壱ノ型
再生が遅いのを見て、頸めがけ刀を右手に持ち横一文字に振る。
鬼は咄嗟に躱すが、斗和の日輪刀は逃がしはしない。
大きく一歩踏み出し、刀をそのまま反対側に横一文字に振ると頸が斬れた。
鬼は何か騒いだあと、いつの間にか消えた。
しばし呆然としていた斗和は、呻き声を耳にし我に返る。
蔦が巻き付いたまま身動きが取れない隊士に駆け寄り、無事を確認する。
俺よりあっちをと言われ、木に叩きつけられ失神している隊士に声を掛けた。
「うあぁっ!!」
頭を揺らさないよう足を触ったとたん叫んだので、斗和は驚き尻餅をついてしまう。
無事で良かったが、この様子だと足が折れているのではと思った。
まずは蔦を切り解放しないとと思ったが、斗和の日輪刀は形が特殊なので、体に密着した蔦を切るのは難しい。
斗和は隊士から刀を借り、きつく巻き付いている蔦を一本ずつ慎重に切っていく。
「ハァ、ハァ…ハァハァ…」
呼吸が荒く、額の汗が目に入り染みると感じてすぐだ。
視界が揺れているのに気付いたとたん、斗和は気を失った。
───────
──────
「…おい…!おいっ!そろそろ起きろ!」
大きな手がベシッベシッと斗和の顔を叩く。
(うう、頰が痛い…)
斗和はゆっくり目を開けると、眼前に派手な顔があった。
「……!?あれっ!?何で…」
(何で宇髄さんがここに!?)
目をしばたかせ起き上がると、斗和の前にしゃがんだまま頬杖をついた祭りの神がいた。
「気分はどうだ?任務は終わったから帰るぞ」
立ち上がり帰ろうとする天元に、斗和は慌ててついて行く。
「ちょっと、あの!いつの間に終わったんですか!?鬼は全部退治したんですか?皆さん無事なんですか?」
斗和は何がどうなっているのかさっぱり分からない。
気を失っているうちに終わっているなど、初めてだった。
天元は振り返り斗和を見た。
「あの付近にいた鬼は全部で四匹。二匹は俺が倒した。…で、あとの二匹はお前が倒したんだろ?あいつらは打撲と骨折が酷いのが一人で、他は問題ない」
「そうですか…!よかった!」
木に叩きつけられた隊士は、やはり骨折していた。
それでも皆が生還できてよかったと、斗和は安堵する。
それを見た天元は目を細めた。
「…お前はいつもこうなのか?」
立ち止まり、斗和を見据える天元は真剣だ。
「え、あの…こうって?どういう意味ですか?」
「作戦を無視して一人突っ走ることだ」
「!」
(作戦を無視…?)
「俺言ったよな?鬼が出たら大声で叫べと。何の為の共同任務だよ。ド派手に無視して、自分だけ手柄をたてたかったわけか?」
斗和は言葉が出ない。
そんな風に言われるとは思ってもみなかった。
何も考えておらず、ただ目の前に鬼が現れたので戦っただけだった。
「そんな!違います、私は……」
「共同任務で上官の指示を無視して勝手な行動……それは死を意味するんだよ。現にお前は助っ人に入ったが、仲間に怪我を負わせた。怪我ですんでよかったじゃねえからな。死ぬのも珍しくないのは分かってるだろ。周りが見えてないようじゃ、仲間も自分も危険に晒すだけだ」
斗和は言葉を失った。
なんて勝手なことをしていたんだろうと、自らの行いを思い出す。
鬼が出たら叫べという指示も、すっかり頭から消えていたのである。
共同任務ではあるが、誰かと組んで行動したわけではない。
鬼が現れたら、一人で立ち向かうのが当たり前だと思っていた。
斗和は、これまで単独任務ばかりで自由に動き戦ってきた。
それを共同任務でもしていた。
斗和は、自分のせいで誰かを危険に晒すこと、更には死ぬことを全く考えていなかったのだ。
(私は大馬鹿だ!)
