柱稽古が開始してから十日が経過した。
斗和は、その間に一旦自宅に戻り、身の回りの物や糠床や梅干しを持って来た。
糠床は毎日混ぜる必要があり、使い慣れた物が一番だった。
また、斗和の自家製梅干しは絶品である。
実弥にも一日一粒、必ず食べさせていた。
食事の仕度は殆ど斗和がやっており、美味しいものをと努力はしている。
だが、斗和は料理が苦手である。
実弥の方が遥かに上手く作るので、悔しくなることもしばしば。
それでも実弥は全て食べ、美味しかったと言う。
斗和はそれが何より嬉しかった。
隊士らが来れば、斗和は裏庭で一人鍛錬することになる。
心臓の事もあり、共に稽古はできなかった。
士気が高まり皆が力を付けている最中なので、斗和なりに気を遣っていた。
その代わり合間に握り飯を作ったりと、出来る限り世話をしたいと考えている。
実弥は絶対に出て来るなと言った。
しかし斗和は、曲がりなりにも隊士だ。
風柱邸に住んでいて、黙っているわけにはいかない。
そして斗和は、どうしても玄弥に会いたかった。
故に毎日様子を見る必要がある。
要は実弥に見つからなければいいのだ。
その時の為に、斗和は自宅からひょっとこの面を持って来ていた。
一般隊服を着て髪型を変え面を着ければ、稽古中の隊士に紛れることができると考えたのだ。
あとは実弥が休憩中に、こっそり隊士のところに行けばいい。
斗和の計画は水面下で進んでいた。
◇
「…よし、休憩だァ。心臓は苦しくねェかァ?」
実弥は斗和から木刀を受け取り、気遣う。
「うん、大丈夫。今お茶と水を持って来るから待ってて」
午後の稽古の休憩時、斗和は喜々として台所へ向かう。
この日は、休憩中に出そうと思いおはぎを作ったのだ。
普段は通いの隠から、甘味屋で様々な菓子を購入して貰っていた。
その中におはぎを入れるよう伝えていたが、思い立って作ることにしたのだ。
斗和は柱稽古の最初に、蜜璃から作り方を教えて貰った。
何度か試作をし、どうにか味を安定させることができた。
炭治郎はこしあんか粒あんか実弥に聞いていたが、おはぎが好きなのだからどちらも好きに違いないと思った。
最初に試作を出した時は、実弥は相当に怪しんだ。
『お前、これ嫌いなはずだよなァ?何で作ったァ?』
『いやー実は食わず嫌いというやつだったらしくて。この前食べてみたら美味しかったんです。柱稽古に行った時、甘露寺さんに作り方を聞きました』
飄々と答えた斗和に、実弥は首を傾げるしかなかった。
本当のことなのだが、実弥が納得しきれないのも理解できる。
斗和は、幼少期からなぜだかおはぎは嫌いだった。
家族が楽しげに作っていようと、参加せず腹が減っても食べる気にならなかった。
それを、二十歳を越えていきなり食べるようになったのだ。
斗和は自分でも不思議であった。
村田と会った甘味屋で、初めて頼んだおはぎは殊の外美味しかった。
蜜璃に作り方を聞いたのは、気まぐれなのかもしれない。
その時は、実弥との関係は二度と戻らないと思っていた。
なので普通ならば、作ってあげたいなどと思うはずがない。
今となれば聞いておいてよかったと、斗和は思った。
実弥の好きな物を作ってあげられることが、この上なく嬉しいのだ。
『そういうわけで、私はおはぎしか作れませんからね。おやつはおはぎですよ』
そう言った時の実弥の顔は嬉しそうだった。
頑なに好きだとは言わないが、それがまた実弥らしくてそんなところも愛おしい。
盆に布巾、茶、水、おはぎを乗せ縁側へ向かう。
「はいどうぞ。今日のおやつはこし餡のおはぎです」
「…お前は妙に嬉しそうだよなァ」
実弥は呆れながら黒文字を手に取る。
「それにしても、おはぎの餡の呼び名は物騒ですよね。半殺しに皆殺しに…。実弥さんが作ったら"よォーし、今日は半殺しにしてやらァ!"なーんて言いながら…ふふっ」
斗和は想像して一人笑う。
「想像すんじゃねェ!」
二人は談笑し、しばし穏やかな時間が流れた。