「申し訳ありません!!次からはもっと考えて行動します!本当にすみませんでした!」
斗和は勢いよく頭を下げ詫びる。
羞恥心と情けなさで顔が上げられない。
斗和はここに来て初めて、単独任務ばかりしていた弊害が出たことを悟った。
同時に、天元の的確な指示に頭が下がる思いだった。
鬼殺隊に入って二年。
同期の天元がいち早く柱になったのも頷ける。
「ま、わかりゃいいか。ところで芋娘、名前は?それ野良着か?随分地味な格好してるじゃねえか」
一気に軽い口調になった天元は、斗和を満遍なく見回してニヤッと笑う。
(あれ?今、芋娘って言われた?野良着姿だからかな?)
「蓬萊斗和です。私は農家だったので、野良着が落ち着くから特別に作ってもらったんです」
「ほー、隊服を特注ねえ…俺もだ。だが着こなすなら俺のように派手にしろ!お前は地味すぎる」
「はぁ…」
地味すぎると言われた斗和だが、前世の記憶を持っているので目立つわけにいかない。
宇髄天元は元忍者だが、その外見はあまりに目立ちすぎていた。
高身長、筋肉量も常人外れ、頭は宝飾品で彩られている。
嫁三人もおり、何から何まで全部派手であった。
眩しすぎて目が開かない!と、斗和は薄目で天元を見た。
「おい、何だよその顔は?」
呆れる天元を見ていると、斗和はハッと気付く。
(そうだ!年齢を聞かなきゃ!やっと聞ける人に遭遇したんだから今日こそは…。さり気なく聞いたら答えてくれるかな?)
さり気なくと言ってもどうしたらと悩みつつ、斗和は口を開いた。
「あの、音柱様は鬼殺隊に入ってどのくらい経ちますか?柱になられたのは最近なんですよね?」
「ああ、二ヶ月前だからな。だからまだ柱の中じゃ新米なんだよ。隊に入って二年以上経ったぜ」
それがどうかした?と聞かれ、斗和は困る。
今の年齢が知りたいだけなのだ。
斗和は、いやその…と歯切れの悪い返答しかできない。
そこで天元はピンときた。
「……ははーん、さてはお前俺に気があるな?悪いが俺はもう嫁が三人いるから間に合ってる。それに地味すぎる女に興味はねえから諦めるんだな」
「え?いや、そういうのではなくてですね…」
斗和はため息が出た。
どうして今の質問から、自分に気があると思うのか。
確かに天元は見目もいい男だが、この調子だと年齢を聞いたら益々勘違いされそうである。
どうしようかと思っていると、天元が言葉を発した。
「ところで芋娘。お前未亡人なんだろ?」
祭りの神は突拍子もないことを言い出した。
斗和は思わず目が点になる。
未亡人とは、夫を亡くした妻のことを指す。
斗和は未亡人ではない。
しかも今の年齢はまだ十五歳だ。
その歳で未亡人など考えられないのだが、なぜ天元はそのようなことを言い出すのか。
「あの!私は十五歳ですよ。どうして未亡人なんて言うんですか!?」
斗和は腹が立ち、語尾が強くなってしまった。
「十五歳ー?本当かあ?俺は十七歳だがてっきり上だと思ったぜ。農婦って言うから、旦那が死んで鬼殺隊に入ったのかと…悪ぃな!」
「農婦じゃなく農家の娘!」
斗和は、苦虫を噛み潰したような顔でハッキリと否定した。
天元は「言い返す気力があるならもう大丈夫だな」と笑い、足早に去ろうとする。
斗和は持ってきていた竹筒の梅干しを渡し、「たくさん汗をかいたら、必ず水分塩分は補給して下さい」と告げた。
天元は怪訝な顔をするも、斗和が半ば強引に押しつけると礼を言い、一瞬で目の前から消えてしまう。
「芋娘、それ以上顔に怪我するなよ!」
去り際の台詞には、天元の優しさが感じられた